5号館を出て:ダーウィン医学
2019-02-11T22:17:20+09:00
stochinai
日の光今朝や鰯のかしらより 蕪村
Excite Blog
再生する動物では放っておいても再生が起こる
http://shinka3.exblog.jp/30096989/
2019-02-11T22:17:00+09:00
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stochinai
ダーウィン医学
再生力の強い動物はヒトに比べると「原始的」とか「進化していない」と言われることが多いものですが、確かにヒトは今はヒトですがヒトになる前はチンパンジーと同じ種の動物でしたし、さらに思い切ってさかのぼると数億年前にはサカナと同じ仲間だった時代もあったことは間違いのない事実です。
サカナといっても我々がふだん目にするほとんどのサカナは「硬骨魚類」です。硬骨魚類よりも原始的なサカナは「軟骨魚類」と呼ばれるサメやエイの類です。硬骨魚類は軟骨魚類から進化してきたもので、現在いるサメなどは当時の軟骨魚類のまま硬骨魚類に進化することなく現在も生きているものです。軟骨魚類でも硬骨魚類でもサカナには顎があってパクパクと口を動かすことができますが、さらに原始的な先祖には顎のない時代がありました。無顎類と呼ばれる「魚類以前」の仲間は現在でもその子孫がその当時の姿のまま生きています。ヤツメウナギやヌタウナギと呼ばれる彼らには顎がなく、口は吸盤のような構造をしています。
無顎類は一見するとサカナのような姿をしているのでヤツメウナギなどという名前で呼ばれていても、魚類と違って脊椎をもっていないので脊椎動物のグループにははいりませんが、中枢神経である脊髄とそれを支える構造である脊索はもっているので脊椎動物とヤツメウナギの仲間をまとめて脊索動物とよばれることもあります。脊椎は成長過程で脊索から発生してくるので脊椎動物は脊索をもっている時代もあり、この分類に矛盾はありません。
前置きが長くなりましたがヤツメウナギは我々脊椎動物の先祖に近い構造をしている動物です(下の図はWikipediaから)。
余談ですが、ヤツメウナギという名前は「八つ目鰻」と書かれることもあるように目が8つあるように見えることからついたのですが、上の図でもわかるように目のうしろに7つの「目のように見える点状の構造」があります。この7つの点はエラ穴で、7つのエラ穴と1つの目が8つの目のように見える動物です。
さて、この動物の再生能力については今まであまり調べられていなかったものと思いますが、数日前に発表になった論文ではその脊髄を切断しても再生するということが報告されています。
こちらが論文のタイトル部分です。オープンアクセスの論文なのでどなたでも全文を読むことができます。
また、最近は便利なものでChromeなどのブラウザーでは全文を翻訳してくれて、こんなふうに表示することもできます。
タイトルだけでこの論文の大意はわかるのですが、ヤツメウナギの脊髄を切断すると我々と同じように切断部位より後ろの身体の運動能力が失われ泳ぐこともできなくなるのですが、3週間もするとまた運動能力が回復してくるのだそうです。そして11週間もするともととまったく同じように泳げるようになりますが、その時にふたたび脊髄を切断してやってもまた3週間で回復し、11週間で完全にもとに戻るということが示されています。
赤い星のところで切断すると1週間後(1WPI)にはそこから後半の運動能力が失われますが、3週間後(3WPI)にはまた泳げるようになっていて、11週間後(11WPI)にはまたもとと同じになっているという図は見るだけで理解できると思います。下のグラフは運動能力の回復の指標です。
切断した脊髄の様子を見てみたのがこちらの図で、確実に切断した脊髄が時間とともに治っていることが素人目にもよくわかります。
我々ヒトの祖先も数億年前にはヤツメウナギと同じ脊索動物だった時代があり、その頃には今のヤツメウナギと同じような再生能力をもっていただろうことが推測されますが、今のヒトはとりあえず脊髄を損傷するとそこから下半身が麻痺してしまい、そのままでは回復することはありません。そこでいろいろと回復させようという治療法の開発が試行錯誤されているのですが、大昔の先祖がこうした再生能力をもっているのならば我々の遺伝子の中にもその能力がひそかに受け継がれている可能性があるというのが生物学的思考法です。ただ、現在のヒトではその再生能力がなんらかの理由で失われているか、抑圧されているのだとするならばそれを復活させることは可能だろうという論理がありえることになります。
ヤツメウナギの脊髄を再生させる実験はそうしたヒトの脊髄損傷を再生させる試みへとつながる基礎の基礎の研究ということになります。
脊髄を再生できるヤツメウナギと再生できないヒトが進化という糸でつながっていて、DNAが受け継がれているという事実からヒトの脊髄を再生させる治療の糸口がヤツメウナギの研究から見つかる可能性がないわけではないということがお分かりいただけるとうれしく思います。
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人体600万年史(上・下):科学が明かす進化・健康・疾病
http://shinka3.exblog.jp/24942438/
2015-11-15T20:35:00+09:00
2015-11-15T20:34:54+09:00
2015-11-15T20:34:54+09:00
stochinai
ダーウィン医学
函館に行く前に開きかけていたのは確認していたのですが、完全には開いていなかったので写真は撮ってありませんでした。でも、これなら完璧な開花です。例年はクリスマスから正月にかけて咲いていたような気がするので(「女神のスリッパ」でこのブログを検索)、今年は1ヶ月以上も早いということになりますが、例年と違ってミズゴケ栽培にしたことが影響しているのかもしれません。
さて、今朝の朝日新聞の書評欄に目が止まりました。
最近は私が看護系の生物学を担当していることもあり、またそうでなくても多くの初年度大学生は生物学をヒトと関連付けて教えられることに強い興味を持ってきていることもあり、ヒトを生物学的に読み解くということに私自身の初年度学生に対する生物学教育も大きく傾いています。そうした成果のひとつがブルーバックスの「進化から見た病気~ダーウィン医学のすすめ」だったのですが、その後もヒトの進化学研究は格段に進み、ヒトがどのように進化して、今日の姿になったのかということと、その結果として生じたヒトの生活パターンの変化と、その変化に追いついて進化しきれていないヒトのからだの構造的・機能的制約に由来する疾病や健康問題に関する理解が進んできています。
本書はそうした最新の情報もふくめて、ヒトの進化とその結果として生まれてきた新たな文化・文明・農国・畜産・産業といったものがヒトの「生物としての身体」に対してどのような影響を与えて来たのかを現時点までの知見をまとめてくれる良書だと感じました。
というわけで、早速オンラインで購入しようと思ったのですが、しばらく悩みました。
なにしろ、紙の本はハードカバーで上 下に分かれている大著です。
それぞれが、2376円ずつしますので、上下で5000円近くなってしまいます。それよりなにより、家に本を極力増やさないという最近の我が家の方針に反します。というわけで、同じものならKindle版を買おうと思いました。それだと重さはありませんし、価格も2138円ずつです。紙の本より、上下でわずかに400円位しか安くありませんが、家を狭くしないということでそちらを買おうと思っていました。
ところが、Amazonの書評を読んでいると英語のKindle版では上下に分かれておらず、さらに全部で1148円というではありませんか。
早速、サンプルをダウンロードしてみて、ちょっと読んでみてそれ以上は悩むことなくポチッとして、すぐに読み始めています。
Kindleには辞書機能もありますので、英語版でわからない単語が出てきてもその場で解決しながら読み進めることもできますし、画像もスクリーンショットで問題なく引用できますので、これは大変に満足のできる買い物でした。
この本に関しては日本語版の翻訳をチェックしていないので、その巧拙について何かを言える筋合いではないのですが、翻訳版でしばしば出会う意味不明の文章が英語版では「な~んだ」というふうにわかることもあり、一般論としてですが、できるならば英語のまま読むのが良いと思いますし、しかも安くて軽い(無重量)ということで二重三重のお買い得品だと思いました。
ひさしぶりに、ワクワクしながら英語の本を読んでおります。
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「病に伏せる」性質はどのように進化してきたのか
http://shinka3.exblog.jp/24864249/
2015-10-27T19:54:00+09:00
2015-10-27T19:53:46+09:00
2015-10-27T19:53:46+09:00
stochinai
ダーウィン医学
「どうして病気になると体調が悪くなるのか? - これは種を守るための利他行為なのかもしれない」というような論文です。
ウイルスや細菌、それに寄生虫などの感染を受けるといわゆる「病気」の症状を示すことは広く動物界に認められる一般的現象で、少なくとも甲殻類からヒトにいたる多くの動物で確認されています。
病気の症状は発熱や貧血といった症状以外にも"sickness behavior"(SB)と呼ばれる精神的な症状を主とする倦怠感、気分的落ち込み、イライラ、不安感、痛み、吐き気それに食べること、飲むこと、社交、性などに対する意欲減退としてほとんどの人が経験したことのあるおなじみのものです。
こうした病気の症状は感染しているウイルスや細菌、それに寄生虫などが直接に引き起こしているものではなく、我々のからだの免疫システムや神経内分泌系が引き起こしているということは意外と知られていないかもしれません。
ヒトを代表とする哺乳類の場合、こうした反応系についてはかなりよくわかっており、マクロファージや樹状細胞といった白血球がウイルスなどの侵入を感知して、インターロイキン(IL)や腫瘍壊死因子(TNF)といったホルモンのような働きをするタンパク質を分泌し、それを神経や血液、リンパ液経由で受け取った中枢がさまざまな病気の症状を自ら作り出すのです。
結果として生み出される病気の症状ははっきりとウイルスや病原体と戦うための症状である発熱や低鉄血症などと異なり、多くの動物に見られる以上、間違いなく進化的存在意義があるにもかかわらず、どいういう意味があるのかということに関する共通認識(定説)がないのが現状です。
明らかにこうした症状は、個々の動物が生きていったり子孫を作り出すということに対してはネガティブな効果を持つのですが、選択されて生き残ってきた現在の動物が持っているということは、その欠点を越えるだけの有利な意味があるはずです。
それはいったいなんなのでしょうか。
今までの説明の多くでは、病気になった個体にとって体調が不良になることで無駄なエネルギーを使わずにすむことや、外を出歩かないことにより捕食者の攻撃を受けずにすむこと、食欲不振によって栄養不良になることが逆に、寄生しているウイルスや細菌、寄生動物などにも栄養を与えないことで彼らを栄養失調にもすることができるという意味があると説明してきました。
新しい論文では、感染個体が病気症状を示すことで家族や近親の動物にもメリットがあると説明します。
予測1:病気の症状をもった動物が同種の動物との接触が避けられる。
予測2:その結果、種内での病気のまん延が阻止される。
予測3:そういう性質は血縁淘汰によって、種の中で進化してくる。
感染個体が病気症状を示すことで種全体が病気でダメージを受けることから逃れられるということはどうやって証明したらよいでしょうか。進化理論はいつもここで難しい検証の試練にあいます。
しかし、いっくつかの方法でこれらの予測を検証することはできると著者たちは主張します。
1.致死性の強い病原体ほど強い病気症状を示す。
2.伝染性の強い病原体ほど強い病気症状を示す。
3.社会性の強い動物ほど強い病気症状を示す。
4.対症療法薬を使うと種内への感染の拡がりが早まる。
5.感染の拡がりは適切な追跡マーカーを使うことで実際に調べられる。
6.数理モデルを立てることが可能だ。
7.コンピューターシミュレーションでそのモデルを検証できる。
と、最後は将来の展望みたいなことを語っていますが、病気の症状については進化医学的に考えることが、その症状の持つ意味の謎が解けるだけではなく、病気のヒトの移動がどうして禁止されるべきなのかとか、どういった病気の症状をどの程度コントロールしていけばよいのか(場合によっては治療すべきではないとか)という医学的対処法に対するアイディアも与えてくれることにはなると思います。逆に、がんなどの感染症以外によって引き起こされる病気症状に関しては、安心して対症療法を行うこともできるとできるということが最後に述べられておりました。
ダーウィン医学は実際の治療には役に立たないと言われたこともありますが、実は意外と実践的な考えでもあり得るということを再確認できますね。
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アメリカ国内における食物アレルギー分布調査論文
http://shinka3.exblog.jp/18085813/
2012-06-10T23:59:00+09:00
2012-06-11T19:33:39+09:00
2012-06-10T23:59:51+09:00
stochinai
ダーウィン医学
これは、寄生虫博士として有名な医学博士藤田 紘一郎氏のインタビュー記事に載っている図ですが、戦後寄生虫病や結核が減ったことと反比例するように、花粉症などのアレルギー性鼻炎や、アトピー性皮膚炎、気管支ぜんそくが増加していることを示しています。
こうした相関関係は世界的に認められており、近代化や都市化によって寄生虫や細菌にさらされるチャンスが少なくなったことがこうした病気を増やす要因になっているのではないかと考えられる根拠のひとつになっています。
ただ、こうした時代の変化と病気の増減の調査というのは、他の様々な要因が含まれて解析を困難にするということもありますので、できれば同時代で同じような生活をしていて異なる環境に生活するグループにおける比較ができれば望ましいのですが、このたびアメリカ合衆国内で食物アレルギーに関する疫学的調査が行われ、非常に興味深いデータが出てきました。
アメリカ国内における子どもの食物アレルギーの地域による違いを調べたものです。
2009年の6月から2010年の2月までのアメリカ国内における18歳以下の38465人の調査結果です。結論の図がこれです。
一概に食物アレルギーといっても、ピーナッツ、貝類、ミルク、魚、卵、木の実、小麦、大豆などの種類があるのですが、程度の差こそあれ、基本的に同じ傾向が出ています。結果をまとめると次のようになります。(論文の解説記事 City Kids More Likely to Have Food Allergies Than Rural Ones: Population Density Is Key Factor, Study Finds より)
・都市の中心部では、田舎での6.2%に比べて9.8%の子どもが食物アレルギーを持っている。
・ピーナッツアレルギーは都市では2.8%の子どもが持っているのに対し、田舎では1.3%で、貝類に関しては都市が2.4%、田舎が0.8%と倍以上だった。
・ただし都市でも田舎でもアレルギーを持っている子どもの症状の程度に差はなく、40%くらいは命に関わるような経験を持っていた。
・アレルギー患者の多かった州は、ネバダ、フロリダ、ジョージア、アラスカ、ニュージャージー、デラウェア、メリーランド、ワシントンのコロンビア特別区だった。
これらの調査は、家族の収入、人種、民族、性別、そして年齢に対して補正がかけられて結果の判定が行われているので、最終的には都市に住んでいるか田舎に住んでいるかということだけが結果の大きく影響していると結論されています。
この調査だけからは原因に迫ることができるわけではありませんが、今まで言われていたように子どもの時に田舎で出現する可能性の高いある種の細菌との接触とか、あるいは人口密度と関連した何らかの要因が食物アレルギーの原因として考えられるということのようです。
とりあえず原因はわからずとも田舎で育つほうが安全ということだけは言えるのかもしれません。
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アルコール摂取によるショウジョウバエの寄生虫退治
http://shinka3.exblog.jp/17706138/
2012-03-22T19:59:00+09:00
2012-03-23T07:43:39+09:00
2012-03-22T20:00:39+09:00
stochinai
ダーウィン医学
Sexual Deprivation Increases Ethanol Intake in Drosophila
ハエだって...恋に破れると、ヤケ酒が飲みたくなるんだよぉ!
ちょっと間違うと、同じような話になってしまう恐れはあるのですが、同じショウジョウバエを使った実験で、ショウジョウバエの幼虫が体内に産み付けられた寄生蜂の卵‐幼虫を殺すために積極的にアルコールを摂取して、体内アルコール濃度を上げているらしいという論文が出ました。(論文)
動物に食べられる植物では、動物にとって毒となるものを作って食害から逃れるように進化したものが多くあります。ところが、動物の中にはその毒を解毒するような代謝系を進化させることで、他の動物には毒になる植物を食べられるようになったものがいます。さらには、その毒を体内に蓄積したり、武器として利用することで、今度は自分の身を守るために使うようになったものも多数知られています。たとえば、フグの毒やヤドクガエルの毒は食物の貝(さらにはプランクトン)や、アリやダニ(さらには微生物)から取り入れて使っているものだと考えられています。
今回紹介する論文の著者たちは腐った果物に好んでたかるショウジョウバエが、ほかの動物に比べるとアルコールに強いことから(ビールよりちょっとうすい4%くらいからワインの度数である11%くらいのところに住んでいる)、果物が発酵した時にできるアルコールをそうした「自分たちを守る毒」と同じように使っているのではないかと考えて研究を始めたということです。
確かに、我々人間でさえたとえビールの5%と言えども、すべても食物にそれだけのアルコールが含まれていたら生きてはいけなさそうですから、アルコールには明らかに「毒性」があるとは言えます。
ショウジョウバエはか弱い動物ですから敵も多いと思われますが、その中でも幼虫の体内に卵を産み付けられて幼虫を中から食べてしまう寄生蜂は大きな天敵のひとつです。
YouTubeにこの蜂がショウジョウバエの幼虫(ウジ)に卵を産み付ける動画がありました。
蜂に卵を産み付けられることには抵抗できないショウジョウバエは、体内に産み付けられた卵に対して細胞性あるいは体液性の防御反応を示しますが、寄生蜂は卵と一緒にその「免疫反応」を抑えるような物質を注射することも知られており、多くの場合寄生は成功します。
ところが成体で比べてみると、ショウジョウバエと寄生蜂では明らかにアルコールに対する耐性に差があります。
青い線が8%アルコール含有の餌の中で飼育したショウジョウバエの成体の生存曲線で、アルコールはショウジョウバエに対しても毒性が全くないわけではないのですが、赤線(ショウジョウバエ専門)や緑の線(いろんなハエに寄生)で示された寄生蜂に比べると明らかに「強い」ことがわかります。
おもしろいことに、これらの蜂に卵を産み付けられたハエの幼虫は、アルコール濃度の高い餌の方へ移動することが実験的に確かめられました。
アルコールの入った餌と入っていない餌のはいった皿の中で、蜂の卵を産み付けられたハエの幼虫は、アルコールの入った餌の場所に置かれても、入っていない餌のところに置かれても、24時間後にはアルコールの入った餌のあるところに移動する傾向が示されました。蜂に寄生されていないハエと比べるといつも有意にアルコールを求めて移動していたのです。
ハエの体内のアルコール濃度が上がると、体内に帰省していた蜂の幼虫の生存率が有意に下がり、特にアルコールに弱いショウジョウバエ専門ではない寄生蜂に対する効果は絶大なものだということが確かめられています。
上が生きている蜂の幼虫、下がアルコールの影響で死んでしまった蜂の幼虫です。
というわけで、この実験からショウジョウバエが寄生蜂を駆除する「薬」として、アルコールを利用していることが確かめられたと結論されました。
いろいろな動物が、その薬効を利用するために植物を食べていることがわかってきていますが、ヒト以外でそのことがはっきりと確かめられた例はチンパンジーくらいだと思います。
この発見がきっかけとなって、動物の薬利用の例がいろいろと見つかってくるかもしれません。そういう意味で、これは進化医学の一分野として非常に大きな一歩になった論文だと思います。
また、ヒトでも「酒は百薬の長」と言われるくらいのアルコールですので、外用薬として使われる殺菌や抗ウイルス作用以外にも摂取による薬効作用が見つかってくる可能性もありそうに思えます。
いずれにしろ、アルコール擁護派の動物学者としては非常に楽しめる論文でした。
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うつ病は免疫システムの副産物か?
http://shinka3.exblog.jp/17585174/
2012-03-02T19:17:28+09:00
2012-03-02T19:18:48+09:00
2012-03-02T19:18:48+09:00
stochinai
ダーウィン医学
Science Daily: Science News
Depression: An Evolutionary Byproduct of Immune System?
(C) photoXpress
うつ病はアメリカ成人の10%に出るという統計もありますし、遺伝的素因も言われていますので、ダーウィン医学的に考えると、進化的な有利性があるはずだということになります。ただし、うつ病は明らかに人間関係を悪くするので社会的有利性ではなく、動物学的な生存や繁殖の有利性を考える必要がありそうです。
というわけで、分子医学的検証をしてダーウィン医学的仮説を提唱した論文が出ました。
Hypothesis
Molecular Psychiatry advance online publication 31 January 2012;doi: 10.1038/mp.2012.2
The evolutionary significance of depression in Pathogen Host Defense (PATHOS-D)
C L Raison and A H Miller
オープンアクセス論文なので、どなたでも全文を読めます。とは言ってもやはり専門的論文なので、いろいろとややこしいことが書いてありますが、要するに炎症や免疫反応が起こる時に免疫細胞などから出される細胞間のコミュニケーションに使われる分子(TNF:腫瘍壊死因子、インターロイキン、インターフェロン、ケモカインなど)が局所的な免疫反応の場で使われるだけではなく、血液やリンパ液に乗って全身に行き渡る結果、脳にも達してそこで様々なうつ病症状を引き起こしているらしいという「仮説」です。
この図を見ればなんとなくおわかりいただけると思います。
こうした分子が引き起こす症状のうち、うつ病でも典型的に見られる過覚醒と呼ばれる状況(まったく眠らなくなる)は、まわりに警戒することでさらなるダメージや感染を防止する効果があると考えられるとか、引きこもりや不活動性などは免疫反応に必要なエネルギーの無駄な消費を防ぐという効果が考えられるということです。これらは、前から言われていたことですが、分子レベルでのメカニズムがはっきりしてきたというところが新しいということのようです。発熱や疲労感、食欲不振や鉄欠乏なども免疫反応が起こっている時と、うつ病に共通に見られることがある症状です。(ヒトには休養を、ウイルスや細菌にはダメージを与える症状です。)
うつ病は現代では「病気」として治療の対象になっていますし、場合によっては自殺の原因ともなると言われているのですが、もしも「自殺を引き起こすうつ病の遺伝子」などというものがあるのだとしたら、そういう遺伝子を持ったヒトの子孫が生き残るチャンスはどんどん減って、そういう遺伝子も減ってくるはずなのに、むしろ増えているかもしれないという現実があるのだとしたら、「うつ病」の症状と言われるものは生存や子孫を増やすことに有利に働いていると考えられるというのが、ダーウィン医学的解釈です。
炎症や免疫反応とはおそらく関係のないと思われる太陽光線に当たらないことが要因となっているといわれる「冬季うつ病」に関しては、太陽が出ていない時にはむしろ休養して外に出ないほうが生き延びるチャンスが増加するという古代人の生活環境が関係していたのではないかというダーウィン医学的解釈もあります。
いずれにせよ、身体症状には原因があって、現代医学によってその分子レベルでの解明はどんどん進んできていますが、同時にそういう分子でそういう症状が引き起こされるという性質(遺伝子)を持ったヒトが現在まで生き残ってきたことの意味を考え究極の原因を明らかにすることも、ヒトという生物を理解する上で大切なのだということは、だんだんと理解が広まってきたような気がします。
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大学入試に拙文が使われる(汗)
http://shinka3.exblog.jp/13848335/
2010-03-01T20:31:00+09:00
2010-03-01T20:31:00+09:00
2010-03-01T20:31:00+09:00
stochinai
ダーウィン医学
日頃、ブログなどでフェアユースと(私には)考えられる程度の引用を頻繁に行っていますので、いつかは著作権の侵害などで抗議を受けるかもしれないと思って暮らしておりますので、こういう封書にはドキドキしてしまいます。封書の宛書の下には手書きで<著作権に関するお願い状在中>と書いてあります。「抗議」ではなく「お願い」なのだから、まあ大丈夫だろうと思いながらも恐る恐る封を切りました。
中から出てきたのは、「平成22年度入試問題」の問題用紙です。それに「著作権使用に関するお願い」と2通の「**大学入試問題集・HP掲載に関する承諾書」という書類が入っています。はじめのうちは何がなんだかわからなかったのですが、落ち着いてみるとどうやら私の書いたものを入学試験に使ってしまったという事後承諾書と、さらにそれを来年度からの受験生に配布する過去問題集に掲載したいので許諾を求める書類のようです。
大学は東京大学ではないT京大学でした(笑)。
「平成22年度のT京大学入学試験問題(AO入試II期「国語」)」において、次の著作物を使用させていただきましたので、ご報告申し上げます」だそうです。最近は時々、講談社ブルーバックス「進化から見た病気」の図版などの使用許可を求められることもあったので、またそうかなと思って良くみたら違いました。
「著作『「ダーウィン医学」のすすめ』の一部」だそうです。
講談社が出版物の紹介を兼ねて毎月出している「本」という読書人の雑誌があるのですが、それに私が書いた「進化から見た病気」の紹介文を使ったということでした。
講談社のホームページからたどるのは難しそうなので、リンクを貼っておきます。
「ダーウィン医学」のすすめ栃内新2009年2月号
昨年の秋に「進化から見た病気」の一部が、高校国語現代文の教材として使われるということをお知らせしました。
著作物使用許諾申請 (高校現代文参考書)
その時は文章の使用許諾だけだったのですが、今回はもろに問題も付いています。さすがに空欄に文字を入れたりするのはなんとかできたのですが、最後の問八は何が正解か全くわかりませんでした。問八 傍線部②と同様のことを述べている箇所二十五文字以内を問題文中より抜き出し、最初と最後の二文字を解答欄に記入しなさい(字数には句読点を含めない)。 傍線部というのはこれです。普通の風邪ならば薬を飲まなくても、病院に行かなくても自然に治癒する。 問題文としては冒頭からこのあとの「進化によって獲得されたものなのだ。」までが使われているのですが、そこまでの文のなかに「正解」があるはずなのですが、私にはにわかにはわかりませんでした。
どうしましょう。著者失格でしょうか(^^;)。
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医学の恩恵がなくてもヒトはチンパンジーよりも長生きするように進化した
http://shinka3.exblog.jp/13153592/
2009-12-05T19:09:44+09:00
2009-12-05T19:09:44+09:00
2009-12-05T19:09:44+09:00
stochinai
ダーウィン医学
Published online before print December 4, 2009, doi: 10.1073/pnas.0909606106
Evolution of the human lifespan and diseases of aging: Roles of infection, inflammation, and nutrition
Caleb E. Finch
チンパンジーを含めた大型のサルは、他の哺乳類に比べると長生きだというものの、50歳を越えるものはめったにいません。一方、ヒトは1800年代以降、環境や栄養条件それに医療の発展によって寿命は倍に伸びましたが、現在でも医療過疎地にいて衛生状態も悪くほとんど医療の恩恵を受けられないところに住んでいるヒトでもチンパンジーの倍は長生きです。
上の図の中の上側の4本の線が医療過疎地におけるヒトの生存曲線で、下がチンパンジー(オスM、メスF)とインドネシア・アチェの人々の年齢別死亡率です。
これを見ると、医療の恩恵があまり得られないとしても、ヒトとチンパンジーという生物種の違いが寿命に大きな影響を与えていることが推測されます。おもしろいことに、チンパンジーではメスのほうが長生きの傾向があるものの、アチェの人々では男女差が無いように見えます。
さらに考古学的資料と、スウェーデンにおける歴史的資料をもとにした新生児の平均余命(寿命)と、大人になった個体(チンパンジーでは15歳、ヒトでは20歳)の平均余命を示した表です。
チンパンジー、古代の狩猟・農耕民族の寿命、そしてスウェーデンにおける1751年(医療の発達前)、1931年、1978年、2007年のデータです。
新生児から幼児の死亡率(真ん中のカラム)が高いチンパンジーや古代人、1751年のスウェーデン人では、平均寿命は短いものの、いったん大人になるとチンパンジーでは30歳、ヒトでは60歳まで生きることがわかります。古代人と250年前のスウェーデン人の余命がほとんど変わらないことはとても興味深く、医療の発達が寿命に貢献するようになったのはごく最近(100数十年)だということもわかります。そして、この100年くらいで、新生児の死亡が劇的に少なくなり、年とともに寿命が伸びているのは世界的傾向ですが、もうそろそろ頭打ちになってきていることも事実です。
もうひとつおもしろいデータは、野生のチンパンジーと医療の恩恵をあまり受けることのないヒト(狩猟民族)の死亡原因はともに圧倒的に感染症での死亡が多いものの、いわゆる老化が主な原因と考えられる病気(がん、心臓病、アルツハイマー病など)はヒトにしか見られないということです。
いずれにしても、医療がなくともヒトはチンパンジーよりも長い寿命を獲得するように進化した可能性が考えられるというわけです。それにはどういう原因が考えられるのでしょうか。
ヒトはチンパンジーと同様に植物主体の食事から肉食もするように変化したと考えられています。肉食は老化が原因となる病気(生活習慣病)の要因となると考えられているにもかかわらず、寿命が伸びたのはどうしてなのでしょうか。
この論文では、ヒトでは寿命を伸ばすような免疫能力をはじめとする様々な突然変異が起こったことが考えらえられるとしながら、アポリポプロテインという脂肪を運ぶタンパク質の進化が、肉も食べるようになったヒトの寿命を伸ばした可能性があると言っています。そして逆説的ですが、同じタンパク質が脂肪が原因となる動脈硬化などの血管病変や、アルツハイマーなどの脳神経細胞の変性を引き起こすことで、チンパンジーにはなかった新しい死因を作り出したということも言っているようです。
原因はともあれ、チンパンジーとヒトの生物としての寿命の差について言及した論文に接したのは初めてだったのでおもしろく読みました。そして、寿命をのばすような遺伝子変化が、新しい病気を生み出すというトレードオフを持たらしたというストーリーは、やはりダーウィン医学の流れの上に乗っていると感じたものです。
まあ、進化というものはそういうものなのでしょう。
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3刷決定にお礼申し上げます
http://shinka3.exblog.jp/11911928/
2009-07-09T19:47:00+09:00
2009-07-10T08:35:13+09:00
2009-07-09T19:47:39+09:00
stochinai
ダーウィン医学
進化から見た病気 「ダーウィン医学」のすすめ (ブルーバックス)
顔写真入りの新しい帯に変わっている書店もあり、平積みなどされていると足早に逃げ出してしまう今日この頃ですが、3刷が出ることには素直に喜んでおります。
第3刷
書籍の売れ行き動向の変化も速いもので、この先も細く長く売れ続けてくれるとうれしいのですが、よく考えてみると発売が今年の1月21日で、まだそんなに時間がたっているわけでもありません。この本の売れ行き動向は、最初の2-3ヶ月くらいのところにピークがあり、そろそろロングテールの尾に入っているという感触です。
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前途有望な科学者が忽然と消えた
http://shinka3.exblog.jp/11874233/
2009-07-03T21:24:14+09:00
2009-07-03T21:24:11+09:00
2009-07-03T21:24:11+09:00
stochinai
ダーウィン医学
彼女のことは、私の本「進化から見た病気」にも名前入りで取り上げてありますが、つわり、menstruation、アレルギーなどなければないに越したことはないと思われている不快な症状(「病気」)にも進化から見て適応的なヒトを守る役目があると主張した女性科学者です。
こうした研究を発表したのが1990年代の初めのまだ若い時だったために、天才少女として一躍アメリカ中で評判になり、専門論文以外にも次のような一般書籍がベストセラーにもなったり、国から奨学金や研究費をもらったり、大衆雑誌にもたびたび取り上げられたりして、一時は時代の寵児ともてはやされていたようです。
Pregnancy Sickness: Using Your Body's Natural Defenses To Protect Your Baby-to-be (Paperback)
つわり:生まれてくるあなたの赤ちゃんを守るために自分のからだの力を使おう
ところが、2000年を越えるあたりからぱったりと論文も見なくなり、彼女の話すら聞くことがなくなっていたのですが、いきなりディスカバリーチャンネルのニュースでこんな記事が飛び込んできてびっくりしました。
Scientist Disappears Without a Trace (科学者が忽然と消えた)
June 30, 2009
これだと、生きているのか死んでいるかすらわからないというような記事なのですが、WEEKLY SCIENTISTという渋いウェブサイトに、「その後のマージー」に関する長編のルポが載りました。このサイトの副題がNEWS ABOUT SCIENCE THAT'S FREQUENTLY UNREPORTED, OFTEN UNPUBLISHED, AND ALWAYS UNIQUE(報道されないユニークな科学記事のニュース)です。
THURSDAY, JULY 2, 2009
Margie Profet's Unfinished Symphony
A Promising Scientist Vanishes Without a Trace
A Weekly Scientist Exclusive Report
By Mike Martin
マージー・プロフェットの終わらないシンフォニー
嘱望されていた科学者が跡形もなく失踪した
ディスカバリー・チャンネルの記事では、よくわからなかったのですが、さすがにこちらの記事では何人もの関係者に会って緻密に取材しています。昔の大学関係者、友達、親族、そしてパートナーまで見つけて話を聞いた結果、彼女の全体像が見事に浮き上がってきています。
もともと生物出身ではなかった彼女は、一連の仕事でセンセーションを巻き起こした後、どうやらもとの数学や哲学の研究に戻ったようなのですが、そちらの研究の内容はあまりわかりません。ただ、たくさんの人の話を総合すると、天才的な資質を持っていた彼女はどうやら最初から精神的な問題も抱えていたようで、躁鬱的だったと見る人や典型的な統合失調症だったという人もあり、現在は表に出ずに引きこもっているということのようです。
たとえ悲惨な状況に追い込まれていたとして、なんとか生きているようでちょっとほっとしましたが、やはり常人とは異なる鋭い思考をするような人にはこうしたエピソードもなんとなく納得できるような気がします。
以下のサイトで、彼女がダーウィン医学関連でもてはやされていた頃の記事が読めますので、ご参考までに引用しておきます。
A Radical New View of the Role of Menstruation (New York Times)
Margie Profet: Evolutionary Theories for Everyday Life (Scientific American)
"School isn't my kind of thing" (Time)
A curse no more (People Magazine)
Are periods a protection against men? (New Scientist)
Margie Profet: Co-Evolution (Omni)
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がん細胞と共生する生き方
http://shinka3.exblog.jp/11730138/
2009-06-11T20:52:16+09:00
2009-06-11T20:52:17+09:00
2009-06-11T20:52:17+09:00
stochinai
ダーウィン医学
To Survive Cancer, Live With It 生き延びるためにがんと共生する
日本語抄訳がこちらにあります。
「がん細胞との共生」は「撲滅」より効果的:新しい治療法
ここで言及されている、金沢大学の高橋豊先生が提唱している「がん休眠療法」がまさに同じ主張なのですが、サイトの説明を読むだけでは、説明にいまひとつ「学問的説得力」がないように思われました。
一方、WIREDでインタビューを受けているRobert Gatenby氏は、がんを病原性ウイルスや細菌、あるいは農作物を荒らす害虫と同様の、動的に進化していく多様な細胞の集団であると定義し、強い抗がん剤ではがんを撲滅できないことを数理生物学的に証明しています。
(この断層X線写真は、肺に生じた中皮腫だそうで、Wikipediaからお借りしました。本文とは関係ありません。) Tumor_Mesothelioma2.JPG (C)Stevenfruitsmaak This file is licensed under the Creative Commons Attribution ShareAlike 3.0, Attribution ShareAlike 2.5, Attribution ShareAlike 2.0 and Attribution ShareAlike 1.0 License.
もともとの論文は、Cancer Research 69, 4894, June 1, 2009. doi: 10.1158/0008-5472に掲載された、Adaptive Therapy (がんの適応療法)という数式だらけのものなので、私には読みこなせないのですが、幸いなことに5月27日のNatureに著者によるEssayが載っています。
Nature 459, 508-509 (28 May 2009) | doi:10.1038/459508a
A change of strategy in the war on cancer
内容はまさにダーウィン医学そのものです。細菌を殺す抗生物質や、ウイルスの増殖を阻害する抗ウイルス剤に対して、抵抗性を持つ細菌やウイルスが短期間で進化してくるのは、もはや「常識」といってよいと思います。
細菌やウイルスは我々の身体を構成する細胞とは大きく性質が異なるので、その違いを利用して一気に撲滅するような薬剤もありえますが、それにしてもいずれは耐性菌や耐性ウイルスが出てきます。がんは外来生物ではなく身体の中で生じるものですから、身体を構成する細胞とそれほど違いがないので、「正常な」細胞に影響を及ぼさずにがん細胞だけを殺すような薬剤はあまりありません。どうしても抗がん剤は副作用が強くなります。がんで弱っているのか、抗がん剤の副作用で弱っているのか、素人の我々には判断がつきませんが、経験者にうかがったところ抗がん剤のつらさは想像を絶するものがあるようです。
さらに、がんは進化し続ける多様性を持った細胞集団なので、それを強い抗がん剤で一気にたたきつぶそうとしても、結果として細胞集団の中に少数いる薬剤耐性のがん細胞が増えやすい環境を提供することになり、腫瘍の中には薬剤が効かないがん細胞の集団が増えて最悪の事態を招く可能性が高いといいます。Gatenby氏:マウスの卵巣がんを例にとると、きわめて大量の薬剤を投与した場合、腫瘍が消滅するので、完治できたように見えます。しかし数週間後には再発し、マウスを死に至らしめます。これが一般的な成り行きです。 抗がん剤に耐性を持ったがん細胞はそうではないがん細胞に比べると、薬剤耐性につぎこむエネルギー(コスト)が大きいため増殖速度が遅く、さらに「普通のがん細胞」がたくさんいると腫瘍全体の中では常に少数派に留まることになるといいます。つまり「普通のがん細胞」を減らしすぎないことが、薬剤耐性のがん細胞を増やさないコツというわけです。
これはちょうど、農地における害虫のコントロールのやり方に似ているといいます。例えば害虫に対応するには、殺虫剤に耐性のある害虫が支配的勢力となるのを防ぐために、農地の4分の3に殺虫剤を撒き、残りの4分の1は放っておくという方法をとります。殺虫剤散布の後も、この区画では殺虫剤に耐性のない害虫が生き残り、やがて農地全体に広がっていくからです。
害虫を1度に駆除したいのは誰しも同じですが、それができないのならば――襲来のたびに対応して、耐性を付けさせてしまっているのならば――別の戦略を試すべきです。これに代わる方法は、害虫が作物に被害を及ぼさない程度に数を減らす努力をしつつも、害虫が農地に居座り続ける事実を受け入れることです。 上に出てくるマウスの卵巣がんのケースで、腫瘍を小さくするのではなく大きくならないところまで薬剤の量を減らし、安定した状態に保つとマウスはいつまでも生きていたという結果があるそうです。
これが、すべてのがんにおいて有効かどうかはわかりませんが、ダーウィン医学の考え方の実践例と見ることができると思いました。生物学的にも非常に説得力のある考え方だと感じました。
上述の高橋先生の言葉も示唆的です。引き分けに持ち込めばいいわけです。勝とうとするのではなくて、負けないようにするということです。強い敵と当たった時の極意は、勝とうとするのではなく、負けないようにする戦略です。 最近、「共生」という言葉があちこちで見聞きされることが多くなりましたが、がん細胞とさえ共生するという思想にはかなり骨太なものを感じます。
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普通のトリインフルエンザウイルスにはヒトの上気道は寒すぎる
http://shinka3.exblog.jp/11550325/
2009-05-16T18:16:35+09:00
2009-05-16T18:16:35+09:00
2009-05-16T18:16:35+09:00
stochinai
ダーウィン医学
Avian Influenza Virus Glycoproteins Restrict Virus Replication and Spread through Human Airway Epithelium at Temperatures of the Proximal Airways
今騒がれているのはブタフルエンザですが、パンデミックが恐れられているトリのインフルエンザ(トリフルエンザ)は、ヒトの鼻の中では温度が低すぎてあまり増殖することができない(ので)、低温に対する適応的な変異が起こらない限り、そんなに恐れることはないという論文に読めました。
一般的なトリの体温はほ乳類より高く、40℃くらいのものが多いのです。一方、ヒトは36-7℃です。トリのインフルエンザウイルスは高温なトリの体温での増殖に適応していて、ヒトのインフルエンザはヒトやブタの体温での増殖に適応していると考えられています。
さらに、インフルエンザウイルスはヒトの鼻や喉という上気道で増殖します。実はそこらあたりの温度は、体温よりもかなり低く32℃くらいだそうです。ヒトやブタのインフルエンザはそのくらいの温度で増殖できるように適応しているのですが、トリのインフルエンザウイルスは32℃ではあまり増殖できないので、ヒトの上気道に到達しても発症に至るほどの増殖はしないということのようです。
ただし、37℃では増殖できますので、肺の奥深くにまで入り込んだら増殖できます。トリのインフルエンザで症状が重くなった患者さんは常に肺の奥の方でウイルスの増殖が見られていたというのは、こういう理由があったということのようです。おまけに、ヒトのインフルエンザウイルスは熱が出て40℃くらいになると増殖が低下するのですが、より高温に適応したトリのインフルエンザウイルスは、40℃くらいの熱だとかえってどんどん増殖するということになるので、始末に負えないということなのでしょう。
たとえトリのインフルエンザウイルスといえども、普通に呼吸しているヒトにとりつくときにはほとんどが上気道でトラップされますので、増殖は難しいということです。ちょっと安心です。
おもしろいことに、このトリインフルエンザウイルスの殻にある糖タンパク質を作る遺伝子をヒトインフルエンザウイルスに導入したところ、ヒトのインフルエンザウイルスも低温では増殖できなくなるという変化を示しましたので、トリフルエンザウイルスが低温に弱い理由はそこにあるということも示されています。
というわけで、我々はまたひとつウイルスの弱点を見つけました。
こうしたウイルスの性質を次々に明らかにしていくことで、ウイルスとの生態学的闘い方の作戦もいろいろと考え出せるようになりそうです。
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つわりのひどかった母親から生まれた子のIQが高かったという調査結果 【オリジナル表追加】
http://shinka3.exblog.jp/11510328/
2009-05-10T23:17:00+09:00
2009-05-11T15:13:10+09:00
2009-05-10T23:17:59+09:00
stochinai
ダーウィン医学
直近の原因としては胎盤が作る生殖腺刺激ホルモンなどによるアンバランスが原因ではないかと推測されているが、はっきりしてはいません。
つわりはダーウィン医学のお得意科目のひとつで、つわりが起こるのが妊娠初期で胎児のからだが作られる時期にあたるので、その時期に胎児に有害な毒物や細菌などを母親が摂取するのを防止するために進化してきた有益な性質だというのが、ダーウィン医学の主張です。その証拠としてつわりのひどい母親とつわりのない母親の流産率・死産率に有意な差があるという研究結果があります。
確かに、ひどいつわりを経験している妊婦さんにとってはいろいろなものが食べられなくなるだけではなく、夜も眠れないという症状を訴える方がいるようで、病院では薬を処方することもあるようです。しかし、つわりの特効薬として1950年代の後半から広く用いられたサリドマイドによって、世界中でたくさんの手足に奇形を持った子が生まれ、つわりが起こる時期が胎児のからだ作りのデリケートな時期であることが明らかになってから、世界的につわりの薬剤治療は敬遠される傾向にあるようです。しかし、カナダでは Diclectin という商品名でドキシラミンという薬剤がひろくつわり対策に処方されているのだそうです。
良く効くのだそうですが、サリドマイドの経験やアメリカでは睡眠薬としては認可されているもののつわり改善薬としての処方は禁止されているようなので、心配している母親もたくさんいます。
先日、The Journal of Pediatrics(小児科学ジャーナル)に発表されたカナダの研究者による論文は、こうした背景のもとで、カナダで使われているつわり治療剤 Diclectin が安全であることを強調するために出されたような気配の感じられる論文です。
doi:10.1016/j.jpeds.2009.02.005
Long-term Neurodevelopment of Children Exposed to Maternal Nausea and Vomiting of Pregnancy and Diclectin (妊娠期につわりのあった母親から生まれた子供の脳の発生と処方されたDiclectinの影響を子どもがかなり成長してから調べた調査)
NewScientistでは、その内容をかみくだき、ジャーナリスティックに解説しています。
Morning sickness may be sign of a bright baby (つわりは賢い子どもが生まれるサインかもしれない)
上の論文では、妊娠期から子どもを追跡調査して、母親が妊娠初期にひどいつわりを経験したかどうか、あるいはその時に Diclectin を処方されていたかどうかと、その後に生まれた子供達が3歳から7歳になった時に行ったIQテストの結果を比較しているのですが、その結果がひどいつわりを経験した母親から生まれた子供達のIQがつわりを経験しなかった母親から生まれた子供達よりも高く、しかもつわりのひどさとIQの高さにも相関があったという結果を示しているようなのです。(現時点では、論文の要旨にしかアクセスができませんので、生データはみておりません。)
論文ではそのことよりも、 Diclectin の処方によって、奇形の出現などはもとよりIQの低下などの影響もまったく出ていないということを強調したかっただけなのでしょうが、ある意味予想外の結果が出て、とまどっているのかもしれません。論文要旨の結論にはこのように書かれています。Conclusions
NVP has an enhancing effect on later child outcome. Diclectin does not appear to adversely affect fetal brain development and can be used to control NVP when clinically indicated. 結論: つわりは子どものIQを高める影響がある。つわり治療薬の Diclectin は胎児の脳の発達に悪い影響を与えないように思われるので、つわり治療薬として使われることに問題はない。
ダーウィン医学が主張するように、つわりは母親にはつらくとも、健康な子どもを生むための有益な性質だということでポジティブに受け入れるという意味においては、つわりのひどいお母さんも「このつらさが、高いIQの子どもを育てているのだ」と考えることで、少しでも楽になるのだとしたら有意義な研究だと言えるのかもしれません。
ただ、その他の子どもの健康を示す指標はたくさんあるはずなのに、今回測定したのがIQというのが、人々の弱みにつけ込むような気がしてちょっと気になったところではあります。
【追記データ】
大学からだと全文にアクセスできましたので、子どもに行ったさまざまな「脳機能検査(?)」に対して、つわりのあってDiclectinを投与された母親とされなかった母親、それにつわりのなかった母親の子どもをグループに分けて比較した表を追記します。このデータを読み解くには、検査への理解と統計学への理解が必要なので、私からは安易な感想は出さないでおきますが、ご意見のある方のコメントを歓迎します。数値を読むには表をクリックして拡大してください。
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花粉症は生活環境の変化が生んだ文明病か
http://shinka3.exblog.jp/11404514/
2009-04-25T22:56:38+09:00
2009-04-25T22:58:14+09:00
2009-04-25T22:58:14+09:00
stochinai
ダーウィン医学
札幌: 4月22日頃(平年:4月25日、平年より3日早い予測)
予報は予報として、4月21日に「函館、札幌、岩見沢、帯広でシラカバ花粉が観察され始め」たそうですので、私の上記の症状の出現とシラカバ花粉の飛散状況が見事に一致しています。やはり、鼻ムズムズの原因はこれではないかと推測しています。
原因が花粉であるアレルギーを花粉症と呼びます。そのほか、ダニやハウスダスト、さらに食物が原因のアレルギーもあるのですが、不思議なことに日本ではそれらすべてに対するアレルギーが1960年代の後半から1970年代あたりを境にして急激に増えています。
アレルギーはヒトの持つ正常な免疫システムが過剰に反応して起こる現象です。免疫反応というものは、基本的にウイルスや細菌などを代表とする体内で増殖する寄生生物を攻撃するために進化してきたしくみです。花粉も生物が作るものですから、それが身体の中に入ってきた時に、寄生生物が侵入してきたと免疫システムが判断してそれを攻撃しようとするのは、身体の正常な反応だと言えます。
しかし、花粉が体内に入ってきたとして、それがヒトの身体に対して重大な危険を及ぼすということはないと考えられますので、それに対する激しい反応はヒトにとって意味があるとは思えません。ヒトと花粉の付き合いというものは、ヒトがヒトになる前からあることを考えると何百万年何千万年前からあるわけで、意味のない反応を起こすという性質が進化の過程で選択されてきたことは考えにくいことです。
事実そうした反応は、進化が起こるスケールで考えるとあまりにも短い、ほんの30-40年前から急増してきたことを考えると、その頃に起こった我々の生活パターンの変化が原因で、それまでは特に強い反応など起こらなかった花粉や食物などに対して、不必要な反応が起こるようになったと考えるのが自然です。
その頃は、衣食住のすべてにわたって生活パターンが大きく変わった時期でした。グローバリゼーションが起こって、世界規模で衣食住の素材となるあらゆるものが移動するという状況がこの頃から増大してきたのだと思います。日本の食糧自給率がどんどん下がり始めたのもこの時期です。あまり、表面には出てきていませんが、我々が着ているものの素材や染料は間違いなく新しくなってきているはずです。食べ物の添加物や、住居に使われている建材や塗料、接着剤なども急速に進歩してきています。もちろん、もっとも疑われている過度な清潔状態というものも、その頃から実現されてきたようにも思えます。
そう考えると、日本全体に増加しているアレルギーをひとつかふたつの理由に帰することは難しそうに思えます。しかし、ウィンドウズのようにシステムの復元ポイントがあって、日本のすべてを1965年にまで戻すことが可能ならば、花粉症やアトピーなどのアレルギー症状が少なかった時代に戻ることが可能だと考えている医師や科学者は多いようです。
というところまでが絞り込まれているのであるのですから、アレルギーの原因を絞り込むことは可能だと主和升。個々のアレルギー患者を治すことではなく、病気の原因を絞り込んでいく、こうした手法こそダーウィン医学の得意とするところです。
期待できるかもしれません。
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ヒトは遺伝的多様性が高いので近親交配が危険
http://shinka3.exblog.jp/11368394/
2009-04-20T20:17:00+09:00
2009-04-20T20:38:56+09:00
2009-04-20T20:18:21+09:00
stochinai
ダーウィン医学
The Role of Inbreeding in the Extinction of a European Royal Dynasty
日本語でのニュース報道もあったので、ご覧になった方もいるかもしれません。
スペイン・ハプスブルク家、断絶の原因は「近親婚」か 研究結果
せっかくですので、論文を中心にご紹介してみます。ただし、私は世界史に(も)弱いので、歴史的記述には誤りがあるかもしれませんので、ご指摘願えると幸いです。話の内容は、日本でも結構有名な顎と下唇を持ったハプスブルグ家の家系、特に1700年に途絶えたスペイン・ハプスブルグ家のことです。
これは最後のスペイン国王であるカルロス2世で、Wikipediaによると「先端巨大症のため、咀嚼に影響があり、常によだれをたらしていた。他にもてんかん等いくつかの病気を患っていたと推測されている。また知的障害もあったらしく、特に幼少期には衣服を身につけた動物のようであり、教育らしい教育をすることも困難であった」ようですが、その原因が繰り返された近親結婚の結果であることを遺伝学的解析から推論しているのがこの論文です。
ちなみに、こちらがカルロス2世の父親のフェリペ4世です。顎と下唇に注目してください。そっくりですね。
論文の中にある図によれば、このフェリペ4世と彼の妹の娘(姪)との間にできたのがカルロス2世です。これだけでも、かなりショッキングな結婚ですが、スペイン・ハプスブルグ家の系図を見ると、そんなことが繰り返されていたことが良くわかります。
繰り返された近親結婚の結果として、誰にでも2つあって、片方が変異を起こしても大きな影響を与えないですむ遺伝子の両方に変異を持つ(ホモになる)ということが起こりやすくなったと考えられています。ハプスブルグ家の王様で、両方の遺伝子がホモになった確率を計算して得られたのがこの図です。
フェリペ2世あたりから、その値が急激に大きくなり、カルロス2世では25%くらいになっています。すべての遺伝子の4分の1がホモになっているということです。
もちろん、問題のない遺伝子ならば、2つともが同じでもかまわないのですが、機能を失った遺伝子などがその状況におかれると、深刻な症状が現れることがあります。それを示すように、ハプスブルグ家ではこの値が大きくなるとともに生まれてから10年間を生き抜くことのできる割合が顕著に減少していったことが示されています。生まれにくいだけではなく、生きにくいということです。
この図には、流産や死産、出生直後の死亡が含まれていませんので、妊娠直後から出生直後までも考えるともっともっと死亡率は高くなるのです。
実験動物には、近交系といって遺伝子の99%から100%近くがホモになっている動物がたくさんいます。そういう動物が作り出される時には、ハプスブルグ家のように絶滅してしまった系統がたくさんあったものと思われますが、そうしたことを乗り越えた系統を選抜した結果、すべての遺伝子がホモになっても生き延びることのできる遺伝子の組み合わせになって今日に至っているのが近交系(あるいは純系)と呼ばれるものです。そういう動物が子を作る際には、近親交配自体はまったくなんの悪影響もありません。
野生動物のチーターや発見された時には数匹しかいなかったゴールデンハムスターも、絶滅寸前のところまで減少した後で個体数が増えていますから、近親交配を繰り返しているにもかかわらず特に目立った障害があるように見えません。つまり、近親交配そのものが危険なのではなく、その背後でホモになってはいけない遺伝子がホモになることが危険なのです。野生で遺伝的多様性が高かった動物の数が急速に数が減り、それをかき集めて繁殖をしなければならないような場合には、ハプスブルグ家と同じような危険が待ちかまえていますので、動物園ではかなり慎重に交配の組み合わせを考えなければならないというわけです。
遺伝学も、エンドウマメよりはこちらで学んだほうが身近ですね。
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