5号館を出て

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食品偽装雑感

 たたけばいくらでもホコリが出てくる食品偽装問題ですが、究極の解決方法は自給自足しかないと思います。しかし、たとえ自給自足したとしても、土壌や海が汚染されていたならば、無農薬で育てたはずの農作物に人間が作った毒物が混入したり、自分で釣った魚が水銀で汚染されていたりすることもありますので、今の地球環境の中にいる限り、たとえ自給自足したとしても安全を保証することは難しいという現実があるのかもしれません。

 もちろん、自給自足して手に入れた農作物や漁業畜産物のすべてを、最新の分析技術を駆使して検査すれば、かなりのレベルで安全を確保することは、理論的には可能です。しかし、これは現実的にはまったくあり得ない状態ですので、我々は食物の安全やその監督を税金を支払った上で政府に権限を委託しているのです。

 ですから、基本的に国民をこうした危機にさらした時点で、行政は責任を問われてしかるべきなのですが、昔から日本の「お上」は何を勘違いしているのか、責任を回避する傾向が強いように思いますし、たとえ口先で責任を認めたとしても、これほど何度も何度も同様の事件が繰り返されるということを見ていると、責任を感じてきたとはとても思えません。

 よく言われるように、そんなに安く食品が手に入るはずはないということが事実なのだとしたら、国としては国民の安全を保証するために食品の値段にも、最低賃金制と同じような最低価格制度を設定し、農水畜産業に携わる人たちの生活を保障すべきではないでしょうか。

 現実はまったく逆で、自由競争が絶対善であるというような宗教にも近いようなスローガンで、できるだけ安く手に入れて、できるだけ高く売り、携わる個々人の収益を最大にすることを奨励しています。ちょっと考えればわかることですが、このゲームでは他人をだますことができれば利益が増加することになります。あるいは弱い立場にいる人から、搾り取れるだけ搾り取ることができればさらに利益が増加します。

 都市で労働者がどんどん派遣化されているのと、農山漁村で第一次産業に携わる人たちから生産物がどんどん買いたたかれていることの背景には同じマネーゲームが動いているのだと思います。

 消費者が安いものを求めることがその原因であるという言われ方を良く聞きますが、そもそも消費者が安いものを求めるのは収入が少ないことに原因がないでしょうか。

 このスパイラルから抜け出すためには、ものの値段というものが倫理を失った自由競争で決められるのではなく、生産者も消費者も普通に生活できる収入を保証することを前提に決められるようになる必要があるのだと思います。

 その原理としてもっともわかりやすいものはマルクス主義ではないかと思うのですが、いちおう現代社会では捨て去られた理論ということになっているようですので、すべての人が人として生きることを前提とした新しい価値評価や流通のシステムを模索しなければならない時期に来ていると思います。

 個人的感情としては、石油や食品など人が生きるために必要なものを買い占めて、その値段の動きにあわせて、売買するだけで金を儲けるようなことは犯罪だと思いますので、それを禁止するだけでもずいぶんと世界は良くなるような気がするのですが、あまりにナイーブすぎるでしょうか。
Commented by alchemist at 2008-09-23 16:12 x
理解が間違っているのかも知れませんが、本来、規制緩和とは政府によって行われて来た各種の事前規制を緩和し、新規参入へのスピードを加速する、と同時にこれまで事前規制で未然に防がれて来た新規参入に伴う被害が生じた場合、事後の点検によって被害の拡大を極力防止する、というものだったはずです。
事前のチェックを極力緩めるわけですから、事後点検・被害の補償にはこれまでの事前点検に比較して膨大な権限と、検査機能、そして補償費用が必要となる可能性が極めて大となります。(事後の処置に関わる費用を極小化するには関与する企業が被害を極小化するために不断の努力と投資を行うことが必要であり、この不断の努力と投資は経済的合理性を欠いた場合でも遂行されなければなりません)。
Commented by 同上 at 2008-09-23 16:13 x
従って、今回の米事件を始め繰り返される食品問題を早期に解決することは、規制緩和の得意技でなければならなかったはずです。言い換えれば、規制緩和は企業活動の性善説が大前提であったということです。ヒトに対する性善説が破綻したのが社会主義国家の終焉であるとすれば、同じヒトによって構成される企業活動の性善説をどうして信じることができるのか?という命題に答えられない限り、規制緩和が成功するためには事後検査に関わる膨大な費用負担に耐える社会を構築する必要があるということになりませんか?
Commented by stochinai at 2008-09-23 18:46
 そういうことでしたら、とても良くわかります。ということは、自民党政権が行った規制緩和は、底の抜けた「似非」だったということですね。
Commented by りらっくすしていないくま at 2008-09-23 21:16 x
ちょっと不思議に思うのは、先生がいうところの最低限の生活が保障されている(はずの)国でこの不正が起こっていることについて、先生自身が目をそらされていることです。どうですか?実質的な最低限が保障されていないからですか?(もしそうだとして実質的な最低限は「誰が」きめるのでしょう?)
もうひとつ。これは半分先生の肩を持つ意見になりますけど、自民党政権を批判している人たちもまた、alchemistさんの言っていることを理解していませんよ。規制緩和をするということは、事件は必ず起きるのです。また、その事件の発生頻度は増えるのです。事前の対応から事後の対応に変えると言うことはそういうことです。それに伴う金銭的コストもかかります。
そのような方策に対する批判とともに代案として示される方法が実効的なのか、というのが問題です。エネルギー保存則に反して永久機関が作れないように、政治の世界でもまた、コストゼロで全ての人が幸せに暮らせる社会を作ることもできないはずです。「似非」だったという指摘があたっていたとしても、その代案がまた同レベルかそれ以下のものでしかないのであれば、結局は同じ穴のむじなというところでしょう。
Commented by stochinai at 2008-09-23 22:42
 確かにアフリカなど飢餓に苦しむ国に比べたら、ほとんどの日本人は「最低限の生活が保障されている」ようにも見えますが、今の日本では最低限度の生活が保障されるという「安心感」がなく、多くの人が安全保障のための手段を求めているのではないでしょうか。私は、その「不安感」も犯罪を誘発しているように思います。

 いろいろな意見はあると思いますが、私はある程度税金を高くして「大きな政府」を作り、金持ちは損をして、貧乏人は得をするという制度を支持したいと思います。
Commented by ななし at 2008-09-24 09:23 x
>代案として示される方法

一つには、アメリカ等において存在する、懲罰的課金というものがあると思います。不祥事が合った際に、回収の実費だけでなく、社会的モラルを破ったという意味で、それ以上の懲罰金を取れるようなシステムがあれば、企業がモラルを捨てて低コストに走る傾向は減少すると思います。特に、大企業には効果が大きいと思います。ただし、失うものがないような小さな企業にモラルを求めるのはそれでも難しいでしょうね。

あとは、消費者のレベルの向上と、企業がどれだけ信用ということに付加価値を見いだすかというところにかかってくると思います。
Commented by MusignyBlanc at 2008-09-30 20:27
「金持ちは損をして、貧乏人は得をする」、という制度はうまく機能すれば素晴らしいと思いますが、それだと超お金持ちは日本からは逃げて行ってしまいますよね。

このグローバルな世界では、世界中のお金もちを惹き付けて、日本に(住まないまでも)投資させる、という方策も必用ではないかという気がします。つまり、「金持ちにも得をした気分にさせることが必用ではないかと。。。」

とはいっても、「大きな政府」で有名な北欧諸国が、最近になって急成長しているのは、規制を緩和して外国からの資本流入を奨励していることが大きな要因ですから、大きな政府と外資導入とは必ずしも矛盾しません。

うまく外資を利用することがカギなんでしょうけれども、どうも日本人の眼は国内ばかりに向くので、鎖国的な政策になっちゃう気がするんですよね。
by stochinai | 2008-09-21 23:58 | つぶやき | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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