5号館を出て

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2009年 06月 24日 ( 3 )

んもうだめジェネレータ

 「あまり使い道は無いですが、知っておいて損はないかも」ということで、こちらで紹介されていました。

 んもうだめジェネレータ

 アクセスして、文字を入力するだけです。あまりに人気で混んでますので、入力しても反応がないようでしたら、こちらへアクセスしてみてください。
んもうだめジェネレータ_c0025115_21354319.jpg
 自分では絶対に作れませんが、こうやると「アレ語」が簡単に作れます。

 若者に媚びたいおじさん向け!
by stochinai | 2009-06-24 21:37 | スマイル | Comments(0)
 かぐやが月面に落下して、映像がとぎれるまでの様子がYouTubeで見られます。


 
 音がありませんので、非常にゆっくりと滑空しているように見え、もしかするとこのまま月に軟着陸できたのではないかとすら思えます。

 最後は映像が切断された暗い闇になっていますが、カメラは壊れてもかぐやの機器は動き続けているのではないかという幻覚を覚えます。

 次に誰かが月に降り立つまで、かぐやの機器が動き続けてデータをとり続けているのが発見されたりしたら、大感動ものですね。

 いずれにしても、かぐやの実家は月なのですから、ゆっくりと地球を眺めながら横たわっていることでしょう。

 お疲れさまでした。
by stochinai | 2009-06-24 20:47 | 科学一般 | Comments(0)
 いまいち報道によって伝わってくる内容に情報が足りない気がするのですが、続報を読んでも東国原宮崎県知事が自民党というか古賀選対委員長から次期衆院選への出馬を要請され、次期総裁候補になるということと全国知事会で作成したマニフェストを「一字一句もらさず」に自民党の総選挙マニフェストにすることを飲むならば受けると言ったということは、どうやら事実のようです。

 昨年の秋に、宮崎出身の中山成彬さんが国交省を辞任し、次の選挙にも出ないと言った時にも、東国原さんがその後釜になるのではないかというニュースが流れたことを考えると、どうしても彼の周辺には宮崎県知事というポジションは国政への踏み台に過ぎないのではないかという気配が漂っている気がしてなりません。

 自民党などという「政党」は、自民党を名乗ってくれるのであれば、どんな議員でも飲み込む「懐の深さ」を持っていることは昔からの伝統です。オリンピック選手やお笑いタレント、プロレスラー、映画俳優、なんでもござれで国会で議決をする時の票になるのであれば、文字通り「思想信条を問わない」で仲間にしてくれる、ものすごい「政党」です。

 とは言え、戦後60年以上も政権を担当してきているわけですから、少なくとも今まではそこの総裁になれるとすれば総理大臣へのパスポートを手にしたも同然ということになります。ですから、たとえここまで追い込まれたとしても、政権への権力欲を持った人間にとって自民党総裁というのはよだれが出るほどのポジションであることは間違いないのだと思います。麻生さんでもなれるのだから、自分の方がはるかに上だというのは、彼ばかりではなく大阪府の橋下徹知事も思っていることでしょう。甘い罠かもしれません。

 彼のオフィシャルサイトを見ると、あたかも彼は宮崎県のために政治家になったかのごとく思われる文章で満たされていますが、ここに昨日からの彼の行動に関するコメントが一切載っていないところを見ても、彼が宮崎県民(選挙民)のことを第一に考えた上で行動しているのではなく、あくまでも彼の将来のことだけを考えて行動していることが見て取れます。

 昨日の彼の言動を好意的に解釈して、もしも彼が国政に出るとしてもそれは宮崎県・宮崎県民のためだということならば、彼はマスコミにではなくまずは宮崎県民にこそ事情を説明する義務があるはずで、そのためのホームページではないでしょうか。

 昨年の秋に、中山国交省の後釜を打診された時には、県民からのブーイングが強く感じられ、このままでは選挙もおぼつかないという雰囲気になったことから話はしぼんでしまったように記憶していますが、今回も同じ結末になると、私は見ています。

 選挙民だって、ただのミーハーではありません。自分たちがだまされたと感じたら、投票行動に反映されるでしょう。

 今回は自民党の大敗が予想されているので、古賀さんとしてもある意味「なりふり構わず」東国原さんに出馬を要請したのでしょうが、たとえ彼一人が当選しても自公政権がなくなり、ただの国会議員に終わるのだったら宮崎県知事よりも政治家としては「おいしくない」でしょう。そうした危険を冒すのだから、自民党総裁の椅子が欲しいと言っても、彼の心の中ではバランスが取れていることなのかもしれません。

 いずれにしても、そこで完全に欠落しているのは、宮崎の地元の選挙民のことです。

 自民党としても、あまりにも過大な要求である総裁の椅子(あるいは総裁選候補者)は飲めないでしょうから、この話は流れるような気はしますが、個人的には自民党がこの話を飲んで彼を担ぎ出したあげく、選挙で大敗、さらに東国原さんが宮崎から出馬してそちらも落選ということで、彼の政治家としての生命も終わる、というシナリオがもっとも好ましいように思えるのですが、どうなるでしょう。

 宮崎の選挙民だって、そこまで愚弄されて投票し続けないと思うのですが、地元では違う空気が流れているでしょうか。
by stochinai | 2009-06-24 20:36 | つぶやき | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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