5号館を出て

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2009年 12月 05日 ( 2 )

 本日公開されたPNASに、ヒトとチンパンジーの寿命の違いは、近代医療の差によってもたらされた以上の「生物学的」な差があるらしいという論文が載っていました。

Published online before print December 4, 2009, doi: 10.1073/pnas.0909606106

Evolution of the human lifespan and diseases of aging: Roles of infection, inflammation, and nutrition

Caleb E. Finch

 チンパンジーを含めた大型のサルは、他の哺乳類に比べると長生きだというものの、50歳を越えるものはめったにいません。一方、ヒトは1800年代以降、環境や栄養条件それに医療の発展によって寿命は倍に伸びましたが、現在でも医療過疎地にいて衛生状態も悪くほとんど医療の恩恵を受けられないところに住んでいるヒトでもチンパンジーの倍は長生きです。
医学の恩恵がなくてもヒトはチンパンジーよりも長生きするように進化した_c0025115_17542776.jpg
 上の図の中の上側の4本の線が医療過疎地におけるヒトの生存曲線で、下がチンパンジー(オスM、メスF)とインドネシア・アチェの人々の年齢別死亡率です。

 これを見ると、医療の恩恵があまり得られないとしても、ヒトとチンパンジーという生物種の違いが寿命に大きな影響を与えていることが推測されます。おもしろいことに、チンパンジーではメスのほうが長生きの傾向があるものの、アチェの人々では男女差が無いように見えます。

 さらに考古学的資料と、スウェーデンにおける歴史的資料をもとにした新生児の平均余命(寿命)と、大人になった個体(チンパンジーでは15歳、ヒトでは20歳)の平均余命を示した表です。
医学の恩恵がなくてもヒトはチンパンジーよりも長生きするように進化した_c0025115_1833281.jpg
 チンパンジー、古代の狩猟・農耕民族の寿命、そしてスウェーデンにおける1751年(医療の発達前)、1931年、1978年、2007年のデータです。

 新生児から幼児の死亡率(真ん中のカラム)が高いチンパンジーや古代人、1751年のスウェーデン人では、平均寿命は短いものの、いったん大人になるとチンパンジーでは30歳、ヒトでは60歳まで生きることがわかります。古代人と250年前のスウェーデン人の余命がほとんど変わらないことはとても興味深く、医療の発達が寿命に貢献するようになったのはごく最近(100数十年)だということもわかります。そして、この100年くらいで、新生児の死亡が劇的に少なくなり、年とともに寿命が伸びているのは世界的傾向ですが、もうそろそろ頭打ちになってきていることも事実です。

 もうひとつおもしろいデータは、野生のチンパンジーと医療の恩恵をあまり受けることのないヒト(狩猟民族)の死亡原因はともに圧倒的に感染症での死亡が多いものの、いわゆる老化が主な原因と考えられる病気(がん、心臓病、アルツハイマー病など)はヒトにしか見られないということです。
医学の恩恵がなくてもヒトはチンパンジーよりも長生きするように進化した_c0025115_18123727.jpg
 いずれにしても、医療がなくともヒトはチンパンジーよりも長い寿命を獲得するように進化した可能性が考えられるというわけです。それにはどういう原因が考えられるのでしょうか。

 ヒトはチンパンジーと同様に植物主体の食事から肉食もするように変化したと考えられています。肉食は老化が原因となる病気(生活習慣病)の要因となると考えられているにもかかわらず、寿命が伸びたのはどうしてなのでしょうか。

 この論文では、ヒトでは寿命を伸ばすような免疫能力をはじめとする様々な突然変異が起こったことが考えらえられるとしながら、アポリポプロテインという脂肪を運ぶタンパク質の進化が、肉も食べるようになったヒトの寿命を伸ばした可能性があると言っています。そして逆説的ですが、同じタンパク質が脂肪が原因となる動脈硬化などの血管病変や、アルツハイマーなどの脳神経細胞の変性を引き起こすことで、チンパンジーにはなかった新しい死因を作り出したということも言っているようです。

 原因はともあれ、チンパンジーとヒトの生物としての寿命の差について言及した論文に接したのは初めてだったのでおもしろく読みました。そして、寿命をのばすような遺伝子変化が、新しい病気を生み出すというトレードオフを持たらしたというストーリーは、やはりダーウィン医学の流れの上に乗っていると感じたものです。

 まあ、進化というものはそういうものなのでしょう。
by stochinai | 2009-12-05 19:09 | ダーウィン医学 | Comments(0)

12月4日のtwitter

Fri, Dec 04


  • 20:40  野鳥に給餌することによってその進化(種分化)が早まったという論文 元ネタは Current Biology : By feeding the birds, you could change their evolutionary fate http://ow.ly/Iv2V

  • 20:37  海底に眠る鯨の骨を食べて生きる動物オセダックスの写真集 (日本語版はバラバラなので英語版を推薦しておきます。) BONE-WORM PICTURES: Whale-Eaters Surprise Scientists http://ow.ly/IuZY

  • 19:35  NHKアーカイブス トライアル研究提案募集: ただし科研費番号を持った研究者およびその指導を受けている大学院生に限る。研究費もくれず、ただで見せてやるから論文書けという趣向のようですが、それじゃダメでしょうね。まだわかっていない皆様のNHK。  http://ow.ly/ItYu

  • 18:06  まだやるGoogle 英語以外の言語での検索には役立ちそうな新機能「翻訳して検索」が追加されました。 : 誠 Biz.ID:Google、「翻訳して検索」機能を導入 http://ow.ly/IsL3

  • 12:30  ええ話や。RT @Xenopus007: ホワイトタイガーの赤ちゃんの母親代わりになっているのは、・・ http://oneclip.jp/PyfRZZ

  • 12:19  復活するポラロイド: プリンター内蔵のデジカメをポラロイドが出すのは納得です。そして、復活したポラロイドインスタントカメラは売れるでしょうか? http://ow.ly/Io8X

  • 10:14  グーグルは着々と世界制覇に向かいつつあるようです。昨日はIM、今日はこちら: グーグル、「Google Public DNS」を発表--DNSサービスを提供 - インターネット - ZDNet Japan http://ow.ly/ImQ3

  • 10:01  きまぐれな日々 学問研究は「自由な精神」に基づく─小池百合子は反面教師 「研究に市場原理を持ち込む思想自体に、私はずっと違和感」「「学問研究が自由な精神にもとづく」というところが特にポイントなのであって、これは素人のなしうるところではない」 http://ow.ly/ImFP

  • 09:35  エクアドルで偶然発見された世界最小のラン 同じところに新種のランが続々あるとのこと ナショナルジオグラフィック World's Smallest Orchid Discovered (By Accident) http://ow.ly/Imlk

  • 06:27  削減に悲鳴はどこから | ある女子大教授の つぶやき 「実は削減されたら一番に困るのはこれらの組織にいる天下り役人なのだ」「予算が10ついても、実際に研究者が使えるカネは1しかないのだ」 http://ow.ly/IjMC

  • 06:24  科学者は謙虚、かつ毅然たれ - 日々是好日「私たちの世代は科学研究の有用性を声高に触れ回る風潮は皆無に近く、それよりは科学の成果が社会に悪用される事への恐れを強烈に意識していた。」「廃止を前提とした研究・教育制度の改変に前向きで取り組むその案」 http://ow.ly/IjII


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by stochinai | 2009-12-05 11:33 | コンピューター・ネット | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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