5号館を出て

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2007年 03月 04日 ( 1 )

 先日28日に、大阪府立大学で論文ねつ造事件が発覚した時に書いたエントリーで、最後に「研究や教育に競争を持ち込むということが、こういう結果を招くであろうことは、わかっていた」と書きました。わかっていただけた方もたくさんいらっしゃったと思うのですが、説明もなしではわかっていただけなかった方も多かったのではないかと反省しております。

 それでこの数日、なんとなく消化不良のまま、どうやったらうまく説明ができるだろうかと考えていて、少なくとも最近になって目立つようになってきた論文ねつ造に関しては、かなり簡単に激減させることができる方法を思いつきました。

 まず最初に、なぜ科学者が論文をねつ造するのかということを考えます。理由は比較的簡単で、論文をねつ造することが本人の直近の利益につながる(あるいは、つながると信じられている)からだと思います。

 私が研究を始めた30年くらい前ならば、どんなにすごい研究をしても、新聞に出たりすることも珍しかったですし、たとえ新聞に出たとしてもあっという間に忘れ去られるエピソードのとして、誰の記憶にも残らずに終わったのではないかと思います。そんな時にも、博士を取るためや職を得るために論文のねつ造をしていた人はいたと思いますが、科学者の社会的・経済的地位が圧倒的に低かったこともあり、問題にされることはなかったのだと思います。

 それが、最近は海外の有名雑誌に論文が載ると、新聞に載るだけではなく、翌年から始まる数年間の研究費を獲得しやすくなったり、企業との共同研究につながったり、場合によっては企業の嘱託として給与が生じたりすることが珍しくない時代になりました。学生の場合ならば、奨学金の返済が免除になったり、RA(リサーチアシスタント)に採用されて謝金がもらえるようになったり、学術振興会の特別研究院に採用されて給与がもらえる身分になったり、その後のポスドクやさらには定職のオファーにつながったりすることに、すぐにつながる時代になりました。

 さらにひどいことに、10年くらい前からでしょうか、現在から5年以前に出版された論文は、現職の研究者の業績を判断する基準としては採用しないというシステムになってきました。今は、ほとんどの研究費の申請の際に添付できる研究業績は、5年以内の出版論文に限られるようになっています。

 しかし、よく考えてみればわかりますが、真偽を含めた科学論文の評価が確定するのは、多くの場合早くて5年から10年、時には30年・50年かかることも珍しくありません。そのくらいの時間が経つと、定説とされていた多くの科学理論が間違いだったことが明らかになったりするのも、よくあることです。

 そうした長い時間軸で評価が確定していく自然科学の世界に、長くても5年以内に得られた業績で研究者を評価するというシステムが持ち込まれたことに、諸悪の根源があるのだと思います。

 というわけでもうおわかりだと思いますが、1年や2年前に出た論文を研究者を評価する判断基準として使わないことにするだけで論文のねつ造はほとんどなくなるような気がします。そもそも論文などというものは、10年以上生き残ってこそ価値があるものだと思いますが、10年というのは少し厳しすぎると思いますので、5年以上前に出した論文で今でも引用される価値を持った論文のみが意味のある業績として評価されるシステムを作ってみたらどうでしょう。

 5年も経つと、もしもねつ造論文ならば、競争の激しい分野では間違いなく発覚しています。意味がない論文ならば、忘れ去られます。そんな中で、10年生き残ったら重要論文ですし、30年生き残ったら古典です。ほんとうに重要な研究およびそれを実行した研究者を拾いたいのなら、そうした評価システムを導入すべきです。

 この方法では若い研究者を評価できないという批判がありそうですが、もともと若い研究者は業績ではなく、実際に「本人」を見て評価すべきものです。そういう若者を、誰が書いたのかわからないような論文で評価しようとすること自体が間違っているのだと思います。
by stochinai | 2007-03-04 23:49 | 科学一般 | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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