5号館を出て

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2008年 01月 27日 ( 1 )

 数日前のニュースですが、アメリカのクレイグ・ベンター研究所のチームが「マイコプラズマ・ゲニタリウム」という細菌のゲノム(全遺伝情報)を人工的に合成することに成功したと報道されました。

 細菌ゲノム、完全合成 米チーム「人工生命」に前進 (asahi.com)

 Scientists Build First Man-Made Genome; Synthetic Life Comes Next (wired)

 技術的には大変な快挙と言えそうですが、材料であるヌクレオチドを科学的につなげていく「遺伝子の人工合成」の方法は古くから確立されており、短い配列ならばネットで注文して作ってもらうことなどは、すでに世界中のどこでもやられていることです。

 ウイルスの全遺伝子の合成はすでに達成されていたのですが、2002年に始めて人工合成されたポリオウイルスの遺伝子の長さはたった約7,500塩基対でした。数年前までは5,000塩基対くらいの遺伝子の完全人工合成は不可能だとさえ言われており、今まで人工合成された遺伝子のもっとも長いもものでも32,000塩基対だということですが、今回合成された細菌の遺伝子は582,000塩基対と桁が上がっています。単なる化学合成だと、長さが長くなるにつれて級数的に難しくなってくるのですが、今回は人工合成した断片を大腸菌の中で「生物的に」つなげさせ、さらに酵母の中でつなげさせるという方法を使っているようですので、完全な人工合成というわけではありませんが、配列は人工的にコントロールできるということで「工学的」には、それで良いのでしょう。

 ちょっとした「ズル」をしているとはいえ、任意の配列を挿入した「ゲノム」を作ることができることが証明されましたので、「人工細菌」を作ることが射程に入ってきたと、研究者は主張しニュースもそのように報道しているいます。

 しかし、残念ながらウイルスの場合だと遺伝子の塩基配列を人工合成し、それを簡単なタンパクなどのパッケージに入れることも人工的にできますので、「ウイルスを人工合成した」と言えると思いますが、細菌の場合は単独で「生きている」生物ですので、いくら全ゲノムを合成したところで「細菌という生命を人工合成した」ということにはなりません。

 おそらく、今回作ったゲノムを「生きている」細菌に入れて、もとからある細菌のゲノムと置き換えることで、ゲノムを働かせて「人工的に作ったゲノムを持つ新しい細菌」を作ることは可能だと思います。しかし、それはすでにあった「生命という装置」を動かしながら、新しいゲノム(設計図)で「乗っ取っただけ」ですので、人工的に「生命を作り出した」ということとは質的に異なることです。

 工学的にはそれで充分使えるということで良いのかもしれませんが、生物学的に考えるといくらゲノムを人工合成することができても、生命の人工合成ということから考えると、我々の持っている知識や技術がいかに小さなものであるかを再確認させられたというのが、今回の快挙に対する私の感想です。
by stochinai | 2008-01-27 23:19 | 生物学 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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