5号館を出て

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2007年 02月 28日 ( 1 )

 意外と大きなニュースになっていないのは、研究者が論文をねつ造するなどということは、もはや日常茶飯事と化してきたことを意味するのかもしれません。

 しかし、今回の事件のニュースを読むと、私には追いつめられた大学院生と、業績作りに追われる教員の姿が見えてくるように思えます。

 前置きとして、データをねつ造したとされる大学院生が一昨年(つまり修士1年生の秋)の応用物理学会で奨励賞を受賞していたという話が大きいと思いました。学会の奨励賞などというものは、安物の賞状とあったとしてもちょっとした賞金をもらえるだけのものでしょうから、それをもらうためだけに論文のねつ造まではしないと思われるかもしれませんが、大学院生にとっては奨励賞をもらうことが、その先のキャリアに大きな影響を及ぼすものとして受け止められていたとしたら、状況は一変するのではないでしょうか。

 修士の1年生で賞をとったということは、たとえ4年生の卒業研究から継続して研究していたとしても、たかだか1年くらいの研究に対して賞が与えられたということになります。冷静に考えれば、よほどの天才的な学生ではない限り、その研究は指導教員の大きな貢献があってこそ成り立っているものなのに、それに奨励賞を与えるとは学会も酷なことをするものだと思いました。

 想像ですが、この学会で奨励賞をもらった学生は、その後順調に研究を続けていれば、有名な研究室でポスドクになれるとか、外国の著名な研究室に留学できるとか、**の企業に優先的に採用されるらしいとかいう「伝説」があったかもしれません。そうでなくとも、大学院を出たあとの就職が厳しい中で「学会の奨励賞」は、将来の研究職ポストを得るためには大きな勲章になるはずです。

 そんな状況の中で、奨励賞をもらってしまった学生は、その研究を「成功」させることができなければ、自分の将来が閉ざされてしまうという強迫観念を持ったのかもしれません。

 教授から与えられたテーマの実験には、教授の願望的な結果がともに伝えられることが多いと思います。つまり、教授の予想通りの結果が出たら「成功」でそうでなければ、「失敗」と学生が思いこんでも不思議はありません。

 教授は「実験は彼に任せていた。きれいなデータで全く疑わなかった。管理者としての私の責任」だと語っているそうですが、自分が期待していたデータを学生が持ってきたことで、目が曇ってしまっていたとも考えられます。学生は「理想的な特性を表す数値を約1千個捏造し、入力していた」ということです。先生の期待に沿ったデータを作ってあげたというところでしょう。

 もちろん、データをねつ造した学生が一番悪いし、それを見抜けなかった教授の責任も免れないとは思いますが、偶然に大きく左右されることも多い学問の結果が、未来の人生や経済的状況に直接跳ね返ってくるような状況がある以上、この手の「事件」はニュースにならないくらい、たくさん出てくるのは避けられないと思います。

 研究や教育に競争を持ち込むということが、こういう結果を招くであろうことは、わかっていたことです。こういう状況を、厳罰主義だけで乗り切れるかどうかを冷静に考えるべき時ではないでしょうか。
by stochinai | 2007-02-28 21:44 | 大学・高等教育 | Comments(13)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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