5号館を出て

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自民党のホリエモン攻撃

 私は個人的にはホリエモンの思想は好きにはなれないのですが、彼は何も違法なことをしているわけではないとも思っています。嫌いだけれども彼は悪くない、と思っています。

 どんな手を使っても、違法なことさえしなければ、お金を儲けたものが勝ちなのだ、と私は教えられてきました。もちろん、学校では「そうではない」と習いましたが、現実の社会はそこかしこで、そちらの方が「正しい」ことを示していました。

 それは戦後の与党の思想であり、それについてくることができないやつはぐうたらで弱いやつで、落ちこぼれなのだと発破をかけ続けられてきた感覚があります。

  そういう教育の申し子がホリエモンであり、彼はそういう政権政党からは褒められこそすれ責められる理由はまったくないように思えるのですが、なぜか政権与党側が彼を一斉に非難し始めたようです。

 朝日「『企業買収、日本には』 自民幹部からライブドア批判」、日経「ライブドアに批判続出・与党内で」、産経「自民党幹部ら『好ましくない』 ライブドア批判相次ぐ

 不思議な気がしますが、わかるような気もします。

 いままでは財界と呼ばれるところにいる大人が自分たちで独占してきたおいしい話を、新参の若者もやり始めてしまったのです。言いたいことは、「俺たちがやるのはいいけど、君は10年早いよ」ということだと思いました。

 大人が子どもに向かって、「君たちもいつか大人になってたくさんのお金を持つことができたら、こんなに楽しいマネーゲームというものができるんだからがんばりなさいね」と言っているうちに、子どものくせに大金を手にしたやつが大人の世界に殴り込みをかけてきたので、動揺しているというところでしょう。

 だいたい、自民党の先生方が「金さえ持っていれば何でもできるような風潮をはびこらせるのは良くない」っていうのは、ブラックジョーク以外のなにものでもないですよねえ。

 森前首相が、「金さえあれば何でもいい、力ずくでやれるという考え方は今(戦後)の教育の成果なのかなあ」と語ったといいますから、自覚はあるのかもしれないですね。
# by stochinai | 2005-02-18 21:20 | 教育 | Comments(2)

大学入試のミス

 大学入試のミスの続出が問題になっているようです。

 入試だって人間がやることですからミスはあり得ます。特に、できる限り少人数で作ることを要求される入試は、ミスが起こりやすいものだと思います。

 入試だからといって、ミスが許されないのでしょうか。ならば、入試を止めることを提案します。入試がなくなればミスもなくなります。

 そもそも、ちょっとしたミスが大問題になるような試験というものは、ろくな問題ではないと思います。本当に良い試験であれば、ちょっとしたミスなどはなんのその、きちんと受験生の実力を判断できるはずです。

 そうです。昨日も話題になった小論文こそ、そうしたミスの入る余地が少ない優れた試験なのです。しかし、あくまでもそれは優秀な教員が採点した場合であって、神子秋沙さんが既知録で書かれたように、「論文の内容のチェックなんてしません」というようなコンピューターが採点するのだとしたら、「極端な話、単語と文の構成が正しく用いられていれば、文の意味がとんでも無いことになっていても得点は高く・・成るかもしれません」ということですので、それこそ採点ミスが約束されているようなものです。

 入試を作ったことのある人ならばわかると思いますが、問題作成の80%くらいのエネルギーはミスを除くことに費やされます。つまらないことです。しかし、それでも起こるのがミスなのです。

 人間のやることにミスがあるということを前提に話を進めるのが、現代の危機管理ですから大学の入学試験でもミスが起こることを前提に対策を立てておくべきだと思います。

 そうしたならば、ミスが起こってもあわてず騒がず、それこそ粛々と対応すれば済むことです。

 文科省も、ミスを起こした大学を罰するなどというつまらないことを考えずに、ミスが起こった時の対応マニュアルでも作っておくべきでしょう。

 マスコミも騒がないでください。あなた達だって、しょっちゅうミスを犯しているではないですか。

 人というものは間違える存在(Homo mistakes)なのです。もう、いい加減で気が付いても良いのではありませんか。(まあ、それを知っていながら騒いでいるのがマスコミというものなのだと思いますが、誰も一緒に踊ってはいないことには気が付いていないのでしょうか。)
# by stochinai | 2005-02-17 23:02 | 大学・高等教育 | Comments(2)
 温室効果ガス排出削減の数値目標を定めた京都議定書が、日本時間の今日16日午後2時(国連本部のある場所が午前0時)に発効しました。

 しかし、この議定書には最大の二酸化炭素排出国であるアメリカが不参加を表明しているために、とても不自然な状況になっています。

 今まではみんなが小さな部屋でタバコをすっていて、部屋の空気があまりにも汚れてしまったので、タバコを吸う量を減らそうと相談して決めたのに、一番のヘビースモーカーがその部屋を出ることもなく、「俺は吸うのをやめないよ」と宣言したようなものです。

 他の人たちも本当はタバコを吸いたいのに、このままだとこの部屋にいる全員が煙で死んでしまうという危機感から、タバコを減らそうと決めたのにアメリカは従わないというのです。

 それにもかかわらず、他の国が努力してタバコを減らすことで部屋の空気がきれいになった場合には、アメリカもその恩恵を受けます。こんなうまい話が通るものでしょうか。

 これが、世界一のお金持ちで、世界の正義の守護者を自認する国の態度でしょうか。タバコを止めることには犠牲が大きすぎて、アメリカの強さが損なわれるという危機感は理解できないこともないのですが、強いアメリカを維持するために他の国を犠牲にしても良いという理屈は成り立たないでしょう。

 しかし、さすがにアメリカの国内にもこれは恥ずかしいと感じる人々がたくさんいて、カリフォルニアなどでは連邦政府が京都議定書から離脱したとしても、州のレベルで自動車の排ガス中の炭酸ガスを規制する法律を作ろうとしているようです。

 私たちにもできることはないでしょうか。国や大企業の努力だけに任せるのではなく、何かやってみたいと思います。

 まずは、炭酸ガスを出さないように努力する以外に、減らすことも考えてみましょう。 

 地球上の炭酸ガスを減らしてくれるのは植物です。植物が太陽の光を利用した光合成で水と炭酸ガスを材料に作った有機物を分解せずに、木材や石油の形で保存することはできないでしょうか。石油を作るのは大変ですが、木を植えること、そしでできた木を長年利用できる構造物の形で保持することなら、比較的簡単にできそうです。

 燃やしたり、腐敗・分解してしまったら、木も元の炭酸ガスと水にもどってしまいますが、木のままあるいは紙の形で保存することは、大気中の炭酸ガスを減らすことに協力することになると思います。さらに、地球上のあらゆる土壌を有機物をたっぷり含んだ肥沃な土壌にしてやることも意味があると思います。森林とまではいかなくても、砂漠を緑に戻すことができるならば、たとえ一時的であれ炭酸ガスを土壌中にとどまらせることにもなるでしょう。

 小さなことでも、たくさんの人が一斉にやると大きな力になりそうな気がします。そうした努力が地球のそして人類の寿命をたとえ1秒でも延ばしてくれると思えるのなら、努力する力もわいてくるのではないでしょうか。

 たとえ庭や畑がなくても、小さな鉢植えを育てるだけでも、二酸化炭素の減少に貢献しているのだと思うと、ちょっとは楽しくないですか。
# by stochinai | 2005-02-16 21:59 | つぶやき | Comments(2)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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