5号館を出て

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医学技術コミュニケーション

 最近、日経メディカルオンラインのRSS購読を始めたのですが、時折びっくりするような情報が出てきます。

 そんな中で、5月15日から17日まで長崎で行われた第108回日本外科学会定期学術集会からの報告にとても興味深い情報が2件ありました。

 一つ目は、「結腸の手術前に腸管内洗浄は必要ない【外科学会2008】」です。
 日本では、結腸癌などの手術前に腸管内洗浄が行われることが多い。これは、術野の汚染を減らし、術後感染を予防したり、術後に吻合部にかかる負担を軽くするためとされてきた。しかし、欧州でこれを否定する報告が相次いだことから、東京都立府中病院外科の宅間邦雄氏らは日本でも同様の研究を行った。その結果、術後合併症の発生頻度に差はなく、腸管内洗浄は不要との結論が得られたと、第 108回日本外科学会定期学術集会のポスターセッションで報告した。
 非常によくまとまったレポートだと思いました。
宅間氏は、「結腸の手術の際、腸管内洗浄を行う必要はない。今回、直腸の手術に関しては検討していないので、それが今後の課題」とした。
 となっていますが、手術の前後に省略しても構わないプロセスがあるのではないかということは、患者おおよびその周辺にいる人間にとってはしばしば感じることだと思うのですが、そうしたことを尋ねることすらなかなかできるものではありません。

 そういう中で、「このようなことは必要ないのだ」と現場から主張され、それが患者側の目にも触れるこういう形で公開されることに大きな意義があるのだと思います。患者が医師を責めるためにではなく、お互いに理解し合うためにこうした情報の共有は貴重だと感じます。

 患者さんにとっては負担が減るということで、歓迎される情報だと思います。

 また、次の発表もとてもおもしろいと思いました。

 食道癌術後肺炎の予防に、術前の歯磨きが有効【外科学会2008】
 高齢者に多い食道癌では、手術後の合併症として、口腔内の細菌が下気道に吸引されるなどによって起こる誤嚥性肺炎が問題となる。口腔内の細菌の多くは、歯茎の周囲に存在している。そこで、手術の前に1日5回の歯磨きをしてもらったところ、術後肺炎の発生が減少したと、千葉大学先端応用外科の阿久津泰典氏が、第108回日本外科学会定期学術集会で発表した。

 ・・・・・

 両群での術後肺炎の発生数を比較したところ、対照群では28.5%(12人)だったのに対し、介入群(1日5回歯磨きをしてもらった患者さん:stochinai注)では10.3%(3人)に減少した。さらに、気管切開を必要とする重症肺炎の発生数も、対照群の4.8%(2人)から0%(0人)へと減少した。
 すごい結果だと思います。
 阿久津氏は、「歯磨きの回数を増やすことで病原菌の数が減少し、術後肺炎の発生も抑えることができた。今回の検討では症例数が少なかったために有意な差は得られなかったが、臨床的には重症肺炎がなくなるなど、非常に有効という印象を持った。より専門的な口腔ケアを行えば、さらによい結果が出る可能性もある」と話した。
 記者さんは、どちらも小又理恵子さんとおっしゃる方ですが、素晴らしい医学コミュニケーターだと感じました。

 もちろん科学技術コミュニケーターは、こうした仕事に携わることも期待されているわけですが、実際に患者さんになって苦しんでいる方々に、最新の医学知識を伝達し、時には患者さんからの意見などを医師に伝えるコミュニケーターの存在はかなり切実に必要な存在だと感じさせられる記事でした。

 まだまだ、コミュニケーターはたくさん必要だということではないでしょうか。
Commented by SpongeBob at 2008-05-21 22:48 x
リンク先見ました。有意差がないのにここまで言い切ってしまうのはどうかと・・・。この発表者は統計学的検討をおまけ扱いしていますね。
Commented by stochinai at 2008-05-21 23:18
早速のコメントありがとうございます。実際の現場で使われ、時には人の生死をわけることもある医療技術というものが、どのように開発され選択されているのかということを知るという意味においても、医学系の学界で議論されていることが表に出てくるのは、とても有意義なことだと感じています。
Commented by ttt at 2008-05-22 00:13 x
術前歯磨き研究の解釈をするうえで注意すべき点として、対照がhistorical controlであることも挙げられるでしょう。この場合、何らかの交絡因子の影響を完全に除外することはできません。例えば手術技術の向上、使用する抗生物質を変えた、などの影響は除外できていないいのではないでしょうか。
この研究は新たな治療とすべきかどうか決着をつけるための研究ではなく、有望そうな治療を探索する段階の研究です。
ただ、本当に”よい”か確認するには無作為化比較試験が必要ですが、歯磨き程度の介入では全く害がないことは明らかですから、そこまで手間暇をかけて決着すべきことなのかどうなのか。
まぁ、歯磨き程度の患者さんに害のない介入であれば、historical controlと比較してよさそうならやる、というレベルで決定してよいと思います。統計的有意差だってp=0.10のαエラーでもいいかもしれないです。歯磨き程度の介入であれば、そのくらいの確率で間違えたって患者さんに害はありません。(抗がん剤のような効果と副作用のバランスが難しいものはまた別のロジックで治療が開発・選択されていきます。無作為化比較試験が必要です。)
Commented by K_Tachibana at 2008-05-22 00:14 x
私も日経メディカルオンラインをとっています.あまり熟読している時間はありませんが...

今年は東北大学REDEEMプロジェクトのカリキュラムを履修することにしています.これは,非医療従事者のエンジニアなどに医学リテラシーを教育するもの.月に1,2度,科学館で医療のコーナーの展示解説をしているのに,医学教育を受けたことがなかったので,医学コミュニケーターの素養も身につけられればと思っています.
by stochinai | 2008-05-21 21:48 | 科学一般 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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