5号館を出て

shinka3.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

2009年 05月 25日 ( 2 )

ScienceDaily (May 25, 2009)
Virus Tamed To Destroy Cancer Cells But Leave Healthy Cells Unharmed


 ウイルスによるがん治療の試みというのは、私が想像していたよりもはるかに進んでいたようです。上のサイエンスデイリーのニュースで解説されている原著論文はPLoS PATHOGENSで全文を読むことができます。

Cawood R, Chen HH, Carroll F, Bazan-Peregrino M, van Rooijen N, et al. (2009) Use of Tissue-Specific MicroRNA to Control Pathology of Wild-Type Adenovirus without Attenuation of Its Ability to Kill Cancer Cells. PLoS Pathog 5(5): e1000440. doi:10.1371/journal.ppat.1000440

 風邪のウイルスとして良く知られているアデノウイルスのあるものにはがん細胞を殺す性質があって、そのこと自体はかなり前から知られていました。ただ、アデノウイルス自体は我々ののどの正常な上皮細胞に好んで感染するのもので、プール熱などの「夏風邪」の原因になるようなものですので、もともとはがん細胞だけを殺す性質などは持っておらず、がん細胞に感染しにくかったり、がん細胞以外の細胞にも悪さをしたりということで、なかなかうまくがんの治療に使うことはできなかったようです。

 しかし、最近はそのアデノウイルスに遺伝子操作を施すことによって、がん細胞だけに感染するようにしたり、分裂のさかんながん細胞だけを殺して他の細胞は殺さないようにする変異を導入することができるようになっていたのだそうですが、がん細胞を殺す力が非常に強く治療用に有望視されていたアデノウイルスの変異体は、実験動物であるネズミの肝臓に重篤で致死的な副作用を与えてしまうので、生体に投与してがん治療をするという目的には使えないとされていました。

 それが、今回はコロンブスの卵のような遺伝子を導入して、ネズミの肝臓に悪さをしないウイルスを作ることに成功したという論文です。もちろん、がん細胞を殺す性質も持っていますので、ウイルスによるがん治療が一歩前進したということだと著者らは言っています。

 そのコロンブスの卵の主役は、最近有名になりつつあるマイクロRNAです。マイクロRNAというのは、非常に短いRNA断片で、組織毎に異なるマイクロRNAが存在することがわかってきました。どうやらそのマイクロRNAが動物の組織を作る時や、特定の組織の状態を維持するために働いているらしく、たとえば肝臓ならば肝臓特異的(肝臓だけにある)マイクロRNAというものがあります。マイクロRNAの働きは、まだすべてがわかっているわけではないのですが、マイクロRNAと結合する(相補的な配列を持った)メッセンジャーRNAに結合して、その働きを抑制するということが主な働き方だと考えられています。

 つまり、肝臓で働くべきではないメッセンジャーRNAの多くは肝臓にあるマイクロRNAに結合する部分を持っているので肝臓では働かないということです。そこで、研究者達は肝臓で働いてほしくないアデノウイルスが作るがん細胞を殺す働きをするウイルスのタンパク質(E1A)のメッセンジャーRNAの一部にネズミの肝臓にあるマイクロRNAと結合する遺伝子部位を導入したというわけです。

 これによって、ウイルスのE1Aタンパク質はネズミの肝臓で作られなくなり、ネズミはウイルスの副作用では死ななくなりながら、がん細胞はウイルスによって殺されるというがん治療法の確立が期待されるというのが今回の論文の要旨です。

 今回の論文では、従来ならば死んでしまう量のウイルスの10倍量を投与してもネズミの肝臓は障害を受けず死ぬこともなかったということまでしか報告していませんので、肝臓障害だけを克服しても体内のがんが簡単に消滅することができるというわけではないのかもしれません。あるいは、その結果は別の論文にして出そうということなのかもしれません。

 しかし、そこらへんのどこにでもいて、ある意味でヒトと共生している風邪のウイルスでがんを退治するというのは、物理的除去や化学薬品で対応するのとは、ひと味違う新しいがんの治療法の展開が期待されそうな気はします。

 進展を見守りたいものです。
by stochinai | 2009-05-25 23:01 | 医療・健康 | Comments(0)
 今朝の朝日新聞に東京大学学長のインタビュー記事がありました。
東京大学は博士課程の定員を減らさない_c0025115_17293941.jpg
 インタビューの最後をお読みください。
東京大学は博士課程の定員を減らさない_c0025115_1730178.jpg
 「博士が社会で活躍できる条件」というのがポイントなのでしょうが、禅問答みたいで良くわかりませんでした。
by stochinai | 2009-05-25 17:36 | 大学・高等教育 | Comments(25)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai