5号館を出て

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2008年 02月 10日 ( 1 )

 父の従兄弟にあたる画家が、北海道ではかなり権威のある賞をいただき、昨日はその受賞記念パーティをやるというので、北海道庁のそばにあるGホテルに行って来ました。ちょっと足を延ばせば雪祭りをやっている大通り公園にも行けたのですが、あえてそこまでは行かず、道庁の前に作られた雪だるまを見て、今年の冬祭り見学とさせてもらいました。やっぱり、雪だるまは雪像の原点ですね。
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 200人くらいの人が集まった立食パーティの中で、来賓と親戚だけは椅子席があるというのも落ち着かないものでしたが、何十年かぶりに会う親戚がいたりしてと、それなりに楽しませていただきました。
ジュラシックパークとしての角界_c0025115_0311196.jpg
 そのパーティの中で、余興として受賞者の「戦友」という方が軍隊ラッパ(信号ラッパ)を披露してくれました。正露丸(昔はロシアを征服するという征露丸だったそうですが)のCMでおなじみのフレーズがあったりして、若い人でも意外といくつかのメロディは知っているようで、興味深く聞かせてもらいました。
ジュラシックパークとしての角界_c0025115_034513.jpg
 で、そのラッパを吹かれた方が、ラッパの演奏の間に軍隊というものがいかにひどいところかという話をされたのですが、その中に「その頃、軍隊で行われていたことを考えると、シゴキで逮捕者が出ている今の相撲の世界の話など、まだまだ甘いと思える」というような言葉もありました。

 確かに、我々が子供の頃は小中学校の普通の教室でもそうした帝国軍隊のやり方を引きずった体罰やスパルタ教育が普通にありました。しかし、時代とともに普通の学校教育の中ではそうした理不尽な「指導」はどんどんなくなってきており、そうしたことがかなり残っているとされてきた大学の体育系部活などでももはや過去の遺物になっているところがほとんどなのだと思います。

 そういう状況の中でも、そうした「伝統」が細々と生き残っている一部大学の体育会系サークル活動の中で、時折「事件」として体罰やシゴキ問題が起こってくるのを見ていると、恐竜が絶滅する最後の瞬間を目撃しているように思えることもあります。

 しかし相撲の世界は、大学の体育系サークルよりもさらにひどく、まさに生きた化石が大量に生き残っているジュラシックパークなのだと思います。そこで生きている恐竜たちは、まわりの世界がすでに変わっていることを理解できずに、恐竜時代のやり方を続けているのでしょうが、そこに入ってくる若い力士達は、国内外を問わず今の人間ですから、そのやり方に異議を唱えたり、逃げだそうとしたりしても何の不思議もないと思います。

 そう考えると、若い力士をシゴキ殺した元親方と兄弟子達だけを刑事事件で裁いても、まったく根本的解決にはならないのだと思います。部屋制度を解消して近代スポーツとして生き残るか、スポーツであることをやめて神事に連なる見せ物として生き残るか、朝青龍や白鵬がいなくなった時に、最後の決断を迫られるのではないでしょうか。

 私はスポーツとして生き残る方を選ぶのが正解だと思うのですが、それなら美しく滅びた方がましだという声もあるのでしょうね。
by stochinai | 2008-02-10 23:59 | つぶやき | Comments(11)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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