5号館を出て

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国立大学の利益

 まだ、文科省のホームページには出ていないようなのですが、文科省が国立大学法人と大学共同利用機関の2006年度決算を発表したそうです。(元ネタはこちら

 中日新聞(共同)「国立大の利益は773億円 一部に集中の傾向」
 利益の総額は05年度より57億円多い773億円。このうち外部資金の調達や経費節減など経営努力による利益は471億円で6割を占めた。

 総利益は北海道大(55億円)がトップ。京都大(51億円)、大阪大(45億円)、東大(36億円)も多かった。
 北大の財務情報で公開されている決算報告書を見ると、32億円の黒字となっていますが、残りの23億円はどこで稼いだのでしょう。財務諸表を見ても良くわかりませんが、あと10倍くらい稼いだら国から独立できそうですね(^^;)。
by stochinai | 2007-09-13 19:19 | 大学・高等教育 | Comments(3)
 今日の日本の政局にふさわしく、札幌の上空にも不気味な穴が空いていました。このあと、穴がふさがって一面の曇天になったのも、何か示唆的な光景ではありました。天気予報にはなかった雨までが降りました。
外国人に見せたくない退陣劇_c0025115_17395159.jpg
 安倍さんは、今日の午後1時から国会での代表質問があることになっていて、直前にドタキャンする形で退陣を表明したことが、各方面から非難を浴びているようです。しかし、ギリギリまでなんとななるのではないかと引っ張っておいて、やっぱり何ともならないということで放り投げるという行動パターンは、安倍さんのような性格の人には充分に予想ができたことではないかと思います。

 我々の業界で言うと、これは何ヶ月も前からシンポジウムなどで講演を依頼されていて、客観的に能力やスケジュールを考えるととても無理だということが、ずっと前からわかっているにもかかわらず、ぎりぎりまで断りの連絡をせず、どこからも援軍が来ず、奇跡も起こらないということを本人が納得してから、ようやく直前キャンセルということになって、多方面にご迷惑をかけるということに相当します。

 まあ、学会程度の規模でならば、その与える影響はほんのわずかなので、笑い話ですませられることでもあるのですが、その人の信用はがた落ちになって、だんだんと依頼が減ってくるということになります。常習犯は、かなり早いうちに知れ渡るのです。

 安倍さんが、おそらくそういう人であるということは、自民党の中ではすでに広く知られていたのではないかと想像されます。そう考えると、今回のドタバタ悲喜劇は安倍さん個人だけの責任というよりは、そういう安倍さんを総理にした自民党・公明党の全体としての責任も大きいと思います。もしも、安倍さんがそういう性格の人だとは知らなかったとしたら、今度はそういうことを知らなかったということで政党としての責任は免れないと思います。しかし、そういう発言をする人はほぼ皆無ですね。

 さらに言うと、このような人間を総理にしてしまう政党に、選挙という意思表明をした上で、長年政府を任せている我々の責任もまた大きいということになります。

 こういう日は外国のニュースを見ると、我がことのようにとても恥ずかしい気持ちになります。経済的には先進国になっているとしても、

 今日の空のように、安倍さんの退陣が小さな光になるのか、それともやはり今日の空がそうだったように、それが周囲から押し寄せる黒い雲で塞がれてしまうのか、と考えるととても明るい展望はいだけそうにありません。

【追記】
 まわりを見渡すと、最近は発表の直前になって突然病欠する学生も結構普通に見られるようになっています。さなえさんがおっしゃるように、こんな人間を育ててしまったのは戦後の「日本の教育、家庭教育、教育全般の大いなる敗北」であることを認めるべきだと思います。そして、そういう人間がリーダーシップをとってやっている「教育改革」などはさっさと旗をおろして、あらゆる無駄な委員会を解散すべきでしょう。特に、首相直属の「教育再生会議」は笑えないジョークになってしまいましたので、委員の方々は解散を待たずに逃げ出した方がよろしいかと思います。
by stochinai | 2007-09-12 23:13 | つぶやき | Comments(3)

過保護では?

 いつも、いろいろな情報をいただいている「大学プロデューサーズ・ノート」さんのところで、驚きのエントリーに接しました。

 学生ごとに履修計画を作成する 福井大学大学院

 文科省の「大学院教育改革支援プログラム」に採択された福井大学の「学生の個性に応じた総合力をはぐくむ大学院教育」の内容が、「複数の教授らが学生1人1人に合った個別カリキュラムを作成する取り組み」なのだそうで、博士前期課程(修士)が対象だそうです。また、プログラムの中で「学生がテーマを探し、教授らの指導のもとで学習を進める「プロジェクト型学習」も導入。個人やグループで必要な実験・調査を行い、リポートにまとめて発表する」ということもやるのだそうです。

 でも、どう考えてもこれは、学部の低学年にやるべき教育のように思えてなりません。

 学術振興会の採択理由は、これが「学生の個性に応じた総合力を育む大学院教育」であるという評価からのようです。

 高校から大学に入り立ての学生は、自分で履修計画を立てるというところで、かなり苦労するのですが、それでも半年経つとほとんどの学生が理解して、学部に進学するころにはかなり賢い履修計画を立てるようになるものです。逆にあまりにも賢すぎて、もうちょっと「意欲」を見せてほしいと思うこともありますが、履修計画などというものはその程度のものだと思っていました。

 それが、大学院生1人に対して教授らが3人もついてカリキュラムを作るというのは、確かに親切だとは思いますが、ほんとうにいいんでしょうか。

 ここまでやってもらって、学生はこの先自分のキャリアを自分で切り開いていくことができるのでしょうか。
by stochinai | 2007-09-11 22:35 | 教育 | Comments(5)

裏側から見たポプラ並木

 雲が低くたれ込めた夕暮れ時に、農場まで行ってみました。この写真は、普通の観光客の方々が見るのと反対側からポプラ並木を見たところです。ポプラ並木に平行に走っている轍(わだち)のついた道の突き当たりのところあたりが、ポプラ並木の入り口です。
裏側から見たポプラ並木_c0025115_2272975.jpg
 この写真の左端に小さくみえるビルが理学部の2号館と5号館(半分ポプラの陰になっている)です。5号館を出て、500メートルも行かないところ(しかも、札幌駅からでも直線距離で1キロメートルたらず)で、こんな雄大な景色の写真が撮れるのですから、貴重な存在と言えるでしょう。

 一方、こんなに近いところにいながら、ここまで来るのは数年に1回というのも、考えてみるともったいない話です。
by stochinai | 2007-09-11 22:19 | 札幌・北海道 | Comments(0)

Eudora 8 が無料に

 先週のニュースですが、Eudora 8 が無料で配布されることになったそうです。そもそも大昔、Eudora(ユードラ)はマックの上で走るとても優秀なフリーのメールソフトでした。現在のすべてのメールソフトの原型になったと言っても良いくらい、一世を風靡した時代がありました。

 最初は、マック版のフリーソフトだけだったものが、バージョンが上がるにつれて有料化し、そのうちにウィンドウズ版も発売になった頃から、あっという間に忘れ去られてしまったという印象があります。

 それでも、昔(1990年初期頃)マックを使っていた人ならば、ほぼ100%が使っていたはずなので、Eudoraという名前を聞いただけで昔の思い出がよみがえり、なんとなく心が騒ぐ人も多いのではないでしょうか。

 Eudora7は今でも有料で製品として販売されていますが、Eudora8の配布が始まると同時に販売を終了し、今後Eudoraはこれまで開発をしていたQualcommとFirefoxのMozillaの共同開発ということになるようです。

 無料になったからといって、再生できるような予感は全然せず、なんとなくWeb1.0時代の最後の巨星が墜ちたみたいな気もしました。
by stochinai | 2007-09-10 22:01 | コンピューター・ネット | Comments(4)
 夏目書房から2000年に出た、東郷雄二さんが書いた「東郷式文科系必修研究生活術」という本があります。

 アマゾンで見ると在庫がないようで、「出品者からお求めいただけます」ということで、280円からの値段がついています。夏目書房のホームページに行くと、まだ定価(本体1900円+税)とともに表示されていますので、絶版になっているわけではないと思うのですが、私も某古書店で格安で手に入れました。

 ひととおり読んでみましたが、文系の研究スタイルもITの導入で、急速に発展していることを考えると、この手の「術」ものはあっというまに内容が古くなるので、上述のような状況は、仕方がないのかもしれません。とは言え、中に心に残った文章がありましたので、引用させていただき、後世の記録として残しておきたいと思います。

 前置きとして書いてあるのが、林望さんが「借りて読んだ本は記憶に残らないから」、本は自分で買うべきであるという持論をお持ちだということで、東郷さんはそれに賛成と言っているだけではなく、借りて読んだ本が記憶に残りにくい理由を、極めて理科系の科学的に説明しています。おそらく、「脳科学者」を標榜されている方々も認めてくれると思われる説だと思われます。
 自分で買った本は、机の傍らの書棚に並べるのがふつうである。書棚に目をやると、本の背表紙が目に入る。記憶というものは不思議なもので、本の背表紙を眺めていると、無意識のうちにその内容を思い浮かべる。またときどきは手に取ることもある。表紙の色や汚れ、カバーのデザインなども自然と目に入る。本来は本の内容とは関係ないはずの物理的存在感が、記憶の強化に役立つのでではないだろうか。背表紙を眺めているだけで、本の内容が頭の中に定着するように感じられるのである。
 図書館で借りて読んだ本ではこうはいかない。返却してしまえば、それで終わりである。記憶をきょうかしてくれる物理的実体が手元になくなるのである。(119P)
 どうでしょうか。私は完全に説得されてしまいました。

 積ん読という言葉があります。買っただけで読まずに積んでおくことを言うのですが、たとえ積んでおいたとしても、その本の中は買った時にはパラパラと読んでいるはずです。そして、その本の内容の断片は頭に残っている可能性はあります。その程度の弱い記憶でも、目の前に当のその本があれば時折思い出して記憶からはなかなか消えにくいと思います。そして、ある日その本の内容と関連のある出来事に出会って、そう言えばと積んでおいた本を引っ張り出して読むということもたまに経験することです。

 本というものは、いつしかどんどんたまりにたまって部屋を占領してしまうのが、どうも不思議だったのですが、私のようなあまり記憶力がよくない人間は、本そのものを自分記憶の一部として使っているのため、身近に置いておかなければならないということなのですね。本がひたすらたまってくる理由が、この文章で氷解しました。

 逆に言うと、まわりに散乱している本がなくなったら、私のメモリーは真っ白になってしまうのかもしれません。とは言え、本はあったとしても「あの本はどこだ」といつも探し回っている私にとって、このメモリーへのアクセス速度はあまりにも遅く、ほとんど役には立っていないのかもしれません。

 そうなると、偉そうなことを言っても所詮は自己満足ですね。
by stochinai | 2007-09-10 19:55 | 教育 | Comments(1)

ヒマワリとドングリ

 今日は北海道*マ*ラ*ソ*ン*もあったようなのですが、この時期としてはかなりの暑さで選手も大変だったのではないでしょうか。涼しい季節ということでこの時期にやることになった北海道*マ*ラ*ソ*ン*も、温暖化で意味がなくなってしまってきているのでしょうか。(TBスパム防止のために、*を入れてみました。が、あまり効き目はないみたいです。)

 午後ちょっと涼しくなってきてから、庭を見回りながら写真を撮ってみました。植えたのが遅かったというのもあるのですが、もう夏も終わろうというのに、我が家ではようやくヒマワリが見頃になってきました。

 ヒマワリはタンポポなどと同じくたくさんの花が集まってひとつの花のように見えているのだそうで、外側の花びらを持った以外の内側の花が、外側からだんだんと内側に向かって開いていく様子が、写真にしてみると良くわかります。

 内側の花が、まだひとつも咲いていない花です。
ヒマワリとドングリ_c0025115_10574330.jpg
 外側2-3列が咲き始めました。
ヒマワリとドングリ_c0025115_23305156.jpg
 どんどん内側に進んでいきます。
ヒマワリとドングリ_c0025115_2331476.jpg
 中心部を少し残すだけとなりました。
ヒマワリとドングリ_c0025115_2331442.jpg
 こちらは今が盛りのキバナコスモスなのですが、よく見るとヒマワリとほとんど同じ花のつくりになっていることに驚きました。
ヒマワリとドングリ_c0025115_23353616.jpg
 最後は私の秘蔵っ子である、ミズナラの鉢植えです。今日は動画で鈴なりになったドングリをご紹介します。


by stochinai | 2007-09-09 23:38 | 札幌・北海道 | Comments(5)
 今日は恒例の「旧盛岡藩士桑田の会北海道支部定期総会」でした。会場も毎年同じ、道庁の横の某ホテルです。ちょっと早めに着いたので、観光客も少なくなり始めた道庁の庭を散策してみました。(昨日から、散策づいていますね。^^;)

 池の北側を歩いている時に、クルミのような木の実を見つけ、踏みつけてみたところ簡単に割れて中からクリによく似た実が出てきました。あまりにかわいいので、2つ拾ってきました。
トチを巡る小さな歴史物語_c0025115_22302697.jpg
 帰ってきてからネットで調べると、これは「トチの実」にほぼ間違いないようです。

 トチの実のトチは漢字で栃と書かれることになっていますが、語原はアイヌ語のトチだそうです。アイヌは文字を持っていませんから、トチが栃になったのはもちろんあて字です。漢字の多くはその起源を中国に求めることができるのですが、この栃という字は中国文字にありません。日本で作られた和製漢字(国字)なのだそうです。

 桑田の会の本部がある盛岡には、この栃の字を使った栃内(トチナイ)という姓の方がたくさんいらっしゃいます。今日の会にいらっしゃっていた盛岡桑田株式会社の専務取締役の方も栃内さんでした。トチナイというのもアイヌ語で、「トチの木のある沢」あるいは「トチの林の間を流れる川」という意味で、今でも遠野を含めて盛岡周辺に3ヶ所くらいこの地名を持った住所が残っています。

 今日は本部の方が、桑田の会を結成した時に盛岡藩士が署名捺印をした名簿のコピーを持ってきて見せてくださいました。そこで、私のご先祖さまの自筆署名を見ると、今私たちが使っている苗字と字が違うのです。私の先祖である藩士の名前は栃内弘ですが、署名では、 「木万 内 弘」となっておりトチの字は木偏に万なのです。

 父の話では、日本人がトチの漢字(国字)を創った時に、トチのトは数字のとうで十を宛て、チは漢数字の千に形が似ているので千ということにすると、トチは十かける千で万になります。それでトチの木なので木偏がいるだろうということで、木偏に万をトチという字にしたようなのです。はっきり言うと、かなりいい加減なだじゃれでできた文字なのです。(トチマンというグラフ用紙メーカーがありますが、十千万という会社名で、同じ由来と思われます。)

 というわけで、私の先祖が使っていることと、専務さんが「私も子供の頃は木偏に万という字を使っていた」という話を勘案すると、トチのもともとの漢字(国字)は「木万」であるという説はかなり確かな話のように思えます。では、なぜ「木万」が「栃」になったのかについてははっきりとした資料はないようなのですが、1871年に栃木県ができた時に「木万」では格好悪いと思った誰か(知事?)が万に雁垂(がんだれ)を付けて「栃」にしたのではないかという説があります。いずれにしても、その後「木万」はだんだんと使われなくなり、栃に統一されてしまいました。

 もはや字をもとに戻すことは不可能だとは思いますが、トチの実を見つけた今日、トチつながりで日本の歴史をめぐりいろいろなことを考えさせられました。何か不思議な因縁のようなものを感じましたので、ここに書き留めておくことにします。
by stochinai | 2007-09-09 23:20 | つぶやき | Comments(0)
 台風一過の札幌です。昨夜は夜半頃に雨もほとんど上がり、風もない「穏やかな台風」でした。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_175249.jpg
 これは、いつも利用させていただいているweathernewsさんのサイトからお借りした、昨夜から今日までの1時間ごとの雨量グラフです。

 こちらは気温のグラフですが、朝のうち曇っている時にはそうでもなかったのですが、日が照り出すと久々に夏が戻ってきた感じでした。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_1793578.jpg
 あまりにも天気が良いので、まっすぐラボに行く気にもなれず、ほんとうに久しぶりに北キャンパスにある第2農場を散歩することにしました。こちらに良いガイドがありますので、参照しながら下の写真をご覧下さい。

 外からはしょっちゅう見ているのですが、柵に囲まれた中に入るのは何十年ぶりの気がします。びっくりしたことに、最近は建物の内部が博物館仕様になっておりました。総合博物館と同じく無料ですので、札幌にお寄りの節には是非ともおいで下さい。

 今日は人も少なく、のんびりと散策を楽しめました。まずは入り口です。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_171634100.jpg
 重要文化財になったのが、私が北大に入学した年なんですね。そういえば、あの頃は柵もなく、まわりでキャッチボールとかしていたような気がします。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_17182636.jpg
 これらがメインの建物ですが、誰がとっても絵はがきみたいになっちゃっいます。人が少ないのが、わかると思います。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_17205120.jpg
 製乳室の表札です。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_1725429.jpg
 こちらは製乳室の床下の空気抜きの窓です。どことなく時計台を思わせるところがかわいいですね。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_17264325.jpg
 収穫室穀物庫です。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_17302462.jpg
 サイトの写真と比べるとわかりますが、穀物庫の入り口の階段にバリアフリーのスロープが備え付けられているのはさすがです。

 打ち捨てられて朽ち果てた農業機械の車輪部分も、意図的というほどではないのでしょうが歴史の証拠に見えます。重ね板バネが懐かしく思えました。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_1738595.jpg
 モデルバーンの中に、珍しいものを発見しました。エルムの鐘というものです。
重要文化財「札幌農学校第2農場」_c0025115_17484426.jpg
 こちらに詳しい説明がありますが、広いキャンパス・農場を持つ札幌農学校には7つもこんな鐘があって、時を告げていたそうなのです。なかなかいいですね。こうした伝統は、是非とも復活してもらいたいものです。

 鐘の音を聞きたい方はこちらにありますが、そんなにロマンチックな音ではありませんので、覚悟して聞いてください(^^;)。

 今日からロゴも、モデルバーンの守り神に変えました。
by stochinai | 2007-09-08 17:55 | 札幌・北海道 | Comments(0)
 今朝の朝日新聞be(b-business)に出ていた【フロントランナー】「商品の短所を長所にする商才ボーズ社長佐倉住嘉さん(71)」の言葉はなかなか良いと思いました。

 商品の短所を長所にする 商才ボーズ社長 佐倉住嘉さん(71)
 ――かつて、オーディオ王国だった日本の名門メーカーの多くは今、勢いを失っています。どうしたらいいのでしょうか。

 佐倉  それはやはり技術ですよ。絶えず先進性を追って、しっかり技術に投資している企業は、伸び悩む時期があっても必ず再生します。でも、営業政策に技術開発が甘んじているようではだめ。技術力と営業力が、一緒に伸びていかないと。

 ――「あそこの製品が売れているから、似た製品を安く出せ」という考えではだめだと。

 佐倉  はい。逆に、他社とは違わなきゃいけない。我が社は他社に追われ続けることで、ブランドを確立してきたのです。
 スピーカーのボーズは今や日本でも有名になりましたが、元マサチューセッツ工科大教授のアマー・G・ボーズ博士が作った会社です。

 今現在、ボーズ社にどのくらいの博士がいるのか知りませんが、佐倉さんの考え方からいけば、間違いなく積極的に博士を雇用している会社に違いありません。

 日本の会社も自社開発するより、外国から特許を勝った方が安いなどと言っていないで、どんどん(使える)博士を雇い入れてチャレンジしていって欲しいと思います。

【蛇足】最近、「使えない博士」の話が多いのですが、そもそも使えない博士というのは形容矛盾の存在だと思うので、たとえたくさんいるとしても、特殊例として議論からはずすと話が進みやすいと思っています。つまり、それこそ自己責任というもので。
by stochinai | 2007-09-08 16:16 | つぶやき | Comments(1)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


by stochinai