5号館を出て

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2008年 10月 27日 ( 1 )

【追記】
 mamekichiさんが、どうして大学が「会議と書類の館」になっているかの種明かしをしてくださっています。関係者および、関心のある方は必読です。でも、これを読むと大学に就職したい人が確実に減りますね。
【追記ここまで】

【追記2】
 ちょうど良いタイミングで財団法人大学基準協会発行の広報誌【じゅあ】第41号がホームページに掲載されたというメールが届きました。
 【じゅあ】第41号pdfファイル
 その9ページ目に事務局からのお知らせがあるのですが、「今の状態では提出資料作成などで大学の負担が大きいので、2009年度から適用する評価項目に対して、『細項目を382項目から約260項目に精選化』した」と書いてありました。それぞれの項目について全教員の過去何年か分の資料を要求していることを考えると、ちっとも減った感じがしませんね。
【追記2ここまで】

 「内田樹の研究室」の26日のエントリー「会議と書類の大学」を大学関係者でない方が読むと、現実をデフォルメしたとてもおもしろい「おとぎ話」に思えるのではないかと不安になりました。

 そこに書かれていることは、笑い話でも誇張でもなんでもありません。しかし、私が読んでいても、まさかこれほどひどいことはあるはずがないと思えるのです。事実を淡々と書いているだけなのに、あまりのばかばかしさに本当のことのようには思えないという、現実の大学で起こっていることであることをどうやって伝えたら信じてもらえるのでしょうか。私も、自分がその内部に身を置くものでなければ、「やっぱり内田さんは話がうまいなあ」と笑いながら楽しんでしまったに違いないと思います。

 今ならネットでも読める、枕に使われている中村桂子さんの毎日新聞の記事「私の提案:毎日新聞・大阪発行120年 JT生命誌研究館館長・中村桂子さん」くらいならば、まだ信じてもらえるのかもしれませんが、次から次へと語られる内田さんの言葉は、まさに笑い話にしか聞こえません。
来週私どもの大学ではある評価機関による実地調査がある。
・・・
文科省や大学基準協会が推進している「アクレディテーション」というのは「この大学は100%まっとうな大学です」という質保証をすることである。その質保証ができない大学は「まっとうではない大学」と見なされる。
つまり、「推定有罪」である。
だから、検査項目は無限であり、検査時間も無限になり、私たちが書かされる書類も無限に増えてゆく。
だが、大学はそのもてるすべてのリソースを「質保証」に注ぎ込んでもそれでも「これまで質の高い教育をしてきたし、これからもするであろう」という事実を証明することができない。
・・・
子どもがぴいぴい泣いているのを放っておいて、「子どもをちゃんと育てていることを証明する書類」を書いている親や、殺人事件が起きたときに、デスクにかじりついて「凶悪犯をきちんと逮捕していることを証明する仕事」を書いている警察官が不条理な存在であるということは誰にでもわかる。
だが、私たちは現にそのような「カフカ的不条理」のうちに投じられているのである。
 私の所属する部局でも「ある評価機関による実地調査」が予定されています。そこで要求されている自己評価資料の検査項目は、まさに「無限」であり、項目を読んでいるだけで気が遠くなります。しかも、この評価によって得られるものが大学の「推定有罪」であることも確信的に予感できます。

 自分を有罪にするための書類を作り続ける行為は、まさにカフカの世界そのものです。

 すべての大学が「推定有罪」になることは、一見フェアなことに思えるかもしれませんが、どんな大学も否定されるべき理由を持っているのですから、どの大学を残しどの大学を捨てるかということに客観的指標がなくなることも意味します。つまり、政府・文科省が思うままの判断をすることが可能になるというわけです。素晴らしいやり方ではありませんか。

 研究・教育に割くべき貴重な時間とリソースを、自分たちが所属する大学を「推定有罪」にするための自己評価書作成に注いでいる我々はいったい何をしているのでしょう。

 大学を評価しなければならないというのであれば、第3者機関からしかるべき専門家を大学に派遣して何年かかけて調査すべきでしょう。大学を評価するといいながら、そのほとんどのものを「自己評価」に委ねているというような大学評価方法は、とても評価の名に値するものとはなりません。その怪しいものを作るために、膨大なエネルギーと時間を注ぎ込まなくてはならない大学は、いったい何を期待されているのでしょう。

 もはや日本の大学はアカデミアと呼ぶことさえできない存在になってしまっているのかもしれません。中村さんのおっしゃるように「今のままだったら20年、30年後もノーベル賞級の業績が出るかどうか疑問」ですし、内田さんがおっしゃるように「中村先生の「このままでは日本はダメになる」という見通しに私も賛成である」に、私も一票を投じます。

 かつての「研究と教育の大学」は、今や「会議と書類の大学」です。と言いながらも、目の前にある自己評価書を作らなくてはなりません。やれやれ。
by stochinai | 2008-10-27 22:20 | 大学・高等教育 | Comments(54)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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