5号館を出て

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2006年 08月 12日 ( 1 )

 昨日、各紙で大々的に報道されたのでご覧になった方も多いと思いますが、京都大学の研究者がマウスの尾からとった皮膚(繊維芽)細胞に4つの遺伝子を導入して、どんな細胞にでもなれる未分化な細胞へと誘導することに成功したとのことです。

 アイディア自体は大学生でも思いつくようなもので、哺乳類の胚を壊して取り出したどんなものにでも分化できる幹細胞(ES細胞)で働いている遺伝子を、分化した皮膚の細胞に導入したのです。ES細胞で働いている代表的な遺伝子は24あるようなのですが、それを全部入れたのではなく(おそらく、そうした試みをやった研究者はたくさんいるはずです)そのうちから特定の4つを入れたものがそういう性質を持つことがわかったというところがすごい発見です。

 まだ本当にES細胞と同じ細胞になったというところまで詳しく調べていないのかもしれませんが、マウスの皮下に注射するといろいろな種類の細胞を含んだがん(奇形腫というものです:ブラックジャックのピノコの元になったもの)ができたということと、他のマウスの初期胚に入れるとその胚からマウスが作られるときに、からだのいろいろな部分を作るのに参加したというものです。

 このようなエポックメーキングな論文に、たったふたりの研究者の名前しか載っていないというのは非常に素晴らしいと思います。ひとりは教授の山中さんで、もうひとりは特任助手(時限つきの助手)の高橋さんという方ですから、普通に考えるとほとんどの仕事は高橋さんがなさったと思われます。すごいことだと思います。

 しかし、もとの論文を読むと、この細胞を皮下に移植したらがん(tumor)ができたと書いてあるのに、上述の朝日の記事では「消化管のような構造と、神経組織、軟骨組織が生じた」と書いてあります。

 この記事全体を流れる雰囲気が、将来の医療ということにつながることを強調しているので、がんという言葉を避けたのでしょうか。私としてはいらない気遣いだと感じました。

 それはさておき、遺伝子を導入したということから、遺伝子治療と同じ危険性をはらんでいるために、この技術はそのまま医療には使えないことは明らかで、論文でも遺伝子導入ではなく、細胞を遺伝子が作るタンパク質で処理してやることで、未分化な状態に戻すことのできる可能性が示唆されたというふうに結論されています。

 この研究は、基礎生物学的にもとても意義のあるものなので、特に医療に直結させなくても十分に大きく扱って欲しいものです。

 そういう意味で、新聞記者の科学技術リテラシーをもうちょっと磨いていかなければならないことを感じさせられる記事でもありました。
by stochinai | 2006-08-12 16:58 | 生物学 | Comments(13)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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