5号館を出て

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2007年 01月 10日 ( 1 )

 今日のクローズアップ現代は「揺らぐ科学の信頼~東大・論文ねつ造疑惑~」でした。見ていて、とても居心地の悪い気分だったのですが、この番組のどこを見ても、今後論文ねつ造などの不正行為がなくなるであろうとは思えなかったのは私だけではないと思います。

 JSTの北澤さんが出ていらして、ねつ造の原因として現在の研究費配分システムに問題があるとあまりにもあっさりと認めていらっしゃったことも、この先大規模な改革が起こらないだろうということを予感させるものでした。つまり、現在のような方法で研究費を配分したらこうなるだろことなどは、ずっと前から(そういう制度にする前から)わかっていたというふうなおっしゃりようなのです。

 私が感じた「雰囲気」は、一握りの悪人が出てきたとしても、それは厳罰に処することでだんだんと減って行くであろうから、現在の研究費配分システムを変えることにはならないだろう。北澤さんは、決してそうはおっしゃっていなかったのですが、そのようにしか聞こえなかったのは私の空耳なのでしょうか。

 それと、もうひとつ。マスコミはネタとして論文ねつ造疑惑もおもしろいから書き立てることをしますが、騒ぎがおもしろくて書いているだけで、科学の世界を良くしようとか、大学を良くしようなどという高い志がちっとも伝わってきません。おそらく、そんなことはどうでも良いのでしょう。

 そして、おそらくそれは、この国全体を覆っている雰囲気なのではないでしょうか。大学とか研究所とか、税金を不正に使うのは許せないけど、だからと言って大学や研究所がどうなろうと国民にとってはどうでも良いことなのではないでしょうか。

 実は、私が科学技術コミュニケーションをしっかりとやななければならないと感じているもっとも大きな理由はここにあります。国民が、自分たちの生命や暮らしを守るために科学技術が必要になっているこの時代こそ、税金で運営している大学や研究所を自分たちのために利用するべきだということに気がついて欲しいと思っています。

 税金で運用されている限り、それは納税者である国民のもので、政府のものでもありませんし、ましてや税金をほとんど払っていないくせに、産官学共同研究などと言って大学を私的利益のために使おうとしている企業のものでもありません。

 先日のエントリー「科学技術コミュニケーター利用のすすめ」に引用した文章の前にあったものを転載します。

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市民のための大学

 このように大学が市民社会から無視されているという状況は、大学における教育と研究の危機であるだけではなく、納税者である国民にとっても大きな損失です。そもそも国立大学はその運営の大部分が税金によってまかなわれていますので、そこで行われている活動の成果は納税者に還元されるべきものです。もちろん、大学へ進学した学生はそうした恩恵を直接に受けるのですが、すべての国民が大学における研究や教育活動の恩恵を享受する権利があるはずです。

 たとえば、巷に氾濫している健康食品や健康器具などが、科学的に有効だと判断されるのかどうかなどについて、専門家である研究者が判断してくれるとしたらどうでしょう。あるいは、小学生のお子さんが、水が凍る時に「ありがとう」と声をかけたらきれいな結晶ができて、「ばかやろう」と声をかけたら汚い結晶ができるということを学校で習ってきた時に、それがほんとうかどうかについて大学で氷の研究をしている専門家が相談に乗ってくれるとしたらどうでしょう。さらには、ある川にダムを作るという計画が持ち上がった時に、そのことの是非について工学、理学、農学、水産学、経済学、法学などの見地から専門的に調査・研究をしてくれる大学があったらどうでしょう。そのような問いに納税者の立場に立って適切に対応してくれる研究者を確保するためには、やはり税金でサポートされた大学や研究所が必要なのではないでしょうか。

 しかし現実は、大部分の市民は「大学や研究所は自分たちとは関係のないところだ」と感じており、大学側の人間は「市民ではなく政府や官庁が自分たちを支えてくれる存在だ」と思い込んでいるという不幸な関係にあります。

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 科学者と幸福な関係を築き上げることができれば、市民は大学を自分たちのものであると感じて利用してくれるようになるような気がします。そして、それは大学にとっても素晴らしいことなのです。

 私の科学技術コミュニケーションの出発点は、ここにあります。
by stochinai | 2007-01-10 23:29 | 科学一般 | Comments(11)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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