5号館を出て

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2004年 11月 21日 ( 1 )

AO入試

 これは22日になってから書いています。

 北大理学部でも21日に、生物科学科、化学科、地球科学科AO入試の二次選抜が行われました。

 普通の入試ならば来春まで進路が決まらないのに、今の時期に入試が行われて決まるとすれば、残りの高校最後の生活をかなり充実したものにできるに違いありません。もちろん、無駄に過ごしてしまう可能性もないとは言えませんが、意志のある人にとっては、大学進学が確約されての数ヶ月、読書をしたり自由な勉強をしたりと、普通ならば受験勉強最後の追い込みのつらい時期を、有意義に過ごすことができるに違いありません。

 でも私は、前からAO入試ということに違和感を感じておりました。

 AO(admission office)が、大学入学者を決めるというのはアメリカでは古くから行われていることのはずですが、入試があるという話はほとんど聞いたことがありません。

 高校生は、自分の高校までの業績(勉強だけではない)を大学のAOに送り、大学のAOでは送られてきた資料と独自に調査して集めた情報で入学を許可するかどうか、あるいは奨学金を出すかどうかなどということを審査してくれるという制度だと理解しています。

 たとえAOがやっていても、一発勝負の「試験」をやるのなら、一般入試とそれほど大きな差があるとは思えないというのが、私の疑問の出発点です。

 もちろん、一般入試よりも試験科目が極端に少なく、プレゼンテーションや面接試験なども取り入れられているでしょうから、一般入試とは異なる人材が合格する確立も高いと思います。それはそれで、評価できる事柄です。

 なぜ試験をやるかというと、やっぱり大学側のリソース不足なのだと思います。アメリカの大学のAOは、どちらかというとプロスポーツ球団のスカウトのようなものを想像すればわかりやすく、大学に入りたい人間と言うより、大学が欲しい人材を捜し出して、入学をお願いするための組織だと聞いています。

 それをやるためには、人とお金と時間が必要で、たくさんの専門の職員が全国の高校を歩いて回って、大学で欲しい人材を発掘して歩くことをやらなければならないと思います。

 今の日本の大学の進学者選びでは、ほんの数名の教員が持ち回りで入試委員(要するに、教育研究の合間のパートタイム業務です)をやっているのが現状ですから、試験をせずに人材を見つけるなどということはとうてい不可能なのです。

 ですから、名前としてはAOがやるのに「入試」という形を採らざるを得ないという現状は理解できます。しかし、大学教育を根底から変えようと思うのなら、入試を全廃してAOが責任をもって入学者を選び出していくという制度に変えるということも真剣に検討して良い時期がきていると思っています。

 北大は国立大学法人なのですから、納税者である国民の皆さんは意見を言う権利があります。入試制度に関しても、採る側の論理ではなく受ける側の論理を主張してください。とは言っても、大学のホームページにご意見メールコーナーすらないのも、問題ですよね。
by stochinai | 2004-11-21 17:26 | 大学・高等教育 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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