5号館を出て

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2005年 06月 09日 ( 1 )

 昨日のレッサーパンダ関連記事のエントリーの後、動物園というものは科学コミュニケーションの実践の場として優れたものなのではないかと、考え始めました。

 バッシングされた旭山動物園の副園長さんは、「動物園は見せ物じゃない」とおっしゃってますが、彼に寄せられた非難の中に「所詮、動物園なんて見せ物じゃないか」というものがあったと言います。

 欧米ではしばらく前から動物園は動物を展示する場ではなく、絶滅しつつある種を保存する仕事をするところであるという認識が出来上がっていると聞きます。

 種の保存のためには、できれば自然に繁殖をさせるのが良いのですが、場合によっては人工的な手段での繁殖も必要になります。いずれにしても、前者ならば動物が落ち着いて心地よく繁殖できる環境を整えてやるための生態学や動物行動学の研究が必要になります。後者の場合であるならば動物の生殖生物学の研究をしなければなりません。

 さらに、動物園は教育の場です。これに関しては、日本でも小中学生には動物の多様性や自然環境の大切さを学ぶ場として、認識されているところだと思います。

 今回のレッサーパンダ騒ぎの中で、日本の動物園は、エンターテインメントが占める割合が大きいと感じさせられました。

 もちろん欧米の動物園も観客に動物を見せるということはやっています。見ることを楽しみに来ている人が大多数であるという点においては、日本も外国も違わないと思います。

 そして、日欧を問わず動物園の裏方の現場で働いている方々は多かれ少なかれ見せ物というよりは、動物の保護や教育・研究、そして希少種の繁殖などが自分たちの仕事であると考えておられるように思えるのです。それは、また旭山動物園で恐縮ですがホームページの「園長室」にある園長さんの書いた文章を読むと良くわかります。昨日取り上げた副園長さんの考えも同じだと思います。

 旭山動物園では、この園長さん副園長さんそして多くの職員がそうした使命感を持った上で、一般の人から見たら「非常におもしろい」さまざまな展示法が開発されました。

 おもしろいのだから見せ物である、という思考は短絡的だと思います。旭山動物園の場合は確かにおもしろいという結果にはなっていますが、それは動物たちの行動や生態を調べ上げて、動物たちがリラックスし、ストレスを感じることなくみずから進んで行動してくれるところを見せることができていることが成功の大きな要因だと思います。

 動物を科学的に調べた上で、彼らの行動を見せることは科学的であり、教育的であり、さらに動物愛護的なのだという良いことずくめの結果を導き出すことができたのは、旭山動物園が短絡的なエンターテインメントではなく、科学を理解した上でのエンターテインメントを目指して得られた結果だったと思います。

 ではなぜ昨日書いたようなバッシングが起こってしまったのでしょう。(ここからは、ちょっと飛躍があるかもしれませんが、)その理由のひとつが科学者と一般市民の間の横たわるコミュニケーション不全があると感じます。

 動物園というすばらしい研究・教育そして娯楽機関があります。そこで、働いている人は自分たちは科学的あるいは教育的なプロフェッショナルであると考えている人が多いようですが、市民からみるとただの飼育人くらいにしか思えていないのかもしれません。

 そのギャップを埋めることができれば、動物園という存在自体が生まれ変われそうな予感がします。今、立ち上がろうとしている科学コミュニケーター養成ユニットでは、そんなことについての検討や実践ができるかもしれないと、始まる前からの皮算用を初めてみました。

 ご意見をお聞かせください。
by stochinai | 2005-06-09 16:09 | 教育 | Comments(7)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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