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大学はなぜ変わらないように見えるのか 【冒頭に追記】

【冒頭に追記】
 この件に関連して、非常に重要なエントリーが lanzentraeger さんによって書かれています。是非ともご参照ください。

 (25) 博士課程に進むメリット ~博士の株も暴落するのか?~

 もうひとつ、ありました。ktatchy さんです。

 ”うすっぺら日記”に啓発されて

 いずれも博士後期課程まで進学されて、ノンアカデミックなキャリアへと進んだ若手の方です。

 それから、ちょっと前のものになりますが、これも重要論考です。

 18年も前にポスドク問題の帰趨は見えていた:基礎研究を「益なきもの」と蔑む国に博士とアカデミアの未来などない

 こちらは、アカデミアの viking さんです。

【以下、本論】
 5日ほど前の、ブログ・アクション・デーへの参加エントリー「Blog Action Day :テーマは貧困」に対して、久しぶりにたくさんのコメントをいただきました。ありがとうございます。

 しかし、状況が変わっていないという現実を反映して、なかなか新しい局面へと議論が進まないこともまた事実なのかもしれません。

> 何か再燃してしまいましたね。

> 同じような議論が何度繰り返されたことか。

> そういう方針は何度となくいろんな人が言ってきたことで、でも実現するための行動がとれないからぐるぐる回っているわけで、

> これらはずいぶん前から繰り返し言われてきたことだと思います。

 と、古くからこの問題の議論に参加し、あるいはウォッチしてきた人にとっては、非常に歯がゆいことになっています。引用した上記最後のコメントをお書きになったSRさんの疑問は当然のことだと思います。
私が興味があるのは、このポスドク問題が大学内の会議(教授会とか??)でどのような議論のされ方をされてきたのか(あるいはされていないのか)です。ポスドク問題が社会的に認知されて大学院が敬遠されるようになってきていますが、大学内の実際の会議では人事の公正化や大学院定員やその他の問題に関して、どう話し合われているのでしょうか?外にいるとわからないのですが、興味があります。
 この点に関して、大学の内側にいるalchemistさんから、お返事がありました。私よりもalchemistさんの方が、大学の運営側に近いところにおられるようですので、私がそれ以上に何かを知っているということはありませんが、何か書いてみます。

 大学再編時代ということもひしひしと感じられるようになってきており、各教員は研究費の枯渇、教員定員の削減、教育負担の増加、点検評価疲れ、中期目標という名の永続的改革圧力などに追いまくられているのが現状で、研究する金も暇もなくなっているのが大多数の教員の現実なのではないかと思われます。ポスドク問題どころか自分が生き残ることで精一杯の方もたくさんおられます。研究者の選択・生き残り問題として考えるなら、ポスドク問題と教員のキャリア問題は共通部分も多いと思えます。

 初期の段階において、ポスドク問題は大学の問題だと考える教員は少なかったように思います。ポスドクは大学院の博士課程を修了してからなるものですから、ポスト大学院の存在であるというような意識があったのかもしれません。さらに、大学院重点化とポスドク1万人計画が連動しており、重点化によって大量に増えた博士課程修了者がフリーター化するのを、1万人計画で(たとえ一時的にでも)食い止めるという効果がありましたし、それ以前にはポスドクというのは研究職へと続く王道だったこともあって、政府・文科省がポスドクを1万人に増やすのだから、ポスドクを終えた時にはそれだけの数の研究職が増えているに違いないという(希望的)観測を、政府・文科省・大学がともに夢見ていたのだろうと思います。もちろん、一部の冷静な大学教員はポスドクが終わり研究職につけなかったポスドク達のポスト・ポスドク問題が起こるであろうということを予測し、警告を発していたのもまた事実です。しかし、そうした声はポスドク増産の熱気の中にかき消されました。

 しかし、ここへきて大学院博士後期課程へ進学する学生が激減しています。博士課程へ進学してくる学生が減ってくれば、その理由としてポスドク問題・博士問題があるということは、さすがに鈍感な研究一筋の教員でも気がつき始めているように思われます。しかし、それに対して出てきたのが、授業料無料化などの博士後期課程進学者を増やすための方策でした。これは、問題の論点をそらすものだという批判も多いと思います。やるなら、全国一律に制度としてやるべきでしょう。そういう議論を経たあとで、お金をもっている学部・大学が実施に踏み切ったのだと思います。

 ポスドク問題と一緒に考えられているとは思えませんが、人事の公正化については、会議で話し合われるまでもなく、本来公正に行われなければならないものですので、それまでは見逃されてきた「不正」をどのように防止するのかという点がポイントになっています。既得権を持っているボスの側では、いかにして監視をすり抜けるかの工夫をするのかもしれませんが、問題点が公になってマスコミなどが取り上げてくれるとともに、どんどん監視がきつくなってきていると感じられます。しかし、一時期はやった機械的な業績比較だけによる人事では、採用後に教育能力や社会性に問題が発覚したりということがあちこちで見られたということもあって、現在では一部数値化されない状況も勘案しながら選抜を行うというあたりに落ち着いているところも多く、それでは万人の納得できる「公平性」が確保できていないかもしれないという疑念を消し去ることは難しそうです。人事に関しては、まだまだ透明性が低く、同じ学科内でもどのような人事が行われているのかを知ることは難しいようです。事務に人事係はありますが、教員人事を関係教員が行うというやり方はなかなか変わりそうもありません。

 そして大学院定員のことについては、定員削減が大学内で多数意見になることはあまり期待できません。そもそも、大学院の定員は文科省との折衝で決まっているものであり、教員定員と連動しているとも聞きます(しかし、大学院定員が減らないのに教員定員はじわじわと減っていますので、それも嘘かもしれません)。文科省は入学定員を満たさないということに対して非常に厳しく監督をしているらしく、大学院の定員を満たすために最近では夏・秋・春と3回の入試をするところも多くなってきました。これほどセンシティブに大学院定員でしばってきますので、その定員を減らすなどと提案したら、即座に教員定員を削減されるのではないかという恐怖感を持っている先生が多いのが今の大学です。私は教員定員を減らしてもいいから、大学院生の定員を減らそうと提案するのですが、今でさえ減りすぎて頭が痛いと思っている先生が多い現状では、その意見は小さな会議の中でさえ通りません。仮定の話として、もしも大学内で合意が形成されたとしても、それを認めるかどうかは文科省が決めることです。大学が法人化する時に、各大学は文科省の一律な管理を離れて・・・などという嘘が流布されたこともありますが、法人化後は予算や競争的資金を通しての管理が大成功しており、大学は文科省にまったく逆らえなくなっています。

 ですから、大学や大学院に問題があると思われたら、各大学ではなく文科省を攻める方がはるかに実現の可能性は高いと思います。とは言っても、文科省はそういうことは各大学の自主性に任せてあるから、意見はそちらの方へ持っていってくれと言うと思いますが、大学を通じて出てきたそんな意見などは相手にしないだろうとも思います。もちろん、ノーベル賞を取った小柴さんや益川さんがおっしゃってくれても、まったく通らないだろうと思います。

 つまり文科省の支配下にある限り、大学は文科省が考える以外の方向に変わることはないのだと思いますが、大学・大学院に関しては乱暴な「改革」の連続ですでに崩壊を起こし始めています。文科省は、その崩壊を利用してさらにねらい通りに大学を変えようと思っているのだと感じますが、私は逆にその崩壊を利用して良い方に改革できる可能性はあるのかもしれないと思ってます。

 いずれにしても、大学や大学院が穏やかに変わるということはなさそうですが。
Commented by SR at 2008-10-20 07:21 x
stochinai先生、alchemist先生、ご丁寧なご意見ありがとうございます。大学内部の現状がうかがい知れ、大変参考になります。

ポスドク問題の当事者であるポスドクは、とにかく自分が職を見つけていく努力をすることでポスドクを1人減らすことになり、また結果的に後進に道を切り開くことにもなります。あるいはこうなってはいけないという反面教師の姿を後進に晒すことにより、本人が意識するしないに関わらず、問題の縮小のために貢献しているとも言えます。

一方、博士を作り出す側、あるいはポスドクを雇用する側という意味で当事者である大学では、この問題をどう認識しているのだろうかという疑問がありました。例えばこういう話題が出ると必ず、「大学院の定員を減らせば良い」という意見が出ますが、実際大学内部でそのような話し合いが行われているのだろうか、あるいは単にネット上の空論にすぎないのか、疑問だった訳です。(続く)


Commented by SR at 2008-10-20 07:23 x
このような疑問の根底にあるのは、そもそも大学は当事者意識が欠落しているのではないかという不信感です。例えば、大学院生の質が低下しているという大学教官の嘆きをよく聞きます。しかし、これは現状を見た優秀な学生が大学院を選択しなくなった結果と解釈すべきです。実際、やる気があって将来有望と思われた学生が修士後にさっさと就職してしまうという経験がある研究室は多いと思います。単に質の低下を嘆くばかりで、その原因が自らにあるという視点が感じられません。質の良い学生を呼ぶために、授業料無料化や、大相撲のように国内がダメなら海外からリクルートなんて方策が出されていますが、これらも悪くはないとは思いますが、本質的ではありません。

大学は、ポスドク問題や、大学院が敬遠されつつある理由をどう分析し、その対策を実際にどう話し合っているのか興味があり、ここは問題意識のある先生方が多いように思えたので、書き込んでみた次第です。(続く)
Commented by SR at 2008-10-20 07:23 x
stochinai先生、alchemist先生のご意見を聞くと、大学院の定員削減にしても思うようにならない現状が分かります。失礼ながら多少言い訳っぽいとも感じましたが、正直ここまで大学が無力とは思いませんでした。しかし、率直なご意見を聞かせていただき感謝しています。他にも大学内での議論に関して内情にお詳しい先生方のご意見が聞ければ幸いです。
Commented by うーん at 2008-10-20 10:19 x
>各大学ではなく文科省を攻める方がはるかに実現の可能性は高いと思います

それで文科省を動かすための策がブログで議論、というのであればお粗末といわれても仕方ないのではありませんか。
Commented by stochinai at 2008-10-20 11:08
 はははは、さすがにそんな大それたことは考えてはおりませんです。
Commented by むずかしいですね。 at 2008-10-20 12:16 x
> 法人化後は予算や競争的資金を通しての管理が大成功しており、
> 大学は文科省にまったく逆らえなくなっています。

これは、大学だけでなく、独法化した、元の国の機関全部で見られます。

例えば、独法化した国の機関は、独法化前は、国の部署の一つで、省庁と対等に渡り合い、連携し国の施策を作りました。しかし、独法化後は天下り官僚の再就職先です。予算を天下りが握り、支配しています。

最近は、いくつかの国立大学の学長にすら、天下り官僚が就任しました。国立大学の副学長を見ると、各大学に天下り官僚が1-2名いるのが普通です。ある地方国立大学では、天下り官僚が学長選挙で2位になり落ちましたが、理事が談合し天下り官僚を学長に据えました。学長選挙ですら、一般教職員の意見(選挙結果)が通らないのです。大学院改革を訴えても、意見が通る可能性は極めて低いでしょうね。

以上は、小泉改革(改悪)の独法化の象徴の一つです。
Commented by むずかしいですね。 at 2008-10-20 12:20 x
(つづき)

さらに問題なのは、天下りの跋扈が大学だけでなく、全ての独立行政法人、特殊法人、公益法人の問題であることです。

特に、特殊法人、公益法人は、独立行政法人よりも、法の縛りが緩く、天下りが省庁からの交付金予算を意のままに使っています。

独立行政法人改革の名の下に、大学が独立行政法人から外れる可能性もあります。しかし、それは、天下りの焼け太りになるだけで、改革にはなりません。

公益法人になると天下りの自由度は増し、更に省庁の支配は厳しくなるでしょう。

(私は大学教員ではありません)
Commented by それでは at 2008-10-20 15:41 x
>さすがにそんな大それたことは考えてはおりませんです。

対策としてどういう方法を考えておいでなのでしょうか。
Commented by Ped.せいしんかい at 2008-10-20 16:48 x
ポスドク問題のひとつの具体的の対処法として、academic positionを断念した(できる)生命科学系PDが学士編入を経て医師になる、というのは現実的選択と思うのですが、如何でしょうかね。
医師不足の需要もありますし、まっとうなPDの能力なら受験自体も相当容易いです(受験は生命科学と英語が主なので)。4年間の投資は必要ですが、今の制度なら研修医でも40-50万/月は貰えますし、5年目には年収1千万を超えるでしょうから、奨学金や家族があっても十分に経済的にその後ペイできます。何より近接分野で他者の為に働くことが出来、その後食い扶持に困ることは先ずないでしょう。
Commented by alchemist at 2008-10-20 17:53 x
教授会で様々な提案はできます。
例えば、医科学修士から博士を終えた学生さんの中から優先的に数名の医学部編入者を作ってはどうかと修士を作った時から提案しています。なかなか学部として検討するところには到りません。まあ、私が無力なためでしょう。
大学院重点化の時も、定員を増やさずに内容の濃い研究ができるような制度にならないか、院生の待遇を良くできないかと提案しましたが、お国の方針と逆だったらしく採用されませんでした。
大学や学部の運営方針というのがどこで決まっているのか判りませんが、規定の方針があるようで、何かを提案することで方針を変更できるかというと、極めて困難のようです。
Commented by stochinai at 2008-10-20 18:32
>対策としてどういう方法を考えて

 相手は、対策が立てようがないくらい頑迷な組織であることを認識している段階です。もしも、年金問題のように国民全体から声があがったならば、文科省も簡単に動くはずだという確信はあるのですが、大学や博士の問題が国民全体の声として大きくなるとは思えませんので、とりあえずのところは対策なしの手詰まり状態だと申し上げるしかありません。
Commented by stochinai at 2008-10-20 18:33
 医師への転身を図った人は、過去にも現在もたくさんおられると思います。しかし、それは博士問題やポスドク問題の解決とはちょっと意味が違うような気がします。
Commented by papa at 2008-10-20 19:50 x
>文科省は入学定員を満たさないということに対して非常に厳しく監督をしているらしく、・・・

定員枠のクリアには,文科省はやかましいですが,大学が定員を維持できないので,減らすという分には,そんなにやかましいとは思えないのです.特に最近は,退職者の不補充が相次いでいますから,教員の定員管理というのもあまり内規がします.独法化した際に,人件費の総額が決まっており,その額の範囲内でやれば,定員数にはあまりうるさくないと聞いたことがあります.学生定員の維持にやかましいのは,大学の経営陣ではないのでしょうか.

平成19年度に係る業務の実績に関する評価結果が文科省から発表されました.その中で,以下のような記述がありますので,これらの大学は,なんらかの対策を迫られます:
9校(政策研究大学院大学,弘前大学,信州大学,秋田大学,旭川医科大学,和歌山大学,山梨大学,九州工業大学,三重大学)では、博士課程、法科大学院で学生の定員充足率が基準の9割を切っていた。特に,政策研究大学院大学,弘前大学,信州大学.和歌山大学では,連続して充足率を満たしていない.
Commented by ノーアイデア at 2008-10-21 20:42 x
>対策が立てようがない

これではやっぱり、使えないといわれても仕方ないかもしれません。
Commented by REM 文 at 2008-10-21 21:42 x
>> ノーアイデア さん
> 使えないといわれても仕方ないかもしれません。

鏡にあなた自身の姿を写してあげよう。
あなた自身への的確な評価かもね。
Commented by ゑぶ at 2008-10-22 01:56 x
>対策が立てようがない

対策をひとつ提案。ならば、博士・ポスドクが文科省職員になって内部から文科省を動かせばいいのでは。博士・ポスドクが単なる社会的弱者ではないのは、学部生にはちょっと難しい公務員試験を楽勝でクリアできるくらいの専門性を持っていることだと思います。
Commented by SR at 2008-10-22 07:30 x
先日のエントリー(blog action day)やこのエントリーのコメントを見ると、やはり大学関係者は一部の問題意識のある先生、先見性のある先生を除いて、ポスドク問題を自らの問題として認識していないですね。ポスドクに対しては(特に既得権批判に反応する形で)饒舌ですが、自らの変革に関しては全くの無策です。大部分の先生にとっては無関心、というかむしろ触れたくない問題、騒ぎ立てて欲しくない問題なんじゃないでしょうか。もっとも、研究室レベルで自分の学生をしっかり指導することはできますし、その責任さえしっかり果たしているのならそれで問題ないとは思います。

結局ポスドクは上(大学・国)に何か訴えても無駄で、当たり前ですが自ら職を見つけていく以外ない訳です。もし何か訴えるとすれば、上ではなく下(大学生・高校生)ではないでしょうか。日本の博士・ポスドクの現状をネットなりマスコミなり利用して訴え、大学院進学を思いとどまらせる。結局大学は大学院生が欲しい訳ですから、どうしようもなく進学者が減ればさすがに重い腰を上げるかもしれません。これが正しい戦略(あるいはささやかな復讐ともいう)ではないでしょうか。まあこれもlong shotですが。
Commented by stochinai at 2008-10-22 08:33
 申し訳ありません。大学関係者のひとりとして、SRさんのおっしゃることを全面的に認めます。自分でできることならば、なんでもすぐにでもやりますが、大学や政府・文科省を動かすのはとても難しいです。一生に一度くらいなら派手に動いて討ち死にすることも可能なのかもしれませんが、そのくらいで変わってくれるようなら、すでに動いているはずです。

 というわけで、皆さんがおっしゃるとおり、意識がある人間がとりあえずできることをやる。これを積み重ねていくというところが、当面の策ということになります。

 「使えなくて」スミマセン。
Commented by 元ポスドク at 2008-10-22 12:40 x
SRさんのおっしゃる通りだと思います。

大学を動かすのが難しいのはわかります。
でも大学の先生たちって官僚の批判は結構好きだけど、自分たちが同じような行動をしていることに気づいていないんですね。外からみるとよくわかりますよ。

>何か訴えるとすれば、上ではなく下(大学生・高校生)ではないでしょうか。

これは意義がありますね。別に復讐のためというのではなく、進学のリスクが良く分からずに教授(これもよくわかっていない)に進められて進学してしまう人はまだ多いようですから。
Commented by 意外なのですが・・・ at 2008-10-22 22:06 x
方法がわからない状況で定員減する、しないを議論しても、それって何もしていないのと同じでは?(>「そもそも、大学院の定員は・・・聞きます」ということは定員減を主張されたstochinai先生ご自身、具体的な方法はお調べになっていないということですよね・・・)

元ポスドクさんが書いているとおり、大学の先生方も(どちらかというと大学の先生方の方が余程)官僚主義的だなとも思います。

文科省が大学に天下っているのか、大学人が(例えば定員を減らす方法すら自ら調べようとしないことに象徴されるように)自立していないから文科省の役人に頼っているのか、どちらがもっともらしいかというと、後者ではないか、と外から見ると思います。
最近の状況を「文科省が金とバーターで天下りするポストを要求している」という人が多いですが、実際のところは違うように思います。そう思いたい人はそう思っていれば良いと思いますが、そう捉えている人が沢山いる大学では状況は改善しそうにないので、若い人には大学には残らないように助言するしかないと感じます。
Commented by stochinai at 2008-10-22 22:27
 学生定員の削減は、方法としてはそれほど難しいことはなく、カリキュラムなどの変更と同じく、当該学生が入学してくる年の約2年前まで(1年以上前まで)に文科省に申請して認められれば可能なはずです。もちろん、そのためには学内での合意が必要ですし、定員を減らすことで、教員定員や運営交付金の削減も受け入れるということが前提となりますので、そう簡単に決まるものではないのですが、方法ははっきりしています。誤解を招いたようで、失礼しました。

 確かに、役人の言うことを聞いて、かわいがってもらおうという姿勢の人が大学に多いことは認めますが、上に良い顔をしてメリットを得ようという人が多いということは大学でも民間でも同じではないですか?
 
#研究費の申請書などを書いていると、交付金配分の権限を持っている人にかわいがられないと、当たるはずないだろうなあと、やっぱり感じる今日この頃です(^^;)。
Commented by コメント at 2008-10-23 00:54 x
「役人の言うことを聞いて、かわいがってもらおうという姿勢の人が大学に多い」というのは大変納得です。それは、大学教員の大多数が、指導教授のyesマンに徹し大学に職をえたからかも知れませんね。

海外でのアカポスの獲得方法と正反対です(下記HP)。
http://jpaus.jaranboston.org/?cid=27439
日本の大学教員の志向も、変革を遅くし、「使えない博士」を生む原因だと思います。

>> 元ポスドクさん
海外に片道切符で渡り、力を試したのでしょうか? 私は博士進学時から、海外に渡り世界で勝負する意気込みでした。博士とるとアメリカに永住するつもりで、渡りました。

今も、海外の状況は同じです。しかし、日本にポストがないと嘆きを聞くのに、海外で世界と勝負するポスドクは、逆に減っています。博士取得者にも問題があると思います。。
Commented by 元ポスドク at 2008-10-23 07:00 x
コメントさん、
海外には行っておりました。僕の場合行くのが遅すぎました。研究以外の面でここでの就職も無理だなと諦めました。

stochinaiさん、
官僚的と思うのは、思考が内輪で認識が外の人とギャップがある、ということだと思います。例えば、外から見ればむしろ文科省が本当に改革をしようと思っていて、大学の現場が既得権維持のために邪魔をしていると見えていると思います。
Commented by stochinai at 2008-10-23 07:52
>外から見ればむしろ文科省が本当に改革をしようと思っていて、大学の現場が既得権維持のために邪魔をしていると見えていると思います。

 そういう側面があることは事実だと思います。最悪なのは、その既得権を守らせてもらうことで、文科省と共犯になって「改革」という名の改悪をすることで、私は大学院重点化はまさにその典型だと思っています。しかしその結果、大学院生や卒業生である博士が被害を被りましたので、今日の「博士課程離れ」の原因になったわけですから、まさに自業自得です。
 そういう意味では、今大学は罰を受けているところとも言えるのかもしれません。

#「自分も犯罪者側にいるくせに、人ごとのように言うな」という突っ込みは、とりあえず横においておいてください。 m(__)m
Commented by alchemist at 2008-10-23 10:05 x
90年代前半に日本の大学に帰ってきて以来、気紛れ改革ごっこに付き合って(付き合わされて)いますが、改革で良くなったことって殆どないんじゃないでしょうか?
まず、教養部の廃止。あれで、専門課程に入ってくる学生サンのレベルががっくり落ちました。二年間ほど教養部廃止以前の旧課程の学生サンと廃止後の新課程の学生サンを同時平行で教えていたことがあるので、比較し易かったのですが。でも、大学側は旧課程を全く知らない新課程の学生サンだけに満足度調査をやって、成功したと言ってましたが。
次は、教養部を廃止した後に降って湧いた学士入学制度。教養部があれば3年次から編入で構わなかったのですが、教養部を廃止して専門科目を前倒しした結果、何年生として編入すれば合理的なのか全く不明になってしまいました。わが校が学士入学を始めた年度は3年次から編入するようにという指導があった模様で、3年次編入に。となると、普通の制度で入ってきている学生サンの専門教育も編入生の入ってくる3年次まで遅らさざるを得ず、じゃあ、教養部の廃止って何だったの?
Commented by 続き at 2008-10-23 10:05 x
お次が、ベッドサイドの能力を高めるためと言うことで厚生省が導入した共用試験。これを4年次終了時に受けることになった結果、専門教育の時間は2年間に短縮。(教養が二年間あった昔昔のシステムでも3年間は専門教育してました。その時期より遥かに情報量が増えているこの御時世で1年削ると、学生サンの負担は増えます)。
・・・教育面でもてな改革を繰り返してきたワケでして、しわ寄せは現場の学生サンと教員が負担して何とかやってますが、で、何か改善したの?と自問すると、な〜んもナシという答えしかみつかりません。
Commented by うーんでも at 2008-10-23 10:29 x
大学が自分で自分を改革できないなら、国がやるしかないですよね。
Commented by stochinai at 2008-10-23 11:36
 いろいろときつい制約を解いて、大学に自由に改革して良いという許可を与えたら、できると思います。もちろん、税金で運用する機関ですから、何でも自由にというわけにはいかないでしょうが、大学法人という形で独立させたはずなのに、文科省が細かくしばりすぎていると思われませんか?
Commented by alchemist at 2008-10-23 12:37 x
改革って良いことなんですか?
学生サンのレベルを下げた教養部の廃止も、教養課程が無くしたあとでの3年次への学士入学(それに伴う、専門教育の3年次以後への先送り)も、専門教育の期間を2年間に短縮した共用試験の導入も、全て大学教育の改革という名前のもとに行われています。
現場でいると、改革しない前の教育の方がマシに見えます。以前の教育システムに戻す改革でもやりますか?
Commented by コメント at 2008-10-23 12:54 x
行なわれてきたのは、「改革」じゃなくて、「変革」です。報道も、「改革」を「変革」に読み替えると、現状とつじつまがあいます。。

例えば、小泉さんが行ったのは、変人による、小泉変革だったのだと思います。大学に限らず、日本は急激に荒廃しましたから。。。
Commented by M at 2008-10-23 14:22 x
小泉改革の目的は、郵便局を私企業化することで財政赤字から切り離すと同時に、株の上場で政府も利益を出すことでした。更に郵貯の資金でアメリカ国債や投信を買わせて、実質取り上げる事にありました。大学に関しては、じわじわと地方大学を疲弊させて合併させる模様です。すでに複数大学で学部を共同運営できるようにしてあります。もはや教員レベルでどうこうできる段階ではありません。
Commented by KK at 2008-10-23 16:08 x
教員レベルでどうこうできる段階じゃないのに、博士やポスドクには声を上げろというのはおかしな話ですね。
Commented by ひとこと at 2008-10-24 14:52 x
「(徒党を組んで)声を上げろ」
なんて言っていない。むしろ、
「(自分の人生に対して自分の)対策をたてろ」
と言っていると思う。
Commented by ふたこと at 2008-10-24 19:42 x
それもそんなに偉そうにいえることじゃないですね。
Commented by ひとこと at 2008-10-24 20:35 x
俺は、教員でもポスドクでもないよ。
「自分の人生は自分でひらけ!」
って、普通のことだが。。。”偉そう”ですかい。。。
Commented by 鶏肋 at 2008-10-25 09:53 x
「自分の人生は自分でひらけ」なんてことは当たり前なことだし、今更言うことでもないでしょう。現在の大学の状況、科学政策が正しくて、ポスドクに自己解決させれば済むのなら、そうすればいいだけの話です。

ポスドク問題に関する議論を見ていて理解したことは、大学も企業も自らの価値観を変える気はさらさないということですね。結局は博士が頑張って重要なポジションにつき、現在の状況を変えるしかありません。
この点に関して、ゑぶさんのコメントに賛成します。ポスドクが文科省のキャリアを目指すのは難しいでしょうが、企業を含めて博士が活躍することにより、「博士は使えない」と思い込んでいる連中の意識を変えるしかありません。
そういう意味では、「どこでもいいから博士を引き取って欲しい」と言うような主張や、それを受けた博士叩きのやりとりを見ると、苦々しいものを感じます。
Commented by ゑぶ at 2008-10-25 23:19 x
アカデミアから飛び出した博士のブログとか拝読すると、彼らには、ある種の先駆者としての気概を感じます。なにしろ、一般社会にとって見たら、博士はアカデミアの国からやってきた「移民」みたいなものです。彼らは、いわれのない差別や偏見の中、いままで誰も歩んだことのなかった道を進んでいるという自負心を持っているのではないでしょうか。結局のところ、世の中の仕組みとか価値観を変えるのは、不満の書き込みではなくて、こうしたフロンティア精神のある人間たちが直接行動をおこすことなのだろうなと思います。
Commented by ゑぶ at 2008-10-25 23:22 x
博士が文科省のキャリアを目指すのは、それなりに難しいでしょうけど、とりあえず気になる人は、公務員試験を受けるだけなら損はないので、ぜひ受けてみてほしいと思います。大学院の入学試験と違って、公務員試験は受験料をとりません(笑)。ちなみに、文部科学省にいる行政官の中にも、多少博士はいて、元科学技術・学術政策局長の小田公彦氏は、昭和51年に東京大学大学院工学系研究科を修了した「博士」です。

なお、某政党や某宗教団体は、身内の人間を霞が関に送り込もうといろいろ画策していると聞きます。昔は、公務員試験も難しく、本当に優秀な一部のエリートしか官僚になれなくて、そうはうまくはいかなかったと思われますが、最近は官僚になろうという学生も少なくなったので、容易になったことでしょう。それと同じ発想で、博士も政府に不満があるのだったら、もっと計画的に身内を政府におくりこんで、自分たちに都合のよく変えたらよいと思います。
Commented by 白木屋 at 2008-10-26 00:06 x
官僚になろうという発想が最初に出てくるのが文字通り官僚的ですね。某政党にしろ某団体にしろ、まずは政治家ではないでしょうか。
Commented by ゑぶ at 2008-10-26 01:48 x
政治家からはじめるというのでもよいのではないでしょうか。行動を起こすことが重要だと思っているので。

ただ、公務員になるというのであれば、博士なら、公務員試験くらい軽く突破できるはずですから(学部生でも受かる人がいるくらいなので)、多少アドバンテージがあると思われるので、提案したものです。また、試験をうけて官庁訪問すれば、なれるので道筋が明確であり、これなら短期勝負だし、それでだめなら、別の道に行けばいいわけで、研究の合間でもできることです。

政治家になる方法はよくわかりませんが、政治家の秘書になるとか、松下政経塾に入るとかなのでしょうか?

ちなみに政党を選ぶのであれば、共産党は石井郁子議員が国会質問や質問主意書でポスドク問題を取り上げたり、シンポジウムをひらいたりしていますし、民主党も同じく植松恵美子議員や鈴木寛議員などが国会質疑でポスドクについて言及しているので、政治面からポスドク問題に取り組みたいということになると、共産党や民主党になるんですかね。(提案ではないです。思ったところを書いてみただけです)
Commented by ひとこと at 2008-10-26 06:59 x
博士は社会に目を向けて道を切り開いていくべきだ。
という意見に賛成です。キャリア官僚の中にも、博士保持者はいます。何名かの方と名刺交換しました。また、企業の中で活躍する博士はもっと多いでしょう。

ただ、大方のポスドクは大学だけにこだわり続けています。ネット上でも不満の書き込みの山です。頭の切り替えが必要でしょうね。
Commented by 元ポスドク at 2008-10-26 09:44 x
「博士は社会に目を向けて道を切り開いていくべきだ」なんて当たり前だし、偉そうに言われることではないと元ポスドクとしては反感を感じます。
もちろん自分も今そうしているから言えることです。
 しかし、ポスドクが大学にこだわり続けるのもよくわかるし非難する気にはなれないんですよ。若いポスドクや新卒博士はさっさと企業なり他の道に行けば良いのに何考えてんの?と思いますが、30後半以降になると就職自体そして就職以降もものすごい茨の道です。少しでもアカポスが取れる見込みがあるなら残ると言うのは合理的な選択と言えなくもありません。それぐらい歳を取ると就職の道は厳しいんですよ。それを理解して欲しいと思います。
Commented by 元ポスドク at 2008-10-26 10:46 x
就職後どうなるかもあまり理解されていないようなので書いておくとポスドクや予備軍、周囲の人のためになるかもしれません。就職すると問題は終わりかというとそうでもないのです。
 まず、アカポスにつくとやることは今までと同じ、終身雇用でいちばん楽なコースです。
 大企業に就職、元ポスドクに求められるのは新卒で入った人以上のことを要求されます。入って周囲に慣れれば終わりではありません。歳を取っていれば即プロジェクトのリーダーかそれに準ずる立場にならなければいけません。終身雇用で給料は良いです。高齢ポスドクの採用はきわめて厳しい。
 中小企業、博士の採用実績なし、大学卒も少ない。会社が期待するのは新規事業の核、あるいは対外的な顔として。ベンチャーよりは潰れる心配はないが、給料は良くない。社内での自分の位置や仕事は自分で開拓しないといけない。入れても待遇や仕事に満足できるかどうかが問題。上の人の理解がどれだけあるか、周囲の嫉妬等に対処する必要もあり。


 
Commented by 元ポスドク at 2008-10-26 10:48 x
続き
 ベンチャー、当然新規事業の核にならないといけない。場合によれば仕事はいままでの研究と近いものになるかもしれない。給料は低い。常に潰れる可能性があり、将来不安はポスドク時代と変わらない。金融危機で採用大幅減の可能性大。

 ということで、追加訂正あるいは、他の道についてご存知なことがあればお願いします。
金融危機でこれから採用はさらに厳しくなると思います。

 
Commented by 食い詰め博士 at 2008-10-26 16:55 x
役人になる採用試験には通常年齢基準があり、それをオーバーして
しまった人は採用試験受けられないんですよねえ・・・。
自治体によっては年齢制限のないところもありますが、圧倒的に
数が少ない。高齢ポスドクの行き場所としては使えないかと。
ポスドク問題の解決を目指すのなら公務員採用試験の年齢制限の
大幅引き上げがかなり有効だと思うのですが、お役人はそれすら
しようとしない。
もしかして役人の世界でも博士は疎まれ者なんですかね。

アハハハハ
まあいずれ樹海に行くかも知れない私には関係ない話ですが。
Commented by いちエンジニア at 2008-10-26 16:57 x
>大企業に就職、元ポスドクに求められるのは新卒で入った人以上のことを要求されます。入って周囲に慣れれば終わりではありません。歳を取っていれば即プロジェクトのリーダーかそれに準ずる立場にならなければいけません。

中小企業のほうはうよくわからないのですが、大企業ならこんなところでしょうね。
リーダーができるかは微妙なところですが(マネージメント能力が必要なので)、そうでなければエース=プロジェクトで一番難しい仕事ができる人 であることは求められるでしょう。
身もふたもない言い方をしてしまうと、そのどっちでもないのであれば若手のほうがいいじゃん、ということになりますから。

> 就職すると問題は終わりかというとそうでもないのです。

これは別にポスドクに限ったことではないです。
自分の経験でも、若手のうち(目安としては5-8年以内くらい)はリーダーなりそれに順ずる人から仕事を割り振られる立場ですが、10年目くらいからは仕事を割り振るなり、ある程度の方向性を定めることが求められます。平たくいうとチームリーダーかな。(必ずしも管理職とは限らない)
こうなると、何をやればよいのか?について悩むことになる。
(つづく)
Commented by いちエンジニア at 2008-10-26 16:57 x
ポスドク経由で企業に入ると早晩、学卒とか修士で入って10年目くらいの人と同じ立場にたって、同じように悩むことになります。
ポスドク時代に自分自身でテーマを考えてきた人ならまだいいでしょうが、そうでなければ辛いでしょうね。
でも、周りの同世代の同僚も同じことをやっているわけで、逆にこれができないなら企業としてはわざわざ中途で採るメリットがないわけです。
周りの誰にもできないスーパーな技術を発揮できれば別ですが。
Commented by ゑぶ at 2008-10-26 21:31 x
>食い詰め博士さん
公務員の試験に年齢制限があるというのは、当方も認識していたのですが、博士も文科官僚を目指すべきというのは、文科省を変える一方策として書いたわけで、高齢ポスドクの受け入れ先として書いたわけではなく、その点に言葉足らずがあったことをご容赦ください。

地方自治体が年齢制限を廃止するべきかどうかはにわかには判断できないのですが、大学の事務職員にかなりきつめの年齢制限があるのには、私もかなり疑問に感じます(ストレートで博士を卒業できた人には応募資格があるようですが)。大学の事務方として博士号をもっていて研究に精通した人がいたら、業務に役立つ部分がかなりあると思うのですが。
Commented by 元ポスドク at 2008-10-26 23:12 x
 就職したときに「おめでとう」と何人かの人に言われたのですが、かなり大きな違和感を持ちました。それで解決したと思われる方が多いのですね。「おめでとう」と言われても良いのははアカポスと大企業の場合でしょう。
 ポスドクで何がつらいかと言うと、将来不安と尊厳が傷つけられることです。研究で成果を上げても、努力は全く報われず、成果のない正規の教員や職員より低く見られる。これは能力による区別ではないので、身分制と言っても良いことです。社会的地位もなく、就職活動をすると何でうちに?みたいな反応をされる。ポスドク辞めても不慣れな新しい分野でら新しく自分の自尊心を積み上げていかなくてはならないのです。職場によっては将来不安も解決しません。今までも頑張ってきて何も報われず、これからもまた0と言うよりマイナスから頑張らなくてはいけないわけで、全くめでたくはないのです。
 
Commented by 元ポスドク at 2008-10-26 23:38 x
 逆に良かったことは、社会や人間についての理解が深まったと言うことでしょう。人生は偶然でどうにもなりうるものであること。今まで関係ないと思っていた、貧困、鬱、自殺といったものも近いものになってきます。そうしたものを引き起こす社会問題にも関心が出てきます。逆に恵まれた人が自分の今の地位(既得権)が当たり前であると思っていることに対する強烈な違和感。しかし、相対的には自分も恵まれた人であること。知らなければ良かったような人の裏の汚い部分。終身雇用で守られていると経験できないことでしょう。
 知った方が良かったかと言うと、知らなかった方が幸せカもしれないですね。こういうことも進学の際の参考になれば。
Commented by アカポス・大企業 at 2008-10-27 20:40 x
おめでというという言葉に敏感に反応されるのはわかりますが、大企業は業種によってかなり違いがあると思いますのでわかりませんが、アカポスは完全に斜陽産業です。
元ポスドクさんが強烈な個性の持ち主で生涯独身で衣食住にも殆ど金をかけず文字通り食うや食わずの生活になろうとも研究ができれば構わないと思うくらい研究に没頭出来るタイプであったり、超天才か、あるいは誰もが認めるくらいに絶望的に無能な方であれば別ですが、普通に優秀な人にとってはいばらの道です。
その昔、造船業界や繊維業界に就職希望して就職出来なかった方は、やはり同様におめでたくないや、と思っていたのですが、その後、どうなったかを考えてみると塞翁が馬です。
私はアカポスについたという話を聞くと、本人の喜びように比べて、おめでとうという言葉をかけるときに、正直言ってためらいがあります。
Commented by 鶏肋 at 2008-10-28 00:47 x
> 私はアカポスについたという話を聞くと、本人の喜びように比べて、
> おめでとうという言葉をかけるときに、正直言ってためらいがあります。

おそらくそうなんでしょうね。私は企業からの採用の話があったのですが、それを断って条件の悪いアカデミアに残る選択をしました。自分で選んだ道ながら、将来に関する不安を多分に感じています。ちなみにこの選択に関して、妻は文句を言っていました。
Commented by 斜陽産業? at 2008-10-28 04:34 x
少子高齢化による18歳人口減少を補填できるだけの社会人向け需要を喚起できていない、という意味で日本の高等教育業界の未来がいまのところは薔薇色でない、というのはわかります。でも(広義の)競争的研究費を含めて考えれば(この御時世に国費が主体であるにも関わらず)投入されている資金は増大している業界なわけですから、斜陽というとちょっと違うような気が…だからアカポスに「拘る」人々は減らない(増えている?)わけですよね(もちろん個々の方々はもっと高尚な観点から「拘っている」わけで、あくまでマクロな話です)。
ハイリスクハイリターン度というか人生を賭けた博打度が急激に激しくなってきた(しかも博打の結果 -- たとえばパーマネントなアカポスget -- がわかるのはたいてい30才以上)業界、というイメージがあるので、かつての造船や繊維のような意味での斜陽産業というとらえ方には(私は業界外の人間ですが)ちょっと違和感があるのですが、どんなもんでしょうか。
Commented by それは at 2008-10-28 08:19 x
斜陽かどうかはマーケティングの問題。18歳ばかり見ていれば斜陽だろうが、高等教育はそれだけではない。そこに対応できるかどうかが生き残りの鍵。
Commented by 現実は。。 at 2008-10-28 14:31 x
> (広義の)競争的研究費を含めて考えれば(この御時世に国費が
> 主体であるにも関わらず)投入されている資金は増大している業界

官僚が出す情報では、その通りですが、事実と違います。
(広義の)研究費には、以前の中小企業対策や産業振興の予算まで入れています。逆に、正味の研究費は減りました。このサイトへの書込みも、研究費の削減の声が大多数です。研究費が減り、理化学機器業者の売り上げは相当減っています。

>人生を賭けた博打度が急激に激しくなってきた...

これは間違い。選抜の仕方が変わっただけです。昔は「大学院への入学(3-4倍)」と「博士の取得(6割程度)」、「アカポスへの就職(2-30倍程度)」と、3段階で人を絞りました。

今は、無試験に近い状態で東大大学院にすら入れます。博士も乱発。簡単にポスドクです。そこで初めて選抜です。大学への就職倍率が高くなるのは当然です。小中高の先生でも、10倍以上の難関ですから。。。
Commented by ポリ at 2008-11-08 12:11 x
上の方のコメントに同意。研究者になりたい人の数と最終的なパーマネントアカポスの数なんて昔からそう変わっているとは思いませんが、ふるいにかけて選別する時期がどんどん遅くなっています。年齢制限のないアメリカならともかく、40歳過ぎてからふるいにかけられるようなシステムは、年齢制限と同時には成立し得ないでしょう。

遅ればせながら、トラックバックさせていただきました。
by stochinai | 2008-10-19 23:59 | 大学・高等教育 | Comments(56)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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