5号館を出て

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新年の準備

 特になんらかの宗教にかかわって生活しているわけではないのですが、新年を迎えるにあたってスーパーやホームセンターなどでおそらく神道の風習であると思われるお供えや輪〆などを買って飾ることはなんとなく毎年続けております。一年に一回のことですので、汚いところこに飾るわけにもいかず、大掃除とまではいかなくても普段あまり気にしていないところの清掃をするのも年末の恒例仕事になっています。

 無信仰ですので、クリスマスツリーを飾る感覚とそれほど違うわけではないのですが、なんとなく子供の時から神道では神様に失礼なことをすると「罰(ばち)が当たる」と脅されて育てられたもので、お正月飾りについてもに「一夜飾り」はいけないなどという中途半端な知識が邪魔をして、30日までにはすまさなくてはならないと思うと、30日が勝負ということになり、結構追い立てられるものです。

 輪〆、準備完了です。
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 こんな感じで飾ります。
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 お供えは玄関にも置きます。
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 おひなさまも「片づけるのが遅れると、娘の婚期が遅れる」などと言われているように、どうも日本に伝わるいろいろな行事にはいろいろなタブーとペナルティがつきものなのが、なんとも鬱陶しいですね。まあ、宗教というものにはこういう不条理なルールがつきものなのかもしれませんが、科学の発展とともにこうしたルールには科学的根拠がないということがばれてしまいますので、それで人をしばろうとしても難しいということになるのでしょう。

 アメリカでは、キリスト教が科学よりも力を持っている部分があるせいか、進化論を信じているひとが30%くらいしかいないという話ですが、科学を進歩させるためには「神を殺す」必要が出てくる場合もあるのかもしれません。それにもかかわらず、自然科学の研究でアメリカが最先端国であることも疑いはないでしょうから、特定の分野を除くと宗教と自然科学(特にアメリカが必要としているような産業発展のための応用科学技術)はとくに軋轢をうまずにやっていけるということも、また事実のようです。

 年末年始に、人は来し方行く末を考えるもののようですが、日々の生活に追われる私は年末になってもなかなかそんな落ち着いた気分になれません。今年もタダの一日の終わりとして大晦日を迎え、タダの一日の始まりとして元日を迎えそうです。
by stochinai | 2007-12-30 23:55 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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