5号館を出て

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2006年 09月 07日 ( 1 )

 9月1日のエントリーに書いた山口県の事件の容疑者が死体で発見されるという最悪の事態になり、被疑者死亡のまま送検という結末を迎えてしまいました。これでは迷宮入りと同じことになると思いますので、とても残念です。

 今日は、もう一件の悲しい自殺の話題に触れなければなりません。今月の1日に大阪大学の助手が研究室で死亡しているのが発見されたというニュースがありました。
そばに毒物の「アジ化ナトリウム」の空き瓶があり、遺書も残されていたことから、大阪府警吹田署は服毒自殺を図ったとみている。
 研究室で自殺を図ったということは大学がらみの問題が原因なのではないかと心配しておりましたが、とくに続報もなかったので忘れそうになっていました。

 ところが昨日になって毎日新聞の大阪版夕刊が報道したそうなのですが、今日になって朝日新聞も追随してきたように、どうやらこれは論文ねつ造事件へと展開していく気配をみせています。
 大阪大大学院生命機能研究科(大阪府吹田市)の研究室で自殺したとみられる男性助手(42)が、自分の研究データを改ざんされたうえ論文を米国の科学雑誌に投稿されたとして取り下げを訴えていたことが6日、分かった。論文は異例の取り下げとなった。同大学が論文取り下げの経緯などについて調査を行っている最中に助手は自殺しており、大学は事実解明に乗り出した。
  朝日の記事では、自殺した助手以外の共同執筆者からも疑義が出されていたと書かれています。
 阪大などによると、論文は責任筆者の教授と自殺した助手ら他の研究者4人が共同執筆した。酵母菌を用いてDNA複製の仕組みの一部を調べた内容で、7月12日に米国の生物化学専門誌「ジャーナル・オブ・バイオロジカル・ケミストリー」の電子版に掲載された。

 しかし、8月2日に筆者側の申し出で論文は取り下げられた。関係者によると、助手を含む複数の共同執筆者が「オリジナルデータと論文のデータとの間に食い違いがある」と指摘。大学は同9日から調査を始めた。
 さらに、この助手の方は柳田充弘さんのお知り合いの方だったようで、柳田さんがブログで驚きのコメントを書かれています。

 伝統的に、研究者の世界では研究論文のことを「業績」と称しており、研究論文が有名雑誌に掲載されたり、世界的に評価されることが客観的な研究能力の評価につながることになっています。もちろん、運やコネやいろいろなことがあって、能力と業績さえあればこの世界で評価され有名大学や有名研究所で着々と昇進していくなどということにはなっていないのですが、汚名は確実に不利に働きますので、助手の方がねつ造論文の作成にかかわっていたなどということになると、その後の昇進はおろか転職さえままならないということになりかねません。つまり、研究者としての将来がまったくなくなってしまうと思っても不思議はありません。

 すでに安定した「最終職」である教授になってしまえば、大学内で自分が映っているわいせつビデオを進学相談相手の高校生に見せてしまっても、たった1週間ほどの出勤停止処分ですむのかもしれませんが、助手の方が汚名を着せられてしまうと、その先に可能性としてあったかもしれない講師・助教授・教授への道はほぼ閉ざされてしまうということになる可能性は高いのです。

 もちろん、その助手の方の自殺がそうした将来を悲観したことが今回の自殺の原因かどうかはわかりません。その前に、自分が知らない間に「ねつ造論文」の共同執筆者になってしまっていて、自分で抗議をしたとは言え取り下げ論文の共同著者に名を連ねていたということになると、もうこの世界で生きてはいけないと思ったのかもしれません。

 あるいは、自分の知らない間にデータをねつ造したばかりではなく、論文の共著者にされてしまったことへの抗議だったのかもしれません。大学がその件について調査をしていたということですので、その過程でデータねつ造を疑われたり、内部告発を非難されたりして、落ち込んでしまったのかもしれません。

 大阪大学と言えば、日本でも超一流の大学です。そんなところで、こんなお粗末なねつ造論文投稿事件が起こるということ、しかもここ数年はそういうことに社会の目が厳しく注がれているということもわかっていたはずなのにそんなことが起こってしまうという、この耐え難い緩さの原因が単に個人のレベルにあるものではないことは誰の目にも明らかなはずです。

 この件に関しては、文科省から我々ひとりひとりに至るまで、日本の研究体制すべてが責任を負わなければなりません。具体的なアクションプランは、学術会議など科学者側から出すべき時ではないでしょうか。

【追記】
 8日になって、柳田さんのブログに「なぜ、このようなことが起こるのか」という関連エントリーが追加されています。その中に、亡くなられた方の友人が柳田さんに宛てたメールが紹介されています。若い(年齢的にだけではなく、まだ独立を許されていないという意味で)研究者と、権力を持った研究者あるいは管理者との間の、ぬぐい去ることのできない不信の構造が感じられる悲壮感が感じられます。

【さらに追記】
 上の柳田さんのブログに、ある意味での内部告発とも言えるトラックバックが張られています。「正義を捨ててきたから生存している者から…」というエントリーで、「違法行為を見て見ぬふりをしてきました。耐えられずに、精神的におかしくなって逃げ出しました」と書いておられます。私の印象では、この方の言っていることは事実だと感じられます。同じような境遇に置かれている人の声を吸い上げることをしなければ、今日本の科学界を覆っている闇を晴らすことはできないのではないでしょうか。

【日曜日の追記】
 10日の柳田さんのブログ「DNA複製の分野での出来事」では、今回の件で学内に箝口令がしかれていると書いてあります。個人的には、そういう状況の中でこそ、内部告発(情報漏洩)によって不正は隠しきれないという現実をつきつけるべきではないかと思っています。内部の方々、匿名で情報をどんどん公開してください。その真偽については、関係者が告白する義務があると思います。

 参考:
もの言わぬ中堅研究者

【月曜日の追記】
 見落としていましたが、本件に関する重要なブログ記事があります。大阪大学OBの方と思われる人が書いた空念仏に終わった大阪大学総長見解は、是非とも読んでください。

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 大阪大学大学院生命科学研究科からの報告書
by stochinai | 2006-09-07 22:11 | 大学・高等教育 | Comments(34)

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