5号館を出て

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【追記2】
 雨崎さんのブログの新しいエントリー「フェミニズム(?)の逆鱗に触れた大江秀房本」を読むと、事件の顛末がなんとなくわかったような気になります。是非、ご覧下さい。

【本文】
 ブルーバックスから本を出させていただいて、幸いなことに売れ行きも好調で喜んでいたところなのですが、同じブルーバックスで残念な絶版・回収騒動が起こってしまいました。

 ことの発端は、大江秀房さんという方の書かれた「科学史から消された女性たち ノーベル賞から見放された女性科学者の逸話」というブルーバックスが、昨年の12月に出たことです。私も、ずっと前に似たようなタイトルの本が出ていたような気がすると思っていたのですが、それは工作舎という出版社から1992年に出た「科学史から消された女性たち アカデミー下の知と創造性」という本でした。

 実はどちらも私は中にまで立ち入って読んだことがなく、まあ科学の世界でも女性を正当に扱わなくてはならないという声が大きくなってきた今、タイミングとしては悪くない本がブルーバックスから出たというくらいに思っておりました。ひょっとしたら、前に出た本の訳をした人が、同じタイトルで解説本を出したのかもしれないというくらいの認識でおりましたところが、2月21日に雨崎良未さんのサイトに衝撃的なエントリー「盗作の境界はどこ「科学史から消された女性たち」事件」が出て、ブルーバックス本は工作舎本およびあちこちの本から文章を盗用して作られており、「事件」になっているということなので、びっくりしてしまいました。

 「事件」のあらましは、雨崎さんのサイトをたどることでほぼ完璧に知ることができますので、敢えて繰り返しませんが、今日になって事件は急転直下講談社がこの本ばかりではなく、同じ著者が1年ほど前に出したブルーバックス「早すぎた発見、忘られし論文」も、他の本や論文から多数の盗用が見つかったとして、回収・絶版にする措置を取ったと発表したというニュースが飛び込んできました。講談社ブルーバックスのサイトでも緊急のお知らせが出ています。

 大江さんはフリーの科学ジャーナリストということですが、ジャーナリストというものは常に既存の事実や評論、コメントなどを調査して文章にする作業をしていますから、どうしても過去の文章に引っ張られて自分の文章を書いてしまうことも多くなると思います。たくさんの原著から少しずつのデータを集めて自分でまとめ上げる時には問題は起こりえないと思うのですが、すでに過去に総説のような形でまとめ上げられているものを読んでしまうと、非常に危険だというのはわかります。

 実はすでにそのような文章が過去に書かれている場合には、改めて自分が書く必要はなく、単に引用すればすむところなのですが、解説本などを書こうとするときには、簡単な引用ですませることができずについつい「もとの解説を自分の解説本に取り込んでしまう」ということなってしまうということが起こり得るのでしょう。

 たとえ、文章を横においてまる写ししたというようなことはなくとも、文章を書いて生活しているライターさんだと前に読んだ他人の文章が脳の中に焼き付いており、あたかも自分の脳が創作したかのように他人の文章がすらすらと書けてしまうということもありそうな気がします。

 一番良いことは、他人がすでに書いてしまったアイディアは自分で決して繰り返さないことだと思います。そういう意味で、類似先行作品があった場合には自分の文章の中に先行作品のアイディアが入り込んでいないかということを必要以上にチェックするという作業が必要になると思います。

 しかしそれはやはり、困難でおもしろくない作業になると思いますので、すでに先行作品がある場合には、自分は書かないというのが最良の選択だと思います。

 ただ、今回の「事件」でひとつだけ腑に落ちないことがあります。それは、私達が書かせてもらったブルーバックス「新しい高校生物の教科書」の執筆過程では、編集者の方から何回も何十回も著作権侵害になるようなこと(図、写真が主でしたが)だけは気をつけて欲しいと注意され続けていたからです。教科書などは、すでに出ている著作物(図、写真、文章さらにはアイディア)からの参照や引用なしには書けるものではありませんが、あくまでも既存の著作物からは内容情報を借用する場合にはデータのみを自分の脳内に入れるにとどめて、出力する時には自分の脳の回路と出力回路(手)を使ってオリジナルなものになった時だけ使えるのだと理解しています。

 オリジナリティをもっとも重要視される科学の世界では、生のデータを論文の形で出力しますので、ねつ造はあっても盗作は起こりにくい世界です。しかし、科学の内容だけではなく、科学者の生き方や科学の世界を取材し伝える、ライターやコミュニケーターの世界では、どうしても二次情報、三次情報の形になっているものを利用して取材するということも多くなりますから、こうした事件が起こりやすくなるのだと思います。

 私が関係している、科学技術コミュニケーター養成ユニットでも、これを他山の石として受講生たちを育てていかなければいけないと、身の引き締まる思いのする事件でした。

【追記】
 今回の素早い講談社の調査と判断は良くわかる気がしました。少なくとも、どこまでやったんだかわからない「調査」に時間ばかりかかって、しかも出した結果が玉虫色の判断や処分だけという、論文ねつ造事件に対する大学や研究所の対応と比べるとフットワークの良さにはさわやかさのようなものを感じました。

 アマゾンに行ってみると、絶版・回収が決まった2冊の本がベストセラーの3位と4位に躍り出ていてびっくりしました。なくなる前に手に入れたいという気持ちや、希少本になって値が上がるかも知れないという思惑もあるのでしょうか。世の中というものは一筋縄ではいかないものです。
by stochinai | 2006-03-09 21:11 | つぶやき | Comments(3)
 そう言えば、さきほど全国放送のテレビ番組を制作しているプロダクションの人から、ある科学雑誌を知っていますか、という問い合わせの電話がありました。

 昼間、私が会議でほとんど自室にいなかったときに、事務の方から留守電とメールが入っており、東京のプロダクションからC****** B******という雑誌について聞きたいことがあるので、電話番号を教えても良いかという内容でした。とりあえず、OKと答えておきましたら、9時過ぎ頃に電話が入りました。

 その雑誌は、Cellという有名な雑誌もだしているまともな出版社から出ているものです。なぜ、東京のプロダクションから北海道の片田舎にいる私にそんな問い合わせがあるのか不思議だったのですが、実を言うと私達は最近その雑誌にある論文を投稿していましたので、それが掲載されることになって、それでその研究内容に対する問い合わせかとも想像していたのです。

 ところが、電話を受けて聞いてみたところ、そんな話では全然ありませんでした。なぜに私を選んだかはやはりまったく不明なのですが、訊かれたことは「世界のどこかで四つ足で歩く家族が発見されて、そのことがその雑誌に出ているそうなのですが、ご存じですか」という内容でした。

 一瞬、開いた口が塞がらなかったのですが、おそらくその雑誌にそんな際物の記事は載っていないとは思いますが、そちらのニュース・ソースから、何年の何巻の何号の何ページに、何という人が書いた論文であるということがわかったら教えていただければ、すぐに調べてお返事できます、と答えておきました。

 何なんだろうといぶかっておりますが、またまた[ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]さんのところに、ヒントがありました。「日替わり科学news:BBC特番『四足歩行一家』」。まさしく、これですね。

 でも、そんなの絶対にC****** B******には載りません。

【追記】
 コメント欄に雨崎さんが書かれているWorldScienceは英語サイトなので、ちょっとという方はトンデモ記事で有名なX51.ORGに和訳があります。sapporokoyaさんのところで教えてもらいました。
by stochinai | 2006-03-08 23:06 | スマイル | Comments(7)
 東京都議会が2016年のオリンピック招致運動を開始することを決議した、とNHKニュースが報道しています。たしか福岡がすでに名乗りを挙げていたと思いますので、まずは国内での争いを行うということになるのかもしれません。

 札幌では、先月の道議会で上田市長が2016年、2020年の夏季オリンピック招致は行わないとの結論を表明しています。市長の決定を聞いて、私は東京ではなく札幌に住んでいてほんとうに良かったと思いました。

 そもそも何のためにオリンピックを招致しようというのでしょう。1964年の東京オリンピックは、日本が戦後の復興を世界へ宣言する大きなイベントになりましたし、またそれを境に日本が大きく経済成長をしたという事実はあったと思います。タイミングは抜群だったと思います。しかし、今の日本には、もはやオリンピックを経済の起爆剤にできるような要因は全くないと思われます。

 大阪や名古屋がオリンピック招致をねらって、かなりの投資を行ったり、噂によるとあまり綺麗とは言えない運動を行ったりしたあげくに敗退しています。繰り返し立候補する気配が見られないところをみると、オリンピック招致というのは、経済的損失だけではなく、精神的失望感も大きく、敗退の打撃は都市そのもののレベルで見ても決して良い結果をもたらさないものと思われます。

 そこまで考えると、今の日本の経済状態でオリンピックを招致することにどれほどの意味があるというのでしょうか。もしもオリンピックが東京で開かれるとしたら、日本中から集めた国税を東京都に注ぎ込むことになるでしょうから、ひょっとすると東京都は潤うかもしれません。報道(主にテレビ)や大手ゼネコンももうけるかもしれません。しかし、他の地方に住む、大部分の日本国民は腹の足しにもならない夢にたくさんの税金を払うことになるのです。もちろん、夢が続くのなら賛成することも良いかもしれません。しかし、夢はたった2週間で醒めてしまうことになりそうです。

 同じお金をかけるというのなら、オリンピックに出場できるような若者を育てることに投資してはどうでしょう。オリンピックを開くとしたらかかる費用を日本中の才能ある子どもたちに分配して育てたら、何十年後にはたくさんのメダルを取れるようになると思います。

 人が育てば、オリンピックがどこの国で行われようと、長い期間にわたって日本人が夢を共有し続けることができるのではないでしょうか。

 愛地球博も終わってしまえば、モリゾーとキッコロのキャラクター以外は何も残っていないようです。

 政治的にも、経済的にも行き詰まっている今、これからの日本は箱もの行政やイベント主義から、人を育てるという行き方へと舵を切らないとほんとうに終わりになってしまいます。

 そろそろ目を覚まして、政治をする人達(野党も与党も)も総入れ替えしないとダメじゃないでしょうか。オリンピック誘致とは、目を覚ますことを拒んでもう一度冷たい布団に潜り込む行為に思えます。
by stochinai | 2006-03-08 22:46 | つぶやき | Comments(2)
 先週の金曜日に、付属図書館講演会「学術情報流通の世界的動向と大学」などという大げさな場で講演してしまいました。内容は昨年、動物学会に関連シンポジウムとして開催されたSPARC/JAPAN連続セミナ-「電子ジャ-ナル時代の学術情報流通を考える」で発表した「インターネット時代の研究者と論文 - アクセス、投稿、公開 -」とほとんど同じで良いとのことだったのですが、さすがに半年もたつとインターネットの世界はかなり様変わりしているもので、さすがにそのままではまずいと、いろいろと手直しをしたのものの、やはり準備不足は否めず、正直に言って話題提供者としてはちょっと不完全燃焼でした。

 聞きにいらしてくれた方のほとんどは、道内外の図書館関係の方だったようですが、私にとっては非常に重要なお二人が聞きに来られ、その感想を書き残してくださったことが大きな収穫になりました。

 お二人とは、CoSTEPのライターNさんと、おそらく北大でも屈指の実践的情報技術をお持ちの数学科のNさんです。CoSTEPのNさんはそのものズバリ北海道大学の機関リポジトリの愛称であるHUSCAPというタイトルのエントリーを書いてくださっていますし、数学のNさんは研究者から見た機関リポジトリというエントリーを書いてくださいました。

 CoSTEPのNさんはサイエンス・コミュニケーターとして大学の研究者の活動を市民に伝えようと考えておられると思いますし、数学のNさんは研究者としていかに情報発信をしていくかということを常に考え、また先端的に実行もなさっている方です。幸いなことに私はお二人ともと知り合うことができて、いろいろと教わっていることも多いのですが、そう言えばしばらく前に、このお二人にはどこかで会っていただいて、意見交換をしてもらわなくてはいけないと思っていたことを思い出しました。いずれ機会を設けたいと思います。

 当日おふたりは接近遭遇しているのですが、私が紹介する機会を逸してしまいましたので、おそらくはまだ未知の方同士だと思います。しかし、この時期に同じ北大の中でコミュニケーションについて考え行動しているわけですから、遅かれ早かれ会うことになるものとは思っています。また、それは北大や科学コミュニケーションにとっても有意義なことです。

 世界的にみると徐々に広がりつつある機関リポジトリですが、日本ではまだ千葉大と北大それに早稲田大くらいしか動き出しておらず、動き出しているところでもまだまだ微力です。北大のHUSCAPでも現時点までに収録されている文献は、いわゆる原著論文が223件、その他の論文が33件、教育用資料が26件とあまりにも少ないのです。最近になって一括登録を開始した紀要等の文献数が2399件あるのですが、それにしてもいわゆる文献倉庫としてはほとんどゼロに近い値で、寂しいものです。

 ところが、この程度の収録数ではリポジトリがそれほど利用されないのではないかという予想を大きく裏切り、累積アクセス数はすでに50万を軽く突破しています。また、ダウンロードされた文献に関しても多いものでは、月に数10から数100のオーダーに達しており、かつての論文別刷の配布のことを考えたら驚くべき頻度で利用されているということになります。

 これはやはり、無料で論文がダウンロードできるというメリットが認められた結果ではないかと思われます。リポジトリに収録された多くの原著論文は、ジャーナルのサイトからはpdfファイルをダウンロードすることができますが、あくまでもそれは有料での契約を前提としたものです。Googleなどで論文のタイトルを発見しても、アブストラクトくらいしか見せてくれない有料のジャーナルサイトにある論文が参照されるチャンスは、リポジトリに無料で公開されていることで何100倍にもなることが推測されます。

 私自身の経験からしても、たった3件しか登録していない論文のひとつが8月だけでなんと66回もダウンロードされているというデータを見せていただいて驚愕してしまいました。

 論文を見てもらえるということは科学者にとっては非常に嬉しいことです。さらには、それを引用して論文が書かれるチャンスも大きくなることは間違いありません。被引用回数を基準にランキングを決めるインパクト・ファクターでは出版後たった2年間しかカウントしてくれませんが、Google Scholarなどでは、半永久的に引用回数を蓄積してくれます。

 実例を示しますと、Google Scholarで半年前には21本の論文に引用されていた私の1985年の論文が、半年経った今は22本の論文に引用されていることがわかりました。インパクトファクターでは決して評価されない時間をかけた(ロングテールの)貢献が評価できる時代になってきたのだと思います。

 そういう意味で、無料でインターネットで各種のソフトが利用できるスタイル(OAI-PMHというのだそうです)で検索可能な状態で半永久的に公開されるということは、実は我々の想像を越えた有用性と、論文の正当な評価を得る道なのだと確信し始めているところです。

 HUSCAPを利用することは実は科学者にとっては、世界への情報公開というサービスになるばかりではなく、自信の業績評価にとって今までにない公平性を獲得する手段なのかもしれません。特に我々のように、時代の波に乗って爆発的に売れるなどということのない地味な研究をやっている人間でも、何10年何100年かけると必ず自分の研究を必要としてくれる人に出会えるチャンスを保証してくれる、タイムマシンなのかもしれません。
by stochinai | 2006-03-07 22:56 | 大学・高等教育 | Comments(0)

iPodがIDカードになる

 最近、お気に入りのユニークなニュースサイト「科学ニュースあらかると」に、おもしろい記事が載っていました。

 「iPodのシリアルナンバーは貴方を特定する」という記事です。そこにアメリカ発のブログ・エントリーが2つ引用されていますが、元ネタのニュースは例えばこれだと思います。

 現地時間で3月3日の朝、サンフランシスコのプレシディオ(そう言えば、「プレシディオの男たち」という映画もありました。ショーンコネリー、メグライアン、マークハーモンでしたね。)で、ジョギング中にひき逃げされた女性が身元を証明するようなものを何一つ持っていなかったのですが、現地の警察官は彼女の持っていたiPodをサンフランシスコのアップルストアに持ち込み、アップル本社に問い合わせることで、その女性が27歳のAshlyn Dyerさんであると判明したと発表したそうです。

 Ashlyn Dyerさんはいまだに危篤状態なのだそうですが、連絡がついた家族は病院に駆けつけたとのことです。まずは、良かったと言えるでしょう。

 ニュース記事には、この事故に関する情報をお持ちの方は、米国公園警察(U.S. Park Policeなんてものがあるんですね)のRobert Jansingまで電話を下さいとも書いてあります。臨場感があります。電話番号は(415) 561-5144です(アメリカですので、かける時はご注意を)。

 もちろんiPodがなかったら、彼女は身元不明人として家族が駆けつけることもできなかったということになりますが、アメリカのブログのひとつにはアップルの情報公開の原則がどうなっているか不安を覚えるというようなことを書いたエントリーがあります。

 犯罪現場にもしも自分のiPodが落ちていたら、容疑者あるいは関係者とされるのだろうという可能性を心配しているのですが、さすがはプライバシーの国アメリカですので、議論が起こるのでしょう。こうした場合は今回の場合と違って情報を出すか出さないかは、そう簡単じゃないかもしれないと思いながら、アップルのお客様の個人情報取り扱いに関するポリシーを見ると、少なくとも日本のアップルにある情報は警察に渡されそうに思えます。
法律または訴訟により、アップルがお客様の個人情報の開示要求を受ける場合があります。また、国家安全保障、法の執行や公益実現に必要と判断した場合、アップルが個人情報を公開する可能性があります。

 まあ、戦争の際の認識票程度に思って肌身離さずにいれば、iPodはいざというときのIDにはなってくれるということのようです。

 良いのか、悪いのか。
by stochinai | 2006-03-06 22:47 | コンピューター・ネット | Comments(8)
 1971年まで沖縄が日本ではなかったことを記憶している人はどのくらいいるでしょうか。私が大学に入った頃、沖縄に行くにはアメリカに渡航するためのパスポート(とビザも?)が必要でした。第二次世界大戦に敗れてから沖縄はアメリカに占領されていたのです。

 沖縄が返還されることになり、沖縄返還協定が日米間で締結される時に、協定の中にアメリカ軍が支払うと書いてある軍用地復元費400万ドルを日本が肩代わりするという密約があったということを、毎日新聞の西山記者がスクープしたことは当時非常に大きなニュースになりました。

 しかし、政府はその密約に関してはいっさい否認を続けたばかりではなく、そのスクープの情報として機密電文のコピーを内部告発として記者に提供した外務省職員とともに西山記者を、機密漏洩という国家公務員法違反の容疑で逮捕するという挙に出ました。

 今でも覚えていますが、裁判所ともあろうものが何とも下品な「情を通じ」という表現を使って西山記者が外務省職員を男女関係を利用してだまして機密情報を不正に入手したということで有罪にしました。(注:実は、判決でそのように表現されていたかどうかまでは、はっきり憶えていません。検察側がその表現を使っていたことは間違いなく、当時の担当検事が自らあの言葉で有罪にできたと威張っているのを、割と最近になってテレビで見ました。マスコミが喜んでその言葉を反芻していたことも間違いないと思います。)

 それを受けて、毎日新聞は西山さんを休職処分にしたことで、事件は一件落着ということになってしまった感があります。

 密約があったかなかったかという方が、日本の国益という大きな観点からみて重要な問題のはずなのに、密約を暴露する情報が漏洩したことの方が大きな問題であるかのように騒がれ、暴露のされ方が違法に行われたということの方が問題にされ、密約そのものがなかったことにしてしまう政府のやり方、およびそんなことで腰砕けになってしまうマスコミに大きな失望を覚えた記憶が今でもありありと思い出されます。

 しかも、マスコミは腰砕けになっただけではなく、その後の報道は西山記者バッシングへとなだれ込んだように思われます。マスコミが最近ダメになったと言われることが多いのですが、実はあまり変わっていないのかもしれません。

 当時でも日本人の多くは密約があったと信じていたと思いますが、違法に入手されたものには証拠能力がないので、密約そのものがなかったかのごとくに装う日本政府の姿勢は現在まで続いています。それで通ってしまうのが日本の政治状況なのでしょうか。

 しかし、つい最近、日米交渉の実務責任者だった当時の外務省アメリカ局長の吉野文六さんが、密約の存在を認めたというニュースが報道されました。吉野さんは今87歳で、死ぬ前に本当のことを話しておきたいという気持ちになったのかもしれません。

 実は昨年、すでにアメリカで公式文書が公開されて密約の存在は明らかになっています。その時点でも日本の関係者は無視あるいは否定を続けていたのですが、ついに内部の重要関係者が告白したことの意味は大きいと思います。西山さんは昨年の時点で、自分の名誉回復も含めて国家賠償訴訟を起こしています。今回の吉野さんの告白は、その裁判には追い風にはなると思います。

 しかし、そのニュースを聞いても阿倍安倍晋三官房長官は記者会見で「そうした密約はなかったと報告を受けています」と発言しているようです。まあ政府自民党が公式見解として過去に国会をだましたということを簡単に認めたくないのはわかりますので、これはこれとして無視しても良いかと思いますが、野党やマスコミの追求までもがほとんどないことに強い失望を覚えています。

 まずは毎日新聞が、自社で行った休職処分からの名誉回復をすべきではないでしょうか。

 マスコミも政府と同じように、自分たちの犯した間違いを認めることにこんなにも抵抗するのはどうしてなのでしょうか。名誉を重んじる国民性があるので、それを認めることは自分の死を意味するとでもいうのでしょうか。

 先日の民主党おそまつメール事件の時にもちょっとした間違いを認めたくないこと原因となって、間違いに間違いを重ねる原因になり想像を絶する泥沼になったような気がします。

 間違ったら早めに訂正して謝る。たとえ遅くなったとしても気が付いたらすぐに訂正して謝る。取り返しがつかないくらい遅くなっても、訂正して謝る。そんなに難しいことでもないと思うのですが、日本の最高の知性が集まっていると期待される政府やマスコミの方々にそれができないのはどうしてなのか、不思議でなりません。

【追記】
 この事件は機密があったかどうかではなく、機密漏洩事件(「西山事件」)としてウィキペディアに載っております。非常に良くまとまっていますので、そちらをご覧下さい。私の記憶がかなりいい加減なことも良くわかります(^^;)。
by stochinai | 2006-03-05 23:42 | つぶやき | Comments(6)
【注:このエントリーは更新時間が偽装されています】

 昨日は飲み会のために更新ができませんでした。かつて某飲み屋にたむろしていたメンバーが集まったのですが、その店がなくなってから何かと理由を付けては集まって飲んでいます。今回は「出版記念パーティ(汗)」を開いてやるからと言われては、不義理をするわけにもいきません。

 締めはカラオケでしたが、団塊の世代のしっぽに位置するメンバーが中心となると、どうしても懐メロ大会になってしまいます。でもまあ、たまにならいいかという楽しんで参りました。

 さて、その席でも何度か話題になったことのひとつが、駒大苫小牧高校の甲子園選抜大会辞退事件です。

 まあ、おおむねあちこちで聞かれていることと同じような意見の繰り返しが多かったのですが、現役の高校の先生もいたその席では、飲酒喫煙をする高校生などというものはどこにでもいるし、それが補導されることも日常茶飯事であるという認識は共有されていました。

 問題になるのは、基本的には高校生個人の「犯罪」である事例が高校野球全国大会代表の辞退へと発展してしまったことです。

 居酒屋で高校生が飲食することはそれほど珍しいことではないようで、提供側としてもお金を使ってくれるお客さんが高校生かどうかは、できれば目をつぶっていたいことであろうことは同情できます。今回は個室で宴会をしていた野球部を中心(14人中10人)としたメンバーが、飲酒・喫煙をしていることを隣室の客が電話で警察に通報したことで、補導されたと報道されていますが、通報した客は隣室でされている話から彼らの多くが駒大苫小牧高校野球部であると認識した上で電話をかけたようです。

 昨年夏の甲子園大会優勝の後で発覚した暴力事件の際に、優勝を辞退するかどうかという話になったことは北海道の人間ならほとんどが知っていることです。ましてや、地元苫小牧の人ならもっと知っている人が多いはずです。電話をかけた人は、おそらくその件が表沙汰になれば甲子園出場辞退問題に発展することは想像できたと思います。あるいは、もっと積極的に駒大苫小牧高校の出場を阻止してやろうとすら思っていたのかもしれません。

 北海道民の多くや、苫小牧市民のほとんどの人が駒大苫小牧の甲子園での活躍を応援していることは間違いないと思います。しかし、たとえ一握りであったとしてもその中にはアンチ駒大苫小牧の考えを持っている人もいるはずです。特に、実際に野球部の生徒と接触する機会のある苫小牧の人々の中には、報道で見聞きするだけの我々とは違った感情を持っている人がいることも十分想像されます。

 今回の事件の発端になる通報をした「市民」の方は、隣の高校生が駒大苫小牧高校の野球部でなかったとしても警察に電話をかけたでしょうか。

 駒大苫小牧高校の野球部が「本当に」市民に愛される存在だったとしたら、甲子園出場辞退に展開することが予想される警察へ通報する市民の数は少ないはずです。飲み屋の経営者も、あらかじめ飲酒や喫煙をたしなめるという行動をとったかもしれません。

 高校の野球部を愛するということは、甘やかしたりするということではなく、彼らが甲子園で活躍できるように(時には厳しく)見守り育てるということだと思います。今回の事件を見聞きして、駒大苫小牧高校(野球部)というものが、実は苫小牧市民にはそれほど愛されていなかったのではないか、そんなことを考えてしまいました。
by stochinai | 2006-03-04 23:44 | 札幌・北海道 | Comments(4)
 今朝もpodcastingを聞きながら自転車に乗っていました。Earthwatch Radio を聞いていたところ、黄色いしっぽのトリが最近はオレンジ色になったというような話をしていたので、思わず何回か聞き直してしまいました。

 英語では They Are What They Eat (「食べたものがその人のからだになる」)ということわざがあるらしく、日本語でいうとまさにタイトルで書いた「赤い鳥小鳥」の歌詞そのものと同じ考えに基づく話だと感じました。
北原白秋作詞・成田為三作曲

赤い鳥 小鳥
なぜなぜ赤い
赤い実を食べた

白い鳥 小鳥
なぜなぜ白い
白い実を食べた

青い鳥 小鳥
なぜなぜ青い
青い実を食べた

 小学校の時に習ったのだと思いますが、懐かしく思い出すとともに、私がこの歌詞は「科学的には正しくない」とずっと思っていたことも思い出しました。

 いくらなんでも、食べたもので身体の色が変わるはずがないと思っていたのです。しかし、Earthwatch Radioを聞いていると、cedar waxwings というトリ(日本名はヒメレンジャクらしく、確かに見たことのあるキレンジャクによく似ています)は、この絵を見ても尾の先が黄色いのが特徴のようなのですが、(アメリカの)北東部のトリでは、この黄色い色が1960年代頃からオレンジ色に変わってきたということです。

 そしてその理由というのが、その鳥が観賞植物としてアメリカに持ち込まれたハニーサックル(スイカズラ)オレンジ色の実を食べ始めたことが原因らしいと言う話です。

 実はこの話は論文としては10年以上前に発表されていたことらしいのですが、最近出たSecret Lives of Common Birdsという本に採録されていたというのが、今回、Earthwatch Radioのニュースに出た理由のようでした。

 原著論文はこれです。
Behavioral Ecology Vol. 10 No. 1: 80-90
Red coloration of male northern cardinals correlates with mate quality and territory quality

 本の著者によると、食べ物によって羽の色が変わる鳥というのはそんなに珍しくないのだそうで、cardinals(カーディナル;ショウジョウコウカンチョウ)やnorthern cardinalsというトリでは、赤い羽根の色のバリエーションは大きく、それが実は食べる餌が原因であることは良く知られているのだそうです。

 トリの羽毛が黄色から赤いものは、餌の中のカロチノイドによって色がついているのだそうで、特にオスでは色の色の変異が顕著な例が多いと言います。

 まだ証明されたことではありませんが、良く熟して赤い餌をたくさん食べたオスのトリは赤色が濃くなると考えられます。もしも、メスが赤色の濃いオスを選ぶとすれば、それか結果的に良好な餌場を確保しているオスを選んだことになり、性淘汰理論ではオスの赤い色はどんどん濃い方に進化しそうです。

 生態学・進化学の教科書に載りそうな話だと思いました。

【追記】
 [ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]さんのところでも掲載されています。
by stochinai | 2006-03-03 22:56 | 生物学 | Comments(4)

ウィンドウズMEダウン

 大学のオフィス(自分ひとりの研究室)では、何台かのコンピューターを同時に動かしています。改めて数えてみると、メールサーバーにしているLinuxマシンが1台、OS-Xのパワーブックが1台、ウィンドウズのタワーが1台ノートが3台動いています。

 そのウィンドウズ・ノートのうち1台が、未だにウィンドウズMEなのです。ヒューレット・パッカードのドック式のomniboook500というCPUスピードが600MHzという旧型機なので、XPにあージョンアップせずにここまできました。

 それが、数日前からネット接続が不調になってきており、ブラウザーは使えなくなり、時折手動で接続するメールだけがなんとか使えるという状態にまで至ったので、あきらめてシステムの再インストールをしました。

 オリジナルのリカバリーディスクを入れて、意外と短時間で再インストールができたのは良いのですが、そのままではあまりにも危険がいっぱいのシステムですので、すぐにウィンドウズ・アップデートをしようとしましたが、マイクロソフトのサイトで調べても不明というすごいエラー番号が帰ってくるだけで、アップデートできないのです。

 これは、いよいよ廃棄処分かなとあきらめかけた時に、気がついたことがあります。

 このエラーはひょっとすると、ハードウェアやOSの問題ではなくて再インストールの時に入れられた超古いインターネットエクスプローラーの問題かもしれないとひらめきました。

 というわけで、ウィンドウズアップデートの前にIEのアップデートを試みたところ、こちらはすんなりアップデートできました。そして、再起動ごにウィンドウズ・アップデートを試みたところ、なんとあっさりとアップデートできました。

 数年前に、マイクロソフトがXP以前のウィンドウズのアップデートを終了すると発表した時、世界中のユーザーからブーイングがあってMEのサポートも続くことになったのは、とてもありがたいことでした。

 しかし、その後もME以前のユーザーは着々と減少しているでしょうから、今日のようなトラブルがあるとMEをあきらめてしまう人も出てくるような気がします。

 MEを再インストールしてみると、600MHzのCPUマシンといってもメールやブラウザとして使う分にはまだまだ実用に耐えることが良くわかります。

 画像さらには動画関係のソフトなど、私は日常的に使うことはありませんので、このマシンはメールを中心とする専用マシンとして、この先も現役を続けてもらうことにします。

 1台のマシンでソフトを並列に走らせて使うより、数台のマシンに別々のことをやらせたほうがはるかに使いやすいと思っておりますが、みなさんはどうでしょうか。

 明日は図書館講演会がありますので、今日はそろそろ上がらせてもらうことにします。

 では、また明日。
by stochinai | 2006-03-02 21:35 | コンピューター・ネット | Comments(2)

どっちがかわいいって?

 ネコめくりカレンダーの上ですねる、うちのネコです。
どっちがかわいいって?_c0025115_1657258.jpg

by stochinai | 2006-03-02 16:59 | スマイル | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai