2008年 05月 08日
正常なプリオンタンパク質は神経細胞を守っている
最近は、米国産牛肉の輸入制限を撤廃すると決めた韓国で燃え上がっているようですが、BSE問題はなかなか沈静化する気配がありません。BSEに感染したウシの肉をヒトが食べると、vCJD(変異型ヤコブ病)を発症する恐れがあるとされており、その原因が異常プリオンという正体がはっきりしないものである上に、治療法がないということで多くの人が不安になるのは無理もないことだと思います。
発症メカニズムとしては、BSEに感染したウシの脳などにある異常型プリオンに、正常型プリオンが接触することで、正常型プリオンが異常型プリオンへと変わってしまうことが原因だと考えられています。そして、タンパク質が結晶化して細胞を壊すという説が有力です。(福岡伸一さんのようにウイルスの関与はまだ否定されていないと主張している人もいます。)
さて、そのプリオンですが、もともとヒトもウシも自分の遺伝子の中に正常型プリオンの設計図を持っていて、正常なプリオンタンパク質も作っています。このプリオンタンパク質は、同じようなものを酵母も持っているというほど、いろいろな生物が普遍的に持っているものなので、細胞の基本的な働きに重要な働きをしているものだと考えられてきました。酵母では細胞分裂に関係しているのではないかという論文も出ていたと思いますが、脳(つまり神経細胞)にたくさんあることなど、哺乳類ではまた違うはたらきをしているのではないかとも言われています。
遺伝子の働きをもっとも直接的に知るための非常に強力な武器として、今は遺伝子ノックアウト動物を作成して調べるという方法があります。当然のことながらノックアウト動物をもっとも作りやすいマウスでも、プリオン遺伝子を持たないプリオンノックアウトマウスがすでに15年くらい前から繰り返し作り出されています。プリオン遺伝子を持たず、プリオンタンパク質を持たないマウスは、プリオンを摂取されてもマウス版のBSEである海綿状脳症を起こしません。だったら、プリオンタンパク質を取り除いた遺伝子ノックアウトウシを作れば問題は解決すると言っている人もいます。
その一方で、重要な働きを持っているのではないかと予想されたプリオンタンパク質がなくなっても、はっきりした影響がほとんど見られないという予想外の結果も得られています。一部では、脳の細胞に影響が出たとか、行動に異常が出るという報告もあるのですが、はっきりしたものではなかったため、今日に至るまで正常プリオンタンパク質の働きは「どうもはっきりしない」ということになっています。
それが、先月4月28日号の JCB (Journal of Cell Biology)., 2008; 181:551-565 に出たのです。
プリオンノックアウトマウスの脳の海馬から取った神経細胞を調べたところ、N-methyl-D-aspartate (NMDA)という物質を受け取った時、プリオンタンパクを持たない細胞は正常な神経細胞に比べて、大きくしかも長く続く反応が見られたというのです。さらに、その細胞にグルタミン酸を与えると正常細胞に比較してみるとかなり簡単に死んでしまうこともわかったそうです。グルタミン酸もNMDAも同じNMDAグルタミン酸レセプターという受容体タンパク質に結合して神経細胞を活性化させる(らしい)ので、正常プリオンタンパク質は神経細胞のNMDA受容体が過剰に反応するのを防ぐとともに、神経細胞が活性化しすぎて死んでしまうことを防ぐ働きをしていると、著者らは推論しています。
このノックアウトマウス由来細胞の過剰反応は、正常プリオンタンパク質を加えてやることで消すことができるそうですし、RNA干渉という方法で正常マウスの神経細胞のプリオン遺伝子が読み出されるのを妨げてやるとノックアウトマウス由来の細胞と同じように過剰反応をして死んでしまうようになることから、彼らの解釈は正しいものだと思います。
こうして考えてみると、BSEやvCJDでウシやヒトに脳障害が出る理由も、よく言われるように異常プリオンタンパク質が結晶化して細胞を壊すからではなく、NMDAレセプターの活性化による細胞死が起こったせいということになり、非常にすっきりした気分になります。
この論文は、歴史に残るものになりそうです。
解説記事はこちらをごらんください。
Science Daily, Science News
Prions Show Their Good Side
ブリタニカ
"bovine spongiform encephalopathy." Encyclopædia Britannica. 2008. Encyclopædia Britannica Online. 08 May. 2008
発症メカニズムとしては、BSEに感染したウシの脳などにある異常型プリオンに、正常型プリオンが接触することで、正常型プリオンが異常型プリオンへと変わってしまうことが原因だと考えられています。そして、タンパク質が結晶化して細胞を壊すという説が有力です。(福岡伸一さんのようにウイルスの関与はまだ否定されていないと主張している人もいます。)
さて、そのプリオンですが、もともとヒトもウシも自分の遺伝子の中に正常型プリオンの設計図を持っていて、正常なプリオンタンパク質も作っています。このプリオンタンパク質は、同じようなものを酵母も持っているというほど、いろいろな生物が普遍的に持っているものなので、細胞の基本的な働きに重要な働きをしているものだと考えられてきました。酵母では細胞分裂に関係しているのではないかという論文も出ていたと思いますが、脳(つまり神経細胞)にたくさんあることなど、哺乳類ではまた違うはたらきをしているのではないかとも言われています。
遺伝子の働きをもっとも直接的に知るための非常に強力な武器として、今は遺伝子ノックアウト動物を作成して調べるという方法があります。当然のことながらノックアウト動物をもっとも作りやすいマウスでも、プリオン遺伝子を持たないプリオンノックアウトマウスがすでに15年くらい前から繰り返し作り出されています。プリオン遺伝子を持たず、プリオンタンパク質を持たないマウスは、プリオンを摂取されてもマウス版のBSEである海綿状脳症を起こしません。だったら、プリオンタンパク質を取り除いた遺伝子ノックアウトウシを作れば問題は解決すると言っている人もいます。
その一方で、重要な働きを持っているのではないかと予想されたプリオンタンパク質がなくなっても、はっきりした影響がほとんど見られないという予想外の結果も得られています。一部では、脳の細胞に影響が出たとか、行動に異常が出るという報告もあるのですが、はっきりしたものではなかったため、今日に至るまで正常プリオンタンパク質の働きは「どうもはっきりしない」ということになっています。
それが、先月4月28日号の JCB (Journal of Cell Biology)., 2008; 181:551-565 に出たのです。
このノックアウトマウス由来細胞の過剰反応は、正常プリオンタンパク質を加えてやることで消すことができるそうですし、RNA干渉という方法で正常マウスの神経細胞のプリオン遺伝子が読み出されるのを妨げてやるとノックアウトマウス由来の細胞と同じように過剰反応をして死んでしまうようになることから、彼らの解釈は正しいものだと思います。
こうして考えてみると、BSEやvCJDでウシやヒトに脳障害が出る理由も、よく言われるように異常プリオンタンパク質が結晶化して細胞を壊すからではなく、NMDAレセプターの活性化による細胞死が起こったせいということになり、非常にすっきりした気分になります。
この論文は、歴史に残るものになりそうです。
解説記事はこちらをごらんください。
Science Daily, Science News
Prions Show Their Good Side
ブリタニカ
"bovine spongiform encephalopathy." Encyclopædia Britannica. 2008. Encyclopædia Britannica Online. 08 May. 2008
なるほど、これはストンと腑に落ちますね。そうなると異常プリオンは、所謂、ドミナント・ネガティブとして、正常プリオンの働きを阻害していると云うことですか。
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stochinai at 2008-05-09 12:43
そうなるのではないでしょうか。しかしながら、だからといって正常プリオンを増やしてやっても、それが異常プリオンの餌食になって異常プリオンが増えてしまうので、やはり治療は難しそうです。神経細胞保護機能を持ちながらも、異常プリオンに影響されないプリオンタンパク質を作るように遺伝子を改変すれば良いのかな?
しかし、PrPノックアウトマウス自体は(ほぼ)正常な発育を遂げるので、NMDAR活性が上がりすぎることによる過剰興奮性神経細胞死だけでは説明がつかないのですよ。
今回のこの論文は、PrPCの機能の一端を明らかにしたという意義は大きいと思いますが、プリオン病の病因論までリンクさせるにはもうすこし研究が必要みたいです。
今回のこの論文は、PrPCの機能の一端を明らかにしたという意義は大きいと思いますが、プリオン病の病因論までリンクさせるにはもうすこし研究が必要みたいです。
by stochinai
| 2008-05-08 19:08
| 医療・健康
|
Comments(3)