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道新の勇み足か: 北大での「常温核融合」確認報道

 先日の、携帯でポップコーンをはじけさせる問題は、肯定的な結果が得られないといういくつかの追試が出てきましたので、種明かしがされていないので、どういうトリックなのかという疑問は残りつつも、笑い話として終わりました。

 ところが、ローカル紙とは言え全国紙に迫る勢いの発行部数を誇る我が北海道新聞が昨日、「えっ?」というような記事を発信しました。現時点でもまだネット上から消されていないところを見ると、会社としては記事に自信を持っているということのようです。

 「常温核融合」と聞くと、私は懐かしいという感慨もわくのですが、もう20年近くも前になるでしょうか、世界中の学者を巻き込んだお祭り騒ぎになったことがありました。核融合反応というのは、太陽の中のような、とてつもない高温と高圧がないと起こらないというのが「常識」なのだと思いますが、もしも本当に数百度という「低い」温度で起こるならば常識を覆す大発見であるばかりでなく、核融合の際に出るエネルギーを取り出すことで、新しいエネルギー源として使える希望がありますから、半信半疑ではあったのでしょうが、世界中でたくさんの科学者が追試に乗り出しました。

 その結果、ほぼ全員と言って良いくらいの多数の学者が、核融合は起こっていないということと、類似の実験条件で未知の物理化学反応が起こっている可能性は否定できないとしても、その反応から実用に供することが可能なエネルギーを取り出すことなどとても無理だということが「常識」になっていると思っていました。

 それが、私と同じ大学の教員(助教だそうです)が、研究を続けていたというだけでも驚きだったのですが、さらには(記事によると)、「通常の化学反応では起こりえない異常な発熱(過剰熱)の確認と、核融合反応を示すガンマ線を検出したことを明らかにした。水野氏は『常温核融合』が確認できた」と言っているとのことです。

 たとえワシントンで開かれる国際学会で発表と言っても、常温核融合を信じる学者の会である「国際常温核融合学会」で発表することは、学問的評価が与えられたということとはまったく次元の違う話であるということを、この記事を書いた記者さんはわからなかったのだと思います。

 記事には、実験の概要が書かれています。もちろん、私にはなんのことはさっぱりわかりませんが、この記者さんが理解できたとも思えません。転載しておきます。
 実験はステンレス合金製の炉(内容積八十八cc)の内部に、炭素を含む多環芳香族炭化水素の一種フェナントレンを〇・一グラム投入した上で、高圧水素ガスで満たし密閉して行った。

 ガス中の水素原子などを規則正しく配列させて反応を促進する働きを持つ白金とイオウを触媒に用いた。

 水素を七十気圧まで加圧し、加熱器の設定温度を六六○度とした場合、設定温度に達して加熱を止めた後も炉内の温度は約一時間上昇を続け、最大で六九○度に達した。この過程で過剰熱の出力は六十ワット、発熱量は二百四十キロジュールで、化学反応で得られるエネルギーの少なくとも百倍以上だった。
 内容は良くわからないものの、既知の化学反応では説明のできない発熱が起こったということのようですが、さらに不思議なことに水素とフェナントレン(炭素と水素の化合物)しかなかったはずの容器の中に、炭素の同位体(C13)と窒素が発生していたことから、「水野氏は『炉内で水素と炭素の常温核融合反応が起きているとしか考えられない』と話」しているのだそうです。

 大丈夫かなあ。

 プロの科学者ならば、おもしろい未知の現象を見つけたら興奮するし、発表したくなる気持ちはわかるのですが、実験によって得られた現象に再現性があったとしても、その結果を説明するのに、すでに棄却された仮説である「常温核融合」を持ってくるというのは、私からみると科学者としては「自殺行為」に見えてしまいます。

 「常温核融合」というロマンを捨てられない気持ちはわからないでもないですが、我々が利用することのできるエネルギーを生み出す可能性がまったくとない「未知の反応」を常温核融合という名で呼び続けるのは、大学で生きていこうという人間としてはあまりにも危険な行為であるように思われます。

 学科のホームページを見ても、常温核融合のことは書いてありませんので、この方がひとりでひそかに行っている研究なのかもしれませんが、同じ大学に勤めるものとして何か悲しいものを感じてしまいます。

 Wikipediaによると、この方も10年ほど前には「常温核融合の正体は原子核が他の原子核に変化する『核変換』現象だったという、当初考えられていた常温核融合に対する解釈とはまったく異なる内容の論文を発表している」そうなので、そっちの方面で地道な基礎科学をやって楽しむという道はなかったのでしょうか。

 人目を引こうと、暴走してしまったのだとしたら、本当に気の毒な感じがします。

【追記】
 今年、CoSTEPの非常勤教員として札幌まで通い詰めておられるガ島通信さんもこの件について、記者をウォッチしたエントリーを書かれています
Commented by A at 2008-06-13 22:43 x
>炭素の同位体(C13)と窒素が発生していた

これは炭素C12に水素H1が一つか二つ融合して、C13ないしはN14になったと言うことではないのでしょうか。その際に、核のまわりを回る電子の軌道が変わり、その分のエネルギー差がガンマ線として発生するのではないかと思います(うろ覚えですが)。

>すでに棄却された仮説である「常温核融合」

これは本当に棄却されたのでしょうか。核融合の際発生するエネルギーは、水素と炭素の持つエネルギーから、産物である炭素同位体(C13)のエネルギーを引いた値になるのではないかと思います。この差が外から加えたエネルギーより小さいのであれば、触媒や反応条件を変えることで、核融合反応が起こる閾値を変えられる可能性は、まだ否定は出来ないのではないでしょうか。

ただ、今回の核融合が本当に起こったと言えるのかどうかは、この実験結果を説明する理論が正しいかどうかと、実験前後の詳細な分子や分子数の比なども確認しないとわからないと思うので、より設備の整った研究所で追試、検証してもらうのが良いのではないかと思います。
Commented by A at 2008-06-13 23:14 x
よく考えたら、反応が起こるために必要なエネルギーと、その後に生じるエネルギーには上のような大小関係は必要ないですね。元の記事でも過剰熱と言っているので、閾値までのエネルギー<融合により生じるエネルギーなのでしょう。すみません。
Commented by 鶏肋37歳PD at 2008-06-14 00:57 x
記事を読んでいないままのコメントですが、私はむしろ好もしく感じます。棄却されたはずの筈の仮説が再認識される事例もあるし、出た事象を何でも「常識」に結びつけて片付けてしまう研究ばかりでは、研究の多様性もなく、ブレイクスルーとなる発見は生まれないと思います。
「助教」だからこそ、無謀とも言えるテーマにチャレンジしているのではないでしょうか。確かにそれは自殺行為かも知れません。ただし、iPS細胞にしても、「常識外れ」の成果だったと思うのですが。「うまくいく可能性はほとんどないが、失敗しても面倒を見てやる」という山中さんのエピソードは、本当ならば研究者にとってどれだけ勇気づけられる言葉だかわかりません。
Commented by stochinai at 2008-06-14 18:12
 たぶん、古きよき時代の大学ならば、そういう人がたくさんいて、そしてその中からほんの少しのノーベル賞級の大学者が生まれてきたのだと思います。私もどちらかというと、若い研究者をそうやって育てるのが好きかもしれません。でも、そうならば何も「常温核融合」などという素人にしか受けないキャッチコピーは必要ないでしょう。

 研究が完成する前に曝されることでつぶされることもあるでしょうから、人目につかずに研究が続けられるのが望ましいのではないでしょうか。今回のことは研究を続けるためには「一旗揚げなければならない」追いつめられた研究者の行動のようにも、私には思えます。
Commented by apj at 2008-06-14 19:12 x
 北大で常温核融合というと、名前が思い浮かぶのは水野さんなんですけど、今回は別の方でしょうか。
 水野さんの方は、ちょっと前に、赤外線をあてると液体の水の酸素ー酸素の距離が変わるという論文を、X線で測定したといって、応用物理学会の英文誌レターに出しています。それで、私の研究分野に引っ掛かってきたのですが、液体のX線回折では、横軸が散乱角のままでは何の議論もできない(動径分布関数になおさないとだめ)という基本は全く無視され(論文のグラフは横軸が散乱角のまま)、散乱強度が30%位変わったということを平気で書いていた(X線の散乱強度は電子密度に比例するので、アリエナイ結果、一番疑わしいのは試料の置き方の違い)というものでした。著者とレフェリーの双方が、液体の回折実験を知らないとこういうことになるのだろうと思って、論文を見ていました。
Commented by stochinai at 2008-06-14 19:53
 すみません。新聞記事へのリンクを忘れていました(今は、付いています)。まさに、その水野さんのことです。そちらの方面では有名な方なのですね。
Commented by apj at 2008-06-14 22:50 x
>そちらの方面では有名な方なのですね。

 いや、逆です。
 私の方で、「NMRの17Oの線幅では水クラスターの大きさはわからない、液体での分子間距離などを求めるにはX線か中性子でないと……」などと批判しまくっていたら、X線の実験をやった論文が出たという話が掲示板に書き込まれた。中身を見てみたら、赤外線を当てると水の構造が変わるというネタで、評価に使われていたのがナンチャッテX線回折の結果だった。突然だったのでこの人は一体?と思って調べてみたら、常温核融合の人だったということです。その後、怪しげな水の宣伝に論文が使われたという話が流れてきた以外、こちらの業界(溶液・液体関係)で見かけたことはありません。
 何年か前の北大低温研シンポジウムに行ったら、会場で、論文を配っていた人がいました。北大の先生に聞いたら、研究仲間がNMR担当の技官の方だった(定年退官したらしい)ということでした。
 一時期、NMRで水クラスターの評価ができる・クラスターの小さい水がおいしくて健康にいい、というデマが流れた(今でも根絶できていませんが)ので、NMR担当の方ものってしまったのかもしれませんね。
Commented by apj at 2008-06-14 23:03 x
補足です。

 低温研の会場で問題の論文別刷りを配っていたのが、元NMR担当の技官の方で、その論文の共著者の一人でした。

 話の流れとしては、
(1)NMRで水クラスターの評価ができ、クラスターの小さい水がいい水、という俗説が出た(元日本電子松下氏による)。
(2)(1)は前半と後半の両方が間違っていた(つまり全くのデマだった)が、多くの人がまともに検証しないまま、浄水器や活水器の宣伝に使われたことで既成事実化。自社製品に対して意味のないNMR測定をする人が続出。NMRを使っていた人の中にも夢を見た人は居たはず。
(3)NMRじゃクラスターは測れないという情報が広まった
(4)クラスターの小さい水は良い「はずだから」、別の方法で測ればよい→空間構造ならX線で分かる、と考えたらしい。

という感じではないかと。

 常温核融合はともかく、水については、棄却云々以前に、最初から何の根拠もなかったデマをデマと見抜けず、さらに間違ったX線の実験結果を積み重ねるということをやってくれました>水野氏。多分、宣伝中に登場した論文を信じて、ろくでもない商品を買わされた消費者も居たのではないかと。
Commented by きくち at 2008-06-16 00:44 x
久しぶりです。阪大の菊池です。
水野さんは日本の常温核融合の世界では有名人です。北大内ではあまり有名ではないことを知って、ちょっと驚きました(^^;。
僕なら、水野さんの発表ということだけで、そりゃ九分九厘ダメなんじゃないの、と思っちゃいますが。「また水野さんですか」というのが正直な感想です。
Commented by stochinai at 2008-06-16 01:02
 無知でスミマセン(^^;)。

 おそらく北大内で全然有名じゃないというよりは、北大で彼のことを知っている人(研究分野が近い人々)は公式のコメントを避ける(逃げる)ということがあるのではないかと、今は思っています。私は専門が違いすぎるので難しいですが、「北大」としての責任を果たすためには、北大にいる関係ある研究者は沈黙すべきではないと感じています。私も北大の構成員の一人として一抹の責任は感じます。
Commented by きくち at 2008-06-16 10:03 x
大学やその構成員に責任があるかといえば、研究と表現の自由は守らなくてはならないわけですから、しょうがないのじゃないでしょうか。分野の近い人には、少し考えてほしいとは思いますが、どうにかできるわけでもないでしょう。
 
ただし、apjさんの話にも関係しますが、もし水野さんがそれらの怪しい研究でなんらかの怪しい商売に対する「科学的なお墨付き」を与える役を果たしていたとしたら、それは問題でしょうが。
Commented by stochinai at 2008-06-16 12:18
 先日(昨年暮れ?)、怪しげな商売(ヒーリングサロン)に荷担していた北大の准教授のことが報道されたことがありました。研究の自由は尊重しなければならないとは思いますが、自分の学問的権威を利用して怪しい商売にかかわったとしたら、大学としてはその時点でアクションを起こす責任があると思います。それは、大学の研究を守るための危機管理にもなるでしょう。問題は、大学の運営当局にそれだけの危機感があるかどうかですが。
Commented by きくち at 2008-06-16 14:22 x
純粋に「研究」なのか、怪しい商売に手を貸したことになるのか、それによって対応は違ってしかるべきですね。
九大にも、やはり怪しいことばかり言う「科学をまったく知らない」工学部助手のかたが先日まで在籍していましたが、彼は地元の怪しい企業の広告に「科学的コメント」を書いたりしていたようです。
 
阪大にもいるのかもしれません
Commented at 2008-06-16 23:11 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by stochinai at 2008-06-17 00:21
 この上に、今回の件で研究者の実名を出すべきではないのではないかというご意見が(管理者にだけ読めるモードで)書かれましたが、投稿された方が公開してもかまわないとおっしゃっているので反応します。
 今回の件ではおそらく道新に取材を依頼したのがご本人あるいはそれにごく近い方だと思いますので、名前を隠されることは考えてもいらっしゃらないと思い、新聞にもネットにも載っているので私もあえて名前を隠しませんでした。もっとも隠したところで、北大で常温核融合の研究をしている方で検索すると、確実に特定されてしまう状況では隠すことの意味はないと思っています。
 しかし、もしご本人が名前を出すことを好まれないと判断される状況があれば、すぐに**とします。
Commented by きくち at 2008-06-17 12:24 x
菊池です
実名を出すべきではないとする理由は思いつきませんが。どのみち、国際会議で発表したら、実名も所属も出るわけですよね。
会議のabstract締め切りが6/6だから、講演申し込みをしたので新聞に発表したということではないでしょうか。ただ、会議からのacceptは6/27なので、まだ正式にはacceptされていないはずですが。
by stochinai | 2008-06-13 21:56 | 大学・高等教育 | Comments(16)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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