5号館を出て

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2013年 03月 11日 ( 2 )

三回忌

 あまりにもたくさんの方が亡くなったためか、普通の感覚では亡くなった2年目にあたる3回忌という言葉があまり聞かれないような気がしますので、北の地から3回忌の弔意を捧げたいと思います。研究室の窓際では暖房のせいで茎が伸びきっていないクンシランが咲き始めていたので、それを中心にディフェンバキアの水差しとアロエなどの多肉植物を並べてみました。
三回忌_c0025115_18261618.jpg
 こうしてみてみると、ここにある植物は弔花向きのものばかりかもしれません。

 改めて、亡くなった方のご冥福をお祈りいたします。

 亡くなった方に対してはもはや取り返しがつきませんが、生きて被害に合われた方々のサポートの現状を見ると、やはり我々の国は冷たい個人主義が基本だと感じざるを得ません。逆にいうと、もしも我々が被害者になったときには、自力で這い上がるしかないと覚悟するしかないことがわかります。つまり、やり直すにしても基本的には自分一人の力でやるしかないということです。

 もちろんたくさんの方々がボランティアに立ち上がっていることは知っていますし、その方々の行動には頭が下がる思いですが、それでも大多数の方々が元のような生活へと戻れていないこともまた事実です。

 地震や津波という自然災害だけではなく、完全に人間が作ったものである原発の事故でさえも、遭遇してしまったことは「お気の毒」だということまでは感じてくれたとしても、被害を受けずに生活している自分の生活の一部を削ってまでもその被害者の方々を救おうという機運が国全体で高まらないのは、おそらくほとんどの人々が自分が生きていくだけでも精一杯だと(少なくとも気分的に)感じてしまっているのが今の日本なのでしょう。

 いや、思い返せば被災直後は国民の大多数が自分の身を少しばかり削って助けようとしていました。ところが、それだけではもちろん少なすぎて解決には至らなかったということなのだと思います。

 そういう時にこそ政府の出番で、多くの国民には我慢をしてもらっても、大きな被害を受けた人々が、他の人々と同じような生活を取り戻すまで集中的にケアをすべきものだと、私は思います。

 そうでなければ国民全体から税金を集めて、それを使う政府などという存在は必要のないものとしか思えません。

 我々は自分たちのために政府を作ったのであり、その政府がどうも違うことばかりをしていることにもっと意識を集める必要があるのではないかと思います。

 選挙運動や選挙のあり方を変えるのではなく、根本的に政治のあり方を変えることを考える必要がありそうに思えます。せっかく、世界が変わり始めているウェブを手にいれたのですから、それを有効に活用したデモクラシ-2.0のような無血革命ができると良いのですが・・・。
by stochinai | 2013-03-11 19:02 | その他 | Comments(2)

3月10日のtwitter

[exblog] 春を告げるドングリの発芽 bit.ly/15FRSGG


posted at 23:36:03


【日本の現場にはマニュアルにない事故が起こった時に対処できる技術者がおらず、原発を稼働できる状況にないのは現在も同じ】Blog vs. Media 時評|無傷で終わる可能性が十分あった福島原発事故 htl.li/iG1A7 「クルマで使うバッテリー・動かせた」


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【こういう人をたくさん「裾野」に持っている国だけが強いサイエンスを牽引できる】それぞれのScience アメリカポスドクの歩き方 htl.li/iG0AX 「僕はサイエンティストではない・プロフェッショナルリサーチャー・二流三流研究者だって自分の仕事に責任」


posted at 22:31:34


Gmailで予約送信ができます。 @RightInbox. こちらをチェックしてみてください。 righ.in?h49ha0


posted at 18:53:07


[exblog] 3月9日のtwitter bit.ly/Xaa5fI


posted at 08:21:04


by stochinai | 2013-03-11 06:35 | コンピューター・ネット | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai