5号館を出て

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2006年 06月 18日 ( 1 )

 勝っても負けても不思議のない試合でした。引き分けは極めて妥当な結果だと思います。

 前のオーストラリア戦と比べると、最後の最後にスタミナが切れてきている時に良く持ちこたえたという気もしますが、クロアチアにも同じことが言えるので、あいこです。

 スポーツという贅沢な娯楽にはあまり惹かれることのない私ですが、ワールドカップサッカーにはなんとなく好感が持てるのは、1ヶ国1チームしか出ていないので、国の名前の出現頻度がオリンピックなどの場合のように、アメリカやロシアなどという超大国の存在が鼻につかないということがあるのかもしれません。

 経済的・軍事的に見たら、文字通り「取るに足らない」小国が次々に胸のすくようなプレーで勝ち抜いていく様子は、まさに「公平」というものはこういうものだと感じられます。

 ワールドカップの参加国を見ていると、日本は経済や科学技術、教育などにおいてはかなり恵まれた方の国であることがすぐに感じられますが、そんなこととサッカーが強いことは何の関係もないというところがとてもフェアな気がするのです。

 翻って今の日本では、あらゆることが経済力と連動していると信じられています。お金があると、高い教育を受けられて、結果的に高い収入を得られる職に就きやすく、もちろんお金にものを言わせて、優雅な衣食住が保障された生活をすることができます。場合によって、子どもの頃からの早期英才教育によって、スポーツや芸術の才能すらも引き出される可能性が高いと思われているのが、日本という国の現実であるような気がします。

 でも、それは本当に「現実」なのでしょうか。

 小学校にも通えず、満足に食事すらすることもできない国で育った子どもたちが、信じられないほど素晴らしいサッカーのプレーヤーになっているというような話を聞きながら、そうした国の選手たちのスーパープレーを見ると、「そうだよね。世の中にはお金では買えないものがあるんだ」という声が非常に説得力を持つことが感じられるのです。

 しかし、試合が終わって日常に戻った時に、日銀の総裁ですらお金に踊らされている国の現実に向き合うと、やはり「お金で買えないものはないでしょう」という日本の姿が揺るぎなくそこにあることを感じてしまいます。

 お金が力を持ちすぎるようになっているこの国の子どもは、夢を持つという意味においてはかなり下位に属する国なのかもしれないと思わされるワールドカップサッカーなのでした。
by stochinai | 2006-06-18 23:58 | つぶやき | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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