5号館を出て

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移入種としての遺伝子組み換え作物

 今朝の朝日新聞の1面トップは「遺伝子組み換えへ傾斜」というタイトルで、環境元年第4部食糧ウオーズの連載開始となっています。読むまでもないのですが、内容は世界的に遺伝子組み換え作物の作付けが激増しており、我が国でも流通が認められているダイズ、トウモロコシ、バレイショ(ジャガイモ)、ナタネ、綿実、アルファルファ、テンサイはかなりの食品に利用されて、我々の口にもはいっているというものです。

 国内では商業栽培されているものはないそうなのですが、すでにかなりの量が飼料用以外にも使われており、表示義務がないケースでは、遺伝子組み換え作物がはいっていてもそれを知ることができない状況があります。

 生物学的に見て、遺伝子組み換え作物であるというだけで、それがヒトの健康に問題があるというものではありませんし、健康への影響だけを考えるならば、薬物などと同じように綿密な試験を行えば、よほどの例外的なものを除き、安全性を確保することは難しくないように思えます。日本では厚生(労働)省の度重なる薬害の苦い歴史がありますので、それを教訓に農水省が本気になって対応していただきければなんとかできるものだと思います。

 それよりも生物学を専門とするものとして私が危惧するのは、遺伝子組み換え植物が野生植物と交流する畑や田圃で栽培されることの問題です。世の中では、しばしば動物や植物の移入種が問題を起こしているとして大きく報道されることがありますが、遺伝子組み換え作物は、私にはいわばこの移入種と同じような存在に思えます。

 移入種の中でも、我が国の自然の中で爆発的の増殖するものでなければ、それほど問題にされることはないのでしょうが、時として爆発的に増えてこの国の動物相・植物相に大きな影響を与えるにいたった動植物は、ヒトの歴史とともに過去何千年にもわたって繰り返し起こったものだと思いますが、科学の発展とともにどの動植物がどこから移入されて、そのことによって日本の生物相がどのように変わったのかということが明らかにされるようになってきた昨今、この問題がしばしばクローズアップされるようになっているのだと思います。

 というわけで、もしも生物学者がいなければ問題にならなかったのだから、生物学の研究をやめて問題がわからなくなってしまうというのも、この問題を「解決」するひとつの方法なのかもしれませんが、さすがに今の時代にそのような野蛮な解決は許されないことでしょう。

 というわけで私の言いたいことは、これから地球環境の激変や地球規模での急激な人口増加が予想される中で、もはや遺伝子組み換えを含めて「育種」のスピードを上げなければならないと考える人が多いのであれば、遺伝子組み換え植物(動物も?)を開発すること自体に反対しても、もはや多数意見とはならないと思います。

 一方、作り出された遺伝子組み換え生物が田畑や牧場、飼育舎などで育てられた場合、その一部は当然のごとく野生へと逃れ出すでしょうし、場合によっては在来種との自然交配も起こることになります。そうしたことに対する、今までの政治的対応は「遺伝子組み換え生物を屋外に出させない」というものですが、大学内だけで行われているような小規模な実験ならばともあれ、産業レベルで育成を行うようになったら「野外に出さない」などということは、ありえない夢物語(あるいは嘘・詭弁)にすぎないということは誰でもわかることです。

 実用的な規模の生産が想定されうるならば、遺伝子組み換え生物が人類の生存にとって必要になる可能性のある来るべき時代に備えて、遺伝子組み換え作物が野外に出るとどうなるのかという研究がきわめて重要になるでしょう。あっさりと「遺伝子組み換え生物には反対です」ということは簡単なのですが、(もうすでにかなり動き始めてもいることでもありますし、)人類の生存にとってそれが必要になる日がくるであろうことが想定されるならば、今必要なのはそうした遺伝子組み換え生物が地球の自然に与えるインパクトを研究することと、野外に出して良いもの、いけないものを研究することだと思います。

 これは、すでに世界各国で原子力発電が行われており、さらに二酸化炭素排出量削減の流れの中で、原子力発電がまた増加する可能性が大きくなってきているという状況の中では、たとえ原子力発電に反対の立場であっても、原子力発電に伴う事故をなくするための研究をすることだけは推進しなければならないということと似ていると思います。

 遺伝子組み換え作物の存在そのものに賛成か反対かはさておき、遺伝子組み換え作物の安全性の研究を最優先に行う。これこそが、新しい科学・技術に対する我々がとるべき姿勢だと考えています。
Commented by takuroshinano at 2008-07-21 07:50
食品としての問題点が少ないと想定される事、しかしながら生態系への安全性の研究を最優先に行う点、全くその通りだと考えております。そのことを抜きにして社会の中でのコンセンサスを獲得する事も無理でしょう。実際に日本でも、いくつかの研究も進められているのは確かだと思います(北農研でもテンサイに関して安全製評価が進められています)。
 研究者、行政として一つはっきりさせておくべき事があると思います。それは環境中に外来遺伝子が放出されることを是とするか非とするかではないでしょうか。全く駄目なのか、通常の自然の中で起きる程度の放出なら許容されるのか、それとも進化の先取りと考えて、あるいは良い点とのバランスを考えて無制限に放出を認めるのか。それによって栽培の基準も簡単に変わるでしょう。
環境がそのような撹乱に対してどの程度の許容力があるのか。学問的にも興味があるところです。
by stochinai | 2008-07-20 23:57 | 生物学 | Comments(1)

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