5号館を出て

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ブログは選挙を変えるか

 結論から言うと、ブログが今回の選挙結果を変えることはないと思います。しかし、この選挙は確実にブログシーンに大きな影響を与えています。今回の選挙を練習台として大きく成長したブログが、今後の選挙に影響を与えることになるでしょう。

 その流れは意識されようがされまいがこの選挙を機に加速していき、インターネットが選挙に対してとてつもない大きな力を持つ存在になると思います。

 今回に選挙に関連してみると、R30さんがおっしゃっているように自民党はすでにブログを政治的力を持つ存在として認知していることを先日のメールマガジン発行者・ブロガーとの懇談会で表明していますので、選挙で自民党が勝利した場合にはブログの認知およびその利用が勝利の一因として語られることはあるかもしれません。

 しかし、すでに何人かの方が指摘しているようにあの懇談会関連で自民党およびウォッチャーにインパクトを与えることができたのはおそらくGripBlogさんただひとりだったし、彼女は自民党に招待されて参加したのではなく、自分から売り込んで無理矢理に潜り込んだ人でした。彼女の行動は我々の選挙行動に影響を与えることがあるかもしれませんが、各政党や選挙そのものが彼女の行動によって影響されるということは、現時点ではほとんどないと言って良いと思います。(GripBlogさんによる詳細な報告も出ました。)

 そういう意味で、まだまだ選挙などの全国民的な大きなイベントにはネットの影響力は大きくなってはいないとは思いますが、おそらくその理由は単にインターネットで情報を得る人の数がまだまだ少ないからに過ぎないということです。今後、それはどんどん大きくなっていくだけですから、それにつれて選挙もネットの存在を前提にするように変わっていくことは間違いありません。

 ブログが選挙(にかぎらず、**)を変えるのかという問いが難しいのは、「ブログ」がどういうものなのかということを定義するのが難しいことに関係があります。形式としてのブログがだいたいこういうものであるということは定義することはできても、それは中身と何の関係もありません。

 ブログは発信する人と読んでいる人で成立しています。ブログの特徴はその双方向性であると言われることが多いですが、自分で実際に運用していて感じることは、双方向性というものがそれほど機能しているわけではないということです。

 ブログ・エントリー(記事)にコメントという形で直接寄せられる意見は、それがない場合に比べるとエントリーの質を維持するという点において非常に有用に働いていることは疑いはありませんが、それを介して書き手と読み手の垣根がなくなるほど活発に双方向のコミュニケーションが実践されているかというとそれほどのことにはなっていません。

 ブログの登場によって技術的には発信者と受信者の垣根がほとんどなくなったと言われますが、ブログを書く人と読む人という分化はやはりあります。その結果、やはりブログはジャーナリズムの一種ということになっているのだと思います。

 ただし、トラックバックという形式でたくさんのエントリー(記事)がリンクされた形で読者に提供されているということはいままでのジャーナリズムにはなかった特徴です。双方向性はそれほど大きくなっていなくても、トラックバックを介して横に大きく広がった情報源ととしてのブログの世界は、やはりいままでのジャーナリズムとは一線を画する大きな発展だと言えます。

 とまあ、形式だけについてみてもブログが新しいメディアであるということはわかるのですが、それが日本を変えるのかということになるとその内容次第であるという陳腐な結論に到達せざるを得なくなります。

 つまり、メディアはブログであろうがなかろうがある民主主義国家の未来を決めるものはリーディング・オピニオンとそれを支持する市民の数ですから、ブログがメディアの中で大きな位置を占めるようになれば、ブログが日本を変えるということになるでしょうし、ブログがそういうメディアになれるかどうかはやや未知ですが、少なくとも今回の選挙の中でかなり鍛えられていることは事実で、情報の集約中心として大きく成長しつつあるところも出てきているようですから、大いに期待はできるでしょう。

 また、ブログの特徴はその柔軟性ですから、すべてのブログがネット社会の中で同じような位置を目指す必要がないばかりではなく、逆にそれぞれが自分らしい規模(読者数)や、自分らしい取り扱い対象、自分らしい更新頻度を持ってネットの中に残されているすべてのニッチを埋めるようになった時に、「ブログが日本を変える」ことになるでしょう。その時には、おそらくブログが世界も変え始めているのだと思います。
# by stochinai | 2005-08-28 23:45 | コンピューター・ネット | Comments(0)
 今朝の朝日新聞に、昨日行われた「新しい日本をつくる国民会議」(21世紀臨調)による「政権公約(マニフェスト)検証緊急大会」で発表された、経済団体や民間シンクタンクなど6団体による小泉内閣の実績と、03年の総選挙で与党が掲げた政権公約の達成度を採点した結果が表になって出ていました。

 小泉内閣の実績と、与党の政権公約の達成度を評価したのは、経済同友会、全国知事会、言論NPO、構想日本、日本総研、PHP総研で、それぞれが点数化されていたのでその差をとても興味深く感じました。総合評価では、自民、公明両党とも、日本総研が付けた70点が最高。最低は、自民党が31点(構想日本)、公明党が24点(PHP総研)などとなっており、予想通りなのですがとても平均点などは出せない状態です。

 逆に、こういう点数を見ることによって、我々がこれらの団体のレベルや政治的立ち位置などを知ることができますので、何かを評価すると言うことは自分が評価されることなのだということも考えさせられました。

 今回の総選挙での政権公約については自民、公明、民主3党を対象とし、上の6団体に日本青年会議所と連合が加わった8団体が評価しています。青年会議所と連合なら聞かなくてもわかるという人もいるでしょうね(^^)。

 まあ、いろんな立場の人がいますので、どれが正しい評価かなどということにはなりませんが、すべての団体の発表内容が21世紀臨調のホームページでpdfファイルとして配布されているのはありがたいことです。pdfファイルも文字だけのものが多く比較的軽いです。

 興味のある方は、是非ともご一読をおすすめします。
# by stochinai | 2005-08-27 17:39 | つぶやき | Comments(3)
 ヤドクガエルは、中南米のものが有名ですが他の地域にもいます。

 南米のMelanophyrniscus属 (Bufonidae科)、オーストラリアのPseudophryne属 (Myobatrachidae科)、もっとも有名な中南米のDendrobates属,Epipedobates属, Phyllobates属 (Dendrobatidae科)、そしてマダガスカルのMantella (Mantellidae科)が主なもので、すべてが皮膚腺に毒であるアルカロイドを持っています。タイにも弱いながらもアルカロイドを持つLimnonectes kuhliというカエルがいるそうです。

 昔はカエルがアルカロイドを作っていると思われていたこともあるのですが、長い間飼育しているうちに毒が弱くなってくることが知られてきたことから、人工的にショウジョウバエだけで飼育してみたところ、全く毒のない「ヤドクガエル」になりました。また、餌にアルカロイドを混ぜて食べさせたところ、アルカロイドはカエルには全く毒性を示さなかったばかりか皮膚に蓄積することも示されました。つまり、毒を持ったヤドクガエルに変身したのです。

 このことから、ほとんどのケースにおいて毒アルカロイドは野生のヤドクガエルが食べている餌(甲虫、アリ、ヤスデ)が持っているものに由来すると考えられています。ただし、オーストラリアのカエルは自分でアルカロイドを合成するそうです。

 ヤドクガエルの研究は主に、中南米のカエルを使って行われてきましたが、最近発表された論文(Convergent evolution of chemical defense in poison frogs and arthropod prey between Madagascar and the Neotropics:Published online before print August 8, 2005, 10.1073/pnas.0503502102:PNAS | August 16, 2005 | vol. 102 | no. 33 | 11617-11622 )によると、マダガスカルと中南米のヤドクガエルは全然近縁ではないにもかかわらず、餌であるアリやヤスデからほとんど同じアルカロイドを取り込んで皮膚にためていることが示されました。

 中南米とマダガスカルには同じ種の毒を持つヤスデはいるようなのですが、どちらでもカエルの主な餌はアリでありアルカロイドも主にアリから得ているようです。それぞれのアリも進化的には近縁ではなく、アルカロイドもアリ自身が作っているというよりは、植物からアリが取り込んでいるもののようなので、どちらの地方においても毒を持った植物を食べて毒をためるアリが別々に進化して、そしてその毒を持ったアリを食べて毒をためるカエルが別々に進化というお話のようです。

 こういう現象を「収斂進化」と呼びます。

 収斂は不思議な現象だと言われることがあるのですが、たとえば毒で身を守るというようなことを考えた場合、自分たちを食べそうな動物にとっての毒というものはある程度決まっているわけで、結果的に違う動物でも同じ毒を利用することになることも当然と言えば当然かもしれません。

 また、中南米のヤドクガエルとマダガスカルのヤドクガエルが、似たような派手な色と模様の「警戒色」を持つようになったことについても、それが捕食者に対する「俺を食うな」というメッセージだとすると、毒を持つように進化したカエルがそういう機能を進化させることについては、わかりやすい気がします。

 地球という狭い環境では収斂進化はごく普通に見られる現象なのではないかと、この論文を読んでまたまた感じました。

 論文のオリジナルはこちらに、またここに読みやすい解説記事があります。
# by stochinai | 2005-08-27 17:15 | 生物学 | Comments(3)

日の光今朝や鰯のかしらより            蕪村


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