5号館を出て

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2006年 01月 27日 ( 1 )

漫画のような風景

 良くお隣の韓国の入学試験についてその狂騒ぶりを揶揄するかのようなニュースが流されますが、日本の入学試験の周辺でも負けず劣らずの異常な風景が毎年のように見られます。

 産経ウェブのニュース「センター試験で教科書ミス発覚 実教出版の高校政治・経済」によると、高校で使われている実教出版発行の政治・経済の教科書に掲載されたグラフに間違いがあったことが、入試センター試験によって明らかになったということです。

 先日行われたセンター試験でその教科書に載っているものと良く似たグラフが出題に使われ、それがその教科書のものと違っていたということが受験生からの申し出で発覚してしまいました。

 誤りがあったのは日本や米国、英国など5カ国の公共投資が国内総生産(GDP)に占める割合を表したグラフで、米国と英国を取り違えて表記していた。

 教科書は文科省の2002年度に検定合格し、04年度から使用されている。05年度の採択は約6万6000冊で、占有率は第2位の13%。

 センター試験のほうには正確なグラフが出ており、その違いが問題になっているというニュースですが、それに対する文科省と入試センターのコメントが「異常」でした。

 文科省は、「『誤りのあった教科書で学習したことで、正答を得られなかったとすれば申し訳なく、心からおわびする』とし、検定で誤記を見過ごしたことを謝罪した」と言いますが、それは逆に検定を通るということがその教科書には間違いがないということを意味していると関係者が認識していることであり、その傲慢さに恐ろしいものを感じてしまいました。

 つまり文科省が間違いであると判断する限り、どんな教科書も検定を通らないということです。そもそも、新しい発見があるたびに旧来の常識がくつがえることが珍しくもない学問の世界のエッセンスを紹介する教科書というものに、間違いがないことが期待されているということ自体が整合性のないことであり、もっと言うと異常な感覚と言わざるを得ません。

 そのような不可能を可能にしようとしている検定などという制度は一刻も早く廃止すべきだと思います。廃止すれば間違いは出版社だけの責任になり、逆にいうとそれを採用した高校の自己責任になります。大学は自己責任において、自分たちの入学試験を実施すればよいのです。

 さらに大学入試センターの姿勢も試験を作る立場になってみると理不尽なものです。
 センター試験をめぐっては昨年、国語1の問題で教科書の評論文が出題され、センターは「受験生に有利不利を生じさせた」と謝罪。今年は特定教科書に掲載された素材を扱わないように配慮してきたが、グラフや写真などはチェックの対象ではなかったという。
 
 だいたいすべての検定教科書を隅から隅までチェックして、不公平の無いように試験を作るなどという発想自体が馬鹿げています。不可能です。

 今回の件に関してのセンターのコメントが「国民に不公平感をもたれないように来年以降はグラフなども教科書と照合するように改める」と言いますが、そういうことをしながら試験を作るということになると良い試験を作ることよりも、くだらない教科書チェックという無益な作業が優先される結果、試験のクオリティが下がることでしょう。

 国立大学も法人化したことですし、もうそろそろ入試に関わることに国が口を出すこと(教科書検定やセンター試験)などというものは廃止してはどうでしょう。それこそ、小さな政府を目指す小泉改革がやるべきことではないのでしょうか。
by stochinai | 2006-01-27 22:49 | 教育 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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