5号館を出て

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追悼 フランシス・レイ

 1960-70年代のフランス映画は叙情的な大人の雰囲気を漂わせたもので、まだまだ貧しかった日本の青少年・少女にとってはとても手の届かぬあこがれの世界を見せてくれる夢のような存在だった気がします。そして、その時代を代表する監督がクロード・ルルーシュで彼の映画と切り離すことのできない映画音楽を担当していたのがフランシス・レイでした。この二人の登場は華々しいものでした。1966年公開の「男と女」でカンヌ国際映画祭パルム・ドールとアカデミー外国語映画賞を受賞。いきなりフランス映画の定番の存在になってしまいました。

 そのフランシス・レイが亡くなったそうです。享年86歳で、死去の発表は11月7日でしたが、正確な日時などは報道では明らかではありません。いずれにしても古い日の思い出を呼び覚ますインパクトのある訃報でした。

 それまでは日本では、おそらく世界でも、ひょっとするとフランスでもほとんど無名だった監督と音楽家が一本の映画で世界の映画界のトップに躍り出て、その後しばらくフランス映画の世界をリードし、世界に発信し続けたということは音楽の世界のビートルズの出現に匹敵する出来事だったような気もします。そのきっかけになったのは「男と女」という映画そのものよりも、その中で流れていたいかにもおしゃれなスキャットのテーマ音楽だったのだと思います。リアルタイムで聞いていなくてもこの曲なら聞いたことがあるという方は今でも多いのではないでしょうか。

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 映画は確かに見たはずですが筋などはほとんど記憶にありませんが、この音楽だけは今でもときどき脳内を駆け巡ります。


 この成功のせいかどうかはわかりませんが、この後クロード・ルルーシュの映画はもっぱらフランシス・レイが担当していたようで、その後も話題になるようなヒットを連発します。

 その中で印象に残っているのがフランスのグルノーブルで行われた1968年の第10回冬季オリンピックの記録映画である「白い恋人たち 13 Jours en France」で、私も映画を見た記憶があります。今、札幌銘菓として有名になった「白い恋人」は間違いなくこの映画のタイトルのパクリだと思います。これも歌詞のないスキャットで音楽も大ヒットしました。



 この2本の印象が強くこの後他にも二人の共同作品はたくさんあったような気がしますが、しばらくたった1980年にまた記憶に残る映画を世に出しました。

 それが「愛と哀しみのボレロ Les Uns et les Autres」です。この映画の音楽はフランシス・レイとフランスのジャズ作曲家・演奏家であるミシェル・ルグランの二人が担当しています。ボレロはあのラベルのボレロで、この映画の最後にボレロの音楽に載せて演じられるジョルジュ・ドンによるバレエが世界に強烈な印象を与えて、当時ボレロとそのバレエの一大ブームが起こりました。ここでは、映画の最後のバレエの部分をご覧ください。



 この映画は不思議な映画であるだけでなく、複雑な内容でほとんど記憶に残っていませんが、いろんな俳優が次々と出てきていることだけはなんとなく覚えています。このビデオでも3分頃からもとのボレロにはない歌(といってもこれも歌詞のないスキャットです)が出てきますが、その女声を歌っているのがあの喜劇王チャーリー・チャップリンの娘さんのジェラルディン・チャップリンだというのも覚えていました。歌は吹き替えしているのか彼女が実際に歌っているかどうかは不明です。

 とまあ、この記事に出てくる最新の映画が1980年ということでもう半世紀も前のことになりますので、その頃活躍していた作曲家がなくなるというのはごく自然な順序という気はします。86歳で、ほぼ天寿をまっとうされたといっても良いのではないかと思います。

 長い間、お疲れさまでした。ごゆっくりおやすみください。









by STOCHINAI | 2018-11-09 22:02 | その他 | Comments(0)
 立冬になりました。七十二候も「山茶始開(つばきはじめてひらく)」となります。朝は立冬にふさわしい寒さにはなりませんでしたが、明日朝はかなり冷え込むようで、4日には最低気温4.4℃で初氷だったので、明日朝の予想最低気温が2℃ですから、おそらく氷も張ることでしょう。

 最近は胆振東部を震源とする地震はかなり少なくなってきましたが、今度はオホーツクなどを震源とする地震が多くなったり、日本列島という狭い領域では地震から逃れることはできないようです。

 だからというわけではないのですが、またダイソーでハンディライトを買ってきました。

 地震がある前から私はダイソーの電池式ライトのファンで、毎年何台も買ってきます。特に最近のLEDライトの進歩はものすごく、買うたびに同じ電池を使っているにもかかわらずより明るく、より長く、そしてより使いやすいものになってきています。

 先日の大地震の後しばらくはダイソーでも他の店と同じようにまったくライトの販売はなくなっていた(あってもすぐに売り切れていた?)ようですが、先月くらいから大量に並び始めました。

 その時に購入したライトがあまりにも優秀だったものですから、昨日もう一台購入してきましたのでご紹介します。もちろん税込みで108円です。

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 見たところは特に珍しいところもないハンディライトですが、普通の懐中電灯のように持って使うだけではなく、置いて常置灯としても使えるようになっている2ウェイタイプです。

 普通の懐中電灯のように使う時にはこのように前方のライトを光らせて使います。

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 常置灯として使う時には立てて使うことも

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 寝せて使うこともできます。

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 写真で説明するのは難しいのですが、色はホワイトで明るさは「かなり」のものです。しかも、一晩つけっぱなしにしても、少しは暗くなりますが朝まで電池が持ちます。

 ライトの形を見ると、頭かお尻のところをねじって電池を入れるタイプかと思わせられますが、違います。お尻のところは形だけ凸凹していますがねじることすらできません(笑)。

 電池はボディの横をパカンと開いて入れるしくみです。

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 100均のライトはなぜかほとんどがこの単3電池3本というものが多いですね。

 持ってみると軽くてチャチな作りではありますが、照らすという機能においては素晴らしいものがあります。それよりなにより108円ですので数個購入してあちこちに置いておいても負担になりません。落として壊れても泣くことのない値段ですので、おすすめです。









by STOCHINAI | 2018-11-07 21:10 | その他 | Comments(0)
 つい先日、札幌市の電子図書館で田中千恵さんの「「くりかえし」の家事を楽しむ小さな工夫」という本を借りて読んで、なんだかとても暖かい気持ちになれたので、「「くりかえし」を楽しむ12か月のおうちしごと」という本を予約していたところ貸出可能になったという連絡がメールで届きました。

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 こちらはもう返却してしまいましたが、先日借りた「「くりかえし」の家事を楽しむ小さな工夫」の紹介です。

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 どちらの本も特にすごいことが書かれているわけでもなく、淡々と日々のくらしを書き綴っているだけとも言えるものなのですが、写真とそれに添えられた短い文章を読んでいると、日本で暮らしていることのありがたさがしみじみと感じられるような気がします。

 今回の本は12か月の仕事を書き綴っているのですが、暑い夏や寒い冬などどうしても嫌われがちになる季節がなぜかこの本を読んでいると待ち遠しくなるような愛おしさが感じられるのが不思議です。

 京都に住んでおられる方のようですから8月などは暑苦しくて嫌な季節だと思うのですが、この方の手にかかると嬉しい季節に思えてきます。

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 そして11月になると暗くて寒い京都の冬が近づいてくるのですが、それも大丈夫になります(笑)。

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 そうなんですね。この四季のはっきりした日本に住んでいると暮らしやすい春と秋の間に夏と冬という厳しい季節があるのですが、その季節でさえ心地よい季節をより引き立ててくれる大切な季節だと思えてきます。

 今回は「はじめに」に添えられた写真がとても気に入りました。

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 こういうポジティブな生き方をされている方の思考に触れると北海道という過酷な地域に住んでいることもひょっとすると幸運なことなのかもしれないと思えてくることが不思議です。

 というわけで、あっという間に読めてしまう本をもったいないと思いながらも、電子図書館にもう一冊ある田中千恵さんの本を予約して楽しみに待っているところです。

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 人気がありすぎず、さりとてまったく人気がないわけでもなく数週間待てば読めるというくらいの本が電子図書館向きなのかもしれません。ある朝、「こちらは札幌市の図書館です。予約された電子書籍の準備ができました」というメールが届いた時の幸福感はなかなかのものです(笑)。

 これはそろそろ返却しますので、よろしかったら読んでみてください。










by STOCHINAI | 2018-11-05 22:50 | その他 | Comments(0)

盛岡2日目

 昨日は旧盛岡藩士桑田の管理運営に関する会議三昧の一日でしたが、今日は物故者の慰霊祭と学習会および懇親会で一日が終わりました。

 会場の桜山神社に出かけるために盛岡駅からバスに乗るのですが、ちょっと時間があったので駅前をブラブラ。雨上がりの朝日がまぶしい駅前でした。

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 ここには何度も来ているはずなのに、今まで見たこともない古い看板を発見しました。

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 これはかなり古そうなもので、一部破損しています。昭和の薫りもしますね。こんなものが駅前広場のそばにあったとはまったく気が付きませんでした。

 このすぐそばの広場ではなにかイベントが企画されているらしく、朝から準備の真っ最中でした。

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 今日の行事は南部藩の総鎮守としてお城のふもとに作られた櫻山神社で行われました。

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 そこに行く途中で通った県庁の前の道路です。

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 トチノキの落ち葉がたいへんでした。それだけではなく、こんな看板も。

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 どのくらい落ちているのかと下を見ると、実はほとんど見つかりません。トリか人が持ち去ったのでしょうか(笑)。

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 最初は慰霊の神事がありまして、その後には南部藩関連の勉強会となりました。講師は南部町の教育委員会の方です。

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 専門は陶磁器の発掘による歴史の真相究明だそうで、捨てられた陶磁器を掘り出すとそれを捨てた人の生活がわかるというとても興味深いお話でした。

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 それによると、今の教科書に書かれている歴史がすべてひっくり返るほどの具体性があるということでした。捨てられた壊れた陶磁器のかけらから歴史を見るという新しいスタイルはとても共感できました。

 この後、食事をとりながらの懇親会がありましたが、空港へ行くバスに乗るためにまた盛岡駅前に戻ってきました。

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 広場ではいろいろな食物の販売店が軒を並べる中、子どもたちのハロウィーン・パーティも行われていたようです。そしてさすがに盛岡だと思わされたのが、盛岡名物「さんさ踊り」もハロウィーン・バージョンで登場していました。

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 というわけで、濃い2日間を過ごして札幌へと戻って来たのでした。

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 盛岡も昨日・今日と時々雨がぱらつく状況でしたが、花巻空港を飛び立つ時にもパラパラと降っていたようです。

 無事に札幌にたどりつきましたが、札幌も路面は濡れていて昨日・今日とどちらの地域も不安定な天候だったようですね。

 でも、私が戻ってきたので札幌の天候は回復しますよ(笑)。








by STOCHINAI | 2018-10-28 23:49 | その他 | Comments(0)
 一晩中雨が降り続いていた札幌でしたが、少しは収まりつつあるのかと思われる中を早朝のバスに乗り新千歳空港へと向かいました。

 なんだかデジャブの映像ですが、雨の新千歳空港はいつもこんなもんです(笑)。

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 台風のときにはすぐに運行停止になるのですが、普通の雨や風には負けないのが今の飛行機でなんなく離陸しました。

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 そして例によって登ったらすぐに降りるのが新千歳-花巻線です。

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 降りてみたら新千歳と同じ風景でした(笑)。

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 そしてシャトルバスで盛岡へ。こちらは終点の盛岡駅前。

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 ここも雨でいつも会ハトたちが雨宿りしていました。

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 人はいなくても歓迎してくれます。

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 駅地下のベアレンビールはまだ飲めない時間に着いてしまいました。

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 とはいっても、シャトルバスの中でしっかりと「銀河高原ビール」は飲んできました。そしてお昼のお供はベアレンのこちら。

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 のんびりと昼をすごして、午後からは会議です。その前に、会議の母体である旧盛岡藩士桑田が今でも所有する土地の上に立っている借地人を視察してきました。

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 土地はコジマ電機に貸していたのですが、いつのまにかコジマ電機がビックカメラに吸収されてしまって、今はビックカメラに貸していることになっているようです。

 というわけで視察の後、我が旧盛岡藩士桑田の桑田会館で会議と相成りました。

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 やたらと駐車場が広い桑田会館で全国紙部長会議です。

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 会議の後は、理事会と支部長会の合同懇親会となりました。

 明日は物故者慰霊祭に講演会、懇親会と続きます。









by STOCHINAI | 2018-10-27 23:30 | その他 | Comments(0)
 もともとは日本ではインディアンと称されていたNative Americanしか住んでいなかったところですが、世界中からこの新世界を目指して人が集まって世界最強の国家が作り上げられたのがアメリカ合衆国です。たかだか250年位の歴史しかありませんので、細かく見ていくとまだまだ移民はもとの人種の特徴を維持しながらそれぞれ小さな区画を占めるように暮らしているところが多いことがわかります。


 私が唯一長く住んだことのあるロサンゼルスを見てみましょう。

 ちなみにこちらが日本語で示されたロサンゼルスの地図です。

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 こちらが人種分布図で、街が人種別にが色分けされており色が濃いほどそこに住んでいるその人種の割合が多いということを示します。主なものでは青が非スペイン系の白人、緑が黒人およびアフリカ系非スペイン系、紫がスペイン系、赤がアジア系(中国、日本、韓国)となっています。

 この中でもっとも古くからたくさん住んでいるのが紫のメキシコ人(スペイン系)で、分布はこうなります。

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 ロサンゼルスのダウンタウンの大きな領域を占める②と北の方の①にたくさん住んでいます。

 青い広い領域には非スペイン系の白人が住んでいます。

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 ビバリーヒルズを中心とした①の領域が白人居住区です。

 そして金持ちの白人は海岸地域も独占しています。

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 北の①はサンタモニカからマリブへ続く地域で、南の②は空港の南のマンハッタンビーチからトーランスと呼ばれる住宅街をへて、ランチョパロスベルデスという岬のリゾートへ続く地域です。

 いずれも白人の住むところは環境も良く、安全で地価をはじめ生活費用が高いところです。

 そしてスペイン系メキシカンの多く住むダウンタウンはまた黒人の多い地域(緑)でもあります。

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 ①の西から南へ緑の黒人居住区が続きますが、最近はメキシコ人が多くなってきているようでもあります。

 そして、ダウンタウンへの最後の流入者がアジア人です。

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 ①が韓国人のコリアンタウン、②が日本人のリトルトーキョー、そして③が中国人のチャイナタウンです。

 こうしてみると圧倒的に白人とスペイン人の居住する領域が広く、次に黒人が多いことがわかりますが、右端の東の方に非常に大きなアジア人居住区があり南のほうにも黒人居住区と白人居住区の間にアジア人居住区があることがわかります。実はこの地図の南東側を見るとまったく違うロサンゼルスが見えてきます。

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 どうでしょうか。

 青の白人の住む領域は広いことは広いですが、赤のアジア人の住む領域が紫のメキシコ人の領域の次に広く、緑の黒人の住む面積を越えているように見えないでしょうか。

 こうして人種別に塗り分けられた領域が年とともに変化してくると、それぞれの人種が和解していないことにはあちこちで軋轢が生じてくるのが今のアメリカの実情なのかもしれません。

 多民族国家の難しさは地図を見ているだけでも想像できてしまいます。








by STOCHINAI | 2018-10-26 22:47 | その他 | Comments(0)

先輩を送る

 昨日、ちょっと心配していた方の訃報を受け取りました。

 2ヶ月半前にお会いしたのが最後になりましたが、その時にずっと咳をしていたのが気になっていました。年を取ると呼吸器の不調が命取りになるのは良く聞くところですが、それでも街なかで開かれた会議に出てこられたので心配はしていながらも持ち直すだろうと楽観しておりました。その一ヶ月前の会議を欠席されたことは「日にちを間違えた」ということで納得していたのですが、その一ヶ月後の会議は体調不良のためということで私の知るかぎり初めての会議欠席だったと思います。そしてその3週間後に開かれた北海道支部の総会も欠席され、それから約1ヶ月のの訃報となってしまいました。

 79歳というお話だったので、まだそういうことにはならないだろうという油断がこちらにあったことも事実です。

 本日、お通夜(神道だったので前夜祭)に行ってきました。

 札幌の北区の北の端の方の斎場でした。

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 最近は小さなお葬式が多いのですが、今日はさすがにちょっと大きめでした。200人近くは集まったようです。

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 神道の葬儀ということでしたが、パッと見では祭壇は仏教とそう変わってはいないと感じました。

 北海道支部の中心人物だった方ですので、ショックは大きいものでした。

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 昨日、急いで支部として花輪を供することを決め、本日は私が代表で参列させていただきました。我々の会はこういうところでは意外と存在感のある活字の並びだと変なところで感心してしまいました。

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 北海道支部の会員が一人減ることになってしまっただけでなく、支柱を失ったようなものですので、残された我々がなんとか踏ん張る必要を感じております。

 今まで長い間、お疲れさまでした。

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 これからは我々がなんとか後を継いで踏ん張りたいと思います。









by STOCHINAI | 2018-10-05 23:35 | その他 | Comments(0)

東区の震度計設置場所

 先日の地震では札幌東区の震度がしばらく発表されませんでした。当日朝のNHKニュースでも報じられています。
17観測点の震度情報 気象台に入らず 震度計破損か
2018年9月6日 7時54分
札幌管区気象台によりますと、今回の地震で震度5弱以上の揺れが考えられるものの気象台に震度の情報が入っていない地震の観測点が5つの自治体で合わせて17か所あるということです。
震度の情報が入っていないのは
▽厚真町の2か所
▽むかわ町の2か所
▽日高町の1か所
▽平取町の2か所
▽札幌市の7か所
▽新冠町の1か所
▽新ひだか町の2か所です。
停電によって震度の情報が送れなくなったり、揺れによって震度計が破損しているおそれがあるということで、職員が現地に向かい、直接、震度計の記録を確認することにしています。
 この時点では結果的に厚真町の2か所のデータが欠損しており、全体としての最強震度も安平町の6強と発表されていました。また札幌市で情報の欠損している7か所のうちのひとつが東区でした。

 最終的に発表された震度はこのようになっています(Wikipedea)。

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 札幌の東区の震度が予想外に大きかった割には、私が実際に見聞き体験した震度はほんどうにそんなに高かったとはちょっと思えないこともあり、この震度を記録した東区のポイントを知りたくなり、調べてみると震度観測地点の一覧表が意外と簡単に見つかりました。こちらに札幌の部分だけを抜き出してみます。

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 地図表示もあります。

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 東区は元町で緯度が43.0946、経度が141.3743で地方公共団体の管理下にあることがわかります。漠然としすぎていますので地図をどんどん拡大してみたところ、簡単にわかりました。

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 東豊線地下鉄元町駅のちょっと東側です。地図には炎のマークがあり、消防署かと思われました。確かにそこには札幌市東消防署があります。GoogleMapで表示させてみました。

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 左端の赤い領域が地下鉄元町駅です。昨日報告した壊れたアパートはこの地図の右端の下から2ブロック目の右端の真ん中辺に位置しています。地震計が設置されていると思われる消防署がこの地図の中央にある札幌市東消防署です。

 Google Street Viewで見ると見慣れた消防署が出てきました。

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 というわけで、被害の大きかった東15丁目屯田通にほど近いここならば震度6弱が記録されても不思議はないのかもしれないと納得できました。我が家からの直線距離は1.84kmと出ました。

 ネットだけでかなりいろいろなことが調べられるということがわかった、昨日と今日でした。

 というわけで、昨日ほどではありませんでしたが、今日も涼しめの一日が暮れていきます。

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 明日の朝は最低気温が15℃と予測されており、今日(10.5℃)ほどは寒くなさそうです。









by STOCHINAI | 2018-09-12 22:45 | その他 | Comments(2)
 東区での地震の大きな被害は地下鉄東豊線が走る東15丁目屯田通の陥没が主なものと報道されており、確かにそこに面するビルなどにも目立った破壊の様子がないのが不思議な気はしていました。

 今日は天気がよく、そちらのほうに出かけたついでにあちこち自転車で回っているうちに壊れたアパートに遭遇しました。

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 それほどひどい損壊でもないのですが、もちろん人が住める状況ではなく立ち入り禁止になっています。

 1階が少し押しつぶされた感じに見えます。住んでいた人は押しつぶされると思うほどの恐怖を感じたかもしれません。

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 この建物があるところはどこなのかGoogleストリートビューで探してみました。ちょうど2年前の9月に撮影されたものですが、間違いなくこの建物です。

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 左下に出ている地図を見ると、ここは東豊線の走る東15丁目屯田通から200メートルほど東側にあるところだとわかりました。東豊線の陥没に目を奪われて、付近の住宅やビルへの被害はほとんどないように思っていたのですが、やはり震度6弱を甘く見てはいけませんでした。

 地図の上にこの建物のある場所を赤くマークしてみたのがこちらです。

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 昔、「元町団地(右側にある元町公園を囲んで団地が作られていました)」といってまわりに畑しかなかった東区の奥に作られた住宅団地の西側に面したところに立っているのがこの壊れたアパートでした。団地が造成されてからしばらくすると団地の回りにも家が立ち並び、もとあった三角屋根の団地の建物もかなり建て直されているので昔の元町団地だったところの範囲はわかりにくくなっていますが、地図で元町公園の下(南側)に位置するところを斜めに走る道路が当時の団地の境界の一側面です。

 もともとこのあたりは泥炭地だったということで、元町団地の家を建てるときには土台となる杭をかなり深く打ち込まなくてはならずコストがかかると言われていたものですが、ほとんどの家はそのコストをかけて建てられているので、今回の6弱という地震でも倒壊したものが少なかったのかもしれません。

 逆に比較的新しく立ったものは、泥炭地だったという昔の言い伝えを忘れ、あるいは無視して浅い杭で建てられているものもあると聞きますので、そういうものが激しい揺れにあって大きな被害を受けた可能性もあるのかもしれません。

 今日はたまたま見つけましたが、建物への被害が少ないと言われているこのあたりでも確実に被害を受けたお宅はかなりたくさんあるのかもしれません。被害が小規模で数も少ないとニュースでとりあげられることもないので、支援も受けにくく自力で復旧しなければならないというケースが多いのかもしれず、たいへんな思いをされている家庭もたくさんありそうで、いろいろと考えさせられる今日の「視察」となりました。

 天災はやはり恐ろしいものだとしみじみ思います。








by STOCHINAI | 2018-09-11 22:35 | その他 | Comments(0)

「被災者」になって

 夜が明ける前の3時8分にいきなり身体を振り回されるとともに、部屋のあちこちでものが落ちたり倒れたりする音で起こされました。今までに経験したことのない激しい揺れで、収まった後もいつものように眠ることはできませんでした。

 その後も数分おきにさすがにこれよりはずっと小さいものではありますが余震が続きます。

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 額のひとつが落ちてガラスが割れてしまったのですが、片付けるのは明るくなってからにしようと思っていましたが、その余裕をあざ笑うように停電になってしまいました。それまで見ていたテレビの地震情報も見られなくなり、真っ暗の中でたよりになるのは電話の電波回線を利用したネットアクセスだけになります。それでも、Facebookやmailで知り合いからの情報や安否の打診を見ていると勇気がわいてくるものです。

 そうこうしているうちに、だんだんと空が白んできました。

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 5時前になる頃には懐中電灯なしで行動できるくらいに明るくなってきました。

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 天気は良さそうです。青空を見ると元気が出てきます。

 東の空には不思議な雲の行列がありました。

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 でも、のんびりと空を眺めていることもできないくらい、あちこちからはパトカーや救急車や消防車のサイレンが聞こえてきます。

 近くの丘珠空港からは次々とヘリコプターが南東の方向の空に飛んでいきます。震源は厚真町ということでそちらの方向に飛んでいくものが多いようです。

 
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 気をつけていってらっしゃい。

 明るくなってきたので外に出てみると、地震の揺れで昨日の雨で満杯だった水盤の水がかなり振り出されてしまっている「証拠」を見つけた気がします。満杯だった水が、半分にまで減っています。

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 昨日もiPadの待受画面にはたくさんの警報が出てきていました。それが昨日は暴風と豪雨の警報だったのですが、今日もたくさん出てきているのは地震と余震の警報という2日続きの大変な立場に置かれたことを実感しています。

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 気が付いてみると、どうやら我々はニュースの中では「被災者」として扱われているようです。

 いつもはニュースの中で「あちらにいる人」だと思っていた「被災者」に自分たちがなってしまったということに、なんとも居心地の悪い不思議な気持ちになるとともに、この状況を生き抜くことは自分たちが切り開いていくしかないという決意を持つという覚悟もできてくることも感じた一日でした。

 幸いなことに、我が家は断水もせず、日が暮れる前に電気も復旧しましたので、いまや「被災者」と甘えてはいられない気持ちになってしまいましたが、水や電気というインフラのありがたさをしみじみと噛み締めて寝不足の身体を横たえることになります。







by STOCHINAI | 2018-09-06 22:11 | その他 | Comments(0)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai