5号館を出て

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2007年 03月 14日 ( 2 )

研究者の鈍感力

 タミフルと異常行動の因果関係を調べている厚生労働省研究班の主任研究者や研究班員が、タミフルの輸入販売元の中外製薬から奨学寄付金(研究費)を受けていたという報道がありました。

 記事によると、どちらの先生も「毎年、あちこちの(製薬会社など)から奨学寄付金を受けていて、大学も知っている。このくらいの研究費をもらったからと言って、公正中立な研究をやっているので問題はない」というようなことをおっしゃっているようです。

 自分の良心に従って研究をしているので、たとえ1000万円くらいの研究費をもらっていたとしても、研究費を出している会社の製品に問題があるという研究結果が出たら、そのことについては公正中立に発表するといういうことをおっしゃりたいのだと思います。

 いずれの先生も毎年あちこちの会社から奨学寄付金を受けているということなので、数千万円か数億円の研究費をもらっているようです。うらやましいですね。

 私企業から研究費をもらうこと自体は罪ではないと思います。ただし、そのことは大学だけではなく広く世間に公開し、タミフルによる異常行動はないのだという研究結果を発表する時には、自分はタミフルの輸入販売元から、1000万円の奨学寄付金を受けているということも同時に発表しなければならないというような「社会常識」も持っていて欲しかったと思います。

 厚生労働省も、クスリの安全性研究を依頼する時には、件のクスリを製造・輸入・販売している会社から研究費をもらっているような先生にはお願いしないという、ごくごく常識的な判断が働かないものなのでしょうか。

 「私は公明正大にやっているから、どんなに怪しく見えても大丈夫です」というような弁明がまかり通るのは、国としてかなりやばい状態だと思います。

 総理大臣、大臣、国会議員、知事、地方議員を初めとして、大学の先生、病院の先生、その他公共の福祉のために働くことが期待されている人が「鈍感」でいいのだ、などという暴言がまかり通っていることを恥ずかしいと思わないのだとしたら、我々国民も終わっているのだと思います。

 一億国民総動員で鈍感力を発揮して、世界の笑いものになってもいいのだ、というような国に住んでいると落ち着かない気分になる私は、まだまだ日本人として鈍感力の養成が足りないということなのでしょうか。

 どなたか、よろしくご指導をお願いできませんか。

【追記】
 こちらに、すでに良い記事が書かれておりました。また、こちらも是非お読み下さい。
by stochinai | 2007-03-14 21:22 | 科学一般 | Comments(6)

論文ねつ造の内部告発

 今日、昼頃某大手A新聞社の記者と名乗る人から電話がかかってきて、某大学教授が10数年前に出した論文がねつ造だという告発があった。ついては、その内容をチェックしてもらえないだろうかというお話でした。

 その先生は私も良く知っている人ですし、研究内容についてもだいたい理解はしているつもりだったのですが、我々生物学の分野の論文がねつ造であるかどうかということについては、同じ写真を裏返して何度も使ったとか、明らかに手書きで図が修正されているとかいうケースを除くとほとんど判断することはできないと思いましたので、お断りしました。

 しかも、その論文が載った雑誌というのがNatureとかScienceとかCellなどの、いわゆる超一流雑誌ではなく、さらに論文の内容もヒトと関係の深い哺乳類を使った最先端の研究というわけでもなく、教科書に載っているような重要な研究でもなく、たとえその論文がねつ造されたものであったとしても、現時点でいかほどのニュース・バリューがあるのか理解に苦しむものでした。

 もちろん、その先生の研究室に所属していた学生が、ねつ造の現場を目撃していて、しかもその先生にひどくいじめられるなどの不利益を被ったと感じるということは良くある話ですから、今になってその先生に復讐するためにA新聞にメールなり手紙を書いたということは十分にありそうなことですので、その話は事実なのかもしれないとも思いました。

 また、(今考えてみるとですが)件の論文の筆頭著者はその論文が発表された何年か後に、研究の世界ではないところへ転出しているということもありますので、研究室内部ではその論文の間違い(ねつ造かどうかはさておき)が発覚するとともに、すでに関係者の処置(処分?)が行われていたという可能性も考えられます。

 聞くところによると、件の論文かどうかは確認できませんでしたが、そこの研究室から出た「ある論文」に疑惑があるという話は、「この業界」では意外と知れ渡っている事実であるということもわかりました。

 しかし、たとえ実際に論文のねつ造があったとしても、10年以上も前の論文ねつ造の話を、ここへ来て追求することが何か生産的な意味を持つとはとても思えません。

 先日も「論文ねつ造をなくする決定打」というエントリーを書きましたけれども、論文を書いてから5年間くらいはその評価を凍結しておくルールがあれば、もしも重要な分野の研究だったとしたら、ねつ造であれ間違いであれすぐに追試されますので、5年か10年経てば評価は定まってくるものです。

 今回の論文にしても、10年も前のしかもそれほど重要ではない論文ではありますが、その実験は二度と再現することができないということで業界の評価は定まっているようで、もはや科学的影響力は失っているようです。

 もしも、その論文がねつ造によって「作られた」ものだったとしても、10年後の今になってみると、その価値はゼロあるいはマイナスになっていますので、ねつ造であるかどうかをチェックすることは、科学の世界においては意味がないことになります。

 同じように、その先生の他の研究業績にしても、現時点でチェックしてみればかなり簡単に的確な評価ができまするはずです。そうすることに意味があると思われる人がいたならば、そうすれば良いのだと思います。

 目の前でねつ造が行われているということならば、できるだけ早く告発することをお勧めしますが、5年や10年あるいはそれ以上昔に行われたねつ造を今になって掘り起こす必要はそれほどないような気がします。

#ただし、教科書に載っているような有名な研究に関しては別です。ねつ造や間違いが発覚したら、できるだけ速やかに教科書を訂正しなければなりません。そこらあたりの判断は、日本だと学術会議あたりが責任を持っていただくしかないでしょう。
by stochinai | 2007-03-14 20:24 | 科学一般 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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