5号館を出て

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2006年 09月 10日 ( 1 )

盛岡桑田

 私の先祖は岩手の南部藩(後に盛岡藩)出身でであると聞かされています。盛岡に行くと、珍しいと言われる私と同じ姓をもった人がたくさんいますので、その辺にルートがあることを感じることはできますが、日常生活の中では、そういうことを実感として感じることはめったにありません。

 盛岡藩では明治維新で版籍奉還・廃藩置県によって武士が職を失った時に、最後の藩士達に桑田を買い与えたのですが、その時個々人に小さな土地を分割のではなく、1732名が共同で登記するということをやったため、土地を処分するためには1732名の印鑑を揃えなければならないという制約が生じ、結果的に桑田を売買することができず、当時と同じ数の会員を維持したままの盛岡桑田の会が今日まで存続しています。

 桑田は現在は会社組織になっており、土地を賃貸したり、強制収容された土地の販売代金による収入があります。会社の主な仕事は、その収入を一子相伝方式で現在まで続いている1732名の「社員」に配当するという仕事なのです。もちろん、収入といっても大したものではなく、最近は年間ひとりあたり2-3万円の配当がある程度のようなのですが、「社員」によって構成される会そのものが最後の南部藩士一族を束ねて現在に至った希有な組織となっています。

 その旧盛岡藩士桑田の会北海道支部の「定期総会」という名の懇親会が年に一度開かれていますが、今日がその日でした。
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 我が家は父が権利を相続しており、正式のメンバーとしては父だけなのですが、桑田の会では権利の相続が断絶することを恐れて、積極的に次世代の「跡継ぎ」を同伴することを勧めており、私もゲストとして数年前から参加させてもらっています。

 明治維新に際して作られた、この桑田の会の「条約書」の第1条に桑田が全会員共有の所有物であること、第2条にはそこから出た利益は全員に平等に配分するというような、きわめて民主的なことが書かれていると聞きました。また、現在の会社の理事・社長の皆さんが、誠実のそれを守って活動されていることにも感銘を受けます。

 ひとつにまとめてしまうと、資産が数億円また毎年の収入が数千万円の会社ですから、邪悪な心を持った人間が出て乗っ取りを企てたこともあったようですが、今では連絡が取れない数百人の会員がいて、全員の印鑑を集めることなどは絶対に不可能になっていることが、そうした野望を打ち砕く強力な防波堤になっているとのことです。

 一年に一回、数時間だけですが、先祖とのつながりを感じることができるこの機会は、私にとて不思議な時間旅行になっています。

 理事長さんのお話

 桑田の発祥から現在までを描いたマンガ「盛岡桑田物語」
by stochinai | 2006-09-10 23:42 | つぶやき | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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