5号館を出て

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2004年 12月 31日 ( 1 )

ゆく年くる年

 大晦日です。明日からは、2005年が始まります。人間が勝手に決めたカレンダーの区切りが改まるだけなのですが、今日で1年が終わり、明日から新しい1年が始まると言われると、なんとなく今年1年はどんな年だったのだろうと振り返る気分になるのが不思議です。

 しかし、振り返って思い出せることは1ヶ月か2ヶ月くらい前までのことで、それより前のことは今年のことなのか、去年のことなのか、それよりもずっと前のことなのかがはっきりしないようです。

 これは、単に私の記憶力に問題があるということなのかもしれませんが、人間の頭が別にカレンダーと連動して動いているわけではない以上、こんなもので良いのではないかと思っています。つまり私にとって、3ヶ月以上前の過去は、今年であろうがそれ以前であろうが、単なる過去としてまとめてしまわれているということです。

 そんなトリアタマ(来年の干支の酉は三歩歩くとモノを忘れると言います)の私ではありますが、振り返ってみるとこの「つぶやき 新シリーズ」が始まったのが、今年の2月21日でした。いつまで続くか、と自分でも思っていたのですが気が付いてみると、ほぼ毎日書き続けて今日までたどり着いております。

 新しもの好きではありますが、飽きっぽい私としては良くもこんなに続いたものだと、自分でも感心しております。どうせ続いたのですから、1周年記念日までは書き続けてみたいと思っております。書き続けて記録が残るということは、恥ずかしいことでもあるのですが、自分の発言に責任を持つという意味ではなかなか優れたやり方だとは思っています。

 もちろん、間違ったことを書いてもそれがずっと残ってしまいますが、逆に「それは違うよ」という指摘を受けることで、訂正することもできます。タイミング良く、アメリカにいる友人から「誤用納め」というタイトルのメールを頂きました。

 「ところで、11/23の『つぶやき』に "確信犯"という言葉が出て来て、連絡しようとしてそのまま忘れてしまったんですが、再度、12/25にも出て来たので、思い出して連絡している次第です」とのこと。それは誤用だというのです。ありゃりゃ。

 goo辞書によると、確信犯とは「道徳的・宗教的・政治的な信念に基づき、自らの行為を正しいと信じてなされる犯罪。思想犯・政治犯・国事犯など」を指すということです。

 私が引用した「確信犯」は、雑酒をビール並みに課税しようとした学者のI氏と、論文データをねつ造した研究者達でした。

 確かに、彼らの行動は崇高な理念に基づいて行動している政治犯に比較するとあまりにもみみっちく、それを確信犯などというと、命をかけて人々のために闘っているミャンマーの星・アウンサンスーチーさんなどに申し訳なくなります。

 犯罪を行う人間の多くは、自分が犯罪を犯していることを自覚しているものだと思います。もちろん、私が使っていた「確信犯」という言葉には、悪いことをやるのだと思いながらも犯罪を犯す人間までは含んでいませんでした。私が使ったケースでは、行為としては犯罪的なものかも知れないが、自分には理があり行うことは罪悪ではなくむしろ正義であるという立場で行う「犯罪(法律に反する行為)」を指していたつもりです。

 そういう意味では、「認識犯」とか「意識犯」、「信念犯」(どれも美しくない言葉ですが)のような言葉を使うべきだったと反省しております。

 日頃から、美しい日本語を守らなくちゃと言っていながら、自分から誤用を連発していてはいけませんね。今後とも、いろいろとご指摘をいただけるとありがたいところです。

 というわけで、今年は「誤用納め」で年を締めくくることができましたので、良い大晦日になったと思います。また、明日から心機一転、ぶちぶちとつぶやきを続けていきたいと思います。

 どなたさまも、良いお年をお迎え下さい。
by stochinai | 2004-12-31 23:49 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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