5号館を出て

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2008年 01月 23日 ( 1 )

 私が学生の頃に聞いた話なので、今となっては半世紀も前のことなのかもしれませんが、日本の魚類学が世界をリードしていた時代があったのだそうです。その頃は魚類学に限らず、日本人が書く科学論文の多くは日本語で書かれ、日本国内の雑誌に載っていたのだと思います。ところが、世界中の魚類学者、特にアメリカの魚類学者は日本の魚類学の成果を読みたくて仕方がなかったようで、なんと日本の学術雑誌(「魚類学雑誌」?)がアメリカで翻訳されて流通していたという話を聞きました。

 しかし、その他の業界の論文は日本語で書いても世界の誰も読んではくれなかったようです。つまり日本の科学のレベルが低かった、あるいはほとんど評価されていなかったので、わざわざ翻訳してまでも読んでくれる人がいなかったということなのだと思いますが、すでに何年も前に日本語で論文が書かれていたのとほとんど同じ内容の研究成果が外国人の手によって英語で出版され、そちらがオリジナルな仕事ということで評価され、日本語で書いた論文はまったく相手にもされなかったということもたくさんあったと聞きました。

 私が大学院に入った頃は、すでに研究論文は英語で書かなければ意味がない、という風潮になっていました。事実、日本では誰も興味を持ってくれそうもないような研究をしていても、英語で論文を書いて国際誌に掲載されると、すぐに30~50人の外国の研究者から論文別刷りの請求がきて、うれしかったことを記憶しています。つまり、それほど大したことのない仕事でも、世界に訴えかけるとかならず興味を持ってくれる人が、ある程度の数はいるのだということを知りました。

 というわけで、やはり論文は英語でかかなければ意味がないのかもしれないと思っていたのですが、除雪をしながら先週末2008年01月19日に配信になったヴォイニッチの科学書のポッドキャスティングを聞いていて、ひさびさに上に書いた水産学の話を思い出しました。

 ヴォイニッチの科学書では、磁気ディスクの垂直磁気記録方式のことを話していたのですが、この技術は日本で30年くらい前に発明されて、2004年に製品化されるまで日本が独走していて、アメリカがまったく追いついてこれなかったということがあったのだそうです。その原因のひとつとしてアメリカの議会でIEEEの会長さんだかが証言したところでは、日本で発明された垂直磁気記録方式の論文のほとんどすべてが日本語で書かれており、最近の日本人は英語で論文を書くものだと思ってすっかり油断していたアメリカの研究者達が、日本の研究の進展をまったくフォローすることができなかったということがあるのだというのです。笑い話のような話ですが、終戦直後は日本の水産学の進歩を知りたくて、日本語の論文を翻訳して勉強していたアメリカが、スキを付かれた恰好で垂直磁気記録方式に敗北したというのはなんともおもしろい話だと思いました。ひょっとするとアメリカでは、日本語で書かれたコンピューター関係の学術雑誌の翻訳を開始したかもしれません。

 上にあげた水産学の場合には、特許だとか製品の売り上げだとかに直接かかわることではなかったので、なんとなくのどかな感じがする話ですが、本題である日本の技術や特許が日本語という「暗号」によって海外に流出するのが防がれていたという話は、なかなか痛快なことだと思いました。

 同じ番組のなかで、iPS細胞の山中さんの話もちょっと出てきていましたが、山中さんがマウスを使ってやったオリジナルな研究は2006年に英語で書かれ、超有名誌に載っていましたから、それを読んでたくさんのアメリカ人が同じ研究を開始したのだと思われます。その結果、山中さんがヒトでiPS細胞を作ることに成功した時には、アメリカに追いつかれていました。さらに山中さんの感触でも、産業化などを含めた総合的な進展度合いでは、日本はすでに負けているだろうと思っているようなことを、テレビ(私は見なかったのですが「クローズアップ現代」など)で語っているということも聞きました。

 山中さんの生物学者としての名声が2006年に世界にとどろきわたったのは、英語で有名雑誌に研究成果が載ったからです。と同時に、1年間でアメリカに追いつかれ、ひょっとすると追い越されたかも知れないのは論文が英語で書かれたいたからという理由も少しはあるのかもしれません。

 秘密やお金がからむことになりそうな研究は、やたらと国際語で発表しない方がいいのか、悩みどころですね(^^;)。ただし、成果を盗まれる心配がまったくないような研究成果は、やはり英語で発表しておかないと、外国での職探しなどはできなくなりますし、同じ研究が先に英語で書かれてしまうとオリジナリティすら失う危険もありますので、これは決して日本語で論文を書くことのすすめではありません。

 世の中というものが、複雑に入り組んでいることを考えさせられるエピソードでした。
by stochinai | 2008-01-23 21:43 | 科学一般 | Comments(6)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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