5号館を出て

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2014年 03月 12日 ( 2 )

 今日は北大の一般入試の後期試験のため、朝は7時前に家を出ました。東区(といっても我が家の近辺が特にひどかったようですが)は、15センチ位の積雪があったため自転車はあきらめて歩いていると白く見えたものは降っている雪ではなく、朝になって気温が下がってきたためかだんだんと濃くなっている霧でした。
研究の作法を誰が教えるか_c0025115_17223785.jpg
 今日の試験を最後に、次年度の新入生が最終的に決定することになるのですが、今どきの大学新入生に今まであまり書いたことのないレポートというものを課すると、そもそも何を書いて良いのかわからない、書き方がわからないということで、多くの学生はまずはインターネットで探したものを露骨にコピペしてきます。

 最初のうちは、コピペがばれると思ってか、文章をどこから持ってきたかという情報を書いてこない学生が多いのですが、インターネットから引用するのは構わないから必ずどこにあった誰の文章から引用したということを示すようにということをしつこく繰り返していると、だんだんとインターネット時代の「引用の作法」の初歩の初歩が身についてきます。多くの学生は最初にうちは、たったひとつのサイトから一本のレポートの全文を作り上げるくらい大量にコピペして一丁上がりというレポートを出してくるのですが、できるだけたくさんのソースから少しずつ引用してあるレポートが高い評価を得る可能性が高くなるということを伝えると、優秀な学生はだんだんといろいろなところを散策してつまみ食いし、だんだんと自分なりにまとめたものを作るということができるようになってきます。もちろん、できるようになる学生と、最後までまったく進歩のない学生というものはいます。

 大学院生になって英語を書くようになってくると、その場合も日本語の文章を書く時と同じように、あちこちから自分のデータや考えたことを表現するのにぴったりな英文を拾い集めてくることはいっこうに構わないから、ということで指導します。インターネットがない時代にも、教科書や他の人の論文の中にあった文章を少しずつ拝借するということは、我々のようにもともと英語を話さない国民にとってはむしろ推奨される英語上達法だったと思います。

 ICTが発達した時代にはそうした訓練がよりやりやすくなっているはずなのですが、怠慢な学生はついつい1ヶ所から大量にコピペをしてしまい、そのことがばれるのを恐れてか、もっとも大量に引用(コピペ)した原著を引用文献に挙げなかったりするので、どうしても不思議な論文原稿ができあがってしまいます。

 そうした原稿を最初に読むのはいわゆる「指導教員」と呼ばれる立場の人ですが、専門の研究という意味でも重なっており、ていねいに学生の書いた文章を読む機会がもっとも多い指導教員が「英語論文を引用する作法」を教える義務があると思います。さらには、学生が研究を始めるようになると、その研究を指導するとともに、研究成果が論文になるときには多くの場合「共著者」として連名になることが多い我々理系の場合には、指導教員こそが学生の書いてくる論文原稿の最初の査読者としてもっとも責任が大きい存在になります。ここで厳しく、厳しくしつけられなければ、子供はダメになってしまいます。

 私の大学院時代の指導教官のキャッチフレーズは「君にはダマされまいぞ」でした(笑)。

 学生が大学院を卒業し、一応独り立ちしたポスドクや研究員となったとしても、理系の場合には共同研究者がたくさんいることが多いわけですから、その共同研究者たちが「実験の大部分を実行し、最初の論文原稿をかく筆頭著者である若い研究者」の投稿前査読者とならなければなりません。もちろん、研究の内容には連帯責任を負うことになるのですから、図表を含めて論文原稿には自分の責任として徹底的に目を通すことが求められています。

 どうやら、今目の前で繰り広げられているドタバタ劇を見ていると、「共同研究者」の方々は若い筆頭研究者のやっていた実験やその書いた論文原稿をすべて把握していたとは思えない状況です。

 もしも若い研究者が、大学院の時代、ポスドクの時代を通じて、指導教員やシニア研究者から、しっかりと研究の作法や、論文の作法を教わることなく、コピペだけで作った論文がホイホイと指導教員や共著者の「めくら判」で投稿にまで至るということが繰り返されてきたのなら、その若い研究者が研究や論文作成の作法をまったく身に付けないまま「大人」になってしまったという可能性も排除できないと思えます。

 逆に、次々と魔法のような(彼らが常日頃欲しいと思っていた)データを出してくる若い筆頭研究者が自分たちの業績作成マシーンのように思えて、チヤホヤしてしまうというようなこともあるかもしれません。

 こちらがどんなデータが欲しいかを話したりすると、その望まれているデータが次々と出てきたりするという「恐ろしさ」を経験したという、厳しい指導教員の方の話を聞いたことがあります。本人にとって「悪気」はなく、狭い世界で人を喜ばせたり、チヤホヤされたりしたいというささいなことが動機なのかもしれません。

 研究の作法や論文の作法をまったく身に付けないまま、大人の研究者としてこの世界に受け入れられてしまった本人には、今自分のまわりで起こっていることが理解できないでいる可能性があります。

 こんなことを考えていると、直近の犯人探しなどをやっても何の解決にもならないように思えます。

 日本の教育システム、研究者育成システム、若い研究者の求職システム、研究者への研究費配分システムなどのすべてが絡みあった根の深い病巣が浮かび上がってくるような気がします。
by stochinai | 2014-03-12 18:19 | つぶやき | Comments(14)

3月11日のtwitter

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【ビジネスそのものが成熟期に達してしまった】大西 宏のマーケティング・エッセンス:マクドナルドの客離れが止まらない htl.li/us6UP 「季節メニュー・キャンペーン・ではなく・ハンバーガー・あるいは・店舗での体験・を大きく変えるイノベーション」


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【共著者は第一査読者】Misty: Yas's Green Recipes htl.li/us2Xa 「論文・原稿・研究グループ・やりとり・修正・雑誌・複数の査読者・なぜ・誰からも指摘を受けることなく・同じ研究グループの人間がなぜ・見抜けなかったのか?」


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[exblog] 3月10日のtwitter bit.ly/1lPFUFd


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by stochinai | 2014-03-12 05:03 | コンピューター・ネット | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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