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常識がくつがえる: 褐色脂肪細胞と筋肉細胞は兄弟だった

 まだまだ人間は自分の身体のことすら良くわかっていなかったということを思い知らされる論文が出ました。昨日発行されたNatureには、褐色脂肪細胞と筋肉が共通の幹細胞から作られた兄弟の細胞であることを示す論文が同時に2つ掲載されています。

PRDM16 controls a brown fat/skeletal muscle switch
(PRDM16というタンパク質が幹細胞が褐色脂肪細胞になるか骨格筋細胞になるかを決める)
Nature 454, 961-967 (21 August 2008) | doi:10.1038/nature07182; Received 22 April 2008; Accepted 19 June 2008

New role of bone morphogenetic protein 7 in brown adipogenesis and energy expenditure
(BMP7というタンパク質が褐色脂肪細胞の形成とエネルギー代謝を支配していることがわかった)
Nature 454, 1000-1004 (21 August 2008) | doi:10.1038/nature07221; Received 27 February 2008; Accepted 27 June 2008

 Natureでは昔から、同じような内容の論文が同時に2つあるいは3つ掲載されるというケースが多く、これはどちらかが先に出て醜い先陣争いになるのを避ける、政治的配慮だと思われます。しかし、先を越されたラボがなんらかの理由でそのことを知り、急いで投稿して同時発表にこぎ着けたという話も良く聞きますので、良いポリシーなのか悪いポリシーなのか微妙なところがあります。

 それはさておき、褐色脂肪細胞というのは白色脂肪細胞とならんで、同じように脂肪を蓄える細胞なので、だれもが両者を兄弟細胞だと考えていました。ただし、白色脂肪細胞はひたすらに脂肪をため込んでデブになったり、いまはやりのメタボリック症候群の原因になったりという、憎まれるべき存在であるのに対して、褐色脂肪細胞は脂肪を燃やして熱に変えるので、身体をスリムにする期待される細胞であるという大きな違いがあります。

 ただ、やっぱり同じように見えるので、昔から我々は働きの異なる2種類の脂肪細胞は同じような発生過程を経て作られるのだろうとなんとなく思っていたところがあります。ヒトでも子どものうちは褐色脂肪細胞が多いのですが、大人になると脂肪細胞はほとんどが白色のものになっているということもあり、褐色脂肪細胞が白色脂肪細胞になるのだろうと考える人もおおかったのではないでしょうか。また、実験的にも特定の刺激を与えることで白色脂肪細胞が褐色脂肪細胞(ととても良く似た細胞?)になるという報告もあり、一昨日までは多くの生物学者が、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞は最後の最後に分化するけれどもごくごく良く似た兄弟細胞だと信じていたと思います。(少なくとも、私はそうでした。)

 ところが、このNatureに出た論文は、褐色脂肪細胞は筋肉にもなれる共通の幹細胞から作られるということを証明したのです。上にある原著論文を読むのはしんどいと思いますので、NatureとScieneceに出た解説記事をお読み下さい。

Developmental biology: Neither fat nor flesh
発生生物学: 脂でもなければ肉でもない褐色脂肪
Nature 454, 947-948 (21 August 2008) | doi:10.1038/454947a; Published online 20 August 2008

DEVELOPMENTAL BIOLOGY:How Now, Brown Fat?
発生生物学: えっ?どうやって褐色脂肪細胞ができるの?
Science 22 August 2008: Vol. 321. no. 5892, pp. 1048 - 1049 DOI: 10.1126/science.1164094

 どちらにも図が載っているのですが、私としては今回はScienceの図がわかりやすいとおもいましたので、引用させてもらいます。
常識がくつがえる: 褐色脂肪細胞と筋肉細胞は兄弟だった_c0025115_20395138.jpg

 上の2つは共通の幹細胞から、一番上の骨格筋細胞ができるか、二番目の米粒のような形に描かれているミトコンドリアをたくさん持った褐色脂肪細胞ができるかを示したもので、一番下は白色脂肪細胞がその幹細胞から作られる様子を書いています。一番下の白色脂肪細胞から、その上の「褐色脂肪細胞」への転換があるということになっているのですが、白色脂肪細胞から変わった「褐色脂肪細胞」と筋肉と兄弟である本当の褐色脂肪細胞が同じものなのか違うのか、さらに脂肪を燃やすという意味でまったく同じ働きをするのかどうかというところは、今後の研究を待たなければならないようです。

 たくさんのミトコンドリアを持ち、脂肪を燃やし、エネルギーを消費し、熱を発生させるという意味では良く似た働きをする筋肉と褐色脂肪が同じ細胞から生まれた兄弟であるというのは、きわめて腑に落ちる話であり、白色脂肪細胞と褐色脂肪細胞という逆の働きをする脂肪細胞が見た目の類似にもかかわらず、まったく異なる起源と働きを持つ細胞だったというのは、喉の支えがすっと取れるとても気持の良い発見でした。

 こういうことがわかってくると、メタボリック症候群対策をはじめ、肥満対策も今までとは一味違った対応が出てきそうで楽しみです。

【追記】
 同じ号のNatureに戸塚洋二さんの追悼文が載っています。ブログを書いていたことも触れられ、最後のブログ記事と同じ写真が載っています。(改めて合掌)

Obituary: Yoji Totsuka (1942–2008)
Leader in the discovery of neutrino oscillations.
Henry W. Sobel & Yoichiro Suzuki
doi:10.1038/454954a
by stochinai | 2008-08-22 20:58 | 生物学 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai