5号館を出て

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2007年 09月 20日 ( 1 )

 朝9時から学会が始まりました。一般口演、ポスターセッション、また一般口演と6時まで続いた後、関連集会ということで「ポスドク問題を考える」まで、フルに参加しました。終わったのは9時過ぎです。

 弘前は異常な暑さで、南から来た人たちも暑い暑いと言いながら、弘前大学のキャンパスをうろうろしていました。そんな暑さの中、昼休みに構内でオンブバッタに出会い、ちょっとした涼しさを感じました。
動物学会初日 「ポスドク問題を考える」_c0025115_3233099.jpg

 「ポスドク問題を考える」では、ポスドクなどという制度の恩恵を被ることのできなかったシニアの女性研究者の方のお話から始まり、現役のポスドク女性の話の後、学術振興会の課長さんのRPDを代表とするポスドク制度の解説がありました。そして、最後に学術振興会の研究員になった動物学会会長の佐藤のりゆきさんの「ポスドク問題を考える」という話で締めくくられました。各講演の間と最後には参加者からの質疑応答やディスカッションが行われましたが、当然のことながらポスドク問題の究極の解決策が提案されることはありませんでした。

 印象に残ったのは、40歳以上のポスドクでは全年代を通じて女性の比率がもっとも高くなっているということでした。女性でポスドクというのは、やはり二重苦であることが如実に現れたデータだと思います。

 あとは佐藤さんの「ポスドクというのは、パーマネントの職に就くまでの移行期なのだから、せいぜい5年が限度だろう。10年や15年のポスドク生活というのは異常で、これこそがポスドク問題だ」という発言は、まったくそのとおりだと思いました。いつまでもポスドクを続けるのは間違いなく問題です。そして、ポスドクの後に「職」がないのは「ポスドク問題」というよりは「オーバードクター問題」と言うべきだろうとおっしゃっていました。オーバードクター問題は、彼ら・彼女らを就職させることでしか解決しないのだが、それに対する一刀両断の処方箋はやはり出てきませんでした。

 会場のある方が「大学院生・博士を減らしてはどうか」という至極もっともな提案をなされたのですが、学術振興会の方は「そうすると、大学の先生が被害を被ることになりますが、それに耐える覚悟はおありですか」というようなことをおっしゃっていました。つまり、大学院生を減らすということは、大学の先生の数を減らし、大学に配分される交付金が減るということを意味するということですが、まさにここにポスドク問題の元凶が見て取れた気がします。

 この発言を聞いて、学院重点化とポスドク1万人計画が政府・文科省と大学(研究者)の利害が一致したところで手打ちが行われたことが実感できました。文科省も大学も、大学教員の数や研究費を減らしてまで、大学院生を減らす気はないようです。(私は、大学教員を減らしてででも、大学院生の数を妥当なところまで減らすべきだと思っています。)というわけで、とりあえず大学院における博士生産力を落とすことなく博士・ポスドク問題に対処するというのが、文科省・大学の了解事項ということのようですので、学生はそのことをはっきりと自覚した上で大学院進学や博士取得、ポスドクへの応募を自己責任の上で行う必要がありそうです。

 今後も研究者(大学教員・研究所研究員)の数はそれほど増えないが、博士の生産は今までどおり続くということは、博士のほとんどは大学教員や研究所研究員にはなれないという状況が今後も続くということです。

 現在、ポスドクをやっておられる方の多くはそこまで悲観的に思っておられなかったでしょうから、文科省や大学を責めることに一分の理はあると思うのですが、これからは大学院に進学する前から状況ははっきりしているのですから、いったん進学してしまったら文句は言えない時代になるということでしょうか。

 そういう状況の中では、大学院博士課程へ進学して得られるものは社会的に認知されるものというよりは、個人レベルの満足感のための「教養」とあまり変わらないものということになるのかもしれません。そうした「教養」を得るためだけに、大学卒業後の20代半ばの貴重な5年間を費やすことに価値を見いだせる人はどのくらいいるものでしょうか。

 私はこの方式では、日本の科学は研究者の再生産に失敗すると思います。
by stochinai | 2007-09-20 23:59 | 生物学 | Comments(53)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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