5号館を出て

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融: 2008年の漢字

 今年も淡々と暮れて、何事もなかったように来年初日の朝を迎えるつもりでいたのですが、夕食の後一眠りして目覚めた時に来年を象徴するであろう漢字が頭の中に残像のようにこびりついていました。
 来年はこの字で示されるような現象がそこかしこで起こる年になりそうな気が、確信へと変わりつつあります。ということで突然ではありますが、来年をこの一字で予言しておくことにします。

 深く考えて出てきた字ではないのですが、今後さまざまなものの境界がなくなっていくだろうということはいかにもありそうなシナリオです。政治的なところでは、自民党と民主党の境界がなくなっていくだろうと思います。大連立になるかどうかはわかりませんが、現実にはすでに無くなっている自民党と民主党の境界が、2008年には表に出てくることによって日本の政治の方向が大きく変わるような気がします。

 ネットの中をさまよっていると、政治家と非政治家の境界は実際に政治運動をやるかやらないかという点を除くとすでに溶融していることがわかります。同様に、マスコミ・ジャーナリストと非マスコミ・個人ジャーナリストの境界も論評能力という点ではすでに融け去っていることは明らかです。

 自分の身近なところでは、専門家と非専門家の境界がなくなっていくだろうと思っています。もともと専門家というものはさまざまな知識や技術を囲い込み、自分たちの権益を守ることで存続してきた集団です。これを守るためには、適正な数の後継者を育て後継者達に自分たちの権益を譲り渡していくという安定したシステムが必要ですが、ポスドク問題に代表されるように自分たちの権益を譲り渡すべき何十倍・何百倍の人々をバブルのように自分たちの領域に取り込んだあげくに権益の譲渡ができなくなってバブルが崩壊しているのが現状です。それは逆に考えると、専門家集団に帰属することを許されなかったものの専門家と同等あるいはそれ以上の知識や技術を持ったたくさんの人が生み出されているということでもあります。

 このことは、専門家で囲い込んでいた「専門領域」の境界が融けていくことを意味しています。私はそれはとても良いことだと思いますが、「専門家」にとってはつらいことになるかもしれません。つまり、専門家が逃げ込める温々とした「専門領域」が外側から崩されてきているのです。昨今のさまざまな論文ねつ造事件問題に関連しても、専門領域で教育を受けながらも今はおそらくアカデミアの外にいると思われる人々が専門論文を読んで、ネットのあちこちで何が問題なのかを指摘したりしているのを見ると、ますますその感を強くします。

 このような感じで、あらゆる領域でプロとアマチュアの境界がどんどんなくなってくるのではないでしょうか。そして、その雰囲気が2008年には市民権を得てあちこちで領域の溶融が起こり、境界が消滅していくのではないかと天啓のごとくにひらめいたのが、私の食後のうたた寝に見た夢なのでした。

 たわけた妄想に終わるのかもしれませんが、目覚めてから数時間、まだ何とはなしに現実感を伴って残像として残っているこの想いを2008年への予感として、2007年最後の瞬間に書き留めておきたいと思いました。

 今年一年、皆さまにはたいへんにお世話になりました。皆さまにとって2008年が良い年になることを心からお祈りしています。

 来年もよろしくお願い申し上げます。
Commented by ぜのぱす at 2008-01-01 00:45
若しかすると、日本は、もう年を越してしまいましか。
(こちらでは、未だ)今年も1年、blog、楽しませて戴きました。『今日のつぶやき』の時代からすると、とんでもなく巨大な、半ば、公的意味合いも出て来た『5号館のつぶやき』ですが、来年もまた楽しみにしております。良いお年を。
by STOCHINAI | 2007-12-31 23:45 | つぶやき | Comments(1)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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