5号館を出て

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2005年 06月 05日 ( 1 )

 明日、大学院生リサーチセミナーという講義をやります。生物科学専攻の大学院担当教員が1回ずつ担当して、大学院フレッシュマン(修士課程1年生)に「私の研究」を語るという企画なのですが、すでに研究を開始してしまった学生達に「こんなにおもしろい研究があります」という話をしても、時すでに遅しという気もしますし、実際にやってみるとわかりますが、学生はそんな話にはあまり乗ってこないものです。

 それで私は毎年、「大学院での研究をどのように進めるか」というタイトルで話をすることにしています。

 最初に大学院生の置かれた状況と、その予測される将来の話をします。最近は大学院進学をするにあたって少しは将来のことを真剣に考えてから入ってくる人も多くなってきていて、当たり前のことがきちんと行われるようになってきたという意味で、良いことだと思っていますが、大学院も修士課程くらいだと高校・大学へと進学した時と同じように、「そこに試験があるので受かるところを受ける」という感覚で進学する人がまだまだたくさんいるようです。東大や京大の大学院でも、驚くほど簡単に受かるので調子に乗って受かって痛い目を見ている人もいると聞きます。

 とりあえず、そういう山登り感覚で大学院へ入ってきた人に、講義の最初には10年後の未来を考えてもらうことにします。シミュレーションのために、自分たちの先輩のことを見てもらいます。

 これは2003年に調べたデータなので、ちょっと古いのですが私が大学院の修士課程に入った1973年に北大の大学院理学研究科の動物学専攻に入学した11名は卒業後、2003年時点で国立大学教授3名、その他の国立大学教員3名、公立大学教員2名、私立大学教員2名、高校教員1名となっており、全員が教育研究職に就いています。

 10年後の1983年の動物学専攻修士入学8名についても、国公立研究所研究員4名、国立大学教員3名、高校教員1名となって、全員が定職に就いています。

 ところがさらに10年後の1993年生物科学専攻(動物と植物が合併されてできました)修士入学19名は、そのほとんどがポスドク・研究生となっており大学教員は技官が1名いるだけでした。32歳でほとんど誰もが定職に就けていなかったということです。

 それでは、さらに10年後の2003年に大学院に入った人達の将来はどうなるというところから話を始めたのですが、2005年の今年大学院に入った人たちの将来の展望も、その時より良くなっているということなないでしょう。

 このデータを見るだけでも、大学院を出ることで確実に大学教員や独立研究者になれる時代は10年くらい前までには終わっていたということが実感できると思います。その原因は極めて簡単なことで、大学院生および大学院を卒業してから教育研究職へ就くまでの前段階として位置づけられているポスドクの人数が、その後でそれらの人たちを受け入れる職の数に比べて多くなりすぎているからです。

 つまり、大学院に入りさえすればなんとなるという時代は終わっているということを自覚することが私の話の出発点です。

 ならばどうするかというと、大学院を出てからどうするかというビジョンが必要なのだと思います。それがはっきりしてくれば、自分は大学院で何をすべきかということが決まってくると思います。

 残念なことに、現在の理系大学院で学べることは「研究すること」だけと言っても良いのです。そもそも研究者以外を育てる教育システムがありません。将来、研究者になることがはっきりしているならば研究することだけを一所懸命やっていてもなんとかなるのかもしれません。しかし、今は大学院を出た後で選ぶべきキャリアは研究者だけではないのです。逆に、大学院を出たほとんどの人は研究者になれないのです。

 そういう現実を踏まえたならば、大学院でただ指導されるままに研究だけやっていても自分の将来にそれほど役に立たないかもしれないということはよくわかると思います。

 大学院に入学したばかりの人に冷や水を浴びせるのは不本意なのですが、今から考え始めればまだ間に合うということで、明日の講義をお楽しみ(?)に。
by stochinai | 2005-06-05 23:59 | 大学・高等教育 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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