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シラバスを読まない大学生

 昨今の風潮で、学生に対する責任の履行の一環として、我々も講義内容をかなり詳しく明示したシラバスを書くようになりました。厳密には、シラバス作成の時点で半年または1年の講義計画が細かく決まっていることを要求されているのですが、講義の進行とともに進度が予想どおりにいかなかったり、方向が変わったりすることはあり得ることですが、それでも講義のだいたいの中味が示されているのがシラバスというものです。

 というわけで、それを読めばどんな内容の講義が行われるのかがわかるように書くことが要求されています。必修科目は、中味がどうあれ必修ですので履修しなければなりません。シラバスを読んで内容を確認する学生もいるでしょうが、どうせ最後までき出席して聞かなければならないのだからと、あえてシラバスを読む気がなくなることも理解できます。

 今回、次年度の開講科目でちょっとした手違いがあって、私たちが数年間続けてきた「科学・技術の世界」という科目の中で開講している「科学・技術と人間の倫理」という科目が開講予定にはいっていないという事態が発覚しました。

 幸い、まだ新学期まで時間がありましたので、なんとか滑り込みで2008年度の開講計画に入れてもらえることになったのですが、そこで改めて開講申請書を書く段になって大変な事実を知りました。

 開講申請書の注意欄にこう書かれています。

 講義題目の付け方により履修者が大幅に増減しますのでご配慮下さい。

 学生が選択科目を選ぶ時には、シラバスを読んだり先輩から聞いた先生の評判(昔は「鬼仏表」という秘密文書が出回っていたものです)で、どの科目がおもしろいのか、また高い評価を取りやすいのかといったようなことを考慮しているものだと思っていました。

 ところが、最近はある程度の規模(30人以上くらいでしょうか)講義のクラスになると、秀:優:良:可+不可の割合を一定の比率(例えば、15%、30%、40%、15%)にするということが決まっているため、どの先生の講義をとればみんなが優をもらえるというような、ウマイ話はなくなってきているためか、特定の先生に学生の人気が集まるというようなことは少なくなっているという話は聞いていました。

 まあ、良い成績の取りやすさで講義を選択するなどということがなくなったのは歓迎すべきことなのですが、今は内容もろくに検討せずに講義を選択する学生が増えているということのようです。これも聞いた話なのですが、シラバスの内容はほとんど同じままにして、講義題目だけを変えてみたところ、履修学生数が激増した講義が実際にあったという話を聞いて愕然としました。

 昔の大学の講義は生物学概論、生物学各論、生物学特論、生物学特別講義というような題目だけが並んでいて、しかもシラバスもありませんでしたから、しばらく聴講してみないと講義をとったらよいのかとるべきではないのかがわからなかったものなので、我々古い人間が講義題目に対する力の入れ方が低くなっていることは認めざるをえませんが、シラバスが充実してきたことで、講義題目などはただの符丁にすぎなく学生はシラバスをしっかり読んで講義を選んでくれるものだと思っていた私の予想は、完全に裏切られてしまったようです。

 ともかく、あれだけ苦労して作っているシラバスなど読まない学生が多いようなのです。もちろん、シラバスなどは信用できないという学生の気持ちもわからないではないですが、シラバスの内容は「そんなの関係ない」ということで、1行にも満たない講義題目だけで半年あるいは1年の履修計画を決めてしまうという学生がいるという現実に対して、私もついつい妥協して講義題目を変えてしまいました。

 来年度の講義は「科学・技術と人間の倫理」と同じ内容ですが、題目は「科学・技術とどうつきあうか - 科学技術倫理のケーススタディ」に変わりますので、よろしくお願いします(^^;)。
Commented by ぜのぱす at 2008-01-23 07:39 x
それは、さもありなんですね。

まず、primaryの選択の段階で(=シラバスを読む以前に)面白そうな講義題目の方が、単純に目にとまり易いんじゃないでしょうか。(その後、ちゃんとシラバスを読んで中身を検討するかどうかは、また、別な話かと思います。)

似たようなことで、その昔、私が所属していた某大学で、大学院の重点化が起こった際に、多くの研究室がそれまでの古くさい講座名をモダンなeye-catchingな物にしようと四苦八苦してました。実際、よりattractiveなnamingの講座の大学院の志望者が激増してましたね。

かように、皆、外面だけで判断するケースが多いのでせう。これは、何処何処の雑誌に載ったから良い研究だが、あれは、そんな雑誌に載っているからそれ程の研究でもない、と評価するのと、根源は同じか?

もっと中身を見なければいけない、と自戒を込めて。
Commented by ogaga at 2008-01-23 07:51 x
stochinaiさんのシラバスは知りませんが、シラバスに書いてある講義内容ってほとんどは専門用語の羅列か、「~の考え方の基礎を身につける」のような漠然とした書き方なんですよ。

しっかり読む学生がいるとしたら、むしろそっちのほうが理解できません。

シラバスは指定教科書と評価方法の欄を確認するものです。
Commented by stochinai at 2008-01-23 09:19
 なるほど、教員側のコミュニケーション能力のなさが暴露されている見本のようなシラバスだとしたら、読みたくもないという気持ちはわかります。そうだとすると、それを書く手間と、膨大な厚さの本になるようにまとめて印刷して配布する経済的損失を考えると、壮大な無駄をやっているということになるのかもしれませんね。
 まずは、先生にわかりやすくためになるシラバスの書き方の特訓が必要ですね。ありがとうございました。
Commented by 溜息教員 at 2008-01-23 09:53 x
私の勤務校では,時間割が変わると受講者数は大幅に増減しています。「この授業を受講しなければ,○曜日は休みだ」という思考が優先されているようです。もちろんシラバスなど関係ない!
Commented by 主題からそれますが at 2008-01-23 16:06 x
> 秀:優:良:可+不可の割合を一定の比率(例えば、15%、30%、40%、15%)にするということが決まっているため

に驚いてしまいました。大学の講義に相対評価ですか・・・
Commented by stochinai at 2008-01-23 18:21
 北大では、学科移行の際に成績順で希望の学科に進学することができるようになっているため、「公平性」を希望する学生の要望に応えるということでそうなったと記憶しています。それがいつの間にか、学科移行には関係のない学部の講義でもそのようにすることが求められるようになってきています。おそらく、今は国公立ならどこの大学もそうなのではないでしょうか。(ということは、どこが指導しているか、わかりますね。)
Commented by 一言 at 2008-01-24 10:18 x
そうおうのは「おかしい」と反対できないのでしょうか?
以前も同様のコメントをさせていただきましたが、国立大は文科省の傀儡でしょうか?(しかも、本当に操っているのかどうか糸が見えないようですし)
Commented by stochinai at 2008-01-24 10:47
 国の政策だと思います。日本では、国立大学に自律性を認めず文科省の支配下に置くという教育政策を採っているということです。そういう政策の下で、文科省が打ち出した政策に反対するということは大学として存続を許さないという基本姿勢が政府にあります。ですから、それに反対するということは個別大学のレベルではほとんど不可能であり、政府を変える政治運動にならざるを得ないのではないかと思っています。
Commented by at 2008-01-24 11:42 x
国立大の自律性が極端に弱まったのは、独立行政法人化以降のことだと思います(何せこの就職難に大学が新たな「天下り先」にまでなりさがっているくらいです)。独法化が議論されていたころ学生だった私ですが、当時、独法化に諸手を挙げて賛成していた教員はほとんどいなかったように記憶しています。

ここで不思議なのは、なぜ反対者が少なからずいたにもかかわらず、文科省の傀儡に大学が成り下がる可能性の高い独法化に対して大学側が組織的に反対しなかったのかということです。「反対したら大学がつぶされるとおどされた」ということなのかもしれませんが、大学側が一丸となって(つまり抜駆け者を出さずに)対案を出して反対していれば、政府としてもすべての大学をつぶすことはできないはずですから、少なくとも今のような状況を回避することはできたのではないかと思います。

反対派の方々が運営されていたサイトをいくつか見ましたが、有効な手立てを講じていたのかどうか、疑問が残りました。

もちろん、これは、今の時点であるからこそ見えてくることなのかもしれません。ただ、大学の独法化の経緯には、博士号増産と同じ傾向が見え隠れする気がします。
Commented by stochinai at 2008-01-24 14:11
 国立大学協会では当初、ほとんどの大学長が法人化に反対だったはずで反対声明も出していたと思いますが、最後のところで賛否を問わずに議論をやめたと記憶しています。確かに「対案」の名に値するものが出たという記憶もありませんが、鹿児島大学の学長さんはとても格調の高い反対論を述べておられたと思います。

 うちの大学の場合にも、意向投票をすると反対する教職員の方が圧倒的に多かったのですが、反対の討論会に参加する人や、さらにはなんらかの行動を取るところまで動く人となると、そのうちの1%くらいになってしまい、有効な手だてを講じることはほとんどできなかったのだと思います。

 法人化、COE,GCOE,など次々と出てくる「企画」が博士増産と同じ論理が働いているだろうとおっしゃるのは、まさにその通りだと思います。
Commented by stochinai at 2008-01-24 14:14
 では、どうするのかと問われると、かなり困ります。

 今は、学長でさえ選挙と関係なく決めることができるようになりましたし、教授会は学部の方針を決める機関でもなくなりましたので、大学の中からの改革はとても難しい状況だと思います。

 そうなると、やはり大学を自分のものと考えてくれる国民の声による外圧による改革がもっとも現実的な気がします。そのために、大学の中にいる我々ができることとして、まずは大学の実態の公表と大学の内外の人々による議論だと思っています。

 その次には、大学内外の人々がまとまって行動する場を作ることになると考えていますが、ここはかなりの困難が予想されます。
Commented by 一言 at 2008-01-24 21:39 x
なんだか独法化以後の国立大学というのは、意思決定の面ではワンマン理事長が支配する三流私立大学と変わらないのですね。「大学」の看板を下ろすべきではないかと思います。東大学長のA氏が文部大臣に祭り上げられてしまったあたりから、道を間違ったのでしょうね。誇りを持って就任辞退すべきだっとと思います。
Commented by 通りすがり at 2008-01-24 22:43 x
> 法人化、COE,GCOE,など次々と出てくる「企画」が博士増産と
> 同じ論理が働いているだろう

これはそのとおりでしょう。

政治家は、国立大学の疲弊は関係ないと思っているでしょうが、人材養成という点で、今後に禍根を残します。既に、設備の更新が出来なくなり、教育レベルが相当下がリ始めています。日本は資源のない国で、技術立国しかないですが、礎となる高等教育が揺らいでいます。

今後、法科大学院でも、理科系の大学院と同様の事が起こります。院生と弁護士が量産されます。司法試験に通らない学生が、ポスドクのようにつみ上がります。また、職が見つからない弁護士も出始めています。陪審員制度も始まり、日本の司法はめちゃくちゃになります。高等教育に続き、司法も痛手を被ると思います。

これらの政策は宮沢内閣から始めた、アメリカの年次改革要望書に基づき、取り入れているものです。小泉内閣はこれを強引に進めました。アメリカは、自国の利益を重視して、suggestionします。それをバカ正直に行うのは阿呆です。受験秀才の官僚や、世襲の2世議員はそんなことすら、気づかないようです。
Commented by 通りすがり at 2008-01-24 23:03 x
2世議員の行革大臣は、大学は寄付だけで運営すればいいと、公式の場で発言してます。見識を疑う低レベルですが、たしなめる人がいない様です。。

中国やシンガポールの発展をみると、日本は衰退期に入ったと思います。先日、知人がベトナムの大学病院を見学してきましたが、設備は東大病院よりも良かったそうです。実験機器メーカーの方と話すと、売上の多くは欧州、米国、アジア(中国、シンガポール、インド)で、日本での売上は微々たるもののようです。早晩、アジアで、機器メーカーが立ち上がり、日本企業は負ける気がします。

不況を脱したと、マスコミは情報を垂れ流していますが、地方はシャッター街ばかりです。また、首都圏でも少し郊外になると、駅前が寂れ始めています。

問題は科学だけではないです。いまの政策が10年続くと、日本は先進国から脱落し、再起は相当の時間が掛かると思います。

シラバスの例も、アメリカのsuggestionのゆとり教育の結果の一つのでしょう。シラバスの例は、知識がなければ、興味も湧かないということでしょう。

ちなみに、アメリカでは、一部のエリートには、相当の詰込み教育がされています。(トピズレ済みません。)
Commented by 一介のPD at 2008-01-25 01:13 x
皆さん自分以外の誰かが悪者だと思いたいのでしょうが・・

>反対の討論会に参加する人や、さらにはなんらかの行動を取るところまで動く人となると、そのうちの1%くらいになってしまい

大学内の教官うちの大多数の方々が、自分の研究以外のことに興味を示さない、なるべく関わりたくない、という姿勢で居続けた結果の現状では?独法化絶対反対なら、教官全員が辞表を叩き付けるぐらいの本気度を見せなければ、説得力がないですし、結局みんな自分の職を手放したくないだけじゃんと言われても仕方が無いと思います。
国民のため、科学技術立国のためといいいますが、どこまで本気なのか・・自業自得なのでは。
Commented by at 2008-01-25 01:41 x
そういうPDもさっぱり動かない件。
Commented by at 2008-01-25 02:42 x
stochinaiさん、
私もその「格調高い反対論」をどこかで目にした覚えがあります。しかし、いくら格調高くても、政治家や官僚を動かせなくてはしかたがないのだなあと無力感を覚えました。余談ながら、旧都立大の件でも同じような空しさを感じました。本当にこの国は学者や知識人を大切にしない国に成り下がってしまったのですね。

>大学を自分のものと考えてくれる国民の声による外圧による改革がもっとも現実的な気がします。そのために、大学の中にいる我々ができることとして、まずは大学の実態の公表と大学の内外の人々による議論だと思っています。

このブログはその機能をある程度果たしていると信じたいです。しかし、このような問題に関心を持つ「国民」など、大学・研究関係者以外に一体どれほどいるのか疑問でもあります。多くの「国民」にとっては、大学とは就職のためのコネと資格を得る場程度でしかないような気がします。そんな彼らがこちらのブログをわざわざ見るとは思えませんし、見たところで、「博士号を取っても就職できないらしい(→博士課程に行くのはやめようOR行ってしまった人は気の毒だが自業自得」という情報や感想を得て終わりでしょう。
Commented by at 2008-01-25 02:43 x
とは言え、「国民」に現状を知らせる前から彼らの反応をあれこれ悲観的に予想して何もしないのではいけないですから、まずは、これまで行われてきたブログや学会などでの問題提起以外の発信の仕方を考える必要があります。

ひとつは、ものすごくオーソドックスではありますが、大学の現状を憂える志ある人々が、各新聞に意見を投書もしくは意見広告を掲載するという方法が考えられます。「一般の人々へのアピール度」としては、普通の読者投書欄にまぎれて分かりやすい文章で何度も別の人間が似たような問題を指摘するという方法が良いのではないでしょうか。「ついでに」読む人が増えますから(大きな「記事」や「広告」になってしまうと、意外と興味のある人しか読まないものです)。

まあ、新聞がどれだけ読まれているのか心もとないですが、少なくとも、「複数の関係者が問題にしているらしい」とは思ってもらえるはずですし、『論点』や学会誌なんて知識人や研究者しか読まないような雑誌に掲載してもらうよりは、よっぽど「国民」にアピールします。
Commented by at 2008-01-25 02:44 x
次に、通りすがりさんの意見からヒントを得たのですが、あほなことを抜かしている議員のHPやブログの掲示板に現状の説明と問題点の指摘・改善案などをどんどん書き込むのです。彼らの政策の批判でもいいでしょう。

まずは誰でもできそうなこのあたりから、始めてはどうかと思うのですが。この方法は、独立行政法人化にも、大学院重点化やPD就職難の問題にも適用できます。(もう既にみなさま実践済みだとしたら、すみません)
Commented by 小市民 at 2008-01-26 01:29 x
> 通りすがりさんの意見からヒントを得たのですが、あほなことを抜かしている議員のHPやブログの掲示板に現状の説明と問題点の指摘・改善案などをどんどん書き込むのです。

通りすがりさんの2コメントは長すぎて、よく飲み込めませんが、上記「あほなことを抜かしている議員」と認定されている以上、そののHPやブログで色々するのは論理の矛盾がありませんか。
おそらく問題点や改善策などを世間にPRしたいというご趣旨かと推測しますが、それならば、議員の事をプラス・イメージの形容詞で修飾しないと、全体の文は意味をなさないように思います。
Commented by S at 2008-01-26 02:55 x
小市民さん

通りすがりさんは「2世議員の行革大臣は、大学は寄付だけで運営すればいいと、公式の場で発言しています」と書かれていました。そういう議員を私は少々あらっぽく「あほなことぬかしている」と形容したのです(品が全くありませんね・・・)。

そこで、この方のような議員たちのサイトの公開掲示板に、現状の説明と合わせて、彼らの政策・意見の問題点なり対案なりを書き込んでみてはどうかと思ったのです。(全く現状を理解していないと思われるという意味での)マイナス・イメージの議員にその考え方の問題点を指摘するのですから、議員がプラス・イメージである必要はありません。議員の掲示板には応援メッセージしか書き込めないなどという決まりはないはずですから。

もちろん、上の某2世議員と違って、良い提案をしている議員(小市民さんの言うところの「プラス・イメージ」の議員)の掲示板に現場からの意見を積極的に書き込むことも、同じように必要だと思います。

その議員がなんらかの役職に就いていたり全国的に顔と名前が知られているような人物ならば、少なくとも一般へのPR効果は多少はあるかもしれません。
Commented by at 2008-01-26 23:46 x
バイオ(笑)

( ´,_ゝ`)プッ
Commented by 通りすがり at 2008-01-27 02:37 x
> おそらく問題点や改善策などを世間にPRしたいという
> ご趣旨かと推測します

そんな、高尚な事ではなく、タダの与太話。
裸の王様に裸というように、馬鹿な奴を馬鹿と書いただけです。

近い将来,困るのは国民自身です。”そんなの関係ねえ”って
言うなら、それで良いのでしょうね。
Commented by 小市民 at 2008-01-27 03:19 x
Sさん

> 通りすがりさんは「2世議員の行革大臣は、大学は寄付だけで運営すればいいと、公式の場で発言しています」と書かれていました。
> .....
> そこで、この方のような議員たちのサイトの公開掲示板...

WY行革大臣はそのような事を言わないはずかと思いますが、
通りすがりさんの上記発言を確かめるソースはありますでしょうか?
Commented by 通りすがり at 2008-01-28 11:22 x
ソースは下記 内閣府・経済財政諮問会議
第12回会議(平成19年5月9日) 議事要旨P18
http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2007/0509/shimon-s.pdf
「今日の議論の対象ではないが、大学は本来寄附で成り立っているのが普通。大学や研究所について、是非こういった財源の面からの改革も進めていくべき。」
を参照ください。

他の先進国の大臣で、大学や研究所を寄付で運営すると公言する人がいるのでしょうか?政治家としての資質を疑います。

行財政改革を、公務員の天下りとだけ、結びつけた報道が目立ちますが、そんな簡単な問題ではありません。例えば、造幣局の民営化など、とんでもないですよ。
Commented by ちょっと寄った者 at 2008-01-28 15:51 x
通りすがりさんは、情報通ですね。WY氏は近くで見たことがありますが、そんな(事実に反する)現状認識をしているんですね。何が彼の情報源なんでしょうね。いまの政治に問題があるとすると、その一因は、政治家にうそを吹き込んでいる相談役(おそらく学識経験者と自称する方々)にあるのでしょう。
Commented by 小市民 at 2008-01-28 22:42 x
通りすがりさん、情報のソースどうも有難うございます。このような政府資料を読むのは初めてで、けっこう感動(?)したりします。

> ...大学は本来寄附で成り立っているのが普通。大学や研究所について、是非こういった財源の面からの改革も進めていくべき。

「独立行政法人」が主題の段落ですが、前後の文脈からしますと、
-----
(国立大学法人/私立)大学は本来、授業料だけでは足りなく、寄付は大きい比重を占めるので、それが無いと成り立たないのが普通。そして「公益ドナー制」の導入・寄付で大学の財源が増え.....
-----
というふうに読み取れます。
実際、国立大学への国の運営費交付金が年間1兆円以上である事は周知の事実ですので、大臣の発言が「大学は寄付だけで運営すればいい」という意味ではないと思います。もし誤解があるといけないので、該当大臣のHP等で真意を確かめられるのが確実です。

でも、人の真意を聞くなんて、そんなのは面倒でかったるいですね。やはり通りすがりさんのように豪快に解釈して、一刀両断と切り捨てれば積年の鬱憤も晴らせて、健康に良さそうです。納得しました。
Commented by 通りすがり at 2008-01-29 02:07 x
小市民さんへ

確かに、発言の前半の部分も読むと真意はわかります。
しかし、机上の空論に思えます。例えば、理化学研究所が、1年間に受け取る寄付金の額をご存知ですか?

 理研の年間予算は500億円前後に対し、寄付金は1億円以下です。民間からの受託研究を入れても、数億円程度です。寄付金をいくら増やしても、これでは運営できません。大臣として政策新人類と自我自賛するなら、現状を踏まえるべきです。大臣発言は、影響が大きすぎます。

昨今の大学の交付金削減は酷いです。
国立大学や研究所の研究、教育レベルが低下は著しく、私大へ逃げ出す教員や研究者が増えています。この現状を見ると、「大学は寄付だけで運営すればいい」という大臣発言は、本気のように思えます。

-----
情報について。。

 研究関連の政府発表の報道の都度、元の公文書をネット検索し読んでいます。毎日30分程度の手間です。私は理系ですが、総合科学技術会議の政策の諮問や、行財政改革関連文書の、研究、大学関連の部分は、目を通してます。

なお、この大臣のHPも、随分前に確認し、その上で書き込んでいます。それから、上記のSさんと私は別人です。
Commented by S at 2008-01-29 14:34 x
通りすがりさん、情報提供どうもありがとうございます。 
早速資料拝読したいと思います。

寄付金と言っているところを見ると、この方は英米、特にアメリカの例を目標として想定しているようですね。日本にそのまま当てはめてうまくいくものなのかどうか。
Commented by 通りすがり at 2008-01-29 15:17 x
>>Sさん
アメリカで暮らしましたが、小中高は寄付金が占める割合は高い印象でした。(規模が小さいので寄付金総額は大学に比べ少ないですが。。。)。

国が小中高の運営に出すお金は最低限で、父母が我が子のために、それなりの寄付をしてました。金持ちが多い地域は、学校の設備がとてもよかったです。私の居住地域の高校は、日本の地方国立大学と同等以上の理科実験室がありました。一方で、貧しい人の居住地域は、学校も悲惨で、校舎もボロで、良い先生も雇えない状態でした。

日本もアメリカと同様に、小中高の運営を、寄付主体で行おうとしたら、うまくいくでしょうか?これは駄目です。誰でも分かります。日本は、小中高でさえ寄付で運営できない国なのです。もっと多額な予算が必要な、大学や研究所だけ、何故、寄付で運営できると考えるのでしょう?

不思議な思考回路の持ち主です。
Commented by at 2008-01-29 17:20 x
アメリカはキリスト教の寄付文化がありますからね。日本じゃ無理でしょう。
Commented by alchemist at 2008-01-29 18:20 x
国立大学が一校もない米国政府の大学関係の支出が人口比(あるいはGDP比)にして日本政府の倍ある、ってことが余り知られていないようですね。
私のいた私学では1/3が大学の基金の運用益、1/3が国からの予算、1/3が寄付でした。日本の国立大学に相当する州立大学の場合は大学の基金の運用益の代わりに州から予算が来るワケですから、
州と国からほぼ同額が来て、さらに寄付・・・と随分豊かなハズです。
日本もせめて政治家先生のパーテイ分くらい毎年寄付をしてくれる所があると助かるのですがねえ。
Commented by ゑぶ at 2008-01-31 00:42 x
その日米の高等教育予算の比較は、予算獲得のためによく文科省がする論法ですね。

ですが、私はこういう「アメリカではこれだけの予算があるのに日本では…」という理屈には余り意味が無いと思います。そもそも日米の大学で、先生の質も、学生の質などなども違うからです。大学に対する社会からの期待度が違えば、税金の投入量や寄付額が違うのも当然かと思います。

もちろん、日米の寄付税制が異なるというのも、原因としてあるとは、聞きますが。
Commented by 小市民 at 2008-01-31 01:15 x
alchemist先生のコメントはいつも説得力がありますね。

米国政府の大学関係の支出が日本の倍ですから、日本がもし倍のお金を支出すれば、アメリカのように、ノーベル賞倍増、山中研ケースの輩出.....みたいに、将来の展望を想像できますし、楽しみもあります。

国が独立行政法人の改革など、「小さな政府」政策に向かっているのに、ひたすら国からのお金が「少ない!足りない!もっとほしい!」と聞かされても、私のような小市民読者でさえも説得力を感じる事が出来ませんでした。
Commented by 通りすがり at 2008-01-31 02:05 x
>>ゑぶ さん
>大学に対する社会からの期待度が違えば、税金の投入量や
>寄付額が違うのも当然かと思います。

>>小市民さん
>国が独立行政法人の改革など、「小さな政府」政策に向かっているの
>に、ひたすら国からのお金が「少ない!足りない!もっとほしい!」

国民が、大学も含めた高等教育への投資の価値を認めず、税金を使うべきでない。というなら、それはひとつの考えかたでしょう。
私は大学を離れた人間で、当事者ではないですから。。

ただし、小市民読者が説得力を感じることができないからといって、主張が間違っているとは思いません。パソコンを全く知らない人に、「ワープロの使い方」や「web」を説明しても要領を得ないのと同じで、高等教育の現状を知らぬ人には、実感が湧かないのでしょう。

上に書きましたが、そういうバックグラウンドの人にとって、私の書き込みなど、「タダの与太話」です。

長い歴史の中で、科学や教育への投資を削って繁栄した国は無いと思います。日本は傾き始めていると感じますが、それも国民の選択の賜物でしょう。
Commented by 少し at 2008-01-31 11:47 x
アメリカの公立校の資金に関してですが,寄付が重要なのではなく,
地域の税収の総額だと思います.学校の運営資金は地域(町)から
予算がくるので,金持ちの多い場所では税収が多く,したがって
運営資金も多くなります.さらに寄付を募って差をつけますが,寄付に
頼った運営ではないと思われます.
ハワイ州などでは例外的に,このような地域格差を避け,州が一括して
予算を管理しています.
Commented by ゑぶ at 2008-01-31 23:28 x
私は、国民が税金を使うべきではないと思っている、と思ってはいません。逆に、文教・科学技術予算が伸びてきていることを考えると、国民は科学技術に期待をしているのだろうと思います。

ただ、その予算が、諸外国と比較して少なかったとしても、だからといって、即アメリカなみの予算をつけろというのには、無理があると思います。極端なたとえをいうと、日本の聞いたこともないような弱小大学に、旧帝大なみの予算を突然つけると言っているような安直さです。

また、たしかに科学技術については、その道の専門家でないと内容に踏み込んでまで、その重要性を理解するのは、無理だと思います。だからといって、わからないなら、わからなくていい、という態度ではいけないと思います。予算が必要なら、その必要性がわかるよう国民に説明することが、税金をもらって研究をしている研究のプロに求められると思います。だからこそ、そういう意味でも、アウトリーチ活動は重要だと思いますし、stochinai先生がブログでされているような情報発信に価値があるのだと思います。
Commented by 通りすがり at 2008-02-01 00:55 x
随分、決め付けがあります。。

> 予算が、諸外国と比較して少なかったとしても、だからといって、
> 即アメリカなみの予算をつけろというのには、無理があると思います。

そんなことは、何処にも書いていません。私は、2世議員の大臣が公の場で大学は寄付で運営しろと発言したがおかしい。高等教育の軽視は、国民への不利益になる。それが理解できず、困るのは国民自身である。この政治家の資質に問題があると書きました。

 予算に関して言えば、私は、独法化前の、大学の交付金のレベルが維持されれば良いと考えています。書込みの大半も、そのレベルの維持を問題にしていると思います。何処を読み込むと、

> 弱小大学に、旧帝大なみの予算を突然つける

なんて理解ができるのですか?不思議です。
Commented by 通りすがり at 2008-02-01 00:57 x
大変申し訳ないですが、科学や高等教育や学問の重要性は自明です。大学の窮乏は、このHPでも何度も取り上げられています。それでも、理解できないなら、仕方ないでしょう。困るのは国民自身です。高等教育の重要性の説明責任がある国なんて、先進国で聞いたことが無いです。

小中高の先生に学校の存在意義を理解できない人に説明する責任があるのでしょうか?

大学に関して言うと。。。
例えば、iPS細胞の山中先生が、iPS細胞の重要性を説く必要はあるでしょう。しかし、山中先生に、大学の存在意義を、国民に説明する必要があるのでしょうか?これは別の問題です。世の中には、様々な、知的レベルの人がいます。科学や高等教育の重要性を、広く一般の人にアピールするのは、別の話と思います。

団塊の世代は、学生運動で、大学無用論を叩き込まれたのでしょう。昭和一桁の型が引退してから、大学不要論が強まった気がします。しかし、必ず将来に禍根を残すと思います。学生運動が、大学教育を破壊したように。。。
なお、私は大学を離れた人間で、大学人ではないと断っておきます。。。
Commented by 割り込み at 2008-02-01 08:57 x
学生運動華やかなりし頃の名残なのかそれとも戦後から高度経済成長期の風潮の残存なのかわかりませんが、その世代の方々は極端な理想論と極端な効率主義・拝金主義の間を揺れ動く人が少なくないですね・・・。あ、団塊の世代だけじゃなくて、日本人全体の傾向か・・・?
Commented by 小市民 at 2008-02-01 13:11 x
>> 通りすがりさん

> 国民が、大学も含めた高等教育への投資の価値を認めず、税金を使うべきでない。というなら、それはひとつの考えかたでしょう。...高等教育の軽視は、国民への不利益になる。それが理解できず、困るのは国民自身である。

政府も国民も、高等教育を軽視していないと思います。
国のダイエット期間中では、全身(各分野)が一緒にスリムになりますが、決して「高等教育への投資の価値を認めず、税金を使うべきでない」という事ではありません。現に「国立」大学だけでも80以上あり、年ごとに兆単位のお金がそのために支出されていたのではありませんか。

> 私は、2世議員の大臣が公の場で大学は寄付で運営しろと発言したがおかしい。...この政治家の資質に問題があると書きました。

人(議員)が何を言ったかを言及するときは、ありのままの言葉を引用するのが基本です。読者は読者なりに理解します。独自の解釈だけを前面に押し出すのは、誠実な議論の仕方ではないと思われます。
Commented by 小市民 at 2008-02-01 13:13 x
(続き)

> 予算に関して言えば、私は、独法化前の、大学の交付金のレベルが維持されれば良いと考えています。書込みの大半も、そのレベルの維持を問題にしていると思います。

おそらく上記は一番仰りたい事かと推測します。
私も賛成します。

それならば、色々書かずに、上記を文の最前面に押し出して、「今までの日本の科学業績は輝かしいものがあり、それを持続させるには、高等教育をもっと重視すべきだ。そのためには...」、という感じの議論が本筋でしょう。
[軽視]、「無理解」、「人の資質に問題」などの文は、説得力が無いだけでなく、逆効果さえ招きます。
Commented by 通りすがり at 2008-02-02 01:46 x
論点がずれて来たので、ここで、議論は打ち止めさせてもらいます。

> 人(議員)が何を言ったかを言及するときは、ありのままの言葉を
> 引用するのが基本です。

私は公文書である議事録をソースとして示しました。

-------
私が一番問題だと思うのは大学に対するバッシングです。
独法化を境とした、大学の困窮や、最近の大学たたきの風潮と、それを煽るような報道に、嫌気がさしています。そんな外野の与太話と思ってください。
Commented by 通りすがり at 2008-02-02 01:59 x
(続き)
> [軽視]、「無理解」、「人の資質に問題」などの文は、説得力が無い
> だけでなく、逆効果さえ招きます。

大学関係者には申し訳ないです。

しかし、無理解、軽視、資質に問題といわれますが、同様の批判は、会社員やマスコミが、大学関係者や学生に対し、浴びせているものです。

例えば、大学の先生は、コストの理解が足らない。経済活動を軽視している。日本の大学教員は米国に比べて劣る。などの論です。これらは、私が大学院で、会社員に言われつづけたことです。

このHPでも道路関係のところに下記のような書込みがあります。

> まあ、公共事業は生活保護費みたいなもので、学者さんへの基礎
> 研究予算とどっちが 無駄か、難しいところです。

今は、私も社会人の一人ですが、会社員への皮肉をこめて、煽るように書きました。

逆の立場で同種のことを言われ、反発をするなら、大学や大学院生に対する発言や態度にも、配慮を望みます。
トピズレ失礼しました。

小市民さんの書込みは納得いたしました。今後は私も注意いたします。
Commented by ゑぶ at 2008-02-02 03:34 x
どうも、話がかみあってないような気がしますが…。まあいいや。

私は特定の人のコメントにコメントをつけたつもりは無いのですが、特定の方のコメントに、コメントをつける場合は、>や>>をつけることにします。

>大変申し訳ないですが、科学や高等教育や学問の重要性は自明です。

私も、もちろんそれには賛成です。

しかし、同じく社会保障などもおなじように、自明なこととして重要です。しかも国家予算は限られているのです。それゆえ国家予算の配分を考えたときには、本来比較対照できないような重要なもの同士の軽重をどうはかるかという問題に直面せざるをえません。そして、その配分を決定する権利は、国民にあります。その国民に理解を得ることなしに、予算を獲得するということはありえないです。国民がわかってくれなくて、予算をつけてくれないというのは、筋違いです。それは、国民にわかるように努力すべきということなのです。
Commented by ゑぶ at 2008-02-02 03:36 x
>小中高の先生に学校の存在意義を理解できない人に説明する責任があるのでしょうか?

あまりいい例ではないですね。学校の先生でも、予算にタッチする先生は、例えば教育委員会に勤務する先生ですが、こういう先生たちには、自治体の予算を獲得するために、教育施策について説明する責任があり、実際そういう説明を行っています。


>しかし、山中先生に、大学の存在意義を、国民に説明する必要があるのでしょうか?

立派な研究成果をあげることで、社会に大学の存在意義を示されています。
Commented by ゑぶ at 2008-02-02 04:04 x
話を元に戻せということなので、シラバスについて書きます。

アメリカについては、よくこのブログで、いろいろな人が「アメリカでは…だが、日本はだめだ」という話がでてきてます。

しかし、シラバスも、きっかけとしては、そういう議論から話ができてたものです。「アメリカでは、シラバスが非常に充実しているが、日本にはそれがないからだめなんだ」と。そしておばかな文科省がそのままシラバスだけ日本に移植したこうなった。

本当は、シラバスがアメリカで充実するようになった下地を検討すべきだったのです。上っ面だけ、導入してもただの事務作業増大にしかなりません。

だから、(しつこいかもしれませんが)alchemist先生が言われたような単純な予算の国際比較やアメリカの施策の受け売りではなく、日本の大学をどうやって、どうしたいかこそ、考えるべきだと思います。
Commented by ゑぶ at 2008-02-02 04:07 x
文科省はシラバスの普及率を鼻高々に大学改革の証にしていますが、とんでもないです。またさらに、今度は、ファカルティ・ディベロップメント(FD、要するに教員の授業の質とかを改善することを目的にした施策)を各大学に持ち込もうとしていますが、FDだけを移植したところで無駄だと思います。もっと根の深い、日本に最初の近代的大学が設置されてからずっと尾をひきずっているような問題、教員の評価等からみなおさなければ、本当に教員の質を高めることはできないと思います。


…って大分、読む価値も無いような駄文を書き込みすぎましたね。すんません。
Commented by えふで at 2008-02-02 12:11 x
ファカルティ・ディベロップメント(FD)ってアメリカからの輸入かと思ったら、「本家」のアメリカでは殆ど聞かない概念のようです。

文科省のお利口な役人さんが、する事無くなった旧教養部や教育学部の暇老人にそそのかされて始めた、偽ブランドの偽輸入品みたいなもの。
Commented by えふで at 2008-02-02 12:14 x
>…って大分、読む価値も無いような駄文を書き込みすぎましたね

全くおっしゃる通りです。
Commented by ゑぶ at 2008-02-02 12:49 x
教員の質を向上させるには、教授会による人事権の密室的な決定こそ打破すべきでしょう。(改善にむけて取り組んでいる大学もあると聞いていますが)

>全くおっしゃる通りです。
少なくともある程度読んでくださった上で、そうお書きになっていると思われるので、返す返す申し訳ないです…。
Commented by stochinai at 2008-02-02 12:57
>読む価値も無いような駄文

 私にはとても参考になることが多かったです。反応もありましたので、問題提起にもなったということです。ありがとうございました。今後とも、よろしくお願いします。
Commented by alchemist at 2008-02-03 17:42 x
>単純な予算の国際比較やアメリカの施策の受け売り
単純で済みません。
ただ、私は昨今のいわゆる「グローバル化」が弱者に対する救済を一切欠いた形で誤訳されていることに疑問を持っています。米国でポストドックやテニュアートラックとして暮らした体験からすれば、あの制度は若手を育てる揺りかごの機能も持っています。現在の日本に導入されたポストドックは若手に対する揺りかご機能は殆どありません。そういう誤訳が平気でまかり通っているのは研究のシステムだけではないのではないかと推測しています。
日本は情報鎖国しているように見えます。
大学の予算を減らすのなら減らすで「我が国は国立大学を80校ほど持っているが、バブルの時期を含めて国立大学が一校もない米国を始めとする先進諸国と同水準の高等教育予算を支出したことは一切ない。でも、政府の方針としてもっと減らす」と言えば論理的に正しいとは言えますが。繰り返しますが、他の面でも似たようなことがあるのでは?
Commented by 辺境 at 2008-02-03 21:39 x
私の知ってるアメリカでは、教員が配布した配布物一般を「シラバス」ってよんでました。学生の記名式の教員評価があり、褒め言葉に混じって穏やかな批判もありました。初中等教育では一般的だった教育技術向上運動「Professional Development」略してProDプロディー、またはPD(!)というのを、大学でも導入せよという声が出始めた頃でした。研究大学はどこも、そうした形式的研修制度に抵抗して、結局制度化されないで終ったように思います。

こういうのが5〜10年遅れで、元の形を余りとどめない奇妙なゆがみとともに、名前までPD−>FDと変わって、日本に来たのかは、私には全くわからないのですが、きっと文科省の役人さんとか、教育学部の人が知っているのでしょう。一つ間違いないのは、これがかつての教養部を解体した事の予期せざる結果のフォローアップなんだろうという点ですかね。
Commented by ゑぶ at 2008-02-03 22:42 x
stochinai先生に褒められたので、調子に乗ってジャンジャン書き込みします。

>>alchemist先生

何の根拠も示さず「単純」と申し上げて、こちらこそすみません。

ただ、この論法は、文科省や(今は無き)教育再生会議も好んでいたので、先生だけを批判したわけではありません。予算の国際比較としては、GDPに占める高等教育予算を比較するのがもっとも単純で、そうするとOECD諸国の中でも日本が最下位グループに入ってしまいます。が、ほかの比較の仕方、たとえば、

・GDPの代わりに公財政支出に占める割合をとる
(日本は他の先進諸国より税負担が小さいので、一人あたりの一般会計規模も小さいのです。この計算方法をとると、日本はイギリスやドイツなどと同レベルになります)

・公財政支出と家計負担を合計して比較する
(税負担が軽い分だけ、家計は高等教育にお金を支出できます。よって国全体の高等教育支出を計算をするときには、こちらのほうが合理的かと思います)
Commented by ゑぶ at 2008-02-03 22:45 x
、のような方法をとると、日本もわりと高等教育にお金をかけていることがわかります。ただ、そういう計算方法をつかっても、アメリカだけダントツにお金をかけていることもわかるので、alchemist先生のご趣旨は正しいと思います(じゃあ、「単純」とか書くなよっ、という話ですが…)。

私は、こういう予算の比較だけの議論は好ましくないと思います。確かに科学技術は国際競争なので、他国がどれくらい予算を計上しているかというのは、非常に有益な情報になります。しかし、それぞれの国にそれぞれの事情があるので、それを加味しなければ国際比較も意味が無いと思います。たとえば、真に科学技術に必要な予算を積み上げていくと、アメリカと同規模になるという議論なら、よいのすが。
Commented by ゑぶ at 2008-02-03 22:47 x
「誤訳」についてのご意見には、賛成です。日本では、ポスドク制度が表面的に導入されて、もっと根の深い「思想」とか「哲学」に近いようなシステムの導入されていなかったため、矛盾が生じたのだろうと私は思います。stochinai先生のブログには、そういう深い議論ができる人が集まっていると思いますので、そういう議論を期待しています。

>大学の予算を減らす
というのは、本当でしょうか?運営費交付金や私学助成金のような基盤的経費の削減のことを言われているのだろうと思いますが、文教・科学技術予算は、ここ数年伸びを見せていますし、科研費は間接経費に使っていい枠が広がりました。だから、大学全体におちるお金は増えているというのが、私の認識です。ただ競争的資金なので、もともと競争力の強い大学がさらに強くなって、弱いものがさらに弱くなる。それが問題だと思っています。

>FD
教員の単なる事務量増大になっているのでは、とおもいます。また「法人化後は、余計な雑用が増えたなあ」という教員のぼやきが聞こえてきそうです。
Commented by alchemist at 2008-02-05 12:40 x
どうなのでしょうか。
日本の負荷は年金やらを加えると安くはないという気がします。年金やらの負担はsocial security taxと重なる部分もあるようですし、税金と名前が付いているだけでの比較も難しいような・・・。ちょうど、軍事費の国際比較で日本の場合、軍人恩給や海上保安庁などの予算が省かれて見かけ上過少評価になっているのと似ているような気がしないでもありません。
もう一つ、生活実感からすると、日本は物価が高いです。帰国直後に日常品を近所のスーパーで2万円ほど買いましたが、米国で200ドルで購入できた日常品の1/4あるかないか・・・という感じでした。研究関連の試薬やら機器も同じですね。日本で2万円くらいの日本の会社の売り出している卓上遠心機が、米国では50ドルしなかったので4つくらい購入して持って帰ったことがあります。などと、色んな要素を勘案してゆくと国際比較は難しすぎます。でも、競争では物価が高いからとか研究費が乏しいからとかの言い訳はありませんし。
Commented by alchemist at 2008-02-05 12:41 x
大学の予算は例外的な数大学を除いて減っているのではないでしょうか。私の所もどちらかというと大規模大学ですが苦戦しています。加えて、附属病院の新築費用が実は借金だったという誰も知らなかった事実を法人化して初めて知って、大学の全予算の半分ほどに相当する借財を抱えての出発になり、毎年の返済金が結構嵩んで、病院の大学院生なんて勤労奉仕で大変なことになっています。院生の労働力を当てにしなければやって行けない大学病院って、制度的にあまりマジメじゃないですね。
by stochinai | 2008-01-22 22:10 | 教育 | Comments(59)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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