5号館を出て

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講義ノートを買うレベルの「勉強」すらしなくなっているのでは

 実際に見たことはありませんが、「講義ノート屋」という商売があった(ある)ようです。それが、顧客の現象から廃業が相次いでいるというニュースがありました。

 朝日コム 「講義ノート屋」氷河期 京阪神の大学で「閉店」続出

 タイトルとは違って、記事は立命館大学の近くにある繁盛している講義ノート屋さんの話から始まります。大学の自粛要請にもかかわらず繁盛しているようです。しかし、このようなところはむしろ例外なのだそうで、講義ノート屋は
 関西では数十年前から存在し、印刷会社などが営んでいた。「関関同立」「産近甲龍」と言われる有力私大の周辺にはどこにもあったのに、近畿大(大阪府東大阪市)は5年ほど前、それより前に関西大(同吹田市)、甲南大(神戸市東灘区)で姿を消した。関西学院大(兵庫県西宮市)でも2年ほど前になくなった。いまも残っているのは、立命館大、同志社大(京都市上京区)、京都産業大(同北区)、龍谷大(同伏見区)などだけだ。
 記事では、その理由について、学生の出席率が良くなったことと、ノートの質が悪くなったことを挙げていますが、私は別の理由もあるような気がしています。

 確かに、学生の授業への出席率は良くなっていると感じますが、その一方で多くの学生が教科書すら買わないという現実もあります。教室へ来ても寝ているだけという学生もいます。

 学生が講義ノートを買わなくなったことの大きな理由のひとつに、今の学生はそれほど「優」(あるいは、その上にある「秀」)を欲しがらないという事情があるような気がします。今でも一握りの学生(私の直感では5%くらい)は優を撮るために努力をしますが、それを除くと「不可」にさえならないのであれば、できるだけ楽をしたいというのが、今時の学生の多数意見ではないでしょうか。

 その傾向に拍車をかけているのが、昨今の大学における相対評価の強要があるのではないかと疑っています。

 昔は、大学の成績は基本的に絶対評価で行われており、一クラスのほとんどが不可で落第になったり、その逆に全員が優だったりということが、ごくごく普通にありました。その結果、不可ばかり出す先生は「鬼」と呼ばれ、逆に一度も出席しない学生にすら優を乱発する「仏」と呼ばれる先生もいて、学生はその挙動に気を遣い「鬼仏表」なるものも出回っていたほどです。

 ところが、最近はこれが許されなくなり、大学側は成績を昔の小学校並の相対評価にすることを求めるようになってきました。つまり、ある程度以上の規模(30名とか)のクラスに関しては、例えば秀が5%、優が25%、良が45%、可が25%くらいになるように成績を標準化せよというお達しです。また、出席も厳しくチェックするようになっています。

 このシステムだと、学生はどんなに一所懸命に勉強して、試験で良い成績をとったとしても、良にしかならないこともある反面、どんなに勉強せずとも欠席さえしなければ、不可はつけにくく、可あるいは(全体のレベルが下がってくれば)良すら期待できることになっています。

 こんな状況だと、いわゆる「普通の学生」はどんなにがんばっても秀や優をとることは難しく、逆にどんなにさぼっても不可にはなりにくくなっていますので、身体だけは教室に運んで出席はしますけれども、勉強はしない、ましてや試験のためにノートを買ったりもしないということになりそうな気がします。そもそも、教科書すら買わない学生がノートを買うでしょうか。

 そういう意味で、私はノート屋が繁盛している大学は、学生が試験対策をとっているだけ、まだマシな気がします。

 この問題は、前に書いたエントリー「無試験大学入学が5割を越えて」と深く関連しているように思います。
Commented by 【な】 at 2008-10-06 02:16 x
「身体だけは教室に運んで出席はしますけれども、勉強はしない」学生が増えて多数派になれば,「普通の学生」でもちょっとまじめに勉強すれば優を取れるんじゃないでしょうか。
Commented by 【な】 at 2008-10-06 02:41 x
ちょっと言葉足らずでした。ぼくが言いたかったのは,相対評価が導入っされるようになって(もっとも,実態として相対評価を全面的に取り入れている大学が多数派だとは必ずしもいえないと思いますが)以来,「優がとりにくくなった」ということはないだろう,ということです。そんな話はきいたことがありません。

ただ,ご指摘の通り,「鬼」が減り,「理不尽な不可」が減ったのはおそらく事実で,それこそが講義ノートが売れなくなった主な理由であり,秀や優をねらう上位層の動向とはなんら関係ないと思われます。よって,「ノート屋が繁盛している大学」は,「学生がやる気がある大学」では必ずしもなく,「一クラスのほとんどが不可で落第になったり」する状況がまだまだある大学なのではないかと邪推します。講義ノートを買う連中は優が欲しいのではなく,不可を恐れているのですから。
by stochinai | 2008-10-05 23:52 | 教育 | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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