5号館を出て

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中国産トキは移入種ではないのか

 Nipponia nippon ニッポニア・ニッポン というとてつもない学名を持つトキは、1995年に日本国内での絶滅が確認されたトリです。大型で迫力のあるトリだとは思いますが、私にはそれほど美しいトリには見えません。顔が赤いのは、そこだけ羽毛がなく赤い皮膚が見えているからだそうで、その点は北海道のタンチョウの赤い頭が赤いのと同じですね。

 そのタンチョウも、一時は絶滅したと考えられていたものが、地元住民の努力で持ち直し、今では1000羽以上にも増え、一部では「増えすぎ」という声さえ聞かれるようになりました。タンチョウの場合は、絶滅を免れた十数羽から個体数が持ち直したのですが、トキの場合は絶滅の危機が認識され保護が始まった時には100羽前後がいたにもかかわらず、それを絶滅から救うことができなかったということを厳しく認識すべきだろうと考えます。

 乱獲や農薬などが絶滅の原因として指摘されていますが、それよりも当時そして今の日本の環境にトキが住めなくなってきたということがあるに違いないと思います。その環境のどこが変わったのか私にはよくわかりませんので、ここでトキを放鳥してもうまく野生化するのかどうか、予断を許さないものだと思います。

 それより何より、今回放鳥しようというトキは中国の個体群です。幸い、飼育下では繁殖・生育が順調に行われており、中国からたった5羽(?)から100羽以上に増えているようですので、動物園の中だけで生き続ける動物として維持するだけで良いのではないかというのが私の意見です。もちろん、原産地の中国に放すのでしたら、それには反対はありません。

 今の日本では、他の動物種に関しては移入種の問題が盛んに議論されており、基本的にすべての移入種を撲滅しようというのが環境省(あるいは日本政府)の方針のように思えるのに、なぜトキだけが移入種であることが明らかであるにもかかわらず、これほど肯定的に扱われるのかということに、とても不思議な感覚を覚えています。

 個体群生物学の研究者であるならば、たとえ同一の種だとしても住んでいるところが中国と日本というふうに交雑がほとんど想定されない地域の個体群は遺伝的に異なるグループになっているはずなので、亜種として扱われても不自然さはないはずです。そのくらい異なる個体群を、たとえそこにはもうトキはいないことが確認されているとしても、導入することにいろいろな意味で不安はないのでしょうか。

 もしそれがOKならば、北海道に昔いたエゾオオカミに近縁なオオカミを大陸から移入して、増えすぎたエゾシカの捕食者として復活させようという提案も許されることになるのでしょうか。オオカミというのは人畜に害を及ぼす可能性があるので、ちょっと乱暴な意見かもしれませんが、ある地域で種が絶滅してしまったのだとしたら、その事実を厳粛に受け入れて歴史として伝承していくというのが正しい対処法ではないかと、私は思います。

 メダカに関しては、子ども達に「自分で殖やしたものは、決してそのあたりの池や河に放さないでね」という、正しい生物学教育が行われているはずですが、メダカはダメでなぜトキなら良いのか、小学生にもわかる説明はできのるでしょうか。

 そういえば、すでにコウノトリで前例は作られていましたね。
Commented by チャッカマン at 2008-09-24 22:40 x
はじめまして。いつも拝見させていただいています。
日頃からテレビなどで見る中国産のトキは日本のものに比べて何となく灰色っぽいのが気になっていました。遺伝子が異なるからなのか環境によって獲得された性質なのか、素人には判断がつくはずもないのですが、ところが日本に持ち込まれて繁殖に成功したトキを見ると、なんと鮮やかなピンク色がでていましたので、やはり環境のせいなのかと思っていたところでした。お説を拝見すると、やはり別物と捉えた方がいいようですね。有難うございました。
Commented by 鶏肋 at 2008-09-24 23:52 x
メダカに関しては、多様性の保全のために安易な放流を制限する意義はあると思いますが、トキに関しては在来種が既に絶滅しているので、genetic backgroundが多少異なっていても、別にそれほど影響はないように思えます。むしろclosed colonyを中国で放鳥する方が問題があるのでは。

トキを放鳥することに意義があるかどうかは何とも言えませんが、環境の指標としては、「住めるようになった」かどうかは重要なんでしょうね。
Commented by 佐渡生まれ at 2008-09-25 00:05 x
佐渡育ちのトキは中国から輸入したドジョウを食べないそうで、ぷりぷりのおいしい国産が大好きだそうです。それだったら日本人と認めてもいいかなと思ったり...
Commented by 佐渡生まれその2 at 2008-09-25 02:05 x
生物学などの視点で収まれば分かりやすいのでしょうが、結局のところ金・利権と言った話が入ってきてしまうのがややこしいところです。トキ用の無農薬の水田などを新たに作り、餌なども人工的に作り出し、各種施設をおっ建て、それらに行政などから補助金が出る。稲作などの邪魔をする害鳥だったから減らしたという過去や、観光の目玉を作りたいという意図など、どこを切り取っても結局は人間のエゴという一言で片付いてしまいそうです。島民の大半も無関心or冷めた目ですし…。この先どう転がっていくのか、(いろいろな意味で)とても興味深いです。

>チャッカマンさん
幼い頃からそれなりの頻度でトキを見てきましたが、中国育ちと日本育ちの違いは特に感じられません。生物学的に同一の種である上、繁殖期になると灰色がかった色になるという特徴もありますし、少なくとも見た目から違いを見つけるのは難しい気がします。
Commented by 渡り鳥 at 2008-09-25 04:48 x
トキのニュースを見るたびに思うんですが、日本で絶滅した種をよその国から持ってきて「日本にはトキがいます!」って誇らしげにしてるのは何なんでしょうかね。
Commented by siki at 2008-09-25 12:27 x
コウノトリは渡りをする鳥なので(現在も頻繁に野生のコウノトリが渡来している)トキとは異なるような気がします。

メダカの説明を学校で行っているとは初耳ですが季節になると業者から乱獲された冷凍ホタルを購入して川辺に放して楽しむ現代の日本らしい話ではありますね。

Commented by ヨシ at 2008-09-25 15:45 x
トキの保護と言う視点がそもそもおかしいのでは?

彼らが守りたいのはトキのいる風景なんじゃないでしょうか。つまりトキを構成要素に含んだ生態系全体です。ならば、代わりになる生物がいない以上、日本の地域個体群にごく近い中国のトキをチョイスするのは、ごく自然な発想だと思うのですが。

あと余談ですが、地域個体群差と種差を同列に扱うって、どうも違和感が拭えないです。
Commented by チャッカマン at 2008-09-25 19:33 x
佐渡生まれその2さん
ご教示有難うございます。あの灰色は繁殖期だったからなんですね。そんなことも知らず失礼しました。
Commented by うつみ at 2008-09-25 19:46 x
ある程度増える実績さえ積めれば、いずれ保存してそうな国産トキの遺伝子を移植した固体を掛け合わせて復元できるかも
Commented by stochinai at 2008-09-25 20:08
 その日本最後のトキが北大の某研究室の冷凍庫に保管されているって、知ってました?
Commented by 鶏肋 at 2008-09-25 22:43 x
> その日本最後のトキが北大の某研究室の冷凍庫に
> 保管されているって、知ってました?

体細胞クローンで復活させるのは、タスマニアタイガーよりは楽そうですね。中国産トキも残っていますし。もっとも復元種を野に放つ方が多くの議論を呼びそうですが。

ちなみにアメリカのイエローストーン国立公園では、生態系保護のために絶滅したオオカミを再導入したそうです。
Commented by io at 2008-09-27 00:20 x
ttp://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/12503.html
トキが「種の絶滅」をまぬかれたのは、幸いにも中国に生息するトキと
種が同じだったことです。

環境省が、「トキ」の遺伝子の塩基配列を調べたところ、99.935%は同じだった。
つまり、日本と中国のトキは、種が異なるほどの開きはないという専門家の見解です。
おそらく、東アジアのいたるところに生息していたトキは、
かつては日本海を越えて飛び交い、自在に 日中交流をしていたのかもしれません。
現在、トキの数は、日本では122羽、中国はおよそ1000羽に増えています。

中国も1000羽しかいないんですねぇ。
Commented by 新潟県民 at 2008-09-27 12:53 x
人間の遺伝子は99.9%が共通で、0.1%の違いが人種を決定しているなんて話を聞きますが、そうするとトキはアメリカ人を連れてきて、同じ人間ですから問題なし、としているようなものなのかな?
擁護も批判も廃した、実名での専門家の見解が知りたいですね。
それこそ科学者の出番です。
Commented by モト at 2012-01-10 00:24 x
そもそも、絶滅した種を人工的に復活させるなんて、、

それって、環境保護などではなく環境破壊なのでは?
地球上の人間様も宇宙の中の環境の一部だと言う事を忘れてしまったのでしょうか???
Commented by stochinai at 2012-01-10 12:40
 こういうふうに短絡するケースでは、おそらく「環境」というもの自体が、「人間を気持ちよくするための雰囲気」くらいに考えているんじゃないかと思われるフシがあると疑ってしまいます。
by stochinai | 2008-09-24 21:35 | 生物学 | Comments(15)

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