5号館を出て

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2005年 11月 29日 ( 1 )

あらしのよるに

 台風並みの低気圧の接近で、変に気温が高いものの、ものすごい風雨と、札幌の冬には珍しい雷も鳴る嵐をついて大学に出てきてみると、予定のゼミは2人の発表者が一人は勘違い、もう一人は急病というアクシデントが重なり、なんと中止になっていました。

 まあ、靴下やズボンが濡れた状態で寒い教室に入り、ゼミを強行して風邪を引くよりはマシかいうことで、思わず手に入った空き時間に濡れた靴下やズボンを乾かしながら、昼まで一仕事することができました。

 午後になってから、風と雨はおさまったようですが気温が下がってきた嵐の終わった夜にこれを書いています。「嵐の夜に」というと、ミシェル・ファイファーとジェシカ・ラングが出ていたアメリカの田舎を描いた暗い映画がありましたが、最近は「あらしのよるに」という絵本がはやっているのだそうですね。

 絵本がヒットしたので映画にもなるんだそうですが、内容は暗闇の中でお互いが見えないまま会話を続けて友情が芽生えるヤギとオオカミの話のようです。このお話は、ネットにおける文字だけのコミュニケーションの難しさを説明する良い教材になるかもしれません。

 ネットでは、文字(アスキー)情報だけで「会話」をしなければならないのですが、普段面と向かって会話する時には、相手の姿、表情、声の調子、さらには体温や香りなどもコミュニケーションを補完する情報として、大変な働きをします。

 もちろん絵本の話ですので、嗅覚の鋭いオオカミとヤギがお互いを誤認するなどということは実際にはあり得ないことなのですが、もしも聴覚以外のすべてを奪われてしまうと相手のことを理解するのがいかに難しいかと言うことを象徴的に教えてくれます。

 ネットのコミュニケーションに慣れるまでは、こうして文字を打ち込んでいる時には心を込めて文章を紡いでいきますので、相手もその気持ちをわかってくれるものだと勘違いしがちになるものです。

 しかし、読んでいる相手は書き手の姿形も見えませんし、電話などだと声の調子で伝えらることができる微妙な感情などはすべて消し去られたのっぺりとした文字が何をどれだけ伝えることができるのか、自分で書いた文章を1週間位してから自分で読み返してみると良くわかると思います。

 全然、言いたかったことが表現されていないことに気がついて愕然とすることが多いに違いありません。(一週間後にもOKという文章が書けたら、あなたはすでにプロです。)

 そういう文章に対して返されてくる文章もまた同じようなのっぺりとした文字情報だけです。そしてしばしばネットで起こることは、「ヤギ」を「オオカミ」だと思ってしまうことなのです。両方がヤギなのにお互いが相手をオオカミだと思ってしまう。結果はご想像の通りです。ネットで起こる行き違いの7割くらいは、こうしたアスキー情報でやりとりするコミュニケーションの特性に対する無理解から起こるような気がします。

 ならば、無用のもめ事を避けるルールのひとつが、自分たちは真っ暗闇で会話しているという自覚であるかもしれません。

 来年からは、この絵本をネット・コミュニケーションの教科書にしましょうか。

追記:2桁に収まったので、このエントリーを眞鍋かをりさんにトラックバ~ックしておきました。ふふふ。ただのアスキー文字の羅列なのですが、彼女の文章には表情と匂い(かをり)があります。これは勉強する価値ありです。みんなで、テクニックを盗みましょう。
by stochinai | 2005-11-29 22:05 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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