5号館を出て

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2005年 11月 23日 ( 1 )

 「科学・技術と人間の倫理」という演習タイプの講義で、学生と一緒に抗がん剤イレッサについてのケーススタディをやっています。

 イレッサという抗がん剤は、特定の肺がんに対しては夢のような抗がん効果があるということで、世界に先駆けて日本で認可された珍しい抗がん剤でしたが、その後報道などで取り上げられたように副作用によりたくさんの死亡例が報告され問題になった薬です。アメリカのFDA(食品医薬品局)は昨年12月17日にイレッサには延命効果がなかったと発表しましたし、今年の1月4日には販売元であるアストラゼネカ社がヨーロッパ各国に出していた販売のための承認申請を取り下げています。

 そういう状況であるにもかかわらず、日本では依然として使用が継続されている背景には、日本での臨床試験結果からこの薬が、非小細胞肺がんのうちの腺がんを持つ非喫煙者の日本人女性がそれ以外の西洋人よりも有効率が高いという(中間)結論が出ているからなのだそうです。

 分子生物学的な解析から、この薬が働く標的(攻撃する対象)と考えられている細胞膜上の受容体タンパク質に遺伝子変異をもつ患者さんでは、イレッサが約85%の確率で有効性を示すということが報告されました。不思議なことに上に挙げた日本人の非喫煙者女性の腺がん細胞でこの遺伝子変異が起こっている例が多いということのようです。

 ここまでわかっているのであれば、がん細胞の一部を採取して分子生物学的解析を行って変異が確認された患者さんにだけイレッサを適用すれば良いと思うのは、生物学者の能天気というものかもしれません。

 特にこのケーススタディを意識していたわけではないのですが、今日DVDで「天国の青い蝶」という映画を見ました。私は、この映画を子どもが出るお涙頂戴ものというふうな先入観を持っていたので、なんとなく見そびれていたのですが、他にあまり見るべき映画もなかったのでセカンド・チョイスという感じで借りてきたものです。

 最初に「この映画は実話を元につくられています」というクレジットが出たので、そうそうとんでもないものにはならないだろうと思っていたのですが、脳腫瘍で余命3~6ヶ月と診断された男の子と母親が死ぬ前の思い出作りとして、昆虫学者に頼んで中南米(撮影はコスタリカ)のどこかに金属光沢を持つモルフォ蝶の採集に出かけるという話です。

 最後には意外な方法で手に入れることができたモルフォ蝶を逃がしてやるところで終わるのですが、なんとおまけに男の子の脳腫瘍が自然消滅したというコメントが付いていました。

 確かに、余命数ヶ月から数年と診断されたがん患者さんで、民間薬や自然食品、生活改善あるいは宗教活動などによりがんが消えた、あるいは何年も生き続けているという話は時々聞きます。

 手術や抗がん剤でも直すことのできないがんが、それ以外の方法で「確実に」直せるということはあり得ないと思いますので、民間薬や自然食品、生活改善あるいは宗教活動などにより直った場合には、そうした努力がなくても治るといういわゆる自然治癒というものなのではないかと思います。

 この自然治癒というものはそうそうあるものではないでしょうが、事実としてあるのだとしたらその生物学的メカニズムを是非とも知りたいです。自然治癒はお金儲けにつながる研究ではないので製薬会社などは手を出さない分野だと思いますが、もしも自然治癒力を高めたりできるのだとしたら、再生医療に匹敵する未来のがん医療になると思います。

 考えようによってはバカバカしい、そんな夢みたいな研究をやっても良かったのが昔の大学だったはずなのですが、おそらく今の大学にはそんな研究をやる場所は残されていないような気がします。

 とても残念です。
by stochinai | 2005-11-23 23:53 | 生物学 | Comments(14)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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