5号館を出て

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2009年 06月 11日 ( 1 )

 WIRED SCIENCE に興味深い記事を発見しました。

To Survive Cancer, Live With It 生き延びるためにがんと共生する

 日本語抄訳がこちらにあります。

「がん細胞との共生」は「撲滅」より効果的:新しい治療法

 ここで言及されている、金沢大学の高橋豊先生が提唱している「がん休眠療法」がまさに同じ主張なのですが、サイトの説明を読むだけでは、説明にいまひとつ「学問的説得力」がないように思われました。

 一方、WIREDでインタビューを受けているRobert Gatenby氏は、がんを病原性ウイルスや細菌、あるいは農作物を荒らす害虫と同様の、動的に進化していく多様な細胞の集団であると定義し、強い抗がん剤ではがんを撲滅できないことを数理生物学的に証明しています。

(この断層X線写真は、肺に生じた中皮腫だそうで、Wikipediaからお借りしました。本文とは関係ありません。)
がん細胞と共生する生き方_c0025115_19585810.jpg
Tumor_Mesothelioma2.JPG (C)Stevenfruitsmaak This file is licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0, Attribution ShareAlike 2.5, Attribution ShareAlike 2.0 and Attribution ShareAlike 1.0 License.

 もともとの論文は、Cancer Research 69, 4894, June 1, 2009. doi: 10.1158/0008-5472に掲載された、Adaptive Therapy (がんの適応療法)という数式だらけのものなので、私には読みこなせないのですが、幸いなことに5月27日のNatureに著者によるEssayが載っています。

Nature 459, 508-509 (28 May 2009) | doi:10.1038/459508a
A change of strategy in the war on cancer


 内容はまさにダーウィン医学そのものです。細菌を殺す抗生物質や、ウイルスの増殖を阻害する抗ウイルス剤に対して、抵抗性を持つ細菌やウイルスが短期間で進化してくるのは、もはや「常識」といってよいと思います。

 細菌やウイルスは我々の身体を構成する細胞とは大きく性質が異なるので、その違いを利用して一気に撲滅するような薬剤もありえますが、それにしてもいずれは耐性菌や耐性ウイルスが出てきます。がんは外来生物ではなく身体の中で生じるものですから、身体を構成する細胞とそれほど違いがないので、「正常な」細胞に影響を及ぼさずにがん細胞だけを殺すような薬剤はあまりありません。どうしても抗がん剤は副作用が強くなります。がんで弱っているのか、抗がん剤の副作用で弱っているのか、素人の我々には判断がつきませんが、経験者にうかがったところ抗がん剤のつらさは想像を絶するものがあるようです。

 さらに、がんは進化し続ける多様性を持った細胞集団なので、それを強い抗がん剤で一気にたたきつぶそうとしても、結果として細胞集団の中に少数いる薬剤耐性のがん細胞が増えやすい環境を提供することになり、腫瘍の中には薬剤が効かないがん細胞の集団が増えて最悪の事態を招く可能性が高いといいます。
Gatenby氏:マウスの卵巣がんを例にとると、きわめて大量の薬剤を投与した場合、腫瘍が消滅するので、完治できたように見えます。しかし数週間後には再発し、マウスを死に至らしめます。これが一般的な成り行きです。
 抗がん剤に耐性を持ったがん細胞はそうではないがん細胞に比べると、薬剤耐性につぎこむエネルギー(コスト)が大きいため増殖速度が遅く、さらに「普通のがん細胞」がたくさんいると腫瘍全体の中では常に少数派に留まることになるといいます。つまり「普通のがん細胞」を減らしすぎないことが、薬剤耐性のがん細胞を増やさないコツというわけです。

 これはちょうど、農地における害虫のコントロールのやり方に似ているといいます。
例えば害虫に対応するには、殺虫剤に耐性のある害虫が支配的勢力となるのを防ぐために、農地の4分の3に殺虫剤を撒き、残りの4分の1は放っておくという方法をとります。殺虫剤散布の後も、この区画では殺虫剤に耐性のない害虫が生き残り、やがて農地全体に広がっていくからです。

害虫を1度に駆除したいのは誰しも同じですが、それができないのならば――襲来のたびに対応して、耐性を付けさせてしまっているのならば――別の戦略を試すべきです。これに代わる方法は、害虫が作物に被害を及ぼさない程度に数を減らす努力をしつつも、害虫が農地に居座り続ける事実を受け入れることです。
 上に出てくるマウスの卵巣がんのケースで、腫瘍を小さくするのではなく大きくならないところまで薬剤の量を減らし、安定した状態に保つとマウスはいつまでも生きていたという結果があるそうです。

 これが、すべてのがんにおいて有効かどうかはわかりませんが、ダーウィン医学の考え方の実践例と見ることができると思いました。生物学的にも非常に説得力のある考え方だと感じました。

 上述の高橋先生の言葉も示唆的です。
引き分けに持ち込めばいいわけです。勝とうとするのではなくて、負けないようにするということです。強い敵と当たった時の極意は、勝とうとするのではなく、負けないようにする戦略です。
 最近、「共生」という言葉があちこちで見聞きされることが多くなりましたが、がん細胞とさえ共生するという思想にはかなり骨太なものを感じます。
by stochinai | 2009-06-11 20:52 | ダーウィン医学 | Comments(5)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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