5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

博士こそ中小企業の即戦力なのかもしれない

 札幌駅北口前に「中小機構」という看板を出したビルがあるのは気が付いていましたが、それが北大に関係があるとは知りませんでした。一方、北大の北キャンパスに「北大ビジネス・スプリング」というインキュベーション施設が建設されているのもの知っており、そろそろできる頃だと思っていました。それも、あまり私とは関係のない施設だと思ってあまり気にもせずにいました。

 ところが、先日「独立行政法人中小企業基盤整備機構(中小機構)北海道支部地域振興課インキュベーション開設事務室」の方から研究室を訪問したいというメールをいただき、「おそらくまったくお役に立てることはありませんが、どうしてもというのであれば、どうぞお越し下さい」と返事をしたところ、昨日本当にいらっしゃいました。

 そこで、この「北大ビジネス・スプリング」が北大のものではなく、中小機構が建設したものであることがわかりました。話を聞いてみると、この施設はベンチャー起業向けの貸し実験室アパートのようなものらしいです。

 で、訪問した担当者の方は、私の研究していることの中に起業家や中小企業の経営をなさっている方々の役に立つことはないかということでインタビューに来られたようです。もちろん、(と胸を張って言うほどのことはないのですが)私のやっていることの中で中小企業の方々の経営の助けになることなどはまったくないということは、ご理解いただけたようです(苦笑)。

 しかし、せっかく来られたので北海道の中小企業の実情や、大学との連携の可能性などについて、しばし雑談をしました。その結果、思いついたことは「博士こそ、中小企業において即戦力になるのでは」ということです。

 我々もそうですが、研究室というところでは常に新しいものを研究していますので、まちがいなくベンチャーな訳です。そして、研究費を稼いだり、実験のための装置を開発したり、少ない研究費をやりくりして細々とでも研究が続けられるように努力したりするところは、まさに中小企業のやっていることそのままだと思います。また、研究成果を学会や論文のかたちで発表することは、研究結果という製品を売ったり宣伝したりしていることにあたると思います。

 研究室に長くいる学生・院生・ポスドクはそうしたことをすべて見ているだけではなく、よほど裕福で大きなラボでない限りは、ラボの運営にも参加せざるを得ませんので、彼らも中小企業の経営に適用できるノウハウを知らず知らずのうちに、学んでいると思います。

 大学院生やポスドクが自分を売り出す時には、ほとんどの場合研究能力や研究業績だけで評価されようとしますので、そうして身につけた経営能力はあまり評価されることがないかもしれません。しかし、考えてみるとそれは大変にもったいないことです。大企業などでは、こうした能力を発揮する機会はあまりないのかもしれませんが、自分で研究室を立ち上げる時には間違いなく重要なポイントになりますし、発想を広げると、その能力を生かす場として中小企業があるのではないかということが、昨日の会話の中でひらめきました。

 そもそも、中小企業の方ではポスドクはおろか博士や修士でさえも、うちには来てくれないと最初からあきらめている気配があるようです。もちろん、ポスドク・博士・修士のほうでも研究者になるか、そうでなければ大企業と思っている人が多いのかもしれませんが、上に書いたような能力を遺憾なく発揮する場として中小企業は意外と悪くない選択に思えて来ました。

 というわけで、担当者の方に中小企業と博士のマッチングをもっと真面目に考えても良いのではないかとお話ししたところ、それができるならば素晴らしいことだと思われたようです。

 いろいろと乗り越えなければならないことはあるかもしれませんが、斜陽にある中小企業に博士が続々と乗り込んで経営にも携わりながら新しい仕事を開拓していけたら、なかなか楽しい未来予想図が描けそうな気がしてきました。

 ポスドク・大学院生の皆さん、中小企業の皆さん、ひとつ真剣に検討してみませんか。
Commented by ある企業で働く研究者 at 2008-09-20 21:23 x
非常に良いアイデアだと思います。うまくこのアイデアが広がったら、双方に良いことばかりではないでしょうか。アメリカのベンチャー企業はこういうところが多いはずです。博士での経験は、大企業では発揮しづらいのでは?
Commented by ベンチャー社員 at 2008-09-21 09:56 x
いい加減なことを言わないでください。
 ベンチャーにポスドクが行くのは良くあるのでいまさら言うまでもないことですが、中小企業ってどういう企業を想定しておられるのでしょうか?マスターや学部生すら行かないところに博士が行って何かできるとは思いません。一部では博士は修士より使えないと言われているのが、学部卒より使えないと言うことにもなりかねません。過度のディスカウントをするべきではありません。既存の中小企業に行って、新たな研究開発をするリーダーとしてということでしょうか?それならありえますが、中小企業と大学等でやっていた研究をつなげるのはバイオではかなり難しいと思います。
 大企業に相手にされないポスドクはともかく、新卒博士は大企業に行った方が良いと思いますよ。給料も良いし、勉強もできますし、人脈や信用も作れます。後から自分のやりたいことを求めて中小やベンチャーに行くのは簡単ですが、逆は不可能です。
Commented by そうですね at 2008-09-21 12:39 x
アメリカのベンチャーは大企業かそれ以上の待遇、すくなくともそれだけのストックオプションを与えられます。そうでない場合はベンチャーとはいいません。
Commented by stochinai at 2008-09-21 16:52
 極端な賛否両論が出たということに、問題提起した側としてはかなり満足しています(笑)。

 中小企業の場合には、会社の経営にまで携わりいわば「経営側」の人間として入ることを想定してみました。そうなると、当然給料は社長並みということになるでしょうが、博士の入社により会社が伸びていくことができれば、旧経営側も採用された博士も win-win の関係になれるというイメージを描いています。

 ただし、ベンチャーだったら今までの研究テーマなどを継続しながら、ということもありうると思いますが、ここで私が提案しているのは、中小企業を運営するノウハウを持った研究者としての博士ですから、研究テーマなどということにこだわっていたらうまくいかないと思います。研究テーマを続けたいならば、PIになる以外の選択肢はないでしょう。大企業に入っても研究テーマは変わるでしょうから、研究テーマにこだわっている時点で未来はないのだと思います。

 あえて誤解を恐れずにいえば、中小企業という器にはいって、それを内部から再構築して、場合によってはもとの企業とはまったく違うものになるかもしれないけれども、企業としての成功に導く人材というような感じです。
Commented by コメントさんのコメントの感想 at 2008-09-21 17:54 x
(大規模な)確立したシステム(組織)内で成果を出していく、という方向性と、(小規模でも)新たにシステムを立ち上げる、という方向性はけっこう異なると思うのですよね。
優劣があるという意味ではなくて、どちらも社会的に必要な方向性なわけですが。

で、この記事の文脈での「ベンチャー」や「中小企業」で必要とされているのは後者の方向性だと思うのですが、それはたぶん「我々も…研究室というところは…ベンチャーな訳です」の「ベンチャー」とははちょっと違うんじゃないかなあ、という気がするのですよね(よくある補助金前提のベンチャー企業ならば親和性はあると思いますが)。

なぜならば、大学の研究室の大半は、学問としてはもちろん「新しいものを研究」していても、システムとしてはすでに確立したモデル(博士号取得・アカデミックポスト間の移動・競争的研究費獲得 etc)に埋め込まれているわけですから。
Commented by コメントさんのコメントの感想 at 2008-09-21 17:55 x
個人的には以下のどちらかだと思うのですが…

a. 経営的立場で参与する場合は、博士号取得の有無は適正とあまり関係なさそうですが、新たなシステム立ち上げに適正のある人がたままた博士号取得しているケースはあると思います。でも、この場合はあまり大学(院)での経験が役立ったとは言えなさそうな。

b. 高級テクニシャン的な立場で(それなりの待遇で)雇用される。この場合にはその専門分野における研究活動の経験は役に立ちますが、よくも悪くも道具としての立場なので、需要に対して供給過多の分野ではあまりよい待遇は望めないですね。逆に言うとアラビア語ペラペラみたいな希少な専門家であれば高待遇を得られると思います。
Commented by コメントさんのコメントの感想 at 2008-09-21 18:11 x
それから、悪口を書いてすいませんが、「XXという器にはいって、それを内部から再構築して、場合によってはもとのXXとはまったく違うものになるかもしれないけれども、XXとしての成功に導く人材というような感じです。」というセンテンスでXXを「大学」で置換してみて、それができていない(のですよね)人達が、なんで企業内ではひとりふたりでスーパーマンのような活躍ができるとアプリオリに表明できるのか、正直そのあたりの自信(stochinai先生はそれだけの教育を学生さん達になさっているわけですよね)はすごいよなあ、と思いました。
まあ、ネガティブなコメントで申し訳ないのですが。

Commented by ベンチャー社員 at 2008-09-21 22:03 x
やはりそういう意味でしたか。
 博士に会社の経営ができるという理由は研究室の運営と企業経営が同じだということですね。
 残念ながらそれは全く違います。理由はすでにコメントさんのコメントの感想さんが書かれている通りで、大学の研究費獲得レースや評価はルールが決まっていてある範囲の中に納まるもので、経営というのはもっと広範囲の未知で予測不能なものに対応しないといけないからです。
 あと、自分の会社で社長を見ていて思うのは、一つ一つの判断のシビアさが大学とは全く違うことです。
 もし、研究室の運営と企業経営が同じなら大成功している大学発のベンチャーが既にいっぱいできているはずです。
Commented by holy at 2008-09-21 22:35 x
インターンで名の知れたベンチャー企業にお世話になった事がありますが、そこでは、「私達が教えると君達は考えなくなるから、極力指導はしない」「どうやったら、自分の得た情報で最大限の人が成果を挙げられるか」など、他人と自分とを足したあわせたときの最大利益を常に求められた感があります。一方研究室では、「誰が損をしても、先生が得をする(あるいは満足する)システム」を作り上げたら、外部の人からは評価されるような気がしてなりません。

出来るだけたくさんの人、お客さん、社長さん...色んな登場人物がいる中で、誰の利益を最優先にするかによって運営手法が大きく異なる気がすることから、ベンチャー企業での運営手法と研究室のそれとは大きく異なるんじゃないかというのが、直感的に感じたことです。
Commented by stochinai at 2008-09-21 22:41
 大学では経営に失敗しても失業することはなく、せいぜいが研究ができなくなるくらいだというご指摘はそのとおりだと思いますし、研究費獲得も多くの場合「出来レース」の甘さがあるということもわかりますが、そうしたいわば「模擬社会」だからこそ学生の訓練が可能なのだとも思います。そういう段階を経ずに、学生がいきなり実戦の中に投げ出されたら、それこそ死屍累々ということになり「教育」などは成り立ちません。大学院やポスドクで経験したことが、そうした模擬実践であるということを認めた上で、それでもなお教育機関でそうした総合教育を受けた多くの「博士」を生かす場の一つとしての中小企業を提案してみました。前向きに取り入れられる余地はまったくないものでしょうか。
Commented by ななし at 2008-09-21 23:54 x
社会で職がない博士課程の学生やポスドクで溢れている大学が、社会教育の場であるなどというのはおこがましいと思いませんか? 好きな研究だけして、失職のリスクもなく、学生をタダで使える人間に、社会の中で自己実現を図る方法を教えられるとは思えません。

学生に取っては、できるだけ早く社会に出て、荒波にもまれる方がよっぽど社会教育になるし、やり直しもきくでしょう。今の大学には、学問の場以上の価値はないし、学生がいなくては学問もできないというなら存在価値すらないです。もっとシビアになるべきだと思います。

それから、博士には、既存の企業という枠組みの中にはまって歯車として働くより、自分で会社をもり立て枠組みを作っていく会社の立ち上げの方が、特性として向いていると思います。特化した研究能力とかを売りにしてる時点で、社会からはお呼びでないと思います。
Commented by 結局 at 2008-09-22 09:18 x
大学が自ら問題を解決する動きを見せない限り、何を言っても説得力がないのではありませんか。
Commented by ベンチャー社員 at 2008-09-22 09:19 x
 stochinai先生先生のおっしゃりたいことは分からなくも無いです。ポスドクといっても必ずしも、一人で黙々と言われた実験だけやっているわけではなく、学生の指導、対外折衝、プロジェクトの立案、研究費獲得などいろいろなことをやっていて鍛えられているはずですから、企業で力にならないはずは無いと思いますが、企業側の視野の狭さも問題と思います。
 博士が一番力を発揮できるのは確かにベンチャーだと思いますが、現時点では日本のバイオベンチャーは非常に苦しい状況です。新卒博士や若いポスドクの方は大企業に入って力を蓄えることをお勧めします。
 大学は教育にしろ、先端の学問にしろ、ある種の余裕がないとできないと思いますので、企業とは別種のシビアさでがんばっていただきたいと思います。
Commented by コメント at 2008-09-23 04:25 x
海外のベンチャー企業の社長(40歳)で20名程度の企業を経営。年商数十億円の人と会ったが、随分違う。

「人物の能力」
1.日本の上場企業で働く研究職の3-4名分の能力を持つ
(例えば、(1)SEに匹敵する上級のプログラミング能力。(2)数学の能力。(3)電子工学を理解し計測装置を作成する能力。(4)光学理論を理解し新規に開発する能力をもち、上場企業が組み立てた医療分野の映像機器を、更にチューンし性能を上げて売っていた。彼を見ると、日本の上場企業の社員は無能だ。)
2.ビジネスに対する関心
(1流の技術者でありながら、ビジネスに強い関心を持ち、人との付き合いを厭わない。また、大学がダメだから、ビジネスを始めた訳ではない。)
3.新技術と社会的ニーズへの関心と意欲
(新しい論文を常にチェックし、トップレベルの医者(医学研究者)が何を望むかを良く把握し、世界最高スペック機器を、セミオーダーメードで提供する。)
Commented by コメント at 2008-09-23 04:26 x
「社会環境」
1.研究機関の潤沢な予算
(個人の裁量で5-6千万の機器が入札無しで購入できる。そう言う立場の公的機関(大学や大学の関連病院)の医学研究者が顧客。年商で数十億を継続して売り上げるだけの数の顧客が居る。)
2.小企業の製品でも評価する国民性
(新しい企業の高額製品でも、良いモノは良いと評価する。また、仮に、購入して失敗だと分かってもそれを許すだけの、国民の度量がある。日本だと税金の無駄と言われる。)
3.ベンチャーにも有能な研究者技術者が集まる。
(日本は寄らば大樹の陰。ポスドクのラボ選びも、就職の会社選びも、基本は同じ。どちらも基準は同じ。)
4.技術者を評価する風土
5.中小企業を取り巻く経済環境
(中小企業でも、経営的に成り立ちやすい経済環境がある。日本では、中小企業は大企業の下請けになるケースが多く、経営環境が悪い。)
Commented by コメント at 2008-09-23 07:43 x
このベンチャーは、公的研究機関を相手に、年商数十億を売り上げている。日本の公的研究機関の研究予算の総額は3000億円程度だったとおもうが、上記は日本では成り立たないビジネスモデルだろう。

上記のベンチャーの社長は、大学院で、日本と似た学問志向の教育を受けてポスドク後に起業した。大学院での教育内容の多少の優劣はあるにせよ、志向は日本と大差がない。

しかし、ラボの雰囲気は大きく違う。
日本の大学教授は、師匠に気に入られ大学に残り、コネで生きてきた人が多く、社会通念に疎い。また、教授自身、その生き方が良いと思っている。この大多数の教授の生き方は、ベンチャービジネスを起業する人と対極的だ。そんな指導者の下で、ベンチャー志向、企業志向の学生が育つか疑問だ。

これは、社会不適格の烙印を押された、博士院生やポスドクを生み出す原因の一つだろう。

また、会社側も、「大学や学問は無意味」と宗教に近い決めつけをする。その癖、新規技術が理解できないと、アタマを下げて、簡単に聞きに来る。社内に学閥があり、同じ大学同士で群れて、校風を誇る。不思議な精神構造だ。
Commented by ななし at 2008-09-23 12:43 x
>「大学や学問は無意味」と宗教に近い決めつけをする。

私も博士ですが、高卒、大卒程度の人材で物事が回るようにできているのが会社であり、理にかなっています(一番層が厚いため)。それ以上の人材が来ても、相応のポストもコストもないというのは、何度も言われましたし、理解できます。仮に、中小企業に社長と同じ給料をもらう博士役員がいたら、社を左右するくらいの能力と、責任感を問われます。全力を尽くしましたが失敗しました、では済みません。今の博士たちに、その覚悟と能力があるか疑問です。

アカデミアで必要だからと博士を取ってしまうと、社会が求める歯車には戻れません。あとは自分で枠組みを作っていくか、博士を活かす国に移民するのが第一選択だと思います。もちろん、アカデミアや研究所で働けるなら、能力を活かす良い選択だと言えます。

コネに関しては、その人を必要と思う人間がいるということですから、コネも立派な能力だと思います。博士は能力はすべてに勝ると考えがちですが、人に必要とされてこそお金がもらえるということを忘れてはいけないと思います。
Commented by コメント at 2008-09-24 02:22 x
>>ななし様
書き込み大変納得しました.

> 高卒、大卒程度の人材で物事が回るようにできているのが
> 会社であり、理にかなっています

日本が経営の中心で,先端技術が重要でない企業は、博士など必要ないでしょう。

> 中小企業に社長と同じ給料をもらう博士役員がいたら、社を左右する
> くらいの能力と、責任感を問われます。
> 全力を尽くしましたが失敗しました、では済みません。

私がお会いした、博士卒のベンチャー経営者は、まさしくこのタイプの方でした。彼は会社の技術をほぼ一人で担っています。海外(米国)だと、このタイプの博士が結構います。

逆に、産業界やビジネス志向の博士が皆無で、大学に残ることを考える人が多数なら、重点化前の様に、博士取得者の人数を大幅に絞ることも必要でしょうね。
Commented by コメント at 2008-09-24 02:24 x
> 博士を活かす国に移民するのが第一選択

ごもっともです。私自身、米国への移民を目指しました。永住権取得のプロセスの途中で、日本に戻ることになりましたが..

昭和初期、大卒の就職率が30%で「大学は出たけれど」という映画ができました。”大学”を”博士課程”に置き換えるとそのまま現代に当てはまります。博士課程が認知されるとしても,時間が必要でしょう.
Commented by 鶏肋 at 2008-09-26 20:20 x
日経BPのBTJ ジャーナルによれば、博士の就職は幾分か好転したようですね。キャリアパスの多様化も徐々に進んでいるようです。やはり大手から中小企業への流れになりそうですが。
by stochinai | 2008-09-19 21:27 | 科学一般 | Comments(20)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai