5号館を出て

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 1971年まで沖縄が日本ではなかったことを記憶している人はどのくらいいるでしょうか。私が大学に入った頃、沖縄に行くにはアメリカに渡航するためのパスポート(とビザも?)が必要でした。第二次世界大戦に敗れてから沖縄はアメリカに占領されていたのです。

 沖縄が返還されることになり、沖縄返還協定が日米間で締結される時に、協定の中にアメリカ軍が支払うと書いてある軍用地復元費400万ドルを日本が肩代わりするという密約があったということを、毎日新聞の西山記者がスクープしたことは当時非常に大きなニュースになりました。

 しかし、政府はその密約に関してはいっさい否認を続けたばかりではなく、そのスクープの情報として機密電文のコピーを内部告発として記者に提供した外務省職員とともに西山記者を、機密漏洩という国家公務員法違反の容疑で逮捕するという挙に出ました。

 今でも覚えていますが、裁判所ともあろうものが何とも下品な「情を通じ」という表現を使って西山記者が外務省職員を男女関係を利用してだまして機密情報を不正に入手したということで有罪にしました。(注:実は、判決でそのように表現されていたかどうかまでは、はっきり憶えていません。検察側がその表現を使っていたことは間違いなく、当時の担当検事が自らあの言葉で有罪にできたと威張っているのを、割と最近になってテレビで見ました。マスコミが喜んでその言葉を反芻していたことも間違いないと思います。)

 それを受けて、毎日新聞は西山さんを休職処分にしたことで、事件は一件落着ということになってしまった感があります。

 密約があったかなかったかという方が、日本の国益という大きな観点からみて重要な問題のはずなのに、密約を暴露する情報が漏洩したことの方が大きな問題であるかのように騒がれ、暴露のされ方が違法に行われたということの方が問題にされ、密約そのものがなかったことにしてしまう政府のやり方、およびそんなことで腰砕けになってしまうマスコミに大きな失望を覚えた記憶が今でもありありと思い出されます。

 しかも、マスコミは腰砕けになっただけではなく、その後の報道は西山記者バッシングへとなだれ込んだように思われます。マスコミが最近ダメになったと言われることが多いのですが、実はあまり変わっていないのかもしれません。

 当時でも日本人の多くは密約があったと信じていたと思いますが、違法に入手されたものには証拠能力がないので、密約そのものがなかったかのごとくに装う日本政府の姿勢は現在まで続いています。それで通ってしまうのが日本の政治状況なのでしょうか。

 しかし、つい最近、日米交渉の実務責任者だった当時の外務省アメリカ局長の吉野文六さんが、密約の存在を認めたというニュースが報道されました。吉野さんは今87歳で、死ぬ前に本当のことを話しておきたいという気持ちになったのかもしれません。

 実は昨年、すでにアメリカで公式文書が公開されて密約の存在は明らかになっています。その時点でも日本の関係者は無視あるいは否定を続けていたのですが、ついに内部の重要関係者が告白したことの意味は大きいと思います。西山さんは昨年の時点で、自分の名誉回復も含めて国家賠償訴訟を起こしています。今回の吉野さんの告白は、その裁判には追い風にはなると思います。

 しかし、そのニュースを聞いても阿倍安倍晋三官房長官は記者会見で「そうした密約はなかったと報告を受けています」と発言しているようです。まあ政府自民党が公式見解として過去に国会をだましたということを簡単に認めたくないのはわかりますので、これはこれとして無視しても良いかと思いますが、野党やマスコミの追求までもがほとんどないことに強い失望を覚えています。

 まずは毎日新聞が、自社で行った休職処分からの名誉回復をすべきではないでしょうか。

 マスコミも政府と同じように、自分たちの犯した間違いを認めることにこんなにも抵抗するのはどうしてなのでしょうか。名誉を重んじる国民性があるので、それを認めることは自分の死を意味するとでもいうのでしょうか。

 先日の民主党おそまつメール事件の時にもちょっとした間違いを認めたくないこと原因となって、間違いに間違いを重ねる原因になり想像を絶する泥沼になったような気がします。

 間違ったら早めに訂正して謝る。たとえ遅くなったとしても気が付いたらすぐに訂正して謝る。取り返しがつかないくらい遅くなっても、訂正して謝る。そんなに難しいことでもないと思うのですが、日本の最高の知性が集まっていると期待される政府やマスコミの方々にそれができないのはどうしてなのか、不思議でなりません。

【追記】
 この事件は機密があったかどうかではなく、機密漏洩事件(「西山事件」)としてウィキペディアに載っております。非常に良くまとまっていますので、そちらをご覧下さい。私の記憶がかなりいい加減なことも良くわかります(^^;)。
# by stochinai | 2006-03-05 23:42 | つぶやき | Comments(6)
【注:このエントリーは更新時間が偽装されています】

 昨日は飲み会のために更新ができませんでした。かつて某飲み屋にたむろしていたメンバーが集まったのですが、その店がなくなってから何かと理由を付けては集まって飲んでいます。今回は「出版記念パーティ(汗)」を開いてやるからと言われては、不義理をするわけにもいきません。

 締めはカラオケでしたが、団塊の世代のしっぽに位置するメンバーが中心となると、どうしても懐メロ大会になってしまいます。でもまあ、たまにならいいかという楽しんで参りました。

 さて、その席でも何度か話題になったことのひとつが、駒大苫小牧高校の甲子園選抜大会辞退事件です。

 まあ、おおむねあちこちで聞かれていることと同じような意見の繰り返しが多かったのですが、現役の高校の先生もいたその席では、飲酒喫煙をする高校生などというものはどこにでもいるし、それが補導されることも日常茶飯事であるという認識は共有されていました。

 問題になるのは、基本的には高校生個人の「犯罪」である事例が高校野球全国大会代表の辞退へと発展してしまったことです。

 居酒屋で高校生が飲食することはそれほど珍しいことではないようで、提供側としてもお金を使ってくれるお客さんが高校生かどうかは、できれば目をつぶっていたいことであろうことは同情できます。今回は個室で宴会をしていた野球部を中心(14人中10人)としたメンバーが、飲酒・喫煙をしていることを隣室の客が電話で警察に通報したことで、補導されたと報道されていますが、通報した客は隣室でされている話から彼らの多くが駒大苫小牧高校野球部であると認識した上で電話をかけたようです。

 昨年夏の甲子園大会優勝の後で発覚した暴力事件の際に、優勝を辞退するかどうかという話になったことは北海道の人間ならほとんどが知っていることです。ましてや、地元苫小牧の人ならもっと知っている人が多いはずです。電話をかけた人は、おそらくその件が表沙汰になれば甲子園出場辞退問題に発展することは想像できたと思います。あるいは、もっと積極的に駒大苫小牧高校の出場を阻止してやろうとすら思っていたのかもしれません。

 北海道民の多くや、苫小牧市民のほとんどの人が駒大苫小牧の甲子園での活躍を応援していることは間違いないと思います。しかし、たとえ一握りであったとしてもその中にはアンチ駒大苫小牧の考えを持っている人もいるはずです。特に、実際に野球部の生徒と接触する機会のある苫小牧の人々の中には、報道で見聞きするだけの我々とは違った感情を持っている人がいることも十分想像されます。

 今回の事件の発端になる通報をした「市民」の方は、隣の高校生が駒大苫小牧高校の野球部でなかったとしても警察に電話をかけたでしょうか。

 駒大苫小牧高校の野球部が「本当に」市民に愛される存在だったとしたら、甲子園出場辞退に展開することが予想される警察へ通報する市民の数は少ないはずです。飲み屋の経営者も、あらかじめ飲酒や喫煙をたしなめるという行動をとったかもしれません。

 高校の野球部を愛するということは、甘やかしたりするということではなく、彼らが甲子園で活躍できるように(時には厳しく)見守り育てるということだと思います。今回の事件を見聞きして、駒大苫小牧高校(野球部)というものが、実は苫小牧市民にはそれほど愛されていなかったのではないか、そんなことを考えてしまいました。
# by stochinai | 2006-03-04 23:44 | 札幌・北海道 | Comments(4)
 今朝もpodcastingを聞きながら自転車に乗っていました。Earthwatch Radio を聞いていたところ、黄色いしっぽのトリが最近はオレンジ色になったというような話をしていたので、思わず何回か聞き直してしまいました。

 英語では They Are What They Eat (「食べたものがその人のからだになる」)ということわざがあるらしく、日本語でいうとまさにタイトルで書いた「赤い鳥小鳥」の歌詞そのものと同じ考えに基づく話だと感じました。
北原白秋作詞・成田為三作曲

赤い鳥 小鳥
なぜなぜ赤い
赤い実を食べた

白い鳥 小鳥
なぜなぜ白い
白い実を食べた

青い鳥 小鳥
なぜなぜ青い
青い実を食べた

 小学校の時に習ったのだと思いますが、懐かしく思い出すとともに、私がこの歌詞は「科学的には正しくない」とずっと思っていたことも思い出しました。

 いくらなんでも、食べたもので身体の色が変わるはずがないと思っていたのです。しかし、Earthwatch Radioを聞いていると、cedar waxwings というトリ(日本名はヒメレンジャクらしく、確かに見たことのあるキレンジャクによく似ています)は、この絵を見ても尾の先が黄色いのが特徴のようなのですが、(アメリカの)北東部のトリでは、この黄色い色が1960年代頃からオレンジ色に変わってきたということです。

 そしてその理由というのが、その鳥が観賞植物としてアメリカに持ち込まれたハニーサックル(スイカズラ)オレンジ色の実を食べ始めたことが原因らしいと言う話です。

 実はこの話は論文としては10年以上前に発表されていたことらしいのですが、最近出たSecret Lives of Common Birdsという本に採録されていたというのが、今回、Earthwatch Radioのニュースに出た理由のようでした。

 原著論文はこれです。
Behavioral Ecology Vol. 10 No. 1: 80-90
Red coloration of male northern cardinals correlates with mate quality and territory quality

 本の著者によると、食べ物によって羽の色が変わる鳥というのはそんなに珍しくないのだそうで、cardinals(カーディナル;ショウジョウコウカンチョウ)やnorthern cardinalsというトリでは、赤い羽根の色のバリエーションは大きく、それが実は食べる餌が原因であることは良く知られているのだそうです。

 トリの羽毛が黄色から赤いものは、餌の中のカロチノイドによって色がついているのだそうで、特にオスでは色の色の変異が顕著な例が多いと言います。

 まだ証明されたことではありませんが、良く熟して赤い餌をたくさん食べたオスのトリは赤色が濃くなると考えられます。もしも、メスが赤色の濃いオスを選ぶとすれば、それか結果的に良好な餌場を確保しているオスを選んだことになり、性淘汰理論ではオスの赤い色はどんどん濃い方に進化しそうです。

 生態学・進化学の教科書に載りそうな話だと思いました。

【追記】
 [ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]さんのところでも掲載されています。
# by stochinai | 2006-03-03 22:56 | 生物学 | Comments(4)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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