5号館を出て

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インフルエンザウイルスは殺せる

 4月に秋田県・十和田湖で見つかったオオハクチョウに続き、北海道の別海町および網走管内佐呂間町で見つかったオオハクチョウの死体から、強毒性の鳥インフルエンザウイルス「H5N1型」が検出されたというニュースは道内に小さな波紋を起こしています。円山動物園では、子ども動物園の水鳥などが外出禁止になってしまったようですが、今のところ道民にパニックを引き起こすというような事態には至っていないようです。

 悪気はないのだと思いますが、ニュースを商売として発信している以上、マスコミがニュースを流す時には、一人でも多くの読者を惹き付けようとする結果、どうしても大きなニュースとして送り出したいという潜在意識が働くのではないかと思われます。

 その結果、こういうニュースを読んだあとで「では、とりあえず我々はどうしたらよいのか」という疑問は解けず、不安な気持ちにされたまま放っておかれるような気持ちになることが多いものです。

 トリインフルエンザのニュースに関しては、感染力がとてつもなく高いとか、ヒトに感染するととんでもないことになるとかの怖い情報が、現在のところ感染の拡がりは認められないとか、ヒトへの感染はほとんど確認されていないとかいう安心情報とペアになって報道されることが多いようですが、読者としては恐ろしい方の情報を刷り込まれてしまうものです。

 一般に広まっているウイルスに対する「生物学的常識」によると、ウイルスは「生物ではない」とされることが多いようです。生物ではないということは、「生きているものではない」ので「殺すことはできない」という誤った情報が一人歩きする恐れを感じます。

 大学程度の教科書にもウイルスを、「細胞の構造をもっておらず、独立して生きてはいけないので生物ではない」と書いてあるものも多いようですが、私は講義をする時にもあえていつも「ウイルスは生物です」と主張することにしています。生物しか持っていない遺伝子(核酸:DNAまたはRNA)を持っていますし、たとえ寄生することによってだとしても、自分と同じものを複製する(子孫を作る)ことができるなど、生物としての大切な特徴を持っているからです。その結果、彼らは進化するという、生物としてのもっとも重要な性質を示します。

 というわけで、生物であるからには彼らの「生命の連鎖」を断ち切ることが彼らを殺すことになります。つまり、彼らを殺す方法はいくらでもあるのです。

 インフルエンザウイルスはRNAを遺伝子として持ち、エンベロープと呼ばれる細胞膜と同じ脂質膜で囲まれた構造をしているために、動物細胞と同じように消毒用アルコール(70%以上の濃度のエタノール)や有機溶媒、石けんなどで容易に破壊(殺)されてしまいます。よく、養鶏場のまわりに消石灰(水酸化カルシウム)をまいているところがニュースに出ますが、これはアルカリでウイルスを殺しているのです。また、熱によっても死ぬことが確かめられていますので、良く熱を通してあればたとえ少量のウイルスがついていたとしても鶏卵や鶏肉は安全に食べられるということになります(75℃,1分の加熱で死滅)。

 というわけで、別にトリインフルエンザに限らないのですが、インフルエンザウイルスを殺す方法を理解しておけば、日常生活で良く手を洗うこととか、複数のヒトが触れるものをアルコールで拭くなどというちょっとした注意で、かなりインフルエンザ感染の機会を減らすことができることになります。

 同様に自分がインフルエンザに感染した時には、自分の身体から出るウイルスが他のヒトに感染することを防ぐために、外出を控えるとか、マスクをするとか、鼻をかんだティッシュは密閉してアルコール消毒するとか、いろいろな対策が考えられると思います。

 こうした知識が、広く人々の間で共有されるようになれば、多くの人々と連帯してウイルスとの闘いにも果敢に挑める気がしないでしょうか。
by stochinai | 2008-05-06 23:41 | 生物学 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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