5号館を出て

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2009年 06月 19日 ( 1 )

 法律があり、生前からその意志をドナーカードに残していた人が脳死になったならば、家族の同意のもとで臓器が提供できるという状況がありながらも、これまで年間10件程度とその例数がきわめて少なかった臓器移植医療です。15歳以下の臓器提供もできなかったこともあり臓器提供を増やすために検討が続けられてきた臓器移植法改正ですが、昨日衆議院本会議で採決が行われ、最初に採決されたA案が賛成263、反対167という大差で可決されてしまいました。私としては、あまりに大差で簡単に可決されてしまったという印象です。

 何も根拠がないのですが、今まで臓器提供が少なかったという事実が、国民の多くが臓器移植に積極的には賛成していないことを示しているような気がしますので、衆議院の意見分布は必ずしも国民の意見分布を反映していないかもしれず、この件に関しては参考として国民投票でもやることの意義はあると思います。この期に及んで新聞などのマスコミでは「議論を深めろ」などと言っておりますが、議論は採決の前に深めるものではないかと思います(苦笑)。

 おさらいのために、朝日ドットコムに載っていたA案の要点を引用します。
(1)「脳死は人の死」という前提に立つ。ただし、本人・家族は脳死判定や臓器提供を拒める
(2)提供者に年齢制限なし。本人意思が不明の場合、家族が提供を決められる
(3)親族に優先して提供できる
(4)政府や自治体は移植医療の啓発、知識普及に必要な施策をとる
(5)虐待を受けた子が、親の判断で臓器提供をさせられないようにする

〈脳死〉 脳幹を含むすべての脳の機能が完全に止まり、回復することがない状態。自発呼吸をつかさどる脳幹の機能が失われているので、人工呼吸器を使わないと呼吸できず、心停止に至る。
 医療とは生きる可能性を期待して行われる行為ですから、「脳死は人の死」ということになると、「死体」に対する「医療行為」などあり得ないということになります。当然、保険医療などはありえなくなるでしょう。脳死判定を拒否する家族が増えるかもしれません。

 医学や生物学の進展を考えると、私個人としては臓器移植というのは過渡期の医療のように思えてなりません。脳死というのは、死へ向かうことを絶対に止められない状態ということですが、それはあくまでも「現代の医療技術では」という前提のもとにおいてです。

 人工呼吸器などをつけている限り、かなりの長期にわたって破壊された脳の部位以外のところを「健康に」維持することが可能ですから、もしもiPS細胞などを使って脳幹の再生治療ができるようになったとしたら、皮膚からiPS細胞を作り、それを使って治療するための時間は確保できるものと思われます。特に新生児・乳幼児の場合にはその可能性がかなり高いような気がします。前提として、もちろん実際にそのような治療技術を開発するための研究が必要になりますし、高額な医療になるような気もしますが、研究テーマとしては十分に成立するものです。

 生物学・医学の今の発展を見ていると、この話はSFと言い切れるものでなく、私には近未来に起こりうるような気がします。そうなった場合には、臓器提供のドナーとなることを選ぶ人はいなくなるでしょう。

 もちろん、私も現在のように善意のドナーと希望者がマッチした場合に行われる臓器移植に反対するものではありません。死んでしまった自分の身体から取り出した臓器が、誰か他の人の命を救うことを希望する人がいることも理解できます。しかし、日本人の感性としては誰かが亡くなった時には、生きていた時のその人意志を尊重しようという心情を示す人が多いことは多く経験することです。生きていたときに好きだったものを霊前に供えたり、生前希望していたことをやらせてあげたかったと話されることは普通です。そういう感性を持つ我々は死体を扱うときにも、その人が生前に希望していたようにしてあげたいと思うのではないでしょうか。それが、改正前の法律にあった書面における意志の表明なのだと思います。改正法でそれがなくなったとしても、遺族や周辺の方々は「故人」の意志を探そうとするに違いありません。

 そう考えると、今回の法改正によってドナーの数が劇的に増えるということは期待できないだろうというのが私の予測です。

 また、脳死状態は自殺を除くと、交通事故などの不慮の事故によってもたらされることが多いものです。世の中から追い詰められた人が減り、平和で安全な社会が実現されることは多くの人の望みであり、そうなってくれば脳死に至る人も減ってくることが期待されます。

 そうしたもろもろのことを考えると、私には法律を変えることによって脳死からの臓器移植を増やすということの意味がわかりません。

 現状の臓器移植法でできることは続けていって良いと思いますが、今はその状態で臓器の提供者を増やす努力(賛同者の増加)を続けることで良いのではないかと感じています。それと、福祉を充実して、安全で安心な社会を作ること、自らの細胞と自然治癒力で治すことを目指す医療をもっともっと発展させるために医学・生物学の研究に力を入れることこそが、日本という国の取るべき選択だというのが私の意見です。

 まあ、前回のように参議院で修正されて可決される可能性もありますし、衆院解散で廃案という可能性もあるし、さらにはこのまま成立しても劇的に状況は変わるというものでもなさそうなので、あわてて大騒ぎすることはないとは思いますが。
by stochinai | 2009-06-19 17:17 | 医療・健康 | Comments(16)

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