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ピロリ菌:あちらを立てれば、こちらが立たず

 ヘリコバクター・ピロリという菌は、胃潰瘍や胃がんを誘発することはほぼ証明されているようですが、同じ菌が食道がんの発生を抑えているという論文が出ました。

 紹介記事は、Science Daily の Science News です。

 H. Pylori Bacteria May Help Prevent Some Esophageal Cancers
 ピロリ菌はある種の食道がんを防ぐらしい

 元となった論文は Cancer Prevention Research という学術雑誌に載っているものです。

 Helicobacter pylori and Esophageal Cancer Risk: A Meta-analysis
 Cancer Prevention Research 1, 329-338, October 1, 2008.
 doi: 10.1158/1940-6207.CAPR-08-0109

 ヘリコバクター・ピロリと食道がんリスク:メタ解析

 実験的に研究したわけではなく、PubMed や ISI といったデータベースや、論文に引用された過去の文献を調査して、まとめた調査結果です。

 ピロリ菌の存在とがんの関係が明らかにわかる19例の研究結果を検討したところ、CagAという胃がんの原因が強く疑われているタンパク質を作るピロリ菌を持っていると、食道の腺がん(esophageal adenocarcinoma: EAC)の発症が有意に少ないことが示されました(図の右上)。CagAを持っていないタイプのピロリ菌にはそのような傾向は見られなかったそうです。一方、食道の扁平上皮がんについては、特にそういう関連は見つからなかったということです。
ピロリ菌:あちらを立てれば、こちらが立たず_c0025115_2030259.jpg
 欧米ではこの数十年間でピロリ菌を持っている人が減っていることと、食道腺がんが増えていることが知られているので、その原因のひとつがこれではないかと考えられるという考察をしています。

 これはなかなか悩ましい事実が出てしまったというふうに思います。

 胃の中には塩酸があるので、たとえ口からはいった細菌がいても、そのほとんどが胃液の中で殺されると考えられており、まさかその胃の中に細菌はいないろうというのが昔の常識でした。また、培養が難しいこともあって、いるとかいないとか長いこと論争されていたのですが、2005年にノーベル賞を取ったオーストラリアのロビン・ウォレンとバリー・マーシャルが培養に成功して論争に決着をつけたのが1983年、ごくごく最近のことです。

 そして、それまでストレスが原因とされていた胃潰瘍や、食べ物が原因ではないかと言われていた胃がんのうちのあるものが、ピロリ菌が原因であるという報告が続々と出てきました。今では胃潰瘍の治療としてピロリ菌を除菌することも普通に行われているようです。

 ところが、この除菌をした人の一部で、逆流してきた胃液による食道炎が発生したり、それに伴う食道がんのリスクが増加したりすることがあるのではないかという指摘があります。ピロリ菌の酸中和力があるおかげで、胃液が上がってきても食道が中性に保たれているのではないかという、ピロリ菌善玉説も出てきました。

 実際、ピロリ菌にはいくつかの「亜種」があることや、人類の2人に1人は保菌者であるにもかかわらず、その7割にはなんの症状も現れないということから、ピロリ菌をひとくくりにして良いものかどうかも疑問です。あるいは、同じピロリ菌が時には胃がんの原因となり、時には食道がんを防ぐということをしている可能性もあり、その場合には他の因子との相互作用を考える必要があるのかもしれません。

 世界各地で採集されたピロリ菌の遺伝子を調べた結果、我々の祖先となる人類がアフリカを出た6万年近く前から、ヒトのお腹の中にはピロリ菌が「共生」していたと考えられていますので、腸内細菌と同じようにヒトにとって役に立つことをしていても不思議はありません。

 たとえ技術的には殺せるからといって、胃潰瘍でもないのなら軽率に除菌などしないほうが良いのかもしれません。ちなみに、胃潰瘍や十二指腸潰瘍がない場合の除菌は保険適用外ということですので、自己責任・自己負担でやりましょう。
by stochinai | 2008-10-07 21:07 | 医療・健康 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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