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大学教育の質とは

 私の先日のエントリー「卒業式: 大学も学習指導要領?」に、地獄のハイウェイのkatsuya_440さんが批判のエントリーを書いてくださいました。今のところこちらにトラックバックは届いていないのですが、回答を要求されている部分もありますので、ちょっとだけ反論してみたいと思います。最近は、トラックバックで議論をし合っているところを見る機会はあまりないのですが、せっかくのブログの優れた機能ですので、こちらからトラックバックを送りたいと思いましたが、アドレスがみつかりませんでした。残念。

 さて、katsuya_440さんのエントリー「大学教育の質の保証は望ましいことだ」のタイトルには、反対する人はいないと思います。もちろん、私も大学教育の質が保証補償されるのであればそれには大賛成です。私が、大学教育に対しても高校までのような「到達目標」という一律の基準を設定することを、「悪い冗談」と書いたのは、それを設定することによってどこの大学を出ても金太郎飴のように、同じレベルの学生が生み出されることになるのではないかと思ったことを最初に感じたからです。

 進学率が50%を越えるようになっている今の大学卒業生全体のレベルを揃えようということを意図すると、進学したほとんどの学生が卒業できるような基準を作らなければなりません。それは、いわゆる「ゆとり教育」の出発点となった落ちこぼれる子供をなくそうという発想と同じことになります。高いレベルを設定して、それをクリアできない学生をどんどん落として、卒業させないということであるならば質は保証補償されるでしょうが、おそらく今の日本の大学でこれができなければ卒業させませんというような基準を作るとしたら、それはほとんどの学生がクリアできるものに設定せざるを得ず、結果として優秀な学生の出現を阻害することになると思います。それは、すでに我々が小中高の「教育内容削減」で経験したことの再来と言えるでしょう。

 同じ目的で創設されたJABEEは、うまく機能しているのでしょうか。目標は「工学教育の質の保証」なのだと思いますが、そのプログラムを走らせている大学の学生のうち、かなりの人がクリアできるようなものにはなっていないでしょうか。今の産業界が求めているのは、高度成長期の時のような横並びの(ちょっと低い)レベルの均質な労働力では決してないでしょう。そのことがが、JABEEの「社会的認知の向上の障害」のひとつになっていないでしょうか。もしも、JABEEをクリアした学生が東大、京大、阪大の学生よりも良い技術者になっていれば、それで良いのではないでしょうか。利益を優先する企業ならば選んでくれるはずです。

 そういう意味で、私は話題になっている到達目標のようなものをもし作るのだとすれば、それは国が決めるのではなく各大学が勝手に定めて、「うちの大学の到達目標はこんなに高く、これをクリアした学生はこんなに優秀です」ということで売りにすれば良いと思っています。

 そういうふうに大学ごとに特徴を出すことが、ある大学を卒業した学生の質を高め、またある大学を卒業した学生は相手にされないという、真の意味での大学間競争を生み、それが中から結果的にさまざまな能力を持った多様な学生を生む原動力になるのだと信じます。

 さらに、大学には研究後継者を生み出すという非常に重要な役割があります。研究というのは質の揃ったたくさんの労働者によって生み出されるものというよりは、突出した才能を持った少数の科学者によってブレークスルーが生み出されることが多いものです。そういう才能を生み出すためには、下手な到達目標を設定するのではなく、(言い方に問題があるかもしれませんが)伸びる人間はどこまでも伸びることができ、そうでない人間は早々にキャリアの変更ができるような環境が適しているように思います。

 すでにここでは語り尽くされたことではありますが、大学院重点化によって大学院博士課程にまで進んだ人間の多くが博士号を取れるように「博士の認定基準が変わってしまった」ということが、博士の社会的評価を下げてしまったということもあるのではないでしょうか。さすがにkatsuya_440さんも、この問題に対しては大学と同じように「博士の質を保証するための到達目標」を設定しろではなく、「博士を減らして質を高めるべきだ」とおっしゃっています。

 少子化で数が減っているのですから、私は大学も大学院と同じように「学生を減らして質をたかめるべきだ」とも思っています。

【追伸】
 最後のところに書かれていることは、最近秋田県で採用された博士持ちの高校教員のことをおっしゃっているのでしょうか。そうだとしたら私の意見はまったく逆で、大学受験のための高校教育には確かに博士は必要ないかもしれませんが、博士が高校教育に参加することで、高校教育が今までとは変わる(つまり、博士号の意味が生きる)のではないかと期待しています。その件に関しては、昔たくさんいた「受験勉強はさせないのに圧倒的人気を誇っていた大手予備校の名物講師」を思い出していただけれれば良いのではないかと思います。
Commented by ゑぶ at 2008-04-01 23:22 x
stochinai先生のいう「大学」とは、旧帝大に代表される研究志向の大学であることが多いように思われます。

むしろ質の保証の対象とすべきは、そういう大学ではなくて、大学の序列の最下層にあまた存在する弱小大学であると思います。そういう大学の質を高めて、日本社会全体の知的レベルの底上げを行う。これが、大学の質の保証の目的かと思います。

>「うちの大学の到達目標はこんなに高く、これをクリアした学生はこんなに優秀です」

といいますが、他大とも比較できる統一的なものさしがなければ、輩出した卒業生の質を証明することはできません。それが今は、就職率や資格取得率となっていて、大学本来の目的の観点から問題視されているのはご承知の通りです。
Commented by B at 2008-04-02 01:28 x
>>ゑぶ さん

Fランク大学の質の保証を念頭に、大学教育を議論するのは難しいと思います。Fランク大学の卒業生と、旧帝大を中心とした国立大学の卒業生では、学力の差は歴然です。学生を雇う企業も、認識しています。

今後の少子化で、Fランク大学は、淘汰されます。社会の評価に任せるのも、一つのやり方です。

> 他大とも比較できる統一的なものさしがなければ、輩出した
> 卒業生の質を証明することはできません

偏差値秀才的な意見です。人の能力は、ネジや規格部品のような評価には馴染みません。

卒業生の力を、共通の物差しで測る必要がありますか?世の中は多様です。同じ物差しで、能力が測れるほど、簡単ではないです。例えば、実験や実習が伴う理工系、体育系、芸術系では、ペーパーテストだけで能力を測るのは難しいです。

能力主義のアメリカでも、評価は一律ではありません。A社でクビになっても、B社は別基準で評価し採用という例は数多くあります。大学の卒業資格も同様です。
Commented by B at 2008-04-02 01:31 x
国がすべきは、卒業生個人の評価ではなく、卒業生を出す、大学への評価です。(あくまでも大学の「評価」であって、「審査」ではない)

一定水準以上の学問を修めた学生を社会に送り出したか?カリキュラムは適正か?教授の資質に値する教授陣か?などの評価を点数化し公開するのも一つの方法でしょう。偏差値とは違う大学選びの基準になるはずですし、評価の低い大学は自然淘汰されることでしょう。
Commented by cin at 2008-04-02 14:56 x
>高いレベルを設定して、それをクリアできない学生をどんどん落として、
>卒業させないということであるならば質は補償されるでしょうが、おそらく
>今の日本の大学でこれができなければ卒業させませんというような基準を
>作るとしたら、それはほとんどの学生がクリアできるものに設定

まさにその通りだということを、弱小地方大学で感じています。担当必修科目の単位が不足して卒業が危ぶまれた学生とその父兄から横暴だと抗議を受け、苦情を受けた教務委員会からも(遠回しに)単位認定を迫られたこともあります。
卒業生の品質維持(ひいては大学のブランド力の上昇と維持)は経営的にも非常に重要だと思うのですが、学生ばかりか教員も父兄も「大学は大して勉強せずに半ば遊んでいても卒業できるモラトリアム期間である」という共同幻想とおぼしきものを持っていて、厳しめの最低ラインを設定した科目は受講生も少なく学生評価もとても低くなります。
Commented by cin at 2008-04-02 14:57 x
教授会でも、顧客(=学生)満足度やスポンサー(=親)満足度という言葉で、「うちの大学は学生には十分な教育を行っており、入学した者は落ちこぼれることなく、95%がきちんと卒業できます」という姿勢が正しいとされています。留年生や除籍・退学者の数は大学の恥と言わんばかりです。実際には、ただのトコロテンなのにも関わらず。

数十年前の受験戦争時代から世間は表向き「誰でも入学できるが、勉強品と卒業できない大学」を望んでいた振りをしていましたが、少子化全入時代でその実現が可能になったのに、実はそんなものは望んでいないようです。

そのような状況で「達成目標」なるものを作っても、現実にはそれに引っかかる学生はほとんど出ず、何の価値もない低いものになるでしょう。
Commented by 正直 at 2008-04-02 16:13 x
底辺大学では挨拶と敬語と身だしなみとワード・エクセル講座で十二分だったりして。
Commented by ゑぶ at 2008-04-03 01:06 x
stochinai先生やコメントを書き込んでいる方々は、「到達目標」がほとんどの学生がクリアできるものになるだろうと思い込んでいるようですが、何を根拠にそうお考えなのでしょうか?

下のURLのニュースにもあるように、この「到達目標」はFクラスの大学(底辺大学)を淘汰する仕組みとして機能するものだとされています。
http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080326AT1G2102D26032008.html

こういうムチを振りかざしながら、同時に留学生30万人計画や社会人受け入れなど学生数増加のアメをちらつかせている、これが今の文科省の高等教育政策だと思います。

>>Bさん
言葉足らずだったらすみませんが、今は個々の卒業生の質について述べていません。大学が輩出する卒業生全体の質のことです。それをみて、受験生は入学する大学を選んだり、企業なら就活生の出身大学の質を判断する、そういうものさしのことです。「到達目標」を達成した学生の率なんかが、今後大学を評価するものさしになったりするのではないでしょうか。
Commented by abc at 2008-04-03 11:00 x
誤:質が補償される --> 正:質が保証される
(2ヶ所)
Commented by stochinai at 2008-04-03 11:28
 誤字の指摘、ありがとうございました。
Commented by B at 2008-04-04 18:40 x
>>ゑぶ さん

> 今は個々の卒業生の質について述べていません。大学が輩出する
> 卒業生全体の質のことです。

なるほど。確かに大学教育の評価は行い、公開すべきですね。
ただ、一律の基準での評価は、様々な学部がある大学には馴染まないでしょう。

> 企業なら就活生の出身大学の質を判断する、

学会関係よりも、日本企業のほうが学閥が強い様に見えます。
企業は、大学名を気にしますが、大学で何を学んだかは、あまり問わないので不思議です。

文部科学省の方針ですが、少子化が言われたとき、公立高校への学区の締め付けを厳しくし、質のよい学生を私立に流しました。こうして、公立高校を骨抜きにし、私立校の温存を図りました。

同様のことを大学で行おうとしている気がします。つまり、地方国立大学への締付けを厳しくし、学生を私立大学に誘導し、私学の経営を強化し、地方国立大学は統廃合する。
日系の記事を読んで、上記のような文科省の方針を感じました。推測ですが。。大学でこれを行うと、社会の中での人材育成に相当の弊害が出る気がします。
Commented by jasui at 2008-04-05 05:00 x
それは全くの邪推ですよ。文科省はそこまで考えてる訳ではなく、ただ目の前の事項に場当たり的に対応してるだけです。これまでのずっとそうでしたし。

地方国立から大都市私学への学生の流れ、というのが強まって来たのは確かですが、これは文科省とは何の関係もなく、地方国立大の施策とすらも余り関係なく、日本全体の、地方から都市への再集中が進んでいるという、大きな社会現象の一面に過ぎません。

さらにいえば、教育業界全体の苦境も、ゆとり教育やらなんやらとかとは余り関係がない、単なる人口動態の変化の反映です。大学の大拡張、大発展期に、文科省や各大学が何か優れた事を行ったのかと言えば、そんなことはなく、実は今のほうが必死にいろいろ試みてる訳です。
Commented by jasui at 2008-04-05 05:10 x
ちょうど、上流で大雨が降って、下流が増水して橋が流れたのを、下流しか知らない住人が、オマエが工場を創って排水流し始めたから増水したんだ、いやみんながペットボトル使うようになって、水道水飲まなくなったせいだ、とか論争しているようなもんです。

ポス毒「問題」も同じで、誰が悪いといっても何も始まりませんし、あれこれ姑息な手段を弄しても、実際は解決しません。日本の社会全体が、守りに入って成長を止めて後ろ向きになり、既得権を持った老人が、若い人の生き血を吸うようにして暮らす、という国の形を選んだ以上、これ以外にあり得ません。
Commented by ありゃ~ at 2008-04-05 12:36 x
jasuiさんに すべて同感です。日本社会が変化している訳で これから良く転ぶか悪くなるかは分かりませんが。ただし、確かなことは、
>日本の社会全体が、守りに入って成長を止めて後ろ向きになり、既得権を持った老人が、若い人の生き血を吸うようにして暮らす、・・・
ように 現状ではなっている「事実」と思います。
このままでは、(一時的な就職好はあっても、)若者には日本の未来は明るくありません。
Commented by ただし at 2008-04-06 13:24 x
jasuiさんの言うことももっともで、今回の質の保証の問題はそうではないとは思いますが、文科省が私学重視路線をとっているのも事実です。古くは私学に近づけようとする授業料の値上げにはじまり、現在は学部・大学院の入学者の上限を定員の110%未満にせよという指導も、すべて「民業圧迫だ」と主張する私学の圧力に屈したものです。その意味では疑ってかかるのももっともなことで、必ずしも邪推ではありません。
Commented by ああ at 2008-04-13 19:41 x
しかし、4月になったとたんPDたちの愚痴を聞かなくてすむなんて
本当にシアワセに思います。
あいつら一生黙ってりゃいいのに・・・
Commented by stochinai at 2008-04-14 00:08
 私はこの4月は、ポスドクの方達の中から堪忍袋の緒が切れる方が続々と出てくるのではないかと心配しています。もう、黙っている時ではないというのが、私の感想です。
Commented by からころ at 2008-04-14 10:06 x
>ああさん
愚痴ではなく、現状の適切な把握および社会の改善に向けた、報告と問題提起ですよ。
社会への問いかけが研究者の任務の一つですから、残念ながら一生黙っていることは難しいかと思われます。

ポスドクとて、単に教員に喧嘩を吹っかけている訳ではありません。
平和的解決を目指すほうが、双方にとって有益です。

ポスドク(オーバードクター)問題、社会学や教育学の奨励研究の課題にしたらよいのではないかと思います。
Commented by B at 2008-04-14 14:13 x
ポスドク関連予算の総枠を減らし、ポスドクは居なくなり問題解決。。という結末でしょうか?

ポストク問題対策予算を立ち上がる一方で、ポスドクを雇用する予算が絞られ、数年前に比べ、ポスドクのポストが相当減りました。

さらに、大学院の博士課程の定員も減らせば、「問題解決」で手打ちでしょう。真偽は知りませんが。。
Commented by A at 2008-04-14 15:22 x
今の(昔も)大学院は、研究活動に偏り過ぎて人材育成が疎かです。そして、研究成果に対しては、まともな評価も罰則もないと言うのが現状です。つまり、教員が趣味として研究をやる憩いの場所が大学院で、その手伝いをしてアルバイト代をもらうのが院生やポスドクなわけです。むろん、まともな教育を受けていない院生やポスドクは何のキャリアアップもありませんから、その後の職もありません。この大いなる無駄にさすがに頭に来ていると言うのが、文科省や国民と考えることは出来ないでしょうか。

確かに、このまま定年を全う出来る特権階級の職員には、次の世代などどうでも良いことなのかもしれません。しかし、今後のことを考えれば、大学院への研究支援はどんどん引き締めて、教育機関としての質をもっと高める必要があると思います。そのためには、大学に変わる研究機関やベンチャー企業等を作って、大学院から研究を奪うというのが早いと思います(そのためのポスドク人材は十分にいますし)。研究/教育のダブルスタンダードは何も良い結果を生みません。大学院が、他に打開策を出せないと言うなら、まず教育機関の本分を全うすべきだと思います。
Commented by B at 2008-04-14 16:55 x
> 今の(昔も)大学院は、研究活動に偏り過ぎて人材育成が疎かです。

大学院で学んだ経験がありますか?
大学院で研究を教えないで何を教えるのですか?

海外も経験しましたが、海外の方が、もっと研究に偏った感じですよ。

> 教員が趣味として研究をやる憩いの場所が大学院..

一部の私大ならそうかも知れません。振り込め詐欺をした学生が在学しているのですから、趣味の研究をする教員もいるかも知れません。でもそれは、理系の研究では無名の大学の話です。

国立の研究系の大学だと、趣味なんて、生易しいものではない。
論文1報の出来で、予算の獲得が決まり、ポスドクや補助員の生活が掛かる。失敗すれば彼らはクビで、自分の仕事もまわらなくなる(だから捏造する人も出てくる)。仕事だと思わないとやってられない。

「趣味みたいな研究生活」なんて、隣の芝生をみてる、団塊老人のたわごと。

> 大学院から研究を奪うというのが早いと思います

研究をしないで学問を教えるのは、体を動かさないでスポーツを教えるようなもの。本気で言ってるのですか
Commented by 食い詰め博士 at 2008-04-15 01:33 x
>>ああ

悪かったな。
お望みならいくらでも愚痴を聞かせてやるが。
Commented by Bでは大学院生雇用すべきでは? at 2008-04-15 06:14 x
同じ「大学院」という言葉を使っているのでややこしくなるような気がするのですが
Aさん式: 大学院生は教育を受けるためにお金を払って進学する立場
Bさん式: 大学院生は研究室の一員として雇用される立場(結果的に教育を受けることもあるけど、それは研究室の利益になるから)
とすれば矛盾ないような気が…世の中には両方あってよいと思うのですが、Aのつもりで進学したらBでしかもあんまり教育にならなくて自費で使い捨てされたらそりゃ文句のひとつも言いたくなるでしょうから、そのあたりの情報公開してきちんと棲み分ければよさそうに思います。
社会的には両方とも需要あると思いますので、各々の供給は需要にあわせて決めればよいでしょうし(供給にあわせて需要を作るという積極策もありえますが)。
Commented by alchemist at 2008-04-15 10:28 x
↑少し違うのでは?
少なくとも実験系だと、与えられたテーマに関してどのように取り組めば良いかの指導を受けながら、実験を行い、その結果について議論をしながら次のステップを相談し、成果の纏め方、論文の投稿やreviseのやり方などを修得し、次のステップの研究の進め方の指導を受けて、なんとか一人立ちできるようになった時点で学位を修得するというのが、最もオーソドックスなあり方では?
よほど研究のやり方がシステム化された研究室でない限り、博士課程に入ってきた院生は、そのままでは研究の戦力にはなりません。
大学院の教育で大事なことは与えられるテーマではなく、そのテーマに対してどう取り組むか(思考すること、実験すること、纏めること)の能力を養うことでは?

もちろん、できるものなら(可能な研究費があれば)大学院生に幾らかでもサラリーを支払いたいのですが。
Commented by Bでは大学院生雇用すべきでは? at 2008-04-16 01:24 x
「研究の戦力」の「研究」というのが他律的な研究なのか自律的な研究なのかによって違うと思うのですよね(観念的な区分だとは思いますが)。後者であっても最初は見習いから始めるというのは理解できるのですが、(本人の能力その他により)最終的に自立的な研究能力を養成できないのであれば、さっさと引導を渡して中退させるか、割り切ってテクニシャンとして雇用するかしないと詐欺っぽくなりませんかね?
大学院生の満足する就職先が十分供給されている状況であれば、その
あたりの矛盾は露見しなかったのだと思いますが…まあ大人なんだからそんな過保護にせんでもよいという気もしますが。
Commented by alchemist at 2008-04-16 12:40 x
研究者は機会さえ得られたらindependentになることを躊躇しないものである、とすれば、自律的な能力を養成できない場合はおっしゃるように修士課程の段階で身の振り方を決めるのがベターですね。余り院生の来ない研究室ですが、その少ない院生の何人かは修士レベルで就職して元気にやってるようです。
でも、その決断は御本人がまわりを見ながら考えるもののような気がするのですが・・・。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-04-16 22:21 x
そのテーマで予算を取ったからと、研究室に配属された4年生にまともな指導員も付けず、膨大な研究成果を要求する教授がいますね。
さすがにこれが教育機関かと思います。だったらサラリーくらい払えと言いたい。

我々の世代は確かに言われているようにピンキリかもしれないが、いずれキリしかいなくなりますよ。一銭五厘でいくらでもPDが供給されると思うなよ。
Commented by からころ at 2008-04-17 01:07 x
>alchemistさん
コネによる「大抜擢」の就職/研究費獲得があったりするので、まわりを見てもよく分かりません。
Commented by alchemist at 2008-04-20 16:51 x
からころさん
まあ、コネでどうこうというウワサは昔から耳にしますし、きっとあちこちであっただろうし、あるのでしょう。ローカルな大学のマイナーっぽい領域の体験しかありませんので、一般化できる話かどうか判りません。いつもマイナーな研究室でしたので、機械を借りたり、セミナーに押し掛けたりでそれぞれの大学のあっちこっちのラボに知り合いが増えました。そんな中で、こいつはこんな所が優秀だなと感じた人間は大体生き残っているようです。周りを見ながらってのは、そんな風なことを言ったつもりなのですが、大抜擢を行うようなゆとりのある大学では見え難いことがあるかも知れませんね。
Commented by B at 2008-04-20 18:19 x
>> Bでは大学院生雇用すべきでは?さん

文系の方ですか?
私は理系の研究室のことは書きましたが、「院生をこき使え」なんて、一切書いません。内容は正確にお読みください。
私は常勤の大学教員ではないです。

私が言いたいことは、alchemistさんのおっしゃるとおりです

> Bさん式: 大学院生は研究室の一員として雇用される立場
> (結果的に教育を受けることもあるけど、それは研究室の利益に
> なるから)

私の書込の意図と全く違います。私が言いたいことは、
「理系の技術の進歩は早く、5年程度で、大学院レベルの研究の指導が出来無くなります。理系では、研究から離れた、教育だけの大学院など、有り得ません。」
Commented by B at 2008-04-20 18:33 x
(続き)
> それは研究室の利益になるから

失礼です。研究だけなら、ポスドクと補助員で進めるのが一番効率がいい。

研究所勤務で、国立の連携大学院教員ですが、無給です。大学からの教育費は数万円です。実際には、院生の教育に、一人あたり、年間100万円くらいコストを掛けてます。持ち出しです。コストは、10倍の競争率の競争的研究費から出ています。院生は、後進を育てたいので受け入れてます。労働力なら、院生は不要。

>> 鶏肋37歳PD さん
> サラリーくらい払え。。

海外の経験がありますか?
サラリーも含めて、院生の権利は、義務とセットです。院生とボスが雇用関係のアメリカでは、相当理不尽な理由で院生は退学でした。

さて、あなたが10倍の競争率(さきがけ程度)の研究費が採択されたとします。この10倍の倍率の研究費を取りつづけないと、ポスドクや補助員など、研究室の主力は失業です。

研究室の院生に無条件に給料を払いたいと思いますか?

院生に給料を払うなら、院生数の大幅削減が必要と思います。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-04-20 23:26 x
Bさん

別に全員に払えとは言っていませんが。研究の場を提供した対価として、学生の成果で研究費を取るのはおかしいとは思いませんが、学生をプロジェクトに組み込むのならば、その学生にはサラリーを払ってもおかしくないと思っています。
学生本人は教育の一環として研究室に来ているのに、そのテーマが研究費に採択されたからといって、労働力としてデータを出す義務があるなどと考えるのは、PIの驕りだと考えます。別に学生のデータを使うなというわけではありません。義務を要求するのならば、それに見合った対価くらい提供しろと言っているのです。対価として十分な教育が与えられているのなら、それはそれで構いませんが。
研究費を取らなければ研究室が運営できない今では、そんな甘いことを言ってられないのもわかりますが、前記のような例を見るとさすがに不愉快ですね。そもそも主力としてPDを雇えるのならば、そちらに成果を期待するのが筋合いだと思います。
Commented by B at 2008-04-21 01:47 x
>>鶏肋37歳PD さん
私は、学生を仕事に使ったことは無く、PDと仕事をしています。その上で書きます。

大学から支給される卒研や修論に指導費用は一人あたり数万円です。現実には、競争的予算で購入した機械や試薬を使わないと、修論や卒論の研究は出来ません。
逆に、
「競争的予算で購入した物を使うなら、それに沿った研究をしてくれ。」
と思います。競争的研究費のテーマに沿った研究でも、修士や卒論の学生は、一人で論文は書けないし、研究費の浪費で終わる人が大半です。

PDが行えば半年-1年で結果が出ることを、教育効果を考え、修士学生に2年掛けてやって貰う事が多いと思います。

確かにアメリカでは、教授は、学生に給料を払いますが、教授は、
「駄目な学生をクビ(退学)にする権利」
も持っています。日本は学生に給料は支払いませんが、駄目でも退学にはなりません。

状況の違いを無視し、権利だけを主張しても..と思います。

あなたの年齢を考えると、さきがけでも獲得し、学生を雇ってみては如何でしょうか。 同年齢で、人を雇っている研究者はそれをしています。嘆く前にトライすべきです。
Commented by alchemist at 2008-04-21 12:37 x
少し論点がずれているような気がします。
かつて大学の評価室で「大学院における教育」について学部領域を越えてどういう共通な評価基準が可能かという議論をやったことがあります。賛同者は殆ど居なかったのですが、あえて学部を越えた評価基準を設定するとすれば「後継者が育つような研究テーマを院生に対して設定できているかどうか」ではないか、と主張しました。人文社会科学系の先生方には特に判り難かったようです。

実験系ならばある程度共通する面があると考えているのですが、ヒトを人手としか見ない研究テーマの設定もありますし、ヒトがステップごとに何かを考えながら研究を纏めてゆけるようなテーマの設定もあります。強いて表現すれば前者は工場性手工業の一工員であり、後者は職人にあたるかも知れません。(続く)
Commented by alchemist at 2008-04-21 12:38 x
大規模な研究室では効率を重んじて部分部分をスペシャリストが担当するような仕組みになっていることもあるようです。そういう仕組みに組み込まれた院生は場合によっては研究室のシステムに載っているということで業績はあるけれど、研究全体の仕組みがよく判らない博士になってしまう可能性もあるでしょう。そういう時はテクニシャンとしてのサラリーを払えという意見も理解できます。
ただ、日本の場合、特定の研究室を除いてそのような工場性手工業風の運営はできません。院生がそれぞれのテーマに対して自分で考えながら研究を組み立てるという過程を体得しながら成果を出すことになるワケですが、そういう場合はプロジェクトの一部であっても(プロジェクトの一部でありかつ独立した研究であるというのが普通ですから)大学院の教育と考えて宜しいのではないでしょうか。そういうヒトにも給付の奨学金を払いたいのは山々なのですが。
Commented by お互い様 at 2008-04-21 15:23 x
ダメな学生を首にできるかもしれないが、教授のハラスメントや利益相反に対する目も厳しいわけで。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-04-22 07:01 x
Bさん

別にアメリカが好ましいと言っているわけではありませんが、「駄目な学生をクビ(退学)にする権利」を取り入れても、本人が納得ずくなら別にいいのではないでしょうか(PDなんてそもそもそんなものですし)。
成果を要求するなら、それに応じた対価を与えろと言っているので、それがサラリーであろうが教育であろうが、納得できるものなら構いません。
学生がデータを出すのは我々の3倍手間がかかるのは実感しています。それを承知した上で、PDも後進を育てるために自分の時間を割いて学生を指導しています。学生に勝手に育ってくれることを期待するなら、本人にテーマを一任させて、試行錯誤させながら成長させていくべきだと思います。無論、成果はなかなか上がりませんが。

> あなたの年齢を考えると、さきがけでも獲得し、
> 学生を雇ってみては如何でしょうか。

これに関しては、そうできるよう努力したいと思います。
Commented by 人それぞれ at 2008-04-22 07:53 x
Bさん
アメリカではとおっしゃいますが、アメリカは確かに学生を首に出来ますが、ちゃんとした理由が無ければ首には出来ませんよ。くわえて、首にするときにはChairやら何やらに説明しなければならないので、大変ですし、おおくの”出来ない”学生はマスターで卒業していきます。これは首ではないでしょう。
それにアメリカでは学生とかPDとどこにどれだけ就職させたかを業績にカウントできます(日本でも今そうなのか知りませんが)。
Bさんのおっしゃっているほど、厳しい環境にあるわけではないですよ。あくまで、ピンきりです。

競争的資金に沿った研究だけしかしなければ、新しい領域につかがるPreliminary dataもでにくいのではないでしょうか?
えてして、学生やPDは冗談半分にやった研究が新領域を開拓する事もあるわけですし・・・。
でも、Bさんが苦労なされて研究費を獲得したので、学生には従ってほしいというお気持ちはすご~くよく分かります。

でも私の場合、そもそも研究費獲得のためにかいた計画書どおりに100%マッチして事が進んだことが無いので、自分の言うとおりにしてもらったときに責任が持てないと思っています。
by stochinai | 2008-04-01 21:52 | 大学・高等教育 | Comments(37)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai